第5話 悪役令嬢と治癒魔法
「今日は家のみんなを治癒して回ろうと思うの!」
治癒魔法を得てサラやサラの仲間っぽいメイドたちを治癒した私はベッドの上に立ち上がり、人差し指を掲げて高らかに宣言する。
最初はなぜかパンが治癒されてしまうというおかしなことになったけれど、農奴→サラ→メイドと完治させた私の治癒魔法に効果があることは間違いない。
乙女ゲーのプリレボの主人公までとはいかないかもしれないが、きっとそれに近い能力があるはずだ。
だったらこの力を使わない理由はない!……といっても私は別に聖人君子でもなければ聖女でもないので困っている人々を癒して回るようなつもりは一切ない。悪役令嬢らしく力は私が私のために使うし、知らない誰かを助けるためにわざわざ怪我人を探しに行ったりするつもりもない。
「ということでとりあえずお父様たちに使ってみることにするわ!」
「何が『ということ』なのかさっぱりですが、本日お館様たちは珍しくご在宅でございますね」
サラの言うとおり今日は珍しくお父様とお母様が家にいる日なのだ。
別にお父様とお母様が怪我をしたということも聞いていないので治癒魔法を必要としているわけでもないかもしれないが、私の好き勝手をすべて容認してくれている保護者である。健康でいてほしい。
あとは屋敷にいる使用人とか騎士団とかも私の身内みたいなものなのだし、お父様とお母様が終わったら治癒魔法の実践に行ってみるとしよう。
特にお父様もお母様は毎日毎日魔物狩りに行っているのだから自覚症状がないだけで病気とか怪我とかしているかもしれないからね。
「お父様、お母様、いらっしゃいますか」
「ああ、マリーかい?入っておいで」
マリーと言うのは私の愛称だ。そうあの頭お花畑の主人公の名前である。私の愛称を他人が使う、これもあの主人公相容れないことだ。
部屋をノックするとお父様の嬉しそうな声が返ってきた。娘大好きなお父様は私に会うといつも幸せいっぱいという感じで機嫌が有頂天になる。今日もいつもどおりのようだ。
「失礼いたします。お父様、お母様」
優雅にカテーシーを決めるとダグラスお父様とシンシアお母様が破顔して飛びついてきて私の頬にキスの雨を降らせる。
「ああ、マリー!なんて可愛らしいの!」
「まだ6歳なのにちゃんと挨拶ができて偉いぞ!なんて賢い子なんだ」
そんな感じでお母様とお父様が私を褒めたたえる。いつもの光景だ
二人ともとにかく娘に甘い。甘すぎる。例えるならショートケーキにチョコレートと砂糖と蜂蜜をこれでもかとかけまくったよりもさらに甘い。
そんな甘すぎる二人は今まさに顔をデロンデロンにしてしまっている。
もともと顔が良いだけに蕩けきった顔の残念さが際立ってしまっているが、私としてはその方が好き勝手出来るので特に気にしない。うん、まったく気にしないよ。
二人はなかなか子宝に恵まれずに貴族としては歳をいってから出来た子供なので私がとにかく可愛いらしいのだ。
対する私はと言うとお父様もお母様とも大好きである。なので二人に対して見下したような態度はとらずきちんと貴族令嬢らしく話している。私の両親に対する口ぶりに『マジかよこいつ。猫かぶってんじゃねえよ』とでも言いたそうに汚物を見るような目でサラが見つめてくるが気にしない。
私は敬意を払える相手を選んでいるだけなのだからね。
それにしてもお父様の歳はもう30代中頃だからだろうか。よく見ると頭髪の生え際が後ろに後退しだしており、お母様の顔にも少し小じわが見え始めている。
そんな二人に頭を撫でられたり、頬をスリスリされたり、いつものコミュニーケーションがやっと終わったところで私は本題を切り出した。
「お父様、お母様。実は私は治癒魔法を覚えたの!ぜひ二人に使わせて!」
「……治癒魔法?マリーの魔法属性は確か闇じゃなかったかい?」
「そうよね、マリーちゃんは闇属性だったわよね。私の可愛いマリーちゃんなら何でも許しちゃうけど、それでも治癒魔法は難しいんじゃないかしら」
私を愛称の『マリー』と呼ぶ二人の言う通り、この世界では属性は一人に一つとされている。それは生まれつき決まっており、途中で属性が変わったり、複数の属性を使ったという事例はない。
いや、ないとも言えないがそれは何百年、何千年なのかも分からない伝説や物語の中だけの話であり、今生きている人類でそれを目にした者はおらず、信じている者いないくらいなのである。
「私の治癒魔法は属性魔法じゃないの!何でもできる不思議魔法?何と言ったらいいのかしら……そう、感謝の力をもとに発動する魔法なのよ!」
「……感謝の力ってなんだい?」
私はお父様とお母様に治癒魔法を使えるようになった経緯を説明する。
この何でもありの魔法を習得するには心の底から感謝する人々全員に気持ちを伝える必要があること。前世の記憶を思い出してそれが分かったこと。屋敷の人々や農奴たちに感謝の気持ちを伝えたこと。
なぜか揚げパンが治癒されて復元してしまったこと。農奴やサラたちを実際に治癒したこと、それらを伝えるとお父様が怪訝な顔をして私ではなくサラを見つめた。
「お嬢様のおっしゃったことはすべて事実でございます。この通り私も仲間も。……完全に傷が癒えました」
サラがメイド服の背中をめくるとお父様とお母様にその綺麗な肌を見せつけた。私は見ていないけれどきっとそこに何か怪我をしていたのだろう。
「わぉ……セクシー……じゃなくて!サラ何やってるの!女の子なんだからそんな簡単に肌を見せちゃだめよ!」
私はあわててサラの背中を隠すが、サラもお父様もお母様もまったく気にしていない!?まぁ!お父様はお母様一筋だからサラの肌を見たくらいで懸想するようなこともないし、お母様もそれを信じているということかしら。
「これは……信じられない……あれが消えるなんて……」
「良かった……良かったわね、サラ……。一緒にいたあの子たちも良くなったのね……」
お母様が涙ぐんでいる。一緒にいたというのはサラに紹介されたメイド仲間たちのことかしら。確かにあの子たちを治すには何度も何度も魔力切れを起こしてしまった。きっとサラよりもちょっと重い怪我だったのかもしれない。
「ありがとうございます、奥様。あとは体力が戻れば仕事をするのには問題はございません。それで……皆ぜひお嬢様のために仕事をさせていただきたいと希望しているのですがお許しいただけるでしょうか」
「ほぅ……信用していいのか?」
「皆やる気に満ち溢れております。旦那様」
何かサラとお父様の間で決まったらしい。あの治した子たちが私のメイドに加わるのかしら。私としてはサラ一人で十分なのだけれど。
「そんなことより私の魔法を見てください!いきますわよ!癒しを!」
私は手のひらをお父様とお母様に差出し、魔法を発動させる。発動させるのはもちろん治癒の魔法だ。サラのように見えないところに怪我をしている可能性もあるから全力で発動させたところ……。
「ん?特に何も起きないようだが……」
「そうね。あまり変わった感じはしないわね。怪我をしていないからかしらね」
お父様とお母様が自分の体を確認しているが、何かが治ったという自覚はないらしい。でも離れて見ている私やサラにはその変化が如実に分かってしまった。
「あ、あなた!?」
「シンシア!?」
お父様とお母様もお互いの姿を見て気づいたようだ。
「あなた!髪がフサフサになっているわ!」
「お前の髪もこんなにつやつやに……肌も綺麗になって!」
二人は急いで鏡の前に行くと自分の姿を確認する。そこには後退気味だった髪が若いころのようにフサフサになったお父様と小皺が綺麗になくなりまるで十代のような肌と髪になってお母様の姿が映っていた。
「これも治癒魔法の効果かしら?」
「お嬢様、治癒魔法で髪や肌が若返るなどということは聞いたことがございません」
きっとサラの言う通りなのだろう。だったら私の魔法は何なのだろうか。揚げパンがもとに戻ったから時間が戻る魔法……ということはないな。
だって元に戻るならパンが1つに戻るはずなのだから。増えることはない。だとすると理想の状態になるということなのかもしれない。ゲームでは想いや想像力で主人公は魔法を発動さえていたからね。
「でもそんなことどうでもいいじゃない」
30歳を超えているのに二人とも20代のような若々しい見た目になって嬉しそうに抱き合ってることだし別に困ることなんて何もない。細かいことを考えても仕方がないからね。
「ああ!メアリ!あなたはなんて素晴らしい子なの!ありがとうね!」
「ありがとう、メアリ。でもこんなすごい魔法を使って魔力は大丈夫かい?」
「まだまだ使えますわ!次は使用人たちにかけてきます!」
「では行きますか。お嬢様」
ここまで魔法を使ってきて気づいたことがある。魔法は使えば使うほど魔力は増えていくようなのだ。だったらもっともっと魔法を使って使って使いまくり、私が世界の頂点になるための力を得るしかないじゃない。
そうして私はまたサラに抱えられると屋敷中で治癒魔法を使いまくり、その後床に顔面からぶっ倒れるのであった。
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