第21話 悪役令嬢とビーストテイマー
その日私は自室で汗をかきながらお肉を焼いていた。街で買ってきた大量の牛のロース肉はフライパンで焼かれては特製の調味料により味付けをされてサラが開けてくれた収納魔法『大口』の中へと消えていく。
「お嬢様……もしかしてお嬢様は暇なのですか?」
「何を言っているの?やることが多すぎて大変なくらいよ」
領内で怪我人や病人の治療をしないといけないし、お金の回収もしないといけない。畑の管理もしないといけないし、魔法道具の開発に、体力づくり、剣術なんかも傭兵団に教えてもらっているし、もちろん貴族としての教育も怠ってはいない。そんなことをやっているにも私がなぜお肉を焼いているのかサラには分からないらしい。
「将来のためよ」
「その将来のためになぜ今お肉を大量に焼いているのですか?」
「ふふふっ、聞きたい?聞きたいのね?」
「いえ、それほどでもございません」
「なんと私は新しい魔法を開発したのよ!」
「結局私はお嬢様の話を聞かされるのですね」
サラがため息を吐いているが、ぜひ聞いてもらいたい。この魔法の素晴らしさを。
「料理に使っている火と風の魔法を改良でもされたのですか?」
確かに火と風の魔法は使っている。最近はかなりAPも増えてきたので料理中に倒れるようなことも減ってきた。それでもさらに高みを目指すのが料理人の宿命というものなのだ。
「ちょっと待っててね……サラ」
「……」
「ここよ!」
私はフライパンからお肉を皿へと移すと、お肉とは別に作っていたソースをお皿に飾り付ける。
「さぁ、召し上がれ」
「私の質問に対する答えがこれでございますか?控えめに言って意味不明でございます」
「いいから冷めないうちに食べなさい」
「はぁ……」
サラはため息を吐きながら席に着くとナイフとフォークで肉を切る。あらためて見るとサラってテーブルマナーも完璧よね。まぁ毒舌も完璧だし、完全無欠の完璧メイドかしら。
「お嬢様……中がまだ赤いのですが……」
サラが切り分けた断面はまだ赤く火が通ってないように見える。
「大丈夫よ。私の魔法で火が通っていることは確認したから。完璧な『レア』に仕上がっているわ」
私は目を自分の手で覆うと魔法を発動して指の隙間からお肉を見る。すると周囲の色がすべてなくなり、代わりに青から赤にかけての色彩で世界が再構築された。
青い部分は温度が低い場所、赤い場所は温度が高い場所で表現されるのがこの魔法の特徴だ。前世でのサーモグラフィーを参考にして開発した私の新たな魔法である。ちなみに目を手で覆うしぐさは必要ない。ただかっこいいからやっているだけだ。
「というわけで私は魔法で料理の温度が分かるようになったのよ。料理の温度くらい経験で確認しろって思ってるかもしれないけれど周りの気温とか湿度とかで料理の条件は変わるわけだし、焼き窯の中だと外から確認できないじゃない?それを!この魔法は解決できるのよ!もちろん経験も大事だし、研鑽は怠ったりしないわよ。『焼き』って言うのは料理の基本にして真髄といっていい部分だからね。これでまた一歩私の料理が進歩したってことよ。それでお味はどうかしら?サラ」
「そうですね。お肉が生に見えましたが食べてみると生肉のように歯に引っかかることなく、すぅっと溶けるように食べられますね。熱も中までしっかりと入っているのにパサついた感じもなく肉汁があふれてとてもおいしゅうございました。控えめに言って……魔法の無駄遣いでございますね」
「無駄じゃないわよ!料理人にとって画期的な魔法でしょう!」
「料理にかかりきりのようですが、レボリューションとやらはよろしいのですか?」
「もちろんそっちも頑張るわよ。私に考えがあるの」
まるで私が何も考えてないみたいに言わないでほしい。私にはとっても素敵な考えがあるのだから。
「そういうわけで乗馬を出来るようになるわよ」
「お嬢様は乗馬の前に言葉の話し方を学んだ方がよろしいかと思います」
料理を終えて私たちが向かったのはお城の傍にある厩舎である。ここには騎士団の馬を飼っているだけでなく、牛や鶏などの畜産も一緒に行われている。たまに卵とか牛乳とかもらいに私も来ている。
騎士団はお父様たちと一緒に魔獣狩りに行ってしまっているのでいないけれど、馬庭はいるはずなので彼に話をすればいいだろう。
「それでなぜ乗馬なのですか」
「お父様たちって馬に乗って戦うんでしょう?やっぱり高い位置からの攻撃って強いと思うし、早く移動できるし、何より馬に乗って戦ったほうがかっこいいじゃない!」
「まだお嬢様では鐙まで足が届かないのではないですか?」
「私用の鐙を作らせればいいじゃない」
「そもそもお嬢様を乗せるような馬がいるかどうか……」
サラが心配しているけど世界の頂点たるこの私を乗せることが出来るなんて馬にとっても名誉なことよね。きっと多くの馬が私に乗ってほしくて殺到するに違いない。
「あ、あの……お嬢様。馬が怖がるのであまり柵に近づかないでほしいのですが……」
馬庭のサムエルが怯えたように私に注意しながら出てきた。
彼は我が家の馬の番一切を任されている馬庭だ。我が家の使用人にしては強そうではないし、オドオドしているのだけど大丈夫かしら。
でも馬を見る目は確かだと思う。目の前の光景を見ると彼の忠告を否定できないかもしれない。
なぜなら……私が牧場で馬を見ようと柵に近寄ると一斉に馬たちが逃げ出したのだ。
逃げ出した馬たちは牧場の反対側の柵のところで固まって私から目をそらしている。
「これってどういうこと?」
「さ、さぁ?あっしには何とも……」
「お嬢様がただ単に動物に嫌われているだけではございませんか?」
「サラさん!?」
サムエルがサラの毒舌に目をむいているがこの程度の毒舌は日常茶飯事なので私はスルーする。私にはそれよりも大事なことがあるのだ。
「馬は逃げたけどそれでも一匹だけ逃げていないのがいるわね……っていうか思いっきり私を睨んでるわね」
そう、一匹だけ逃げていない馬がいたのだ。私を殺すような鋭い視線で鼻息荒く見つめている馬がいる。白いたてがみの中に薄く灰色の線が入っているが、線は一本だけなのでシマウマというわけではないだろう。
むしろそれが良いアクセントになり、なかなか見栄えが良い。
「お、お嬢様!?そ、そいつはいけやせん!今調教中の暴れ馬で手をつけられないんでさぁ!」
「調教してる?いいじゃない!要するにテイムすればいいのよね!調教!ビーストテイマーってやつね!」
ゲームの中では竜王国という国の敵が出てきたが、彼らにはビーストテイマーという職の兵士が多かった。飛竜を駆りながら襲い掛かってくる強敵たちが竜王国の竜騎士たちだ。それに対抗するために私がビーストテイマーになるのも悪くないかもしれない。
「私に任せておきなさい!この馬の名前はなんていうの?」
「トップっていいやす……。あっという間に群れの頂点に立っちまったからトップと名付けやした。足だけは速いんですが誰かを乗せようとすると暴れ出しやすので困ってるんですよ……」
「トップね……。私を差し置いてトップと名乗るのは生意気だけど……気に入ったわ!」
私の乗騎というのであればふさわしい名前と言えなくもない。
「さぁトップ!私を乗せ……ぐぅ!」
近づいたとたんに柵の隙間からトップの前蹴りが私のみぞおちに命中した。ボキボキと肋骨の折れる音を聞きながら私は吹っ飛ばされる。
「お嬢様!?」
「大丈夫よ」
私はむくりと起き上がった。服はちょっぴり破れてしまったけれど、負傷した体は治癒の魔法で元通りだ。私はまだ幼く打たれ弱いかもしれないがそれを補う回復力がある。
「ふふふっ、私はAPが尽きない限り私は倒せない!勝てるとは思わないことね!」
「ヒヒーン!」
トップのたてがみがザワザワと逆立った。好戦的でいいわね。ますます気に入ったわ。私の赤髪も同じようにチリチリと逆立っている気がする。
「私の乗騎になりなさい!」
「ブルルッ!」
私が柵を飛び越えて牧場に入った瞬間、トップは既に私に後ろ足を向けていた。前足で体重を支えながらの重量の乗った後ろ足の蹄が私の顔面をとらえる。
「ぐう!?」
蹄で私は顎をつぶされてぐちゃぐちゃにされながら空中に投げ出された。後ろ蹴りの勢いを殺せなかったので首の骨まで折れているのが分かる。
それらを瞬時に判断した私は治癒魔法で顔と首を元通りにする。このまま頭から落ちるとさらに負傷してしまう。私はクルリと空中で一回転して着地すると足にかなりの衝撃を感じた。
「やるわね……私に従いなさい!」
着地した勢いそのままに再びトップへと突っ込む。トップは迎え撃つために私に頭突きをかましてくるけど、今度は吹き飛ばされるつもりはない。
「ぐうっ!掴んだわよ!」
頭突きは食らったが今度はトップの手綱を掴むことに成功。吹き飛ばされる勢いで綱が引っ張られてトップは首を振る。
「ブルルルル」
「逃がさないわよ」
私は手綱をクルクルと手に巻き付けるとトップに抱きつく。これならいくら蹴られようが距離を取られることはないし、お互いに逃げることも出来ない。チェーンデスマッチならぬ手綱デスマッチだ。
「痛い!」
今度はトップが私の手綱を持った腕に嚙みついてきた。すごい力ね。でも私は傷つく腕を治癒しつつ……。
「お返しよ!」
「ヒヒン!!?」
私もトップの首筋に思い切り噛みついてやった。動物虐待?動物保護法?そんなの関係ないわ!私とトップ!やるかやられるかよ!
たまらず口を離して首を振るトップの顔を今度は手綱を持っていない左手で殴りつける。
「ブルルルル!」
そんな私にトップもやられっぱなしではない。私を前足で蹴る、蹴る、蹴りまくる。私の足を踏みつぶし、体中に噛みつき、私を引きずって走りまくり、柵へと衝突させ、とあらゆる反撃をしてくるが、それでも私は治癒魔法で治癒しながらトップを殴る、殴る、殴る。
───そして数時間に渡る激闘の末、倒れたのは……
トップだった。突然足をガクガクと震わせたと思ったらバターンと横倒しになってしまった。トップの顔はボコボコだし、体中から血を流して綺麗なたてがみも真っ赤に染まっている。
当然私も自分の血で服が真っ赤になっているし、今まさにトップのその体重につぶされたけれどまだAPは残っている。
(癒しを!)
私は体を治してトップの下から這いずりだすと両手を天に突きあげてトップの背中へと座った。
「やったわ!どう!?サラ!サムエル!トップに騎乗して見せたわよ!これで私もビーストテイマーね!」
「ビ、ビーストテイマーって動物や魔物と心を通わせて従わせるんじゃないですかい……?」
「さすがはお嬢様。ですが調教と言うより本来の意味の調教でございますね。控えめに言ってテイマーではなく調教師を名乗ったほうがよろしいかと思います」
好き勝手なことを言われているが、私の乗騎が出来るなら何でもいいわ。
(癒しを!)
私はトップの背中に乗ったままその体を癒した。トップが驚いたように周りを見回した後、ゆっくりを四足で立ち上がる。
「おおー。結構高いわね」
立ち上がったトップの背の上はかなり見渡しが良い。高いところが大好きな私は大はしゃぎだ。
「じゃあ走ってみましょうか!トップ!」
「……」
手綱を引っ張ってみたけど走らないわね……こいつ。首を下げてショボンとした様子のままで動かない。さっきまでの元気はどうしたトップ。
「……また殴られたいの?それともニンジン食べる?」
「……」
私がそう言って手綱を引っ張ってニンジンを与えるとノロノロとトップが歩き出した。うんうん、いいわね。私は乗馬スキルも手に入れちゃったかもしれない。
「なんというか……。トップが哀れで見てられねぇすわ……」
「さすがお嬢様でございます」
二人が色々言っているけど、私は信頼とか友情とか愛情とかいうもので何かを従わせるつもりはない。悪役令嬢は恐怖とか利害関係とかそういうもので従わせればいいのだ。
こうして私は乗騎を手に入れ、他の馬が逃げ回る中で上機嫌で牧場を闊歩するのだった。
しかし、この時の私は知らなかった。このトップという馬はこの程度で屈服するような馬ではなかったということを……。
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