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第8話 悪役令嬢とスラム街

 サラとともに毎日毎日欠かさずこなす日課。

 家の外周10周、そして魔法のオン、オフが出来るようにするための魔力制御の練習の日々。倒れては顔面から地面に突っ込み。そして朝になったら目覚めるという毎日。

 それでも私は日課を続け、お父様やお母様が応援に来たり、一緒に走ったりしながら次第に魔力の蛇口の操作方法が少しずつ少しずつ分かって来た。




───そして1か月後




「火よ!」


 私の手から少し離れた位置から火の玉が飛び出した。直径30cm程度の適度な大きさの火の玉は10mほどヒュルルと飛ぶと花の無い花壇にぶつかって弾ける。ちなみに花壇には最初は花が植わっておりそれはそれは立派な庭だった。

 しかし花々は練習の犠牲となったのだ。いえ、私の魔法の糧になったのだから誇りをもって散ったと思って欲しい。南無……。


「風よ!」


 私の手からよそ風が吹き抜ける。当初は暴風並みの威力が一瞬で吹き抜けるだけだったのに、このような涼し気な風も送ることが出来るようになった。庭でそんな魔法を発動させているので木の葉の1枚も舞いそうなものだが……すべて焼け落ちたため舞うことはない。南無……。


「水よ!」


 手から蛇口のように水がトポトポとこぼれてキュッと止まる。木々が生えていたら良い水やりになっただろうが……彼らは犠牲の犠牲になったのだ……無残。


「いい感じね」


 我が家で小規模な自然破壊は行われたものの私の魔法は上達した。

 私が今使えるのは『火』『風』に加え、煮込み料理をイメージして『水』を使えるようになり、『更に料理は体力!』と考えて『身体強化』を使えるようになった。しかしそんな料理魔法も先立つものがないので料理にはまだ使えていない……無念。


 しかし日々の特訓により私のAPはかなり上がった。1回あたりの魔力消費量も把握した。

 そしてその過程で私の魔法の特性も分かることになった。まず、私の魔法は基本的に料理に使えるものでないと発動しない。

 今私が使ったのはすべてAP1を使用した魔法だ。つまり揚げパン1本分。揚げパンを治すのに使う量を把握すること。それで魔力を止めるタイミングをつかんだのだ。


「今日は街に出かけるわよ」

「お嬢様、出かける際は前日にはお伝えください。準備がする必要がございますので」

「結構体力が付いたから革命軍のリーダーを探しにいくわ」

「全く聞いておりませんね」


 プリレボ(プリンス・オブ・レボリューションの略)のDLCではゲーム本編では出て来なかった重要人物が複数登場していた。今日は彼らを探したい。


 まずは統率力が高く、全体的にステータスの高い革命軍『暁の翼』の総司令官である『フレン・ブラックバーン』と団長の『ハウエル・オースティス』


 武器によらない圧倒的な強さを発揮し、治癒魔法まで操る謎の格闘家『ジョン・ドゥ』


 敵を蹂躙するための違法武器を販売する闇商人『レネー・ノックス』


 そして圧倒的な剣術の力を有しているDLCの攻略対象『暗黒剣士スティン』。


 上記のメンバーを見て分かるとおり、プリレボのDLCは恋愛アドベンチャーゲームではない。なんとDLCは『戦略シュミレーションRPG』なのだ!


 この方針転換にはユーザーからの賛否両論があったが、私は前世ではDLCのほうが楽しめたことを覚えている。ちなみにゲームボリュームも本編以上にあり、お値段も本編並みということで、『だったら別ゲーで出せよ』と陰で言われていたのも覚えている。


 そんな登場人物の彼らではあるが今の私に必要なキャラたちなのだ。

 さらに彼らはこのデズモンド領にいると思われる。なぜならなんと……DLCの舞台はこのデズモンド領!

 主人公が『学園に行かない』と選択したルートでこのデズモンド領を舞台に私ことメアリ・アン・デズモンドと主人公が共闘して国家に反旗を翻すというストーリーなのだ。善悪の共演か!?などと前世の私は熱くなったが結局メアリは最後火あぶりにされる。


 そんなわけで私はあんなお花畑の主人公と共闘するつもりなんて皆無。なのでさっさと重要キャラクターは回収しておくつもりだ。彼らの捜索は革命の成功のために必要不可欠なのだから。

 本当はもっと早くに街に行きたかったのだけれど、今までは私の体力がなさ過ぎて無理だった。でも今の私は毎日の走り込みによる肉体改造加えて身体強化の魔法も使える。

 これならいける!町までいけるわ!


「……というわけで今日は『暁の翼』の総司令官『フレン』を探しに行きます」

「『というわけ』の意味が分かりません」


 フレンは革命軍のリーダーというだけあって武力と魅力に富んだキャラクターだ。ちなみにゲームでのステータスはこんな感じ。


【フレン・ブラックバーン】

【武力】83

【魔力】55

【俊敏】49

【魅力】87


 うーん、シンプルなステータス表記。まぁ恋愛ゲームのDLCだからね。

 フレンは魅力が高く、人を登用する能力に優れており、武力も高く戦場での指揮もできるというキャラクター。彼を引き入れておけば芋ずる式に他のキャラクターも配下に加わるかもしれない。


 ちなみに私のステータスはこんな感じ。


【メアリ・アン・デズモンド】

【武力】70

【魔力】80

【俊敏】95

【魅力】1


 今の私はどうなのかは分からないけれど、ゲームでの成長後のメアリはこんな感じだった。武力と魔力がそこそこ高くて、俊敏が飛びぬけて高い。魅力は……悪役令嬢だからね。私が人に好かれるなんて期待していないので1あるだけマシな方だろう。


「前世の知識にある革命軍のリーダーを探すのよ」

「革命……ですか」

「この国の封建制度をぶっ壊す革命よ」

「この国を……壊す……なるほど、分かりました参りましょう!」


 サラは最初難しい顔をしていたが、なぜか納得したようで私と一緒に街へと行くことになった。町までは家から10kmほど離れているので毎日走ってる距離と同じくらいだ。当然私の運動を兼ねて歩いていくことにする。こうして運動できる機会を有効活用していかないと体力がつかないからね。

 

 サラが途中で私を持ち上げて運ぼうとしたり水を出してくれたりしたが、何とか自力で歩いて無事に街へと到着することができた。


「ここが……始まりの街『セレノア』……」

「お嬢様。誰もこの街を『始まりの街』などと呼んでおりません」

「私が初めて来た街なんだからこれからは『始まりの街』と呼びなさい」

「さすがはお嬢様。控えめに言って傍若無人でございますね」


 『セレノア』はデズモンド領の城下町ということで領内最大の規模の人口を誇っている。

 デズモンド領で収穫された肉や野菜、鉱物などの資源はこの都市に最も多く集まることもあり、5万人を超える人々が住んでいるという話をサラが道すがらしてくれた。

 そんな大きな町なので表通りもあれば裏通りもある。そして町に入った私たちが今進んでいるのは汚い裏通りだ。多くの建物があるのはさすが大都市といえるものだが、そこにあるのは家というより小屋といった方がいいような建物が多く並んでおり、道にはゴミや小石がたくさん落ちていた。

 どう見ても治安が悪い場所なのだが……そこにいる住人たちは私たちを見つめると慌てて目をそらした。


「汚いところね」

「俗にいうスラム街という場所でございますね」

「でも彼がいるとしたらこういう場所のはずなのよ」


 確か彼……『フレン』はスラムで家族を亡くしたことを貴族のせいだと恨み、そして復讐のために革命軍を作り上げた……と設定資料集に書いてあった。


「でもこれがスラムねぇ……?」


 道のそこここに座り込んでいる子供たちがいる。あれは姉妹なのかしら?私と同じ歳か少し上くらいの似た顔の二人の女の子が地面に茶碗を置いて座っている。物乞いというのかしら。

 



───それを見て私は……




 まったく心が動かないわね。


 ええ、もうまったく少しもピクリとも。やっぱり私は心まで悪役令嬢らしい。もし主人公があれを見ていれば助けようと思ったり可哀そうと心を痛めたりするのだろうけど、私が感じるのはむしろ軽蔑の感情だ。

 私はそんなことを思いながら裏通りを歩いていると……。




───その時




「なっ……!?」


 私の脇を小さな影が通り過ぎていた。

 子供だ。見ると私より少し大きいくらいの男の子が私の持っていた鞄を奪って逃げようとしている。8歳から10歳くらいかしら?そんな子にまさか私が物を盗られるとは……。


「こらっ!」


 私はすかさずスカートのポケットに手を入れると中に入っていたものを男の子に向けて投げつけた。


「ギャッ!」


 一言叫んで男の子が頭から血を噴いて倒れる。

 そしてその頭からゴトリと落ちたのは……私が投げた石ころ。そう、私がポケットに入れておいた石ころを身体強化を使って投げたのだ。


「あなた!この私メアリ・アン・デズモンドから物を盗ろうなんて……見どころがあるわね!」


 踏ん反り返りながら少年に歩み寄る私をサラが半目で見つめている。

 物乞いの子供たちや私をチラチラ見つめていたスラムの住民たちも怯えるように私を見つめているわね……逆に見つめ返してやると目をそらされた。


「あらあら、スラムの住民ともあろうものが意気地のないことね。何?あなたたちも石をぶつけたいの?それともぶつけられたい?」


 そんなことを言ってやると怯える目が増えた。もしかして私が子供の頭をかち割ったから?

 

 残念ね!ここには放送法もなければ、人権保護団体もいない!BPOもPTAもいないのよ!盗みをやった子供をどのように扱おうとこの私次第ということ。

 この世界は弱肉強食。前世だったら即御用になるようなことをしたって全然平気なんだから。


「ほらっ起きなさい!ねぇ……あら?起きないわね……?」


 倒れた男の子を仰向けにしてそのままその頬を張ってみのだけれど……気づく気配がない。


「お嬢様、そのままでは死んでしまいます。服が血だらけです。誰が洗濯をすると思っているのですか」

「それは不味いわ!」


 この状況で洗濯の心配をするサラもサラだけど、まぁ私も私よね。でもこの子を死なせてしまうなんてとんでもない!

 この子はこの天下無敵たる私に対して恐れずに向かってくるような勇敢な男の子なのだ。きっと世の中に不満をたくさんもっていることだろう。その不満を燃料に努力を重ねてやがて革命勢力の立派な一員になるにちがいない。そんな彼をここで死なせてたまるものですか。


(癒しを!)


 私は慌てて想いを力に変えて癒しの魔法を使う。APがちょびっと減った感覚があるので発動したのは間違いないだろう。出血の割には大した怪我ではなかったっぽい。


「はっ!ここは!?」


 どうやら気が付いたようだ。手遅れになる前に発動することが出来てよかった。サラ。教えてくれてグジョブよグッジョブ。


「お嬢様が毎朝おっしゃってるセリフでございますね」

「私って毎日こんな感じで目覚めてるの?」


 確かに私は血まみれになって倒れることが多い気がする。いや、ほぼ毎日なような気も……。うっ……頭が……。


「そんなことより……ねぇ気が付いたの?どうも、ごきげんよう!私はメアリ・アン・デズモンドよ!あなたのお名前は?」

「え?え?なに?名前?ト、トーマスだけど……」

「そう。トーマス……良い名前ね!あなたよくも私の鞄を盗ってくれたわね!」

「ひぃ!」


 私が褒め称えるとなぜかトーマスは怯えて頭を庇うように蹲った。どうしたのだろう。もう傷は治ったと思うのだけれど。


「その勇気を称えてご褒美をあげることにしましょう。トーマス、その鞄の中身をあなたに差し上げてもいいわよ」

「え?マジで!?」


 なかなか現金な少年なようだ。褒美がもらえると分かると喜び勇んで鞄の鞄の中を漁っている。そして中から出てきたのは……。


「石ころじゃねーか!」

「石ころよ。だって私自分のお金とか武器とか何も持っていないもの。でも石ころはいいわよ!投げてよし、持って殴りつけてよし、何よりどこでも調達できて使い捨てに出来ることが素晴らしいと思わない?」


 お金はお父様やお母さまからもらうこともできるし、武器だって望めは騎士団から調達できるかもしれない。でも考えてみる。それって私のものなの?違うわよね。私は私の力で手に入れたもので勝負する。それが何であってもだ。

 ゲームの中では『王家』などという自分の力でもないものに縋って『メアリ』は破滅していた。今回は絶対にそんな惨めなことをするつもりはない。私は私の力で勝負する。

 そんな私からのアドバイスだったのだけど、トーマスはお気に召さなかったようで……。


「思わねーよ!」

「今度引ったくりするときにでもその石ころを使うといいわ。そもそも鞄だけを盗って逃げるなんて甘いのよ。反撃されるじゃない?それなら背後からその石で頭をかち割ってから逃げた方がいいわよ」

「え゛!?そ、そんなことしたら相手が死んじまうじゃねーか!」

「うん?……確かにそれはまずいわね……」


 しまった!確かに領地の住民が死んでしまったら革命の勢力が減ってしまうじゃない!プリレボでの革命軍の中核はデズモンドの民たちだったというのにそれでは本末転倒だ。


「なんなんだよ、この姉ちゃんは!ちょっとおかしくないか!?」

「トーマスさん。よく聞いてください。お嬢様はですね……ちょっとどころでなく……頭がおかしいのです」

「ああ……」


 サラの言葉にトーマスはなぜか納得した目で私を見つめてくる。サラのはいつもの毒舌なのだけれどトーマスが納得する要素は皆無だと思う。なぜそんな目で見つめてくるのかしら。


「……っていうか!?俺血だらけになってるんだけど……あれ!?痛くねえ!」


 どうやら全身血まみれなことに今更気が付いたようだ。でも残念。頭を押さえているけれど既に傷は治療済みなのよね。

 そんなことよりこの勇気ある少年に聞いてみたいことがある。このスラムの住民の暮らしや生活を知っておくことはきっと革命の助けになるだろうから。


「そもそもなんであなた引ったくりなんてやってるのよ」

「仕方ねえだろ。俺たちみたいなガキには働くとこなんてねーし……腹が減ってしかたねーんだよ」


 お腹が空いたから盗んだ。なるほど……うん、実にシンプルじゃない。分かりやすいわ。


「ふーん……?それで私を襲ったと。なかなかやるじゃない!気に入ったわ!あそこで物乞いしてる子たちよりよっぽどあんたの方が立派よ」


 私は物乞いをしている姉妹っぽい子供たちを指さす。どちらも私と同じかちょっと上くらいの年齢だろう。そんな彼女たちは情けない顔をしてこちらをチラチラと見ている。


「なんだよ……お前。あいつらのこと可哀そうとか思わねーのかよ」


 トーマスが戸惑うように私を睨みつけてくる。その瞳はどんな感情を持っているのだろう?軽蔑……というより、期待?よく分からないけれど私は私が思ったことを言うだけだ。


「これっぽっちも思わないわね!お腹がすいたから口を開けてそこにご飯が入ってくるのをただ待っているの?生きたいんでしょ?生きたいのなら何でもやって生きようとしなさいよ!自分の人生を他人に任せている人間を私は可哀そうなんてまったく思わないわ。だから人のものを奪ってでも生きようとしただけあなたは立派だと思ったのよ」

「俺は……あいつらに飯を食わせてやりたくて物を盗ったんだけど……」

「……」


 どうやら私は少し勘違いしていたようね。

 あの姉妹はフェイク!物乞いのふりをしていたのだ。そして私の目があの子たちに行く……その隙を見越して私の背後をとったということだろう。何というダブルトラップ!なかなか考えているじゃない!


「……ってことはあなたとあの子たちはグルってこと?なるほど……それはなかなかやるわね。気に入ったわ!そうね……じゃあ、そんなあなたたちを見込んで仕事をあげることにするわ!」


 私はポケットからパンくずを取り出すと魔法を発動させる。使うのはいつもの治癒魔法だ。消費APは1本について1AP。


(癒しを!)


 私の手の中で1APを消費してパンくずが揚げパンへと変わった。


「パンが出てきた!?なんだそれ!?もしかしてその食い物をくれるのか!?」

「あげるわけないでしょ?馬鹿なの?」


 私は揚げパンに伸ばそうとしたトーマスの手を払い落とす。甘い!ただで食べ物がもらえるなんてそんな美味しい話があるはずないでしょう。


「じゃあなんだよ……見せびらかしたいだけかよ」

「悪役令嬢の私が誰かに善意とか無償の施しなんてするわけないでしょ。仕事っていったのよ。あなたたち、私のために仕事をしなさい。そうすれば対価としてパンをあげるわ」

「仕事ってなんだよ」

「人を探してきなさい。『フレン・ブラックバーン』って名前の大人の男よ」

「……フレン?そんなこといってどうせ見つけられなかったらパンは渡さないとでも言うんだろ」


 疑った目で私を見つめてくるわね。いつか過去にそんな経験したのかしら。報酬を約束されたのに払われなかったとか?サービス残業を強要して給料払わないようなやつかしら。許せないわね。


「安心しなさい。先払いで渡してあげる……というかさっさと食べなさい。腹が減っては戦ができぬって言うでしょ」


 私がトーマスに揚げパンを3本渡すと、トーマスはそれを物乞いの少女二人と分け合って食べ始めた。よっぽどお腹が空いていたのかガツガツと貪るように食べている。


「うめぇ!なんだこれ!」

「ごはん……ううっ」

「おいしいよぉ……んぐぐ」


 3人が貪るように揚げパンを食べているけど……慌てて食べたのか一人が喉に詰まらせたみたいだ。苦しそうな顔をしている。


「ほらぁ!慌てて食べない!それに味合わずに急いで食べるなんて料理に対する冒涜よ。サラ、お水」

「どうぞお嬢様」


 サラがいつものようにどこからともなく出したコップを女の子に渡して、その手のパンを取り上げる。


「あ……」

「食べるときは口に入る量だけにしなさい。分かった?」


 私は女の子の口に取り上げたパンを小さくちぎって入れた。女の子の口がモゴモゴと動いて飲み込む。飲み込んだのを確認してさらにちぎって食べさせる。


「こうやってちょっとずつ食べなさい」

「うっ……ううっ……お母さぁん……」


 は?誰がお母さんよ!私はまだ6歳だっていうのに。それにこんな性格の私が母親になれるわけないのに何を言っているのだか……。

 私はただ革命組織の一員として元気に育ってもらいたいからやっているだけなんだからね。


「食べ終わったら行きなさい。見つけられなくてもいいけど、見つからなかったら代わりに誰か連れて来なさい。『人を探せばパンがもらえる』って言ってね」


「うん、ありがとう」

「ありがとう!姫様!」

「姫様!ありがと!」


 なぜか姫様などと呼ばれてしまった。ドレスを着ているからかな、返り血で血だらけだけど。こんな服しかなかったから着てきたけど歩きにくいのよねこれ……。でもまぁ領主の娘だからこの領の中では姫で間違いないかしら。


「お礼を言われる筋合いなんてないわ。私は対価としてパンを渡しただけなだから。でもそうね……きちんと仕事をしたらメアリ一家に加えてあげてもいいわよ」


 私はまだ食べたそうにしている3人に追加で揚げパンを渡す。

 『慌てて食べるな』と言ったからか今度はゆっくりと追加の揚げパン1本を丸まる食べきると3人はお礼を言って走り去っていった。


「お嬢様でもたまには人のためになることをなさるのですね」


 サラがそんなことを言い出す。私は人のためになることなんてしていないのに。


「何を言っているの?私は自分のためになることしかしていないわ」

「そうでございますか?『情けは人の為ならず』を実践しているかと思いました」

「情けは人のためにならない?確かに私は人に情けなんてかけてないわね。うん……その言葉は私のためにあるような言葉ね!」

「誰かのためを想ってしたことは回りまわって自分を助けてくれるという意味でございますが?」


 どうやら私はことわざの意味を間違えて覚えていたらしい。前世でもずっとそう思っていたのに大恥である。訂正せねば。


「私にはまったく関係ない言葉ね!私は目つきも悪いし、すぐ怒るし、性格も最凶の悪役令嬢なんだから人に好かれるはずがないものね。そんなことは分かっているからこうやって利害で人を動かすのよ」

「はぁ……お嬢様は本当に阿呆ですね……」


 もう、サラは何が言いたいのかしら。よく分からないわ。


「ところで先ほどおっしゃったメアリ一家とは何ですか?」

「私の私による私のための組織よ。あの子たちが上手く仕事をしてくれたら組員の2号~4号にしてあげてもいいわね」

「何ですかそのおかしな組織は。それに1号は誰なのですか?」

「もちろんあなたに決まってるじゃない。サラとはずっと一緒にいたいからね」


 そう言ってサラの顔を見ようとしたらそっぽを向かれてしまった。怒ったかな?まぁ仕方ないよね、私は悪役令嬢だし。

 そんな感じでスラムの一角でサラとおしゃべりしているうちに私の放った揚げパン探偵団は一人増え、二人増え、その度に揚げパンを作っては渡していると……ついに望んでいた情報が入ってきた。


「ひ、姫……様……」


 息を切らしながら現れたのは私が頭をかち割ったあのトーマスだった。そしてトーマスも私の呼び方が『姫様』になっていた。まぁ数々の悪名のある私は別になんて呼ばれても構わないけれどね。


「トーマスじゃない。あなたまた人を連れてきたの?それなら揚げパンをあげるけど?」

「違う!思い出したんだ!『フレン・ブラックバーン』って……ボスのことだ!」

「ボス?」


お読みいただきありがとうございます。

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