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第31話 悪役令嬢とカラススレイヤー

「はっ!」


 目が覚めると知らない天上……じゃない、いつもの天井。うん、いつも通りだ。

 だいたい毎日魔力切れで気絶してから朝になっているし、今日も『なんだ、いつも通りか』としか思わなくなってしまった。


「お嬢様!?」


 いつも通りだと言うのにサラがなぜか慌てて私のベッドに駆け寄ってきた。あ、そうだった。昨日はカラス軍団と死闘を繰り広げたのだったわね。


「サラ、途中で倒れちゃって覚えてないのだけれど、カラスはどうなったの?」

「……三日も目が覚めなかったのに目が覚めて第一声がそれですか。さすがでございます。お嬢様」

「そう言えば挨拶をしていなかったわね。おはよう、サラ」

「おはようございます。お嬢様。ですが、第一声というのはそういう意味ではございません。阿呆なのですか!どれだけの人が心配したと思っているのですか!」


 心配?悪役令嬢のこの私を?いえ、違うわね。雇い主の私が倒れると確かに困るわよね。給料でなくなってしまうし、稼ぎ頭でもあるからね。

 だったらさっさと元気になって働かなければならないわね。それにはまずはマナブレアの森の調査だ。


 昨日……いえ、三日前のカラスの襲撃は私がマナブレアの森に入ろうとしているから……というのは考えすぎかしら?誰かがカラスを操って襲ってきたということも考えられるけれど……調べようもないし、調べたところで正面から叩き潰すことしか私には出来ないのよね。


 昨日の戦闘でも私以外はあれだけの数のカラスを前に手が出せる人間はいなかった。やっぱりお父様の言ったように一人で森に入らずに、私とともn戦える手練れの人間がいたほうが良いかもしれない。

 第1候補の料理長と第2候補のジョン神父には断られてしまったし、誰かいい人がいないものかしらね。

 昨日の戦いで大量のカラスの死体が散乱しちゃったから埋めたり焼いたりしないといけないし……。


「サラ、あの時のカラスの死体はどうなっているの?生きていたのは逃げたのかしら?」

「……あの後皆で焼いて埋めております。ですが肥料にしたいと言うのであればまずは食事を取って体力を回復してください」


 いつの間に用意していたのか、サラは部屋の外からワゴンを運んでくるとテーブルに料理を並べていく。これはリゾットと野菜のスープかしら。胃に優しそうなものだけれど……。


「料理なら大口に私の作ったものがたくさんあるのだけれど……」

「料理長が『お嬢が目覚めたら絶対に俺の胃に優しい料理を食わせろ』と吠えておりましたので申し訳ございませんがこちらをお召し上がりください」


 サラがそんなことを言っているうちにテキパキと配膳が終わってしまった。ここまでされたら食べるしかないじゃない。


「料理長の料理を食べるのは久しぶりね」


 毎日料理の練習を兼ねて自分で作ったものを味見しているので最近は料理長の料理は食べていなかった。ちょっと楽しみだったりする。


「いただきます」


 スプーンを掴むとまずはリゾットをすくう。

 リゾットと言ってもお米ではなく小麦を使っているのでシチューに近いように思えるが、中には青色と赤色の野菜がトロトロになるまで煮込まれて入っている。ホウレンソウにニンジンだろうか。確かに三日ぶりに胃に入れるには優しいものがいいだろう。


「……」


 スプーンを口に入れると口の中から鼻にかけてまずは香りが爆弾となって肺へと吸い込まれた。


「これは……ターメリックとクミンが入っているのかしら?」


 カレー風味のリゾットになっている。材料はこの間の料理勝負で私が使った香辛料の一部だ。さっそく使いこなしているとは恐れ入る。ヘタに扱うと香りが強くて料理の風味が台無しになりそうなものだが、絶妙なさじ加減で風味と香りが爆風のように鼻に突き抜けてくる。


 そして味も申し分ないものだ。

 おそらく塩加減を調整しているのだろうが、驚くほど塩分が少ないのに素材同士の甘みを感じさせることでむしろ深い味わいになっている。


「ふぅ……」


 最後の一滴まで胃に収めると思わずため息が出てしまう。


「ごちそうさま。美味しかったわ」

「さようでございますか。お嬢様が敗北宣言をしていたと料理長にはお伝えしておきます」

「次は勝つから首を洗って待ってなさいとも伝えておいてね」

「かしこまりました」


 さて、元気も出て来たし、まずは畑の様子を見に行くとしよう。カラスたちからの被害を確認しなくてはいけない。畑はかなり荒らされてたし、傭兵団や従業員たちの様子も確認しなくてはいけないだろう。


「じゃ、出かけるわよ」

「お嬢様?私の話を聞いておられましたか?」


 文句を言いつつも、サラは私の赤いツナギを持ってきてくれた。私が言い出したら聞かないのを知っているからだろう。あの時着ていたツナギは破れて細切れになってしまったのでこれは新しいやつだ。やっぱりこの服を着ると安心する。




───そして出かけた畑では




 メアリ一家の人々が畑や柵、小屋などの復旧作業を行っているところだった。


「メアリ様!」「姫様!」「お嬢!」


 私の顔を見ると皆が駆け寄ってきた。給料が出なくなるかと心配していたかもしれないけれど私はちゃんと無事だし、お給金と危険手当を払うつもりだから安心してほしい。


「それにしてもこれは酷いわね……」


 治療所周辺の畑の作物は軒並み無くなっており、それどころか地面が抉れてクレーターのようになってしまっているところもある。


「あれは私の魔法のせいね」


 竜巻が出来るほどの威力のある私の『換気閃』の吸引力で地面まで吸い取ってしまったのだろう。もう一度土を入れて一からやり直す必要がありそうだ。


「みんな。作物が取れなくなってもちゃんと毎月のお給料は払うから安心してくれていいわよ。人の被害はなかった?」

「みんな無事です!お嬢!もう一回がんばりましょう!」

「次はもっと収穫量多くなるようにしよう!」

「こんなのすぐに俺らで復旧しますから!」


 みんなやる気があるようで何よりだ。やっぱりお給料大事だものね。細かい怪我をしている人は結構いるからまずはその人たちを集めて治療からかな。畑はまた作り直せばいいからね。





 それから1か月後。

 畑の復旧がほぼ終わった。あとから聞いた話だけれど、あのカラスたちの襲撃は私の治療所の周辺だけで起こっていたという。

 

 デズモンド領は広いため、私の畑なんてそのうちのごく一部でしかないのだけれど、その中で私の畑だけが狙われるというのはちょっと気になる。


 しかし、そんなカラスたちを私が一網打尽にしてしまったからなのか、その後、害鳥や害虫による領内の被害が激減したらしい。やはりあれだけの大量虐殺を行った苦労が報われたということだろう。


「よしよし、順調に育っているわね。早くすくすくと育つのよー」


 私はマナブレアの森から取ってきた作物たちが再び成長している様子に満足していた。畑はやられてしまったけれど、大口の中に苗をいくらでも確保しているので私の畑で全滅ということはあり得ない。

 そんな畑の様子を見ながら私は目的地へ向けて歩いていた。


「でも本当にカラスが領内の全部で激減したの?」

「それをわざわざ確認に行くお嬢様は暇なのですか?やることが山積みというのにこんなことをしているとは。控えめに言って鳥頭とはお嬢様のことではないでしょうか」

「だって気になるじゃない。私の畑の被害が減るなら分かるのだけれど、他の畑まで被害が減るってことはあのカラスはマナブレアの森のカラスじゃなく、領内の他の場所から来たカラスかもしれないじゃない?」


 領内全体のカラスが減ったのか、それとも私のいる場所周辺だけなのか。これが分かるだけでもマナブレアの森への調査の手掛かりになるのではないかしら。


『おーほっほっほ』


 そんなことを考えながら歩いていると、どこからともなくおかしな高笑いが聞こえてきた。こんな昼間からこんなところで高笑いをするとはどんな人物なのだろうか。


『おーほっほっほ』


 どこかで聞いたことのある声なのだけれど誰の声か思い出せない。聞きなれた声のようだけれど、相手の名前や顔が全然出て来ないのはなぜかしら。


「この声は……何かしら?」

「……」


 サラが私を凝視している。そしてやれやれと両手を広げた。なんなの?そのジェスチャー。

 気になるので声のした方向へと行くことにする。そこは一面の麦畑だった。その中から件の声が発生している。周りを見るがどこにいるのか分からない。


「麦畑で高笑いをするとか奇人変人の類かしら」

「お嬢様。その言葉、おそらく間違ってはおりません」

 

 麦畑のあぜ道を歩きながら声の出どころを探していると、畑の中に赤い影を見つけた。おそらく声の発生源はあそこだ。


「ちょっと、そこのあなた」


 その赤い影に声をかけるも返事はない。赤い髪をして赤い服を着た後姿が見える。この私に返事をしないとはいい度胸をしているわね。


「おーほっほっほ」


 赤い髪がまた高笑いを始めた。こっちに気づいていないのかしら。仕方ないので前に回り込むと……。


「なによこれ!?」


 それは人形だった。木と藁で作られた体に布を被せた頭。カツラと赤いボロ布で作られたそれは……いわゆる案山子だ。


「あんれまぁ、これはメアリお嬢様でねか」

「あなたは農家の……」


 農奴解放の関係で知り合いになった農家の一人だ。色々と農業のコツを聞いたり堆肥を融通しあったりしているので交流がある。目の前の老人もその知り合いの一人だった。


「お嬢様のおかげで虫も鳥も寄り付かなくなってありがてえこってす」

「……それってどういうこと?」

「あんれま?お嬢様があのカラススレイヤーでねんですか?」

「カラススレイヤー!?」


 なに?その微妙に中二病っぽくない称号は?私がそう呼ばれているの?ドラゴンスレイヤーとかなら中二病的な心でまだ分かるけれど、カラススレイヤー?カラススレイヤーって何?


「案山子の名前でございますよ」


 私の頭がクエスチョンマークで揺れているとサラがそんなことを言いだした。


「は?サラは何か知っているの?」

「もちろんでございます。こちらの案山子、商品名『カラススレイヤー』は私と発明家のノックス氏の共同開発したもので、害虫・害鳥被害の軽減を目的に作成されました。音声の録音機能を有しております。以前お嬢様がノックス氏の商店で録音の魔道具を使ったことがございましたね?その時録音した音声を一定周期で流す仕様となっております。この容姿と声を耳にしたカラスや害虫は一目散に逃げ去り、農作物を守るという仕様により虫害・鳥害が3割減少するという触れ込みで貸し出しをいたしましたが、ここ1か月ほどは9~10割減少という素晴らしい成果を見せているため、予約が殺到しているところでございます」

「……は!?何やってるの!?あの闇商人!そんなもの作ってないで大量破壊兵器でも作りなさいよ!」


 なんでゲームでマップ兵器を売ってた闇商人が害鳥退治の案山子を作ってるのよ。意味が分からない。


「ちょっと心配してたけんどお貸ししてよかっただ。鳥と追いかけっこせずにすんで楽になったし、作物もたくさん取れて本当にカラススレイヤー様様だ」


 そんなことを言いつつ私を拝んでくる農家の人。もしかしなくてもあの案山子の赤い髪と服は私を模しているのだろうか。声まで私だし。それにしても虫や動物が逃げ出していくというところが解せない。

 

「ありがとうとざいます!カラススレイヤー様!」

「皆さんに喜ばれてよかったですね。『カラススレイヤー』のメアリ嬢様」

「……」


 確かに領内で食料が増えるのは良いことだ。飢えて死ぬ人が減ればさらに革命勢力の増加が見込めるし、もし革命で戦うことになっても食料の備蓄量は勝敗に直結する。

 こんなものより兵器を作れとは思うものの、これはこれで悪くない魔道具といえなくもない。だけれど……一言だけ言わせてもらいたい。


「カラススレイヤーはやめて!」


 小麦畑に私の声が響き渡った。


お読みいただきありがとうございます。

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