第27話 悪役令嬢とマナブレアの森の生還者
思い立ったが吉日、ということで料理長に敗北後、私はマナブレアの森を探索しようと思い立っていた。
理由はもちろんまだ見ぬ食材を手に入れてもっともっと美味しい料理を作るためだ。しかし、そのことを両親や周囲に話したところ大反対をされてしまうことになる。
「マナブレアの森は本当に危険なんだ。一人で行くなんてとんでもない。聞いているだろう?あそこの中を見て帰って来たものはいないんだ。あそこは恐ろしい『何か』がいるんだよ。絶対に一人で中に入ろうとしてはいけないよ」
お父様が蠟燭を片手に顔に陰影をつけながら脅かしてくるけれど、怪談とか私平気なのよね。どんな話でもホラー映画でも怖いと思ったことがない。
そもそも悪役令嬢的には私よりも悪な存在なんていないので怖いものなど何もない。誰かが私を恐れることはあっても私が何かを恐れることなんて考えられもしない。
そもそも怪談に良くありがちな話だけれど、お父様の話には矛盾があると思う。
「お父様。誰も帰ったものがいないのになぜ何かがいると分かるのですか」
そうなのだ。よく怪談によく出てくる『そして誰もいなくなった』のパータンの話と同じだ。だったら語り部は誰なの?全滅したならその話を持ち帰る人は誰もいないじゃない。作り話特有の矛盾なのだけれどお父様はそれでも作り話とは認めなかった。
「馬庭のサムエルの話を聞いてみなさい」
「え?」
「サムエルは私が知っている限りのマナブレアの森の唯一の生還者だ」
「ええ!?」
驚愕の事実。
あの弱そうな馬庭のサムエルが?私の乗騎のトップに恐れて何も言えないあのサムエルが?この屈強な人間揃いの屋敷の中で一番ひ弱でいつもびくびくしているあのサムエルがマナブレアの森に入って帰って来たっていうの?
「でも森の中を見て帰って来た者はいないんじゃないの?」
「それもサムエルに聞けばわかる」
確かにお父様からまた聞きするより直接聞いたほうが詳しい話が聞けると思う。もしかしたら中に入ったとき色々な食材を見て覚えているかもしれないしぜひ話を聞いてみたい。
♦
私は次の日、厩舎へと足を向けた。
相変わらず牧場ではトップが偉そうにふんぞり返っていたけれど、今日は用がないので直接馬屋に向かおう。
そう思っていたのだけれど、トップが私の方を見て『逃げんのか(笑)』みたいな顔をしていたのでぶん殴ってから馬屋に向かった。ちなみに私も一発蹴られた。
「サムエル!サムエルはいるかしら!」
私が呼びかけると奥から合わせてサムエルが飛び出してきた。よっぽど急いできたのか体中藁だらけだ。飼葉の準備でもしていたのだろう。
「お、お、お嬢様。何か御用でしょうか……」
ビクビクと周りを伺いながら私にペコペコ頭を下げている。サムエルはこんなに弱気に見えるのにみんなが恐れているあの森に入ったのかしら。
「マナブレアの……」
「ひっ!」
サムエルが引くつくような息をして固まった。顔面が蒼白になって身動き一つしない。
「大丈夫?今日はマナブレアの森……」
「ひっ!ひっく……うぐぐ……」
サムエルの様子がおかしい。顔色が蒼白から変じて黒っぽくなってきた。大丈夫なのかしら。そもそも息づかいの一つもしないって……。
「どうしたの?過呼吸?ちょっと!息しなさい!」
バンと背中を叩いてやるとサムエルが息を吹き返した。
「ごほっ!ごほっ!す、すいやせん」
「急にどうしたのよ」
「そ、それはお嬢様が急にアレの話をするからで……す、すいやせん!」
「別にいいわよ。それでマナブレアの……」
「お嬢様!その話はもっと明るいところでしやせんか!」
馬屋の中の方が日陰で涼しいと思うのだけれど、サムエルが執拗に明るいところで話したいと言うので場所を移動する。
「ここならいいのかしら?」
「ま、まぁここなら何とか……それであの森の話でしたよね。俺のことを誰から聞いたんで?」
「お父様からマナブレアの森、唯一の生き残りだって聞いたわ」
「そ、そうですかい……まぁ本当のことです。だから馬に好かれているわけでもないのにここで雇ってもらってるんでさぁ……ははっ……生き証人ってことで……」
乾いた笑いの後にサムエルがぽつりぽつりと話し始めた。
「あれは20年以上も前……俺が13かそこらのガキだった時でさぁ……」
♦
サムエルは牧場主の息子と言うわけでもなく、領主に仕えていたわけでもなく、ただの農家の三男だった。農家の三男と言えば家を継げるわけもなく、それでいて毎日の農作業には駆り出されて重労働をおわされて腐っていたらしい。
そんな毎日の農作業が嫌でよくサボっては柄の悪い子供たちと付き合っていたとのことだが、そんな付き合いをするにも金がいる。
ある日、サムエルは他の3人の悪ガキと家の金に手を付けて初めて酒を飲むことになった。サムエルも家から少しばかりの金をちょろまかして酒屋で一番安い酒を買い込んで仲間たちと4人で生まれて初めての酒盛りを始めた。
歳も近く、境遇も近い4人は自分たちの不遇を嘆き、世の中や家族への恨みを吐き出し、それはもう酩酊するまで飲み明かした。
そして頭が回らなくなってきた深夜に一人がこんなことを言いだす『俺がこの中で一番度胸がある』と。
そんな言葉に他の面々も刺激され、各々の武勇伝を持ち出しては盛り上がっていった。
あるものは『家長である父親を殴ってやった』だの、『綺麗な町娘にいたずらしてやった』だの、『どこどこの店で釣銭をごまかしてやった』だのといった下世話な話ばかりだった。
そして誰かが言い出した。『だったら誰が一番度胸があるか試そうじゃないか』と。
酒に酔った頭で彼らは一つの度胸試しを提案してしまう。前人未到の『マナブレアの森に入る度胸はあるのか』と。
サムエルにはそんな度胸は全くなかったが、断る度胸もなく、肩を組んだまま4人は酒瓶を片手に歌を歌いながら森まで歩いていくことになった。
片手には安酒、夜空に響くのは勇ましく雄々しいデズモンドの民の歌。気が大きくなった面々は途中で引き返せばいいものを森の入り口まで到着してしまう。
そこで見た森は月明かりがあるにも関わらず森の中は黒で塗りつぶされたように何も見えない闇が広がっていた。
『やめておこう!』
そう言いたかったが、そんなことを1番に言って仲間うちで馬鹿にされるのが嫌だったサムエルは仲間と一緒に森へと入っていった。
しかし、そこで彼は幸か不幸か、一つの他の少年たちと違う行動をする。それは彼は人一倍のビビリであったからの行動であった。
サムエルは目をつぶったのだ。
目の前の仲間の肩に手を置きながら彼は怖くて怖くて目を開いていられなくなった。そのため目をつぶったまま仲間につかまりながら手の感触のみでマナブレアの森へ侵入したのである。
そしてしばらくすると……。
『お、おい。どうした?』
『あれ?誰だよ?おい!なんでここに!?』
『嘘だ!そんなはずはない!』
突然仲間たちが訳の分からないことを言い始めた。サムエルは目を開けるのが怖くて動けずにいた。それにただ酔っ払いすぎた仲間たちの戯言かと思ったのだ。
『やめ、やめろやめろやめろおおおおおおおおお!』
『ぎゃああああああああああああああああああああ』
『どうして!悪かった!俺が悪かったからあああああああああああ』
ドサッ。
そんな音とともに手にあった友人の感触が消えた。そして何の物音もしなくなる。しかし何かがいる。サムエルの直感が叫んでいた。ここにいるのは拙いと。
『うっ……うわああああああああああああ』
サムエルは後ろを振り返ると全力で走り出した。目を開けようとは思わなかった。むしろ恐怖で目を痛くなるくらいつむって駆けだした。木に当たろうが、草に足を取られようがそれでも起き上がって走って走って走り続けた。
後ろから何かが追いかけてきている気配がしていたからだ。
それからどれだけ走ったのだろう。
その気配が無くなり、周りに人の声がしだしたところでサムエルは何かにぶつかって気を失ってしまう。
目が覚めたのは自宅の部屋の中だった。
マナブレアの森から目をつぶったまま街まで駆け下りてきていたらしく、そこで知り合いが両親や兄弟を呼び、サムエルを自宅へと連れ帰ったのだ。
サムエルはしばらく話すこともできなかったが、その後、領主から事情を聴かれ、洗いざらいを話して今生き証人として雇われているという。
「ふーん?それでその『何か』ってなんだったの?」
「わかりやせん……でも魔物とか獣とかじゃ絶対ねえと思いやす。もしそうだったら足の遅い俺はあそこで食われてやした。むしろなんで俺だけ助かったのか分かりやせん。でも……あそこに入ってその『何か』を見たら生きては帰れないのは絶対だと思いやす……」
「確かに今まで誰も勝ったことがないくらい強い何かがいるかもしれないわね」
「は、はい……お嬢様。マナブレアの森に入るなんて言わないでくだせえよ?」
「お父様も一人じゃ入っちゃダメって言っていたわね」
「へ、へい」
「だったら一人じゃなければいいわよね?」
「へ、へい?」
「確かに強大なラスボス級の何かがいるのかもしれないわね。ステータス的に私一人では倒せないような何かが。だったらパーティを組めばいいわよね」
「お嬢様!?」
「私だったらもしその何かが破壊神だったとしても破壊して見せようじゃない!前世で破壊神を倒すパーティと言えば3人だったわね!じゃあ少なくとも私並みに強いのをあと2人加えればきっと行けるわよね」
「お嬢様!?なにをいってるんで!?」
「集めるわよ!マナブレアの森攻略パーティ!」
そこに食材があるのだ!私がそれを手に入れないなどという未来はあり得ない!私は意気揚々と両手を突き上げて宣言するのだった。
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