第23話 悪役令嬢とほら吹き王子①
「ここか!聖女がいるという救護院は!」
私の治療所に鎧を着た騎士が入ってきた。どう見ても客という感じではないのだけれど……。
「違うわよ」
「なに!?」
「聖女なんていないし、そもそもここは教会の救護院じゃないわよ」
ここは私、メアリ・アン・デズモンドの有料治療所であって、善意の救護院なんかと全く関係ないし、聖女っていうのも意味が分からない。ああ、そういえばプリレボの主人公が聖女って呼ばれるようになるストーリーもあったっけ。
確か主人公のマリーは花屋をやる片手間に教会で治療を手伝ったりしてたのよね。でもデズモンド領に主人公なんていない。つまり聖女もいない。
「なん……だと?ではどんな怪我をも治す救護院はどこにあるのだ?」
「領内にそんな救護院があるなんて聞いたことが無いわね」
「ではここはなんなのだ?」
「ここは治療所よ。怪我や病気やハゲを有料で治しているわ」
「ではやはりここに聖女がいるのではないか!ふざけているのか!」
ふざけているのは目の前の髭騎士だと思うのだけど、本当になんなんだろう。喧嘩を売っているのかしら。それなら喜んで買ってあげるのだけれどどうにも要領を得ない。
「まぁまぁ、ここは私が話をしましょう」
「で、殿下!?」
私が首を傾げていると馬車の中から松葉づえをついた男の子が出てきた。白くて金糸の刺繡が入った豪奢な服を着ているところを見るとどう見ても貴族みえる。
「初めまして、聖女様。私は訳合って身分を明かせませんがとある商家の一人息子です。デズモンド領に父の商売に同行した際に途中で魔物に襲われた女の子を助けようとした際に足に傷を負いましてね。ここにはとても心優しい聖女様がおられると聞いてこの名誉の負傷を治癒していただけないかと来たのですよ」
どう見ても商家の息子じゃないわよね。鎧来た従者がいる時点でそのくらい分かるのに息をするように嘘を吐くこいつはなんなんだろう。
なんだか見ていると生理的にムカムカしてくるし殴っていいかしら。
「殿下、お戯れはおやめください」
「はぁ……つまらないな。別にこの足さえ治れば身分などどうでもいいではないか」
殿下……殿下ねぇ?さっきから殿下って呼ばれているけど殿下って……殿下!?そう言えばプリレボの攻略対象についてすっかり忘れていたわ!
王都の学園なんかに絶対に行く気はないからどうでもいいと思ってたけど、殿下と言うともしかしてこいつは第一王子のランス何とか言うやつじゃない!?もう名前もうろ覚えだけど……通称は覚えている……確か……。
「ほら吹き王子……」
「何!?」
髭騎士が何か言いたそうに睨んでいるけど関係ないわ。思い出した!
「ほら吹き王子!そうよ!ほら吹き王子のランス何とかね!なんでこんなところにいるの?デズモンド領に来ることなんてないはずじゃない?」
「殿下に対してなんと無礼なことを!そこになおれ!」
「無礼はどっちよ。最近はお客さんが少ないけど今は並んでいる人がいるのが見えないの?一番後ろに並びなさいよ」
並んでいる客たちが真っ青な顔でブンブン首を振っているけど、私にとって大事なのは領民であって革命に何の関係もないこいつの治療なんて後回しに決まっている。
「小童が!この御方がこの国の第一王子!ランスロット殿下と知ってのことか!」
「知っているわよ。オルレアン王国のほら吹き王子、息をするように嘘をつくってね。でもお金を払うって言うなら治癒してあげないこともないわ。サラ、この国の王子の歳費ってどのくらいなのかしら」
「そうですね……少なくとも金貨2万枚は予算があるかと」
「じゃあ、治療費に1割の金貨2000枚を用意しなさい。そうすればその足を治してあげるわ」
前世のお金に換算すると2億円というところかしら。王子の歳費の1割でそれだけの大金ということはそれ以外にどれほど税金を搾り取っているのか分かるというものだ。一般的な庶民が年間金貨20枚程度で生活しているというのにその1000倍である。格差社会ここに極まれりである。
「分かったらさっさと後ろに並ぶか帰ってちょうだい」
「おのれ……聖女と呼ばれていようとたかが平民の小娘がここまで我らを侮辱してただで済むと思うなよ……」
「ちょっ……まっ……」
髭騎士が腰の剣に手をかけたのを見てランス何とかがビビっている。でも私はそんなことで臆したりするはずがない。
素早く『加速』の魔法を発動して思考を加速させると周りの動きがゆっくりに見える。これで対処する時間は稼げるはずだ。
髭騎士の腰から剣が少しずつ抜かれていくわね。でもここがどこだか知らないのかしらね。ここは傭兵団の本拠地なのよ?そんなところで剣を抜こうとして血の気の多い傭兵たちが何もしないわけ……あら?何もしないわね……。
おかしい。傭兵たちが微動だにしない。
でも大丈夫。私には頼れる毒舌メイドのサラが……あら、サラも何も動かないんだけど……。
「はぁ……別にいいんだけど肝心な時に役に立たないわね……」
ポソリと本音が漏れてしまったけど……いや、違うわね。何を誰かに頼ろうとしているのかしら私は!私は私の力だけでも誰にも負けない力を手に入れないといけないのに!
気を取り直したところ、髭騎士の剣が抜かれて私の頭に向けて振り下ろされてくる。周りの人間はやっぱり動かない。
……仕方ない。
私は断腸の思いで大切にしている腰の包丁に手をかけた。
『加速』の魔法は思考が加速されるだけで身体能力が向上するわけじゃないからそろそろ防御しないと間に合わない。
私は包丁を引き抜き髭騎士の大剣を受けた。
「何!?」
「お嬢様!?」「お嬢!?」
サラと団長が驚いた顔をしているけどもしかして動きが見えてなかったとか?しっかりしてほしい。
「私の奥義を防いだだと!?」
「お嬢すげえな……全然見えなかったぜ……」
本当に見えなかったらしい。だったら何もできなくても仕方がないわね。でも……この髭騎士……力が強い!
「ぐぐぅ……重い」
「こんな小童になんでこんな力が……しかも包丁なんぞで……」
こんな力って言っているがこっちは短期集中で身体強化最大出力しているにも関わらず押し負けている。髭騎士の大剣がじりじりと迫ってきた。そして……。
パキン
「ああーーーーーーーー!私の大切な包丁が!!」
欠けた!私の包丁が!!私が初めて手に入れた包丁が欠けてしまった。毎日毎日きちんと研いで寝る前に金属の香りが写らないように水に浸して手入れしていた大切な包丁が!よくも……よくもやってくれたわね!
「サラ!ハウエル!報酬を払うから手を貸しなさい!」
「はい!」「おう!」
二人から勢いのいい返事が返ってくる。もしかして私の依頼待ちだった?やっぱり世の中報酬が大切よね。ギブアンドテイク!友情や愛情なんかよりよっぽど信頼できる。
「いくわよ!せーの!」
私とサラ、そして傭兵団長のハウエルの蹴りが髭騎士の腹部に突き刺さって扉の外まで吹き飛んでいった。特にハウエルの鉄板入りの靴で蹴られた部分は靴の形に陥没している。うーん、やっぱり鍛えた男の膂力には敵わないわね。
「近衛長!?」「どうした!?」「なにがあった!?」
治療所の外で待機していた他の騎士たちが騒ぎ出したが、体制を整えられ前に私はドアから外へと飛び出す。
「なんだ!?」
「子供!?」
「血が……!?」
考える隙なんて与えない。こいつらは敵だ。しかも領民じゃない。つまり革命勢力ではない。どうなってもいい存在だ。そして……そして!私の!料理人の大事な包丁を壊したやつら!許されるはずがない!
私は自分の体内で魔力を練って練って練り上げる。カラスを殺す程度の魔力では駄目だ。ここにいる騎士全員死んでもらっても構わない。
私は練りに練った魔力を解放させた。狙うのは鎧の隙間、出来れば首や心臓などの急所だ。
「ウィンドカッター!」
カラスを殺しまくる日々で私の最も得意な魔法になったウィンドカッターをお見舞いする。火の魔法は味方の傭兵団まで焼いてしまう可能性もあるからこれが最適だろう。
ギギィン!
「ぎゃあ!」「ぐあ!」「うぎゃあああ!」
騎士たちから悲鳴が上がるけれど……浅い!ほとんどの騎士が倒れているけど誰も死んでないし、まだ立っている騎士もいる。さすが近衛騎士とでもいうのか、体が頑丈な上に魔法にもある程度耐性があるのかもしれない。
「お嬢!あとは俺たちに任せろ!」
ハウエルたち傭兵団が治療所から飛び出してきて騎士たちを殴り始めた。もちろん私は参加する。任せてなんかいられないわよ。包丁の恨みよ!だって私も殴りたいし。
「これは大切な包丁の分!これも包丁の分!これも包丁の分よ!」
私は石ころを手に持つと髭騎士へと馬乗りになる。
「ぐあ!やめ!やめろ!ぎゃあああああ!」
髭騎士の顔面を石ころで殴る!殴る!殴る!
「はぁはぁ……」
私が殴り疲れたころ、傭兵団も騎士の鎮圧が終わっていた。残されたのは倒れ伏した騎士たちと。それらを震えながら治療所の窓越しに見守るランスなんとか。
さぁ、こいつどうしてやろうかしら。
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