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第19話 悪役令嬢と夏野菜

 季節は夏。

 最初は治療所のみだったメアリ一家にも畑ができ、そこで働く人が増え、その端の家屋が増え、トーマスたちを含めて数人だったメアリ一家も今では100人にまで拡大していた。

 土地だけはいくらでもあるデズモンド領である。しかもマナブレアの森の近くということで畑も自由に拡大できている。

 人が増えれば建物も必要ということで、大工経験者の人間を筆頭に家や納屋の建築や井戸掘りも始まってた。


 そして今日も今日とて私はマナブレアの森へと新たな野菜を採取に行ってきた帰りである。いやぁあの森は素晴らしいわね。食材の宝庫だ。保護特区に指定したいくらいである。


「お嬢様、またあの森にいったのですか。危険なのでやめた方がよろしいかと……」

「大丈夫よ。ほら茄子がこんなに採れたのよ」


 私は籠いっぱいになった茄子とその苗をサラにドヤ顔で見せつける。ナスも出回っていなかった野菜の一つだ。こんな美味しくていろいろな料理に仕える野菜がないとかもったいない。はやく増産を始めたいものである。


「……ナス?それは食べられるものなのですか?とても毒々しいのような色をしておりますが……」


 サラの認識でもやっぱり茄子もこの世界にはなかったらしい。確かに見た目は毒々しい色と言われればそのとおりの紫色だ。でも大きく実ったつるりとした茄子は新鮮で瑞々しく実に美味しそうである。


「さっそく治療所にいって料理してみるわよ」


 治療所にもキッチンや料理器具はノックスの協力の元設置済みである。結構な値段がしたけれど、治療費の収入が多いので支払いには困らなかった。

 最近はこっちで料理して傭兵団や手伝いに来ているスラムの人たちにふるまうことも多い。やっぱり料理は食べてもらってこそだからね。


「ただいまー」


 治療所に戻った私たちが入り口から入ったところ、壮年の男性が子供たちにお礼を言っているところだった。


「ありがとうございます。ありがとうございます。おかげで膝が曲がるようになりました。あ、これお礼の財産1割分のお金です」

「え、いや、でも俺たちは姫様じゃないから……」


 ん?なんだか揉めてる……というかトーマスたちがお礼を言われている。どいうことだろう。


「どうしたの?」

「あ、姫様!いや、ちょっと患者さんが来てたから待っててもらったんだけど早くしてほしいって言うから……」

「あら?ちょっと野菜の採取に夢中になってしまったいたわね。じゃあそちらが患者なの?」

「あ、メアリ様!膝はこちらの3人にすっかり治していただきました!ありがとうございました!」


 そう言って男性は急いでいたのかさっさと去っていってしまった。膝を怪我していたというのに元気に歩いてである。それから出される結論はというと……。


「え?もしかしてあなたたちが治したの?」

「えーっと……うん」

「うん!私にもできたの!姫様!」

「体がふわーってなって姫様みたいに治したいなって思ったらできたよ!」


 なぜかトーマス、リリス、アイシャの3人にも治癒魔法が使えるようになったらしい。これは3人ともに最初から聖属性の魔法の才能があったということなのか。それとも『想いの力』がインストールされたのか。

 おそらく後者だと思うが確かめる方法はない。まぁ悪役令嬢の私にさえインストールされたんだから他の人がされないと考える方がおかしいわよね。


「3人とも!良かったわね!その力はきっと役に立つわよ。よし!あなたたちのことを『トールズ』と命名しましょう」

「トールズとはなんでございますか?お嬢様」

「サラも気になる?うふふ、それはね。想いの力で魔法を使えるようになった人のことよ」

「お嬢様の命名にしては直球ではないネーミングでございますね。どのような意味なのでしょうか」

「『想いの力』をインス『トール』された人たちだからトールズよ。どう?」

「思いのほか直球でございましたね。控えめに言ってお嬢様にしては上出来でございます」


 ドヤ顔で胸を張っていると珍しくサラに褒められた。サラも中二的なネーミングが好きだから思うところがあったかもしれないわね。


「あの……それでこのお金なんだけど……」


 おっといけない。トールズの誕生が面白くてトーマスたちのことを放置してしまっていたわ。


「さっきの治療費のことね。私が治療したわけでもないんだからそれはあなたたちがもらっておきなさい」

「いや、でも、もう俺たち給料もらってるし……」

「そうだったわね……給料の二重取りになる……のかしら?」


 どうすればいいのだろう。よく分からない。

 会社経営とかしたことないからはっきり言ってメアリファミリーの給料体制はほとんど給料一律でボーナスとかもないし、休日は定期的にあるけど、有給休暇制度とか福利厚生とかもない。まぁ私がたまに料理をふるまうくらいのものだ。


「お嬢様。従業員の数も増えてきたことですし、そろそろ本格的な会計のできる従業員を雇うなり教育するなりするべきではないでしょうか。控えめに言ってお嬢様のおつむではこれ以上無理でございます」

「私が頭脳明晰なことは置いておくとして……まぁ私が全部やってるわけにもいかないわよね」

「そのあたりについては私に考えがございます」

「あら?そう?じゃあ任せるわ。じゃあお昼ご飯を作りましょか」

「ごはん!」

「姫様のごはん大好き!」

「やったー!」

「あなたたちも手伝のよ。手を洗ってきなさい」


 サラはその考えとやらを実行するために出て行ってしまったのでトーマスたち3人とお昼ご飯を作ることにする。今日のメインは採ってきたばかりの茄子だ。


 まずは2種類の小麦粉に塩と卵をよく混ぜて捏ねていく。私を含めてみんな手が小さいのでちょっとずつだ。さらに丸めては伸ばしを繰り返す。4人で一緒にコネコネコネコネしたあと、団子を薄く叩いて伸ばし、機械へと投入する。


「姫様、なにそれ」

「これはね。パスタマシーンよ!ノックスに特注で作ってもらったの!」


 本当にあの闇商人(仮)は役に立つ。

 前世の記憶をもとに調理器具を作ってもらったのだ。完全手作りにこだわる料理人もいるがはっきり言って文明の利器を使わないとか非効率としか思わない。だから私はノックスに調理器具のアイデアを色々と渡しているのだ。


「どうやって使うの?」

「ここに生地を入れてこの取っ手を回して御覧なさい」

「こう?」


 リリスがクルクルと取っ手を回すと生地が等間隔に切られて生パスタが形成されていく。


「なにこれ面白しろーい」

「お姉ちゃん、私もやりたい」

「うん!交代ね!」


 交代でパスタを作っていく姉妹。うんうん、この子たちも少しずつ料理を覚えてきたようだ。もし料理が好きで本人がやる気なら将来私の調理助手となってもらうのもいいかもしれない。

 助手がいれば私の手間が減ってもっともっとたくさんの料理を出すことができて、もっともっとたくさんの人から私の料理が称賛されることだろう。


 パスタはアイシャとリリスに任せて私はトーマスと一緒に野菜を切っていく。


 夏の爽やかな日差しを感じながら、今日は新鮮な夏野菜を使ったトマトパスタを作ることにした。料理の準備を始める前に、まずは材料を揃えることにする。トマト、ナス、ズッキーニ、パプリカ、それに玉ねぎとニンニク。これらが今日の主役だ。


 トマトは湯むきして、角切りにする。その間に、ナス、ズッキーニ、パプリカ、玉ねぎも一口大にカットしておく。ニンニクはみじん切りにした。


 次にフライパンにオリーブオイルを熱し、ニンニクを炒める。ニンニクの香りが立ち上がると、心地よい香りがキッチン中に広がる。次に玉ねぎを加え、透明になるまで炒める。私はこの瞬間が好きだ。玉ねぎが柔らかくなるときの甘い香りが、これから始まる料理の期待感を高めてくれる。


 玉ねぎが透明になったら、刻んだトウガラシ、ナス、ズッキーニ、パプリカを加える。野菜がしんなりするまでじっくりと炒める。鮮やかな色合いが美しく、見るだけで食欲がそそられる。


 野菜が炒め上がったところで、角切りにしたトマトを加える。塩と胡椒で味を整え、中火で煮込む。トマトが崩れてソース状になるまでじっくりと煮込むと、まるで夏の香りを凝縮したかのような、濃厚なトマトソースが出来上がった。


 次に、パスタを茹でるために大きな鍋にたっぷりの水を沸かす。塩を加えてパスタを茹でる。乾麺ではなく生麺だから1~2分で茹で上がる。

 その間、ソースがさらに煮詰まっていくのを見守る。茹で上がったパスタをざるにあげ、軽くオリーブオイルを絡めておく。


 ソースが完成したら、茹でたパスタをフライパンに加え、全体をよく絡める。トマトの赤、ナスの紫、ズッキーニとパプリカの鮮やかな色がパスタに混ざり合い、見た目にも美しい一皿が完成した。


 仕上げに、バジルの葉を散らし、パルメザンチーズをふりかける。夏野菜のトマトパスタが出来上がりだ。


「出来上がりね!お皿持って来て」

「はーい」


 お皿に綺麗に盛り付けて完成!夏野菜のトマトパスタだ。


「お嬢様。お待たせいたしました」


 テーブルに運びさあ、食べようというときにサラが戻ってきた。後ろにはなんだかやせ細って顔色の悪い人たちが10人程いる。


「その人たちは?」

「お嬢様のお望みの会計のできる者達です」


 サラの話によるとこの人たちはとある大商会に努めていた人たちらしい。その大商会が大幅な賃下げとリストラを結果、それに反対した彼らは仕事を辞めることになったということだ。

 さらに嫌がらせのように紹介状も渡さず、関係先に圧力をかけられて職を得ることが出来ず困っているのにサラが目を付けていたらしい。


「元マーロー商会の者たちでございますす」

「……?」


 マーロー商会?まるで私がそれを知っているかのように言っているけれどまったく思い出せない。誰だっけ、それ。


「お嬢様が治療費として大金をボった商人の一人でございます。割り込みをしたのでお嬢様は商会主の顔を殴って怪我をさせたこともございます」

「そんなの今まで食べたパンの枚数くらい覚えていないわね」

「控えめに言って殴りすぎでございます」


 サラの言うことが本当であれば経緯はともあれ知識と経験を持った優良物件ということだろう。これは良い人たちを連れてきてくれた。


「ごきげんよう。私はメアリ・アン・デズモンドよ」

「は、はじめまして。私は元番頭のイザークと申します。後ろにいるのは私の家族や元従業員たちです。こちらのサラ様にこちらで人を募集していると聞きまして……」


 グー。

 大きなお腹の音が鳴った。発信源はイザークたち。しばらくろくにものを食べていなかったのだろう。そしてこの部屋に漂うトマトソースの美味しそうな香り。お腹鳴っちゃうよね。

 それを聞いたトーマスたちが何かを期待するような目で私を見つめてくる。いつかの自分たちを想いだしたのだろう。


「私は来るものは拒まないわ。雇いましょう。ちなみに以前の給料はおいくらくらいだったのかしら?」

「はい。マーロー商会では私は月に金貨2枚程度いただいておりました」


 うちの元孤児のトーマスたちでさえ月に金貨5枚を渡しているというのに低すぎる。その程度じゃ家賃や諸経費を除いたら毎日外食できるほどのお金も残らないだろう。

 前世の料理漫画で『毎日とんかつ定食』が食べられるくらいがちょうどいい豊かさって言ってたからね。私としては最低でもそのくらい払うつもりだ。


「とりあえずみんな月に最低給を金貨5枚くらいから調整しましょう。仕事の内容とか勤務時間とか安見とかはみんなで話し合って決めていいわよ。うちは実力主義だから能力次第でもっと出してもいいわ」

「へっ!?」

「そんなことより食事をしましょう。ちょうどお昼を食べるところなのよ。みんなで食べましょう」


 私は自分の分のお皿をイザークに渡し、椅子から降りるとコックコートを付けなおす。


「追加で10人前注文いただいたわ!待っていらっしゃい!」


 その後、私の振舞った夏野菜のパスタは大好評で治療院での定番メニューへと加わることになる。夏でしか味わえない今だけの旬の味である。

 新たな従業員たちは好待遇で受け入れられたことに驚きつつ、私の料理に舌づつみをうつことになり、胃袋をつかまれてメアリ一家の会計職員として加わるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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