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第29話 悪役令嬢と聖女と神父②

 一週間後。

 私がいつものように朝の日課をこなした後、気になったので教会へとサラと一緒にダッシュしているとその周りに人だかりができているのが見えた。

 汚れた服を来た小さな子供たちが多いが、大人も合わせると20人くらいになるだろうか。

 さらにジョン神父がニコニコとしながら私に手を振っているので気になって寄ってみることにする。


「ごきげんよう、ジョン神父。何をしているのかしら」

「ごきげんよう、メアリ嬢。メアリ嬢から大量の野菜のご寄付を頂いたので早速迷える子羊たちに炊き出しを行っていたのですよ」


 見ると子供たちの前には簡易の竈が作られており、その上に置かれた網の上にはトウモロコシやカボチャ、ニンジンやタマネギなどなど、私の畑で取れた野菜たちが所狭しと並べられていた。


 ジュージューと焼かれているそれらにはタレや塩がかけられているようでこちらまで良い香りが漂ってくる。それをジョン神父はヒョイヒョイと手早くトングでひっくり返しては絶妙な焼き加減のものを子供たちの持っている木皿に渡していた。


「なかなかの手際。やるわね」

「この一週間、野菜を毎日大量に届けていただいてありがとうございます。おかげで野菜の焼き方については上達したと自負しております」


 ふざけたことを言われた意趣返しの野菜攻勢だったのだけれどジョン神父には全く効き目はなかったらしい。美味しそうに子供たちと一緒に野菜を頬張っている。


「このトウモロコシ美味しい!」

「こっちのジャガイモも美味しいよ!」


 料理したのが自分でないのが残念だけれど、自分たちが育てた野菜を美味しいと褒め称えられるのはなかなかに気分がいいわね。


「メアリ嬢もお一ついかがですか?」

「いただくわ。サラの分もお願いね」


 そんな感じでサラと一緒に野菜のバーベキューを食べていると教会の中からバタバタと小太り神父とシスターが走り出てきた。


「メアリお嬢様!先週からご寄付が届いておりませんがいかがなされたのでしょうか!」

「ええ、なにか手違いで野菜などが届いているのです!」


 あら?ジョン神父は何も気にしてなかったのだけれど、寄付金を現物支給にした件は伝わってなかったのかしら。


「寄付なら今目の前で子供たちに振舞っているじゃない」

「「え?」」


 あら?どうやら本当に伝わっていないような感じだ。お互いに首を傾げてしまう。


「おやおや?メアリ嬢は分かっていて教会への寄付を野菜にされたのではないのですか?」

「……は?ジョン神父。あなたが聖堂都市に私を連れていくとかおかしなことを言うから意趣返しにやっただけよ」

「ジョン様。神父様。シスター様。お嬢様の心はとても狭いのです。そこを良くご理解ください」


 サラが私の説明を補足してくれる。まぁ確かに私にしてはちょっとやることがセコかったかもしれない。やっぱりその場でぶん殴っておけばよかったかしら。


「はぁーーー」


 なんだか残念なものを見るような目をしてジョン神父が長々とため息を吐いた。よしふざけたことを言ったら殴ろう。


「まさか無自覚でしたか。やはり全く物の道理を分かっていないただのクソガキだったようですね」


 ニコニコと笑いながら私に毒を吐いてくるジョン神父は表情こそ違うもののサラにちょっと似ているかもしれない。


「お子様にはちょっと早いかもしれませんが仕方ありません。教会の奥まで来ていただけますか。あなたたちも来るのですよ」

「ちょっと!?ジョン神父何を!?」「痛い痛い痛い!」


 ジョン神父は小太り神父とシスターの髪を掴むと教会の中へと引きずっていった。小太り神父とシスターが何をしたのかも知らないが、別にあれで死ぬようなことはないだろう。

 私としては別に二人を助ける義理もないが、興味があるので後を付いていく。サラも助けるつもりなど微塵もないようだ。


「痛い!メアリ様!いえ、聖女様!助けてください!」「聖女様!お願いします!助けて!」


 悪役令嬢的には私を聖女などと呼ぶ二人よりも、クソガキ呼ばわりするジョン神父に心証の軍配はあがる。そもそもなぜ中に案内するのか気にもなる。


「こちらですね」

「や、やめろ!こっちに入るな!おい!」「やめて!お願い!」


 二人の叫びを無視してジョン神父はズンズンと進んでいく。意外と広い廊下にはいくつかの扉があるがその間隔が結構広い。教会は質素な小部屋が多いイメージだったので意外だ。


「この部屋です。ん?鍵がかかっていますね」


 ドカン!


 ジョン神父の蹴り一発でドアが蝶番ごと吹き飛んだ。すごい!今の技って拳法とかかしら。私にも出来るかしら。なんだかワクワクしてきた。


「えいっ!」


 試しに隣のドアを身体強化した体で蹴とばしてみるが、ドア枠が少しゆがんだだけだった。


「何をやっているのですか、お嬢様」

「私にも出来ないかなーって」

「お嬢様は本当に阿呆でございますね」


 私とサラのそんなやりとりを横目にジョン神父が部屋の中へと入るのでそれについていく。すると……。


「なにこれ?」

「お嬢様の部屋より広いのではないですか?」


 そこにあったのは広々としたまるで貴族が住まうような家具の置かれた部屋であった。大きなベッドは天蓋付きの王侯貴族が使うようなものであるし、壁には高そうな絵画が何枚もかけられており、テーブルの上や棚には金貨が積まれて山となっていた。


「ちょっとぉ……なによ?」


 モソリとベッドの上のシーツが動くと中から裸の女の人が出てきた。


「あなたの奥さんという訳では無いですね?」

「知らん!私はこんな女知らんぞ!」

「ちょっとぉー、私を買っておいて酷くない?」


 ジョン神父の迫力のあるニコニコ顔に問い詰められた小太り神父が首を振っているけど、これは娼婦を教会に連れ込んでいたってことかしら。


 その後、嫌がり泣きわめくシスターの部屋に入るとそこも同様に豪華な部屋であり男娼が囲われていた。うーん、この国の宗教の教義は前世とはずいぶん違うらしい。前世の宗教では姦淫は戒められていることが多かった気がするけど……いや、そうでもないわね。前世も生臭坊主ばっかりだったわ。理想と現実の違いというやつはどっちの世界でも同じなのかもしれない





 娼婦と男娼は強引に帰ってもらい、教会の神父とシスターの二人は今、教会の聖壇前で懺悔をするように膝をついていた。


「違うのです!この女が少しくらい金を使ってもバレるわけがないといいだしたのです!」

「私のせいにしないでちょうだい!あなたが言い出したんでしょう!」

「ふぜけるな!ねぇ、ジョン神父!私だけでも見逃してくれますよね!」


 こいつら私がこの場にいることを忘れているのかしら。それとも子供だからと舐めているかしら。言い訳ばかりで懺悔をするつもりなど皆無らしい。

 ジョン神父はと言うとニコニコしながら二人の弁明を無言で聞いている。


「……」

「わ、私は聖堂都市の聖スフィア大教会の総司教にも伝手がある!いくら聖堂都市の神父と言えど私に手を出せば……ぐああああああ」

「私だって高位司祭の弱みの一つや二つは持っているんだから!あなたに乱暴されたって言うことだって……きゃあああああ」


 ジョン神父の鉄拳が二人の顔面に突き刺さり、教会の外まで吹き飛んでいった。うーん……顔がぐちゃぐちゃになってたから私の殴る場所は残ってないじゃない。


「ああ……迷える子羊を救うのも良いですが、醜く肥えた豚を殴るのは最高の気分です。そうそう私は聖都の生臭坊主たちとは派閥が違うのでそんな脅しを言っても関係ないですから……って聞こえていませんか。さて、メアリ嬢。やらない善よりやる偽善とは言いますが、あなたの寄付金はすべてあの愚か者たちに搾取されてたようですよ」

「そのようね」

「教会に寄付して慈善事業を任せるのは勝手ですが、もっとよく調べてからにすべきでしたね。あなたのやっていたことはもはや偽善どころではなく、無駄でしかなかったのですよ。寄付が野菜に変わったので意外と理解が早いと思いましたが、その様子では分かってなかったようですね。いい勉強になりましたか?クソガキの聖女様」


 ニコニコとした表情を崩すことなくこの私に説教とはいい度胸をしているわ。


「それについてはぐうの音も出ないわね!でも一つ訂正しなさい!私は善でも偽善でもなければ聖女でもないわ!」

「私はこのデズモンド領に来てからあなたのことを聞いて回りましたが、多くの人があなたの功績を称え、聖女と呼んでいましたよ」

「むしろ私は聖女とは正反対の存在よ。私は私がやりたいことをしているだけなんだからね!」


 そんなことを話していると教会の外からザワザワとした声が聞こえてきた。

 表に出てみると煌びやかな装飾が施された馬車が何台もとまっており、修道服や十字架の印が描かれた鎧を着ている人たちもいる。


「あなたたちはこの教会の者か?神父に用があるのだが……」


 代表者と思われる豪奢な修道服を着た初老の男性がチラリと地面に倒れている二人を見る。うん。顔がぐちゃぐちゃだから本人かどうか分からないわよね。それが神父です。


「私が代わりにお聞きしましょう」


 ジョン神父が一歩前に出た。自分で殴り倒した神父の代わりに話を聞くようだ。まぁ一応は神父らしいからいいのかしら。もともと先ぶれとして聖堂都市からデズモンドに来たらしいし。


「あなたは……!?まさか!?」

「まぁまぁ……まずは私からこの場であったことのご説明をしましょうか?」


 驚く聖堂都市からの使者の言葉を遮りジョン神父が説明を始めた。

 ジョン神父が曰く、この教会の神父は寄付を受けた金銭を教会本部にさえ報告せずに隠し、それをシスターとともに私利私欲のために使っていたとのことだった。当然私の寄付も貧困者に渡ることなく着服されていたのだろう。


「この者が寄付金を着服していたとは……。本来は聖スフィア教会本部へ5割は納めないといけないところを何という罪深い……」


 え?罪深いのそこなの?……っていうか私の寄付が教会本部に5割も取られるって分かっていたら寄付なんてしないのだけれど。


「そういうわけでこの二人はあなたたちでお持ち帰りください」

「ええ!?ですが、それではこの教会の神父がいなくなってしまいます……。これからデズモンド公爵閣下にご令嬢の聖女認定についてお伝えしなければなりませんし、先触れも送らないといけませんので……」


 ん?今この人おかしなこと言ったわね。『先触れ』を送る?先触れってジョン神父のことじゃなかったのかしら。なんだか話がよく分からなくなってきた。


「その必要はありません。そこのクソガキは聖女ではないそうですから」

「は!?あの……そこのおかしな格好をした子供がどうしたのですか?」


 サラの作ったこの赤いツナギを馬鹿にしないでもらいたい。動きやすさと丈夫さを兼ね備えており、血で汚れても目立たない最高の格好なんだからね!


「あなた、私の格好を馬鹿にするとかぶん殴られたいの?」

「む?平民の子供風情が私を誰だと思っている!スフィア教聖堂都市の司祭だぞ!」

「ああ、あなたの言うそちらの子供風情が件のメアリ・アン・デズモンド公爵令嬢ですよ」

「なあっ!?」


 司祭が目を白黒させている。

 どうやら私が誰だか分かっていなかったらしい。その気持ちも分からないでもない。私は貴族の令嬢どころかさらに高みにある天地万象の頂にいる存在なのだからね。まぁ格好が格好だから分からなかっただけだろうけどね。


「ごきげんよう。私はメアリ・アン・デズモンドよ。あと聖女認定はお断りするからよろしくね」

「こ、これはご無礼をいたしました!ですが聖女認定は大司教様方の協議により決まった決定事項でして非常に誉れあることなのです。それをお受けになられないということは考えておりませんで、ここは何とかお受けしていただきたく……」


 司祭がよくわからない言い訳をはじめたが、それをジョン神父が遮った。


「聖女認定は中止です。それからこの教会の神父には私が就任しますのでご心配なく。分かりましたね?それとも『私』の言うことが聞けませんか?」


 ジョン神父が拳を握りしめている。おおっ!きっとあれで殴るつもりだ!またあの音速のような拳の動きが見られるかもしれない。


「それは……はい……分かりました。では……総司祭にはそのように伝えておきます……」


 残念ながら聖堂教会から来た面々は悔しそうにしていたが、殴られることもなくこの教会にいた神父とシスターを連れて帰っていってしまった。

 一件落着かしら。でも私はそもそも付いていくつもりなんてなかったからどうでもいいか。とりあえずあの部屋にある元神父たちの財産は換金して野菜に替えておこうと思う。

 いや、それよりまずは気になることがある。


「それでジョン神父。あなたがこの教会に残ることにするの?あなた何者なの?名前も絶対に偽名よね?それになんであの人たちはあなたの言葉で素直に帰ったの?あれって結構身分の高い連中よね?」

「いっぺんに質問しないで欲しいですが、まぁいいでしょう。実は私……スフィア教の原理主義者なんですよ」

「……原理主義者???」

「ええ。なぜか今は教皇を頂点にした司祭たちが神の代行者などと言われて崇められたりしていますけど、そもそもスフィア教の聖書にはそのようなことは書かれていません。今聖書と呼ばれているものは原典に色々と書き加えられた偽りのものなのです」


 なるほど、聖書の後半がとたんにつまらなくなっている理由が判明した。きっと都合の悪い部分を書き換えたり脚色したりして自分たちに都合のいいような聖書にしてしまったのだろう。だから話が尻切れトンボになっていたり、途中から展開がガラッと変わったりしてしまっていたわけだ。


「ですので、私はスフィア教の幹部とはいえ彼らに従う理由はありません。もともとあなたのようなクソガキを聖女認定するのに反対だったのと、醜く肥えた豚を殴りたかったのでこちらに来ただけです。ですが、街に神父がいないとなると困ることもあるでしょう。しばらく私はここで働かせていただきますよ。もちろん今までの聖書など使わずにその原典を使わせていただきますが」


 そう言うとジョン神父がどこからか本を取り出した。

 見た目は私の持っている聖書と変わらないように見えるがあれが原典なのかしら。ということはあの中途半端だったラノベの結末までちゃんと書いてあるということ?うーん、ちょっと読んでみたい。

 私が興味深げにそれを見つめているとジョン神父はそれを私に差し出した。


「よろしければ購入されますか?1冊銀貨1枚です」

「買いましょう!……ってサラ、銀貨1枚って安いのかしら、高いのかしら?」


 あまり本を買ったことがないので適正な値段がよくわからないが、私は銀貨を神父に渡すと代わりに聖書の原典を受け取った。


「買ってから言わないで欲しいのですが通常の聖書は金貨10枚で売られておりますので、聖書としては破格の安さかと。通常の書籍と比べてもやや安いくらいかと思います」

「お買い上げありがとうございます。2巻以降も販売しておりますので、もし面白かったらぜひお買い上げください」


 今のジョン神父のニコニコ顔は演技ではなく、本当の笑顔のように見える。原典の布教が出来るのがそんなに嬉しいのだろうか。さすが原理主義者である。

 でもここまでの情報を合わせても目の前のジョン神父はゲームのジョン・ドゥで間違いないと思う。あの二人に向けて放たれた拳、その綺麗な姿勢で体重の乗った流れるような動き。私の普段使っている適当にぶん殴るテレフォンパンチやヤクザキックとは違ったプロの技に見えた。


「ねぇ、ジョン神父。あなたメアリ一家に入らない?」

「は?メアリ一家?」


 何を言っているか分からないとばかりに首を振っているジョン神父。

 私はメアリ一家とは何かを説明する。私が前世の記憶があることや、ゲームのこと、それから『暁の翼』のことなどなど。

 一通り話を聞き終わったジョン神父はニコニコ顔を崩すことなく頷いた。


「そうですか。面白いことをされているのですね。もちろんお断りいたします」


 ニコニコ顔で断られてしまった。


「なんでよ!」

「私は私でやりたいことがありますので。まずはデズモンド領にある他の教会も見て回っておそらく鉄拳を振るわなければなりませんし、他にも色々とやりたいことだらけで忙しいのですよ」

「じゃあ一家に入らなくてもいいからマナブレアの森への探索隊に加わりなさい」

「マナブレアの森?あの有名な魔境にですか?何のために?」

「食材を取りにいくためよ!」


 私は両手を腰に当てて崇高な目的を宣言する。

 マナブレアの森が危険だということは散々聞かされているし、少なくとも私の両親並みの強さの人間が私のほかに2人は欲しいと思っている。

 はっきり言って私の両親は一般的に化け物クラスに匹敵するけれど、このジョン神父がジョン・ドゥであれば申し分がないだろう。もう一人は傭兵団長のハウエルに頼むつもりだし。


 そう思っての提案だったのだけど……。


「やめておきなさい。あの森には何か良くないものがある気がします。いくらクソガキとは言えやたら命を無駄にするものではありませんよ」

「お断りってこと?」

「そのとおりです」

「そっかー……」


 うーん、何やらやることがあるみたいだし仕方ないか。暇ならぜひ勧誘したかったのだけれど、どうせ革命が起きたら勝手に暴れまわってくれるだろう。

 もちろん私はあきらめるつもりはないけどね。


「分かったわ。でも『暁の翼』って組織が出来たらきっと入りたくなるだろうからいつでも言ってね」


 私は手にした聖書を持つと治療所へと急ぐことにした。結局私の聖女認定も避けられたし、宗教の総本山に行かなくても済んだ。私も私でやることがたくさんあって忙しいのだ。

 今日も私はデズモンド領を駆け回る。


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