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閑話 とある王子の独白②

「どうする……どうすればいい……」


 デズモンド領から王都へと逃げ帰ってきた私たちは頭を悩ませていた。

 デズモンド領で身ぐるみを剥がされた近衛騎士たちだったが、帰ってくる際に寄った領地で領民から衣服を接収したので下着だけという者は一人もいない。

 しかし、領民から衣服を接収したときに領民がボソっと漏らした声が私には忘れられない。


『返すなんて嘘だ。貴族に奪われたんだからどうせ返ってこないだろう』


 私たちが接収した際に遠くで眺めていた領民が漏らした言葉だ。まるで盗賊に取られた方がまだ返ってくる可能性があるとさえ聞こえる言葉だった。きっと貴族たちは領民たちを騙していろいろと奪ってきていたのだろう。

 私の周りの嘘ばかりの貴族を見てきたから納得しかないとともに、私もその一員であるという悔しさがあった。


 それに比べてあのメアリ嬢だ。彼女は貴族であるのに嘘をついたことがないという。彼女は何もかもが規格外だった。

 どうしてあんな貴族らしくない格好で平民たちと混じって治癒を行っているのか。なぜ王族と敵対してまで治療費という秩序(ルール)を守ろうとするのか。

 

 そしてその後の暴挙と暴力。

 

 前半だけなら心の清らかな聖女と思えるのに後半は守銭奴の暴徒としか思えなかった。何だったのだ。あんな女の子はみたことがない。

 見た目は可愛らしいのに内面はまるで業火のような女の子だった。


「殿下、今回のことをそのまま陛下に奏上するわけにはまいりませんぞ」

「そう……だな」

「我々は侮辱されたとはいえ公爵家の令嬢に一方的に斬りかかってしまいました。見た目で分からなかったとはいえ、結果的には非は我々にあることになるでしょう」


 それはお前が先走ったから……とは言えない。責任者は第一王子であるこの私だ。それに彼の言うことも良くわかる。デズモンド家を敵に回すことはこの国の西部地域半分を敵に回すことに他ならない。それだけは避けなければならない。


「しかし婚約を断られたことは言わねばならないだろう」

「それは……後回しにしませんか?」

「え?」

 

 近衛長が髭を触りながらいやらしい笑みを浮かべる。


「言わないわけではありません。後回しにするだけです。今それを言えば『淑女の涙』を陛下に返さねばなりません」

「もう手元にはないな……」

「ですので今回婚約は成立した、そして後になって断りの手紙が来た、ということにするのです。でしたら今更指輪を返せとはならないでしょう」

「そう……か?」


 近衛長はそういうがあれは貴重な指輪なのだから返せとなるのではないだろうか。


「もし返却を求められることになったとしても責任は向こうに押し付けてしまえばいいのです。彼らはあれを売ると言っていました。返却を求めたが彼らが勝手に売ってしまったのだと」

「なるほど……」


 それならば誤魔化せるかもしれない。嘘を嘘を重ねるようで心と胃が痛いが……。


「もし陛下にデズモンドと敵対したことがばれれば我々は縛り首……殿下もただでは済まないでしょう」

「ひぅっ」


 父上の怖さは身に染みて分かっている。父は非常に厳しい人間で容赦がない。自分に逆らう者、役に立たない者は貴族だろうと平民だろうと斬り捨てる人間だ。期待に応えない者には鉄拳が飛んでくる。私も何度殴られたことかしれない。


「分かった……」

「このことが陛下に伝わらないようにデズモンドからの文書は全てランスロット殿下のもとに届くように手を回しておきましょうしましょう。婚約者からの便りが届くのだから……と」


 こうして私と近衛騎士団は大きな秘密を抱えることになるのだった。





「ランスロットよ。よくぞ帰ってきた」

「ははっ……不肖ランスロット、デズモンド領より帰還いたしました」


 私は謁見の間で父の前で跪いていた。これからの尋問で嘘が露呈しないかと胃はキリキリと痛むし、脂汗が止まらない。


「足は無事治療されたようだな」

「はい。デズモンド領の治療所にて一瞬で治していただきました」

「ほぅ……その骨折を一瞬とは腕の良い神官がいる治療所なのだな」


 父は私の足を治したのがデズモンド領の教会の運営している治癒院だと思っているようだ。だけどここは訂正などせずにそのまま進めてしまおう。


「はい、そこでメアリ嬢より治癒の魔法を受けさせていただきました」

「メアリ嬢?デズモンドの姫か?聖女から治療を受けたのではないのか?」

「メアリ嬢こそがその聖女だったからでございます」


 あの血だらけになりながら石ころを片手に殴りかかってくる悪魔を聖女と呼ぶのはかなりの違和感があるが、あの地獄を見ていない父にはそんなことは分からないだろう。


「なんと!?聖女とはデズモンドの姫のことであったのか!ダグラスも良い娘を持ったものだ!」


 ダグラスと言うのはデズモンドの領主の名前だ。父とデズモンドが名前で呼び合うほどの関係というのは本当なのだろう。

 これで報告が終わったらいいな……婚約のこととか聞かずに済ませてくれないだろうか。そんな私の願いは当然却下される。


「それでメアリ嬢との婚約はどうだったのだ?」

「……はい。メアリ嬢やデズモンド卿には婚約を了承……してもらい……」

「緊急の案件で失礼いたします!」


 その時、謁見の間に闖入者が現れた。彼は衛兵の一人だが謁見中だろうと緊急の案件では入室が許されている。よほどの緊急事態なのだろう。


「何事だ」

「デズモンド領より親書が……」

「それは私宛てです!」


 思わず私は叫んでいた。それは見られては不味いやつだ。絶対に不味いやつだ。おそらく今回の顛末などが書かれているのではないだろうか。王家への抗議か、賠償請求かそれらの類の書類だろう。


「そうなのか?」

「ええ、メアリ嬢とは遠く離れた土地であるため手紙のやりとりをしようと約束したのです」


 すらすらと嘘が出てくのはこれまでの努力の賜物なのか。ならばこの胃が痛くなるのも同じように慣れさせてほしい。


「そうなのか?ランスロット、何が書いてあるか読み上げてみよ」

「は、はい……」


 私は震える手で封蝋を破り、手紙を開くと……。


「ぴえっ」

「ぴえ?どうした?ランスロット」


 父上が怪訝に思っているようだが震えが止まらない。抗議や賠償どころの話ではなかった。タイトルは『フィリーダへ』、フィリーダは父の名前だ。相性でもなく敬称もなくもはや呼び捨てである。

 そして中身を要約すると『お前の息子が私の娘の頭を剣でかち割って血塗れにした。許さない。お前の息子の首を差し出すか、お前の首を差し出せ。それまでは王家とは絶縁する。お前の息子の血を見るのが楽しみだ』。そんな趣旨の言葉が私も聞いたことのないような恐ろしい脅迫文とともに並んでいた。これを父に見せるわけにはいかない。


「は……はは……また会うのが楽しみ……と言うような内容です」


 会う際に私の首から下は要らないようだけどね……。ははは……。


「そうかそうか。いや、めでたい。デスモンドは本当に頼りになる男だからな。あやつの後ろ盾があるとなれば王家は安泰だ。よくやったぞ、ランスロット」

「は……もったいない……お言葉です」


 これは婚約が破談になった話はもう少し先に……ほとぼりが冷めたあたりにした方がよさそうである。私はこの先に嘘に嘘を重ねる算段を胃を痛くしながら考えるのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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