第28話 悪役令嬢と聖女と神父①
「サラ、この聖書って本は何巻まであるの?」
「全20巻でございます、お嬢様」
その日、私は珍しくサラとこの国の宗教についての話をしていた。
マナブレアの森へ挑むと決めたものの2人の同行者はまだ決まっていない。傭兵団長のハウエルは決定としてそれに匹敵するレベルを後1人となると難しい。料理長のアレクシスなんかは結構強いと思うので破壊神退治に誘ってみたら『俺を何だと思っているんだ!』と断られれた。
料理長と思っているわよ。うん、ぐうの音も出ない。
見つからないものは仕方ないので約束通りまだマナブレアの森へは挑戦せず、私は毎日忙しく治療所で怪我や病気を治したり、傭兵団で戦闘訓練をしたり、畑を耕したり、料理をしたりと色々やっている。
さらに私は貴族としても最低限の教育も受けていた。
貴族としての作法はもとより、経済学や、数学、歴史などなど普通の貴族の子女はそれを毎日毎日手取り足取り時間をかけてじっくり習っているらしいけれど、私は時間がないので書面にまとめさせて時間のある時に自分で読んで勉強している。
実地は見本を一回見るだけで十分だ。前世の知識もあるので、大幅な時間短縮が出来ていると思う。
その中でも私が興味を覚えたのはこの聖書だ。宗教学の一環で家にあった聖書を読んでみたのだけれど……。
「これって結構面白いわよね。何というか要するにこれってラノベよね」
「ラノベとはなんでございましょうか」
「ライトノベル。要するに大衆向けの軽い娯楽小説よ。なんか天使やら悪魔やら出てくるし、人に力を分け与えたり、堕ちた天使が暗黒竜となって人に宿ったりね」
前世の聖書もしっかり読んだことはないけれど、だいたいそんな感じだったと思う。でもこれって前世の聖書に似ているようで微妙に似ていないのよね。
「確かに一部では人気があるようでございますね」
「でも後半がワンパターンで娯楽としては失敗よね。最初は面白いのに……」
なぜかこの聖書とか言うライトノベル。最後は決まって教会と司祭なんかが現れてすべてを救ったり、人々の祈りに答えて神が救ったりしてめでたしめでたしで終わるのだ。あからさまなプロパガンダとでも言うのだろうか。せっかく盛り上がった物語が最後に台無しとなっている。主人公そっちのけでなんで教会が出てくるんだろう。
「まぁ教会は教会で私の手間を省いてくれている組織としては有用なのだけれどね」
「お嬢様からのご寄付のことでしょうか」
スラムのボスであるフレンなどを使って死人が出ないようにと仕事と食料を渡すようにはしているけれど、貧困対策はそれでも十分とは言えない。中には誰にも頼ることが出来ずに職にも食にもありつけない孤児などもいる。
そのため、私は街毎に必ずと言っていいほどある教会に寄付してそのお金で孤児なんかに食べるものを分け与えるように言ってあるのだ。元々教会は弱者救済をやっていたらしいから手間を押し付けてやったというわけだ。
悪役令嬢らしく利用できるものは神でも利用してやっている。
「実はその教会から伝言をいただいております。セレノアの街の教会に近いうちに寄ってほしいとのことです」
「教会に?私になにか用かしら?」
はっきり言って私は信仰心など皆無であるし、その旨は教会にも伝えてある。毎週あるという集会にも参加してなければ神に祈ったこともない。
知っているのはその教会が女神スフィアを信仰するスフィア教という名前らしいというくらいのものだ。
「スフィア教って名前なのよね。あれってどんな宗教なの?」
「30年ほど前に現在の教皇が興した宗教らしいです。それまでは自然信仰などのあいまいな教義の信仰が多く、統一された宗教と言うものはなかったらしいですが、今ではスフィア教を信仰する者が国の5割を占めていると聞いております」
30年前というとそれほど古いわけでもないが、新興宗教と言うほど新しくもない感じだろうか。正直言ってスフィア教には興味はないが、無宗教を公言している私をなぜ呼んでいるのかについては少し興味をそそられる。
「どうせ街に寄ってから治療所へ行こうと思っていたし、行ってみようかしら」
♦
「ここがこの街の教会かぁ……」
街から少し離れた高台に建てられている建物。尖塔型の屋根の上には白い十字架が掲げられており、おそらくそこが聖堂なのだろうと見当がつく。
その聖堂に併設されたところが神官達などの住居などなのだろう。意外と綺麗な建物で周りは柵で囲まれており、綺麗に整えられていた。
「ご自分が寄付されていた教会を今になって初めてご覧になるとはさすがでございます。控えめに言って怠惰でございますね」
「興味がなかったのだから仕方ないでしょう」
むしろ悪役令嬢たる私と教会は水と油……いえ、聖と邪の関係ではないかしら。聖が教会、邪が私という感じで。
とりあえずなぜ呼ばれたのかは興味があるので聖堂に入ろうとすると目の前に真っ黒な壁が現れた。見上げるとその壁の上には人の顔があった。
「おはようございます。その赤い髪を見るにあなたがメアリ嬢ですか?」
壁かと思ったそれは黒い服を着た偉丈夫だった。身長2mはあるだろうか。いや、私が小さいからそう感じているだけでそんなにはないかもしれないけれど、とにかく見上げないと顔が見えないのは確かだ。
首から十字架のネックレスがかけられ、黒い衣装の胸と左腕の部分にも十字架の刺繍がされている。上から下までの着流しのような衣装は修道服というものだろうか。
背丈が高いので細長く見えるが体幹は意外としっかりしているように見える。何というか強者の雰囲気というものを持っているわね。そんな男がニコニコとした温和そうな笑顔で私を見下ろしていた。
「ごきげんよう。私がメアリ・アン・デズモンドよ。あなたは?」
「私は……えーっとそうですね。ジョンとでも名乗っておきましょうか。ジョン神父とお呼びください」
「ジョン……?」
偽名っぽいけれど、どこかで聞いたような名前だ。どこだったかしら。結構重要な名前だった気がする。えーっと……えーっと……。
そうだ!スラムのボスに捜索をお願いしていた暁の翼のメンバーの中にいた。フルネームは確か……。
「ジョン・ドゥ!?もしかしてあなたジョン・ドゥなの!?」
ゲーム内で出てきた革命軍『暁の翼』。その主戦力の一人である格闘家『ジョン・ドゥ』!ステータスは確かこんな感じだったはずだ。
名前:ジョン・ドゥ
武力:90
魔力:87
俊敏:81
魅力:98
はっきり言って化け物である。武力90超えなんてゲーム内では片手くらいしかいなかったし、魅力に関しては主人公の99に次ぐ2位である。
ゲームでは無謬の仮面をつけた格闘家で顔が見えなかったので本人かどうか確信は持てないのだけれど。
「……ドゥ?私がジョン・ドゥですか……?ああ、そうそう……そうです。私がジョン・ドゥです」
あれ……。選択を間違えたかもしれない。今この人は偽名を名乗ろうとしてたみたいだけれど、性までは言っていなかった。
自分で最初から『ジョン・ドゥ』と名乗ったなら確定だったのに私が誘導するみたいになってしまった。むしろ私の言葉で姓が決まってしまったのかもしれない。もしかしたらただの関係ないジョン何某神父だったのかもしれないのに。うーん、分からなくなってしまった。
「メアリ嬢。あなたにお伝えすることがあったのです。聖堂都市セントスフィアのスフィア教総本山からの伝言です。メアリ・アン・デズモンド嬢、あなたを聖女と認定し、総本山での司教待遇とします。今から7日後に迎えが参ります。これは決定事項ですので早めに準備をしておきますように」
ニコニコしながらジョン神父が訳の分からないことを言いだした。
「聖女?私が?悪女の間違いじゃないかしら?行くわけないじゃない。あなた馬鹿なの?」
「ええ、私もあなたのおっしゃることはよく分かります。そう……あなたは悪女ですか、そうですね……。私もあなたのような頭の悪いクソガキが聖女などと失笑ものだとは思いますが、これも総本山の決定ですので覆ることはありません」
おおっ。サラ以外にクソガキなんて呼ばれるのは久しぶりね。温和でニコニコ話しているのに言葉に毒を乗せてくるとはなかなかやるわ。こいつ。
「だから私が行くはずがないと……」
「おや、どなたですかな?」
再度否定をしようとしたところ、教会の中から黒地に白の線が入った修道服を着た男女が出てきた。ジョン神父の全身真っ黒な服装と少し違う。スフィア教の中でも立場によって服が違ったりするのだろうか。
年齢的には私の両親よりかなり上のようで二人ともふくよかな体格をしている。
「私はメアリ・アン……」
「初めまして。私はスフィア教の総本山の方から来ましたジョン・ドゥと申します」
私が挨拶しようとしたところ、ジョン神父がそれを遮り、出てきた二人に一礼をして胸のロザリオを掲げて見せる。ロザリオが教会では身分証明になるのかもしれない。
っていうか今『の方から来た』って言った!前世で『消防署の方から来た』とか言って消火器を売りつけてくるような詐欺師の手口だ!そもそもこの人この街の教会の人間じゃなかったの?どういうこと?
「そ、それは聖堂都市の!?聖堂都市の方がこのような田舎にどのようなご用件で……」
どうやらジョン神父の見せたロザリオは偉い人がつけるタイプのやつらしい。そんなことよりこの街の神父の言ったことが気になる。
「『このような田舎』で悪かったわね。ぶっ飛ばされたいの?」
「このお子様は?」
「あなたの教会にご寄付をくださっている方ですよ」
「これはメアリ様!?申し訳ございません!」
胡散臭げに私を見ていた小太りの神父とシスターが途端にペコペコしだした。まぁ一目で私を公爵令嬢とは分からないわよね。今日も私は赤いツナギを着ているし。
「メアリ嬢。私はこの二人にも用事がありますのでこれで失礼いたします。この一週間の間に別れと準備を済ませておくように。それでは」
「あ、ちょっと」「我々もメアリ様にご挨拶を……」
小太り二人組はジョン神父に手を掴まれると引きずられるように教会の中へ入っていった。そこそこ太った二人なのに軽々と引っ張っていくとはジョン神父は結構な膂力をもっているわね。
「いったい何だったのかしらアレ」
「お嬢様、短い間ですがお世話になりました」
「行くわけないでしょ!聖堂都市なんて。誰が聖女よ、誰が!」
この悪役令嬢メアリ・アン・デズモンドに対して失礼極まりない。心も清くなければ信心もない私を聖女扱いなど貶されているようなものだ。
「では準備はしなくてよろしいのですね。仕事が減ってなによりでございます」
「サラ。私が行くはずないって分かっていて言っているわよね」
よく分からないけれど、もしかしてジョン神父がジョン・ドゥなのかしら。
どちらにしても私がデズモンド領から離れるなんてことはありえないのだけれど、まるで私が聖堂都市に連行されるのが決定みたいな言い方をされるのは腹が立つわね。
私を連行するつもりだということはジョン神父は来週までは教会に滞在するのだろうし……。
「決めたわ。明日から教会への寄付金は野菜の現物支給に変えてやりましょう」
「さすがでございます。お嬢様。控えめに言ってそのカーペット隙間より狭い心に感心するばかりでございます」
お読みいただきありがとうございます。
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