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第26話 悪役令嬢 VS 料理長

「それではここに第1回デズモンド家、料理勝負を開催します!!」


 デズモンド家の大広間に執事長による宣誓の声が高らかに読み上げられた。その宣誓の言葉にワーと多くの歓声があがる。


「今日こそあなたを倒して見せるわ」

「ったく、なんだってこんなことやらなきゃならねえんだ……」


 今日は待ちに待った料理長との対決の日である。

 屋敷の大広間には大勢の使用人たちが集まっている。お父様とお母様も狩りを休んで参加しているし、騎士団の面々も見物に来ているからその熱狂具合が分かるというものだ。


 この対決に際して、大広間にオープンキッチンを対面する形で2つ作るようにお願いしたのだけど……。


『普段は邪魔だし、使い道がない』


 という理不尽な理由により却下されてしまった。

 こういった料理勝負は料理する姿をライブで見せながらやるものだと思っていたのだけれど、確かに実用性は皆無なのでぐうの音も出ない。

 仕方ないので今日私は自室のキッチンで、料理長は館のキッチンで作ったものを運んでくるという方式になっている。

 今回は時間がなかったけれど次は対戦用のキッチンをどこかに作ってみたいものだ。


「審査員は奇数人が必要ということでこちらの9人になります!」


 執事長が指した先には白くクロスをかけられたテーブルにお父様やお母様を始め使用人たちを含めて10人が座っている。

 お父様やお母様は私を甘やかしはするが、不正や不義を心から嫌っているので審査員として私を贔屓するということはないだろう。私からもそんなことをしないようお願いしている。

 さらに屋敷でも信頼の厚い使用人たちが選ばれて審査員になっているようなのだが……。


「……10人いるわよね?なんであなたが座っているのよ、サラ」

「……」


 サラは無言で頷くと私のデフォルメ絵が書いてあるプレートを挙げた。今回の勝負では点数方式ではなく、どちらが美味しかったかの投票形式となっているのでそのためのプレートだろう。


「サラは審査員に立候補しておりましたが、皆に賭けを持ちかけたりと不正の可能性が高いと言う意見により審査員からは外しております」

「お嬢様に3000点」

「さあ、それでは制限時間は1時間。料理勝負開始します!」


 サラの発言を無視して執事長が料理の開始の合図を行った。本当に何をやっているのかしらねサラは。


「お嬢、頑張ってくださいっす!」

「おい、なんでてめぇがそっち側にいんだよ」


 なぜかジェイミーが私の後ろで応援しており、そしてそれを見た料理長が非難する。デズモンド家のコックは3人組なのだから普通は当然料理長側に立つと思うわよね。


「料理長が負けたら俺が仇をとってやるんで安心して負けてくださいっす」

「ふんっ……負けるわけねえだろ」


 料理長が調理場へ調理に入ったので私も自室に入って料理を始めることにする。今回は調理補助等の助っ人はなしの1対1の対決なので私も一人きりだ。


 私は用意した材料を並べていく。主に使うのはマナブレアの森で取れたおそらくこの世界には出回っていない食材だ。

 

 私はこの世界にない料理『カレー』を作ることにする。

 前世では家庭ではカレールーから作ることが多いカレーだが、本格的なものはカレー粉から調合していく。これらの材料のほとんどはこの世界になかったもの、つまりマナブレアの森から手に入れた材料があるからこそ完成する。

 カレールーは小麦粉に油、塩や香辛料などを加えたものだが、カレー粉にはさらに複雑なスパイスが必要だ。それらスパイスは事前に既に粉状する下ごしらえは済ませてある。クミン、コリアンダー、カルダモン、クローブ、シナモン等をミックスした前世ではガラムマサラと呼ばれるものに加えてターメリック、チリパウダー等を追加して油で炒めていく。この油でいためるテンパリングにより室内に爆発的に香辛料の香ばしい香りが漂った。


「なんだこの香りは……」

「すごくお腹が空いてきたわ」


 厨房に充満する香辛料の香りを嗅ぎつけたのか、部屋の外から中を覗いていた使用人たちからそんな声が聞こえてくる。そして私のカレー粉を炒める手元に注目している。私はスパイスの香りが立ち上る中に小麦粉を加え、さらに炒めていく。これでカレーソースは完成だ。


 次には私はフライパンにバターを敷き、塩コショウで下味をつけた鶏肉と玉ねぎを炒める。そして生クリームを入れマイルドな味わいにした後、先ほどのカレーソースを加え、蒸し焼きにしていく。ここで私の魔法『サーモグラフィー』の登場だ。焼きすぎると肉汁が流れ出てしまうので中まで火が通り、肉汁がたっぷり含まれる絶妙のタイミングで火から下して皿に盛って完成だ。





 1時間後、私と料理長が会場へと帰ってきた。

 持ってきたワゴンにはそれぞれ作った料理が入っているのだろう。料理長の表情はいつもどおりの仏頂面で自信のほどは分からないけれど、私は負けるつもりはまったくない。


「それでは最初にメアリお嬢様の料理からお願いします」


 執事長の司会により私が先にサーブを行い、審査員の前に料理を並べていく。今回は準備期間が短かったので料理の種類は問わず、1品のみでの一発勝負である。


「……それでなんでサラがまだ審査員席に座っているのよ」

「お嬢様の料理は私が評価しないといけませんので」


 どうあっても私の料理の批評をしたいらしいのでサラの前にも料理を並べておく。別に食べたいというのであれば料理人として料理を出すだけだ。さっきまで私の料理を覗いていた使用人たちにも分けてあげることに使用。でも当然審査員としての権限はない。


「それではお召し上がりください。カレ・ド・プーレ・ア・ラ・フランセーズ(フランス風チキンカレー)でございます」


 私は片手を胸に当てて料理人としての礼をする。蓋を開けた途端、皿から爆発のように香ばしい香りが部屋中へと広がった。


「これは……なんと香しい」

「初めてだわ。こんなの」


 それはそうだろう。この世界の食材には一部欠落がある。私の勝手な想像だけれどその欠落部分、ゲームとして採用されなかった非公開部分についてはブラックボックスであるマナブレアの森に突っ込まれていたのではないかと予想している。そしてそのこの世界にない食材を使って私は料理をしたのだ。


「こ……これは!?」

「なんだこの味は……」


 審査員から驚きの声があがった。今までこの世界になかっただろう食材や調味料を使っているのだからその舌で味わう味も今まで味わったことのない未知の味であるはずである。そのインパクトは計り知れないだろう。


「うちの娘が天才過ぎる……」

「本当にそうね」


 両親はなぜか私の賢さを褒めている。それはそれで嬉しいのだが私としては味の感想を言ってほしい。


「……」


 サラは無表情のまま咀嚼して……そして手に持った私の顔のプレートを挙げていた。まだ審査は早いからやめなさい……料理長の料理も食べてないでしう、と言うかサラは審査員じゃないのよね。

 

「さて、次は料理長の一皿です!」


 一通り審査委員が私の料理を食べおわった。もちろん次の料理もあるので全部を食べきるようなことはなく、口の中を水でリセットしている。私の印象としては概ね好評のうちに終わったと思う。

 だけれど相手はあの料理長だ。油断するわけにはいかない。


「どうぞ」


 料理長はそれだけを言いうと手慣れた様子で淡々とサーブを行う。銀色の(クロッシュ)が開けられの中から現れたのは透みきった液体が入った一皿だった。


「え!?」


 司会をしていた執事長が戸惑った声を出している。審査員たちもお互いの顔を見合わせては皿を二度見している。


「具がないわね……」

「色も薄いし、底が透けて見えるぞ?」

「これが料理?」


(まさか!?)


 審査員たちがざわつくのも無理はないかもしれない。料理長の出した一皿には液体しか入っていないのだ。琥珀色をしたその液体は透明度が高く、お皿の底の柄まで見ることが出来る。一見して具の無いスープにしか見えない。


「まさか料理長が勝負を投げた?」

「いや、まさか……メアリお嬢様が相手だからってそれはないでしょう」


 審査員たちがざわつく中……。


「うまい!」


 お父様の大きな声が広間に響き渡った。

 お父様は一口、二口と次々にスープを口に含め幸せそうに頬を緩ませながら、今度はその香りを堪能している。それを見た他の審査員たちもスプーンを掴むと恐る恐る口に含ませると……。


「なんだこれは!?」

「うまい……うますぎるぞ……」

「これほど深い味わいは初めてだ……ただのスープに見えるのにただのスープではない……」


 皆が驚く中サラだけは私への嫌がらせのように私のプレートを既に出しているのだった。





 審査の時間が来た。

 お互い1皿ずつの料理を出して、審査員全員がその味を確認した。後は9人が持っている2つのプレートのどちらかを掲げるのみである。9人の内、5人以上が掲げた相手の価値だ。


「それでは美味しかったと思う方のプレートを掲げてください!」


 執事長の言葉に審査員たちがプレートを出し始める。そして……。




「満場一致!9対0で料理長の勝利です!」




 全員(サラを除く)が料理長のプレートを掲げていた。もちろんその中にはお父様やお母様も含まれており、なんだか悔しそうに料理長のプレートを掲げている。


「どうして料理長なんすか!?何も入ってないスープじゃないんすか!?」


 私の側についていたジェイミーが文句を言っているが私には分かる。あれはただのスープではない。それを知るための答えは簡単だ。


「ジェイミー。だったら食べてみればいいじゃない。一緒に食べましょう。私にもいただけるかしら?料理長」

「……」


 料理長は無言で皿をサーブしてくれた。それは琥珀色に澄み切ったスープ。まだ温かく湯気の出ている。そこからは複雑で食欲をそそる香りが立ち上っていた。


「こ、これは……!?」


 一口食べたジェイミーが驚きの声をあげた。続いて私もスプーンを持つとその琥珀色の液体を口元へと運ぶ。こくりっ。一口飲んで驚愕する。概ね味の予想はしていたがこれは予想以上だ。


「これは……コンソメスープね」

「お嬢。コンソメって……なんすか?」

「野菜や肉の旨味だけを濃縮したスープよ。雑味を消すために何時間も煮込みながら鍋から離れずに灰汁などを取り除き続けなければいかないの。野菜や肉の種類によって無数の味わいの変化もあるけれど……原料は牛骨、玉ねぎ、人参、セロリ、ローリエ、タイム、パセリ ……と言ったところかしら?」

「はっ!?聞いたことない食材が入ってるんすけど!?」

「それは聞いたことないでしょうね。だってマナブレアの森の食材も含まれているのだもの、ね?料理長」


 ジェイミーが驚いたように料理長を見つめると料理長が頷いて説明を始める。


「以前お嬢がコンソメ味とかいう菓子を作っていたからな。なかなか面白いものとは思うが、あれはこうやってスープで出したほうが旨いものだろうと思ってな」

「いやいやいや!そんなことよりなんでマナブレアの森の食材を料理長が持っているんすか!お嬢しか持っていないはずじゃないんすか!?」

「そりゃあ、お嬢が使ってみろって俺のところに持ってきたからに決まってるだろうが」

「はぁ……お嬢!敵に塩を送るとかなにやってるんすか!?」


 ジェイミーが信じられないものを見るように私を見つめてくるが、私としては別に変なことをしたつもりは何もない。


「料理長の知らない食材を教えるなんてあたりまえじゃない。私は最高の材料で最高のコンディションで作った料理長に勝ちたいのであってハンデ付きで勝ったって意味がないのよ」

「はぁ!?自分のアドバンテージを捨てるとか……そこまで正々堂々とするって……ま、マジっすか……」


 ジェイミーは飽きれたように天を仰ぎ、目を手で覆っていたが、その後どうしたことか震えだした。


「でもまぁ……はははははははっ。さすがお嬢って感じっすね!おもしれー!やっぱお嬢はおもしれーや!」

「でもこの料理って食材は何となく分かるけど……分からないところもたくさんあるのよね……どうやってこれ作ったの?」


 料理長に聞いてみるもしかめっ面で返された。解せぬ。


「……あ?そんなもん教えるはずねえだろうが。レシピっつーのは料理人の命だろ。そうそう簡単に教えられるかよ」


 料理長が不愛想にぷいっとそっぽを向いた。うん、全然かわいくない。


「あなただって私の料理を参考にこれを作ったんでしょう。私があなたの技術を得れば私はもっと美味しいものを作ることが出来るかもしれないし、それで改良した私の料理を参考に今度はあなたはもっと美味しいものが出来るかもしれないのよ」

「そりゃあ……まぁそうだが……そんな非常識なことする料理人なんていねえだろ……」


 料理長は私の言葉にばつが悪そうにしている。非常識と言いつつお互いに研鑽しあった方がより高みを目指せるというところは分かるのだろう。だけどレシピを盗み取られるような真似は許容できないと。


「ジェイミーは隠すことなく食材の目利きの方法を教えてくれたわよ。私と一緒に料理の研究をしたからお互いに料理の幅が広がったと思うわ」

「は!?てめぇ!ジェイミー!見習いのくせに何やってんだ!そもそもおまえ俺にはそんなこと教えなかったじゃねえか!」


 料理長が怒っているが、まぁレシピを秘匿するのは料理人として普通のことかもしれないので文句を言っても始まらない。でもダメもとで言ってみるだけならいいだろう。


「私はもっと料理の高みを目指したいのよ!料理長の今回の料理は私の教えた食材と調理法からヒントを得たんでしょう?それならこの料理は私の知識と料理長の技術が詰まった私たちの子供みたいなものじゃない。お互いもっともっと晒しあってさらに高みを目指してもいいんじゃじゃないの?」

「お、おまっ!?お嬢!何を言って……子供って……」


 なぜか料理長の顔が真っ赤になっている。

 怒ったのかしら。まぁ、ちょっと詭弁に聞こえても仕方なかったかもしれないわね。例えるならノーガードで殴り合うような料理勝負を私は望んでいるのだけれど料理長はクリンチを多用する料理勝負を望むタイプなのかもしれない。


「嫌なら無理にとは言わないわ。私はジェイミーと一緒に……」

「嫌だなんて言ってねえだろうが!」

「断ってもらっていいっすよ。お嬢は俺と一緒に高みを目指すっからね!」

「黙れ小僧!」


 料理長の拳がジェイミーの顔面を捉えてジェイミーが吹き飛んだ。うーん、強い。私じゃ身体強化をしても今のままでは勝てないくらい強そうだ。なんで料理人なんてやってるんだろう……って私と同じで料理が好きだからか。


「まぁ未熟者の面倒を見るのも大人の役目だからな!仕方ねえから面倒見てやるよ、お嬢!」

「私の面倒を見るとか勘違いしないでよね。次はあなたを負かしてあげるから覚悟してなさい。おーほっ……ごほっごほっ……」

「お嬢様、お水です」

「ありがとう、サラ」


 サラが出してくれた水を飲む。それにしてもサラの水って本当においしいのよね。井戸の水とも違うみたいだし、どこの水なのかしら。不思議だ。


 それにしてももっと色々な食材を用意して料理の幅を広めてもっと研鑽を続けていかないとだめね。そのためにはやっぱりマナブレアの森で食材を探してさらに料理に工夫を凝らさなければならないわ。


「それにしても料理長もお嬢様もツンデレでございますか?お互い認め合っているなら素直に言えばよろしいのに。控えめにいって気持ち悪いです」


 こうして審査員でもないサラの総評をもらって私の初めての料理勝負は終わったのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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