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第3話 悪役令嬢と揚げパン

 料理長たちにお礼を言った後、私は家の執事やメイド、庭師や下男などすべての人たちにお礼を言って回った。

 みんなにかなり不審がられてしまったけれど、当然この行動には理由がある。でも感謝しているというのは事実だ。

 別に私が悪役令嬢だからと言って心の中に感謝がないわけじゃない。感謝もしつつ、傍若無人にふるまっているだけなのだ。ゲームの中では『メアリ』は感謝を伝えることなんてなかったけれどね。

 でも前世の分別のある大人の記憶を思い出したからこそわかる。私みたいな我儘で意地の悪そうな顔をした子供の世話を焼くというのは大変なことなんだということが。だからより感謝もしようというものだ。


 さらに今日は運がいいことにお父様とお母様が珍しく家にいた。

 二人とも公爵と公爵夫人だというのに普段はほどんど家にはいない。家をほどんど離れているような公爵なんていないだろうと思うのだろうけれど、うちではこれが普通なのだ。

 そんな二人は普段何をやっているかというと、領地経営は代官に任せて騎士団を連れて魔獣狩りに出ている。

 そう、この世界には魔獣がいるのだ。

 二人とも剣と魔法の達人なので強いのは強いのだけれど、魔獣狩りに出ている理由は領地のためというよりはおそらく趣味の部分が強いと思う。

 そんなお父様とお母様に『私を産んで育ててくれてありがとう』とお礼を言ったところ……号泣されてしまった。







 そんなこんなで屋敷の中を回ってはそんなお礼参りを続けていたのだけれど……。


「おかしいわ!」


 これだけ私が感謝を感じている相手にお礼を言って回ったのだからそろそろ前世のゲームであった『あるイベント』が起きてもおかしくない……それなのに何の変化も見られない。

 えっと……他に何かフラグがあったかしら……。えーと、えーっと……。


「あー!そうだ!忘れていたわ!」


 そうだった!

 私が感謝をしている人はまだいるじゃない。今日食べた揚げパン!この世界で生まれて初めて食べたアレ!それを調理した料理長たちにはお礼を言ったけれど、生産主にはお礼を言っていなかったじゃない。

 よし!行先は揚げパンの材料を作った農家のところに決定よ!


「いくわよ!サラ!」


 私は領主邸を飛び出した。そしてふと思い立って後ろを振り返った。


「……」


 私生まれて初めて館から外に出たわね。そして外から初めて見て分かることもある……。うん、これ館って言うよりもはやお城ね。攻め込まれても守りは堅そう。周りには堀や跳ね橋もあるし。

 よその領地の館を知らないけれどかなり頑丈な造りだと思う。


 そしてお城の周りには……建物はいくつかあるけど町はない。それもそうね。なぜならこの城は魔獣の出る森の近くにあるのだから。


 父と母が騎士団を連れて狩りまくっているからここは安全と言えば安全だけど、そんなところに町を作れるはずはない。『だったらそんなところに領主の家を建てるなよ』と思うかもしれないけれど、そこであえて危険な場所にお城を作ったのが私のご先祖なのだ。


 そんなの危険な場所で鍛えられた兵の練度が上がらないはずもなくその練度は国内一との呼び声も高い。その屈強な兵士たちの実力は他国まで知れ渡っているとのことだ。さすが私のご先祖である。


 一方、城下町はというともう少し内陸の安全な場所に作る必要があるので……遠い。


「お嬢様。どちらに行かれるのですか」

「あの揚げパンの材料を作った農家のところへよ!こんな質のいい小麦を作ったなんて素晴らしいことだわ。ぜひお礼を言わないと!」


 料理は料理人だけでは作れない。

 良い料理は質のいい水や土地があり、そこで丹精を込めて作物を作る農家があってこそ出来上がるのだ。あれほど質のいい小麦を作るのはさぞ苦労したことだろう。これは一言お礼を言っておかなければいけないでしょ。


「ここから結構歩くことになるので持ち上げますね」

「……」


 そんなやる気を出す私はサラに問答無用で抱え上げられた。

 確かに私がすぐに疲れて倒れるのは目に見えている……。これは真剣に体力づくりをしなければいけないわね。

 とりあえず毎朝走ることにしよう。料理するにも『革命』をするにも体力がないと何も始まらないからね。


 『革命』。


 そう……前世のゲームを参考にするのならこの国では放っておいても革命が起こることになるのだから……。







 サラに持ち上げられて歩くこと1時間。目の前に小麦畑が見えてきた。収穫の時期なのだろう。たわわに実った小麦が太陽に反射して一面が黄金色に輝いている。


「ここに農家の人がいるのね!」

「農家といいますか……働いているのは農奴でございますね」

「……農奴?この国って奴隷がいるの?」

「はい。領内では地主が農奴を使って作物を作っているところが多いですね」

「そう……」


 農奴……農奴かー……。

 この世界にはまだ奴隷制が残ってるのね。確か日本でも江戸時代までは残っていたはずだし、仕方ないのかな。この世界は前世で言うところの中世レベルだし、まだ文明が発展してないものね。

 まぁ、農家でも農奴でも今はどっちでもいい。お礼を言うべく小麦畑を見渡して人を探すと……。


「いたわ!」


 私は靴を脱ぐと小麦畑へと入っていく。足の裏を刈り取られた柔らかい草がチクチクと刺激してきてなかなか心地がよい。

 ただ畑の中には大人の膝下まで伸びた小麦が高く育っていて、背丈の低い6歳児の私には少し歩きづらいけれど。

 そんな中を私は農奴のところまで歩いていく。しかし農奴の男性は私に気づく様子もなく黙々と小麦を刈っていた。


「そこのあなたたち!ここで小麦を作っているのはあなたたちね!」

「へ、へぇ?」


 よく見ると男性は裸足でぼろぼろの服を着ている。さらに体中傷だらけだ。あまり食べていないのかやせ細っているし、顔色も良くないように見える。


「ごきげんよう。私はメアリ・アン・デズモンドよ。今日はあなたたちにお礼を言いに来たの」

「お礼……だべか?」

「そうよ!見なさい!これがあなたたちの作った小麦からできた揚げパンよ!」


 私はトロフィーのように家から持ってきた揚げパンを掲げて見せる。男の人は『はぁ?』と言う理解できない表情をしているが関係ない。私は私が言いたいことだけを言うだけだ。私はただ揚げパンを作ったすべての人間を称えたいと思っているのだから。


「分かっていないみたいね!ほら、これを食べてみなさい!あなたたちはこんなにも素晴らしいものを作ったのよ!誇りに思いなさい!」


 私は食べかけの揚げパンをちぎって二人の男性たちに渡す。男たちは訝し気な表情をしながらも私とパンを見比べ、そして一口噛り付いた。


「……うめぇ」

「こんなうめぇものをおら達が作っただべか……」


 そうだろうそうだろう。私にも作れないほど美味しいものね。私が悔しがるくらいなんだからきっと他にこんな美味しいものを食べたことのある人もいないだろう。初めての味、舌に響く刺激、甘さと香ばしさ、そして食感。私だってこんな美味しいものを食べたことがなかったのだから。


「そうよ、こんな素晴らしいものをあなたたちが作ったの!ありがとうね!この私がお礼を言うわ」




───そう言った瞬間




「あ……」


 キタ!

 ついに来たわ!私の中に『何か』が流れ込んでくるのが分かる。私の『感謝の心』を起点に私の望みが力に変わる!

 そんな何かが私の中にインストールされてくる。前世でやっていたゲーム『プリンセス・オブ・レボリューション』のダウンロードコンテンツで主人公が得ていた力。

 それが……。


「キター!」


 溢れんばかりの力……というわけではないが、何かの謎パワーが宿ったような気がする。そして力を得た以上は使いたくなるのが世の流れというもの。

 私は力を試すべく目の前の農奴たちに目をやる。


「あなたたち!なんでそんなに傷だらけなの?」

「それは……鞭で……」

「馬鹿!そっただこと言うな!告げ口なんぞしたらまた叩かれっぞ」

「鞭?地主が鞭で打ったりするの?」

「お嬢様、農奴は働きが悪いと鞭で打たれるものございます」


 農奴のことをほとんど知らない私にサラがそんな説明をしてくれる。

 サボったりすると鞭で打たれるのかな?前世でも中東の方ではむち打ちの刑とかがまだあるみたいだけど、確か死んじゃったりするくらい厳しい刑ときいたことがある。なるほどそれは確かに厳しいわね。


「だったら農奴をやめればいいじゃない」

「お嬢様。農奴として生まれた者は一生農奴です。他の職にはつけません。他の職でも同じです。違う職に就くことは認められません。生まれてきた子供も同じです。特に農奴は他の職に比べて食事も貧しく、過酷な労働のせいで30歳を超えて生きられる者はまれだと聞いております」

「は?なに?じゃあこの国には職業選択の自由とかないの?」

「そのような自由はございませんね」


 そんなの初耳なんだけど!?

 なに?じゃあ私も悪役令嬢から悪役料理人にジョブチェンジ出来ないってこと?それにこの人たちが30まで生きられないって何?馬鹿なの?私が大人になるころにはこの人たちが死んじゃってるかもしれないって!?それじゃあ私を差し置いてトップに付いてるやつらを引きずり落すための革命勢力が減っちゃうじゃない!革命の火は大きいほうがいいんだから死なせるものですか!


「安心しなさい!この私がそんな仕組みぶっ壊してあげるから!」


 私は揚げパンを手持ち聖火のように農奴たちに向けて掲げる。きっと先ほどインストールされた謎パワーはこんな時のために使うものなのだ。


 手には私の食べかけの揚げパン。

 彼らにちぎって分けてしまったせいでほとんど残ってない揚げパン。しかしこの人たちの作った小麦のおかげでこの揚げパンは完成したともいえる。

 この揚げパンにかけて成功させて見せよう!私の初めての魔法。『治癒魔法』を!

 この世界の人間は基本的には6属性のうち、1属性しか使えない。しかし!このダウンロードコンテンツで得る力、『感謝の力』はその制約を取り去るのだ。つまり、私はどんな魔法でも使えるようになった……はず!


(癒しを!)


 私の想いが力に変わるのを感じる。これは……いける!いけるわ!




───そして




 私の手に持った食べかけの揚げパンが……ニョキニョキと復元して……1本の出来立ての揚げパンになった!やったねっ!


「って違う!なんでよ!!」

「このような魔法は初めて見ました。お見事でございます、お嬢様」

「違うから!こんな魔法じゃないから!もう一回よ!ほらっ!癒しを!」


 今度は揚げパンのことを考えないようにして雑に魔法を発動させると……農奴たちの傷が治り始め……傷が無くなった。良かった!やっぱり使えるじゃない!治癒魔法!


「傷が消えただ……」

「お嬢様は聖女様だっただべか……」

「ほら、見た!?サラ。やっぱりできたじゃない!さすが私ね!あとそこ!私を聖女とか呼ばないで!不愉快だわ!」


 聖女って言うのはあの頭お花畑の主人公の二つ名のだったはず。私には相応しくない……というか聞くだけで不快だわ。だって私は誇り高き悪役令嬢なのだから。


「国王も!聖女も!奴隷制度も!まとめてこの私!悪役令嬢メアリ・アン・デズモンドがぶっ壊してあげるから楽しみにしてなさい!おーほっ……けふんけふんっ」

 やっぱり高笑いはうまくいかない。


「お嬢様お水です」

「ありがと……」


 サラからお水をもらって飲んでいると太陽は陰ろうとしていた。そんな夕焼けの中で輝く金色の小麦畑はとても綺麗だった。







 小麦畑からの帰り道。私はサラの背におぶさりながら帰路についていた。体がへとへとで情けない限りだが足腰が付いて来ないので仕方ない。

 私はサラの背中でふと考える。この魔法をどうやって使っていこうかしら、と。別に私は聖女のように困っている人を助けたいわけでもないし、そんな慈悲の心なんてものは皆無だ。だって私は私のやりたいことしかできないだから。

 それだから……。


「サラ、あなたも怪我をしているわよね?」

「……なんのことでございましょう」

「私が気づかないとでも思ってるの?足が悪いんでしょう」

「……お嬢様の頭ほどではございません」

「いいから私にまかせなさい」


 サラの足が悪いのを私は前から気づいていた。

 いつも無表情で痛みも苦しみも全く人に悟らせないようにしているサラだけどいつも一緒にいる私の目を誤魔化せるはずがない。普通に歩いたりする分には分からないけれど、私という荷物を持ったサラは足を庇うように体を傾けたり、足を突っ張らせたりしている。

 きっとどこかを痛いと感じて体が反応しているのだ。そして私は姉のように慕っているサラの傷を治したいと思っている。サラのためではなく、私が私のために。


 私はサラの背中から降りるとサラのことを想いながら手を向けて魔力を発動させた。

 この『感謝の魔法』とでもいうべきものだろうか。この魔法には制限がないと思う。ゲームの主人公はそれこそ魔法でどんなこともでも叶えることが出来ていた。

 それに必要なのが『想い』なのだ。


(癒しを!)


 サラに治癒魔法を発動したところ……あれ?なに?なんか体内からすっごい力が吸われてる……。怪我って足だけじゃないの……。え!?全身!?体から力が……。


バターン!


 目の前が真っ暗で全身に力が入らなくなり顔面から地面に叩きつけられた。鼻から血が流れてるのが分かる。


「お嬢様――――!?」


 サラが毒舌メイドらしからぬ声を上げている。でもそれを突っ込む元気もない。だんだん意識が薄れていく。

 ちょっと!サラ!鼻にちり紙詰め込まないで!それやっちゃダメな奴だから!鼻の穴が広がっちゃうから!

 私は心の中でそう叫んだがそこで意識が途切れた。







『ひっく……ひっく……お嬢様ぁ……』


 誰かの泣いている声がする。誰だろう。体が動かないし、瞼も開かない。サラの声のような気もするし、そうでないような気もする。


『私は……お嬢様にあんなに酷いことをしてきたのに……お嬢様……ありがとう……ありがとうございます……』


 うーん……これサラの声だけど現実じゃないわね。夢ね!毒舌メイドのサラがこんなこと言うわけもないし、泣いたりするわけもないもの。

 自慢ではないけれど私も今まで泣いたことなんてない。悪の道を行く悪役令嬢はいつでも高々と笑うのよ。まぁ私の高笑いはなぜかむせちゃうのだけれどね。


『これからは心を入れ替えます。お嬢様のために尽くします。もう酷い事を言ったりいたしません』


 何言ってるのかしら、この夢の中のサラは。どうかしちゃったのかしら。毒舌メイドが酷い事言わなくてどうするのよ。毒舌メイドのアイデンティティが崩壊しちゃうじゃない。ゲシュタルト崩壊よ、ゲシュタルト崩壊。


『サラはサラのままでいいじゃない、毒舌を言わないサラなんてサラじゃないわ。私は今のままのサラが大好きなんだから』


 これは夢の中だけど……私は夢の中のサラにそんなことを呟いていた。あれ、夢の中なのに何だかまた眠くなってきたわね。おやすみなさい。


お読みいただきありがとうございます。

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