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閑話 とある料理長の独白①

 俺は生まれながらの悪党なんだと思う。

 王都にある料理屋に生まれた俺は物心ついた頃には……人を殴っていた。俺を馬鹿にするやつ、俺に危害を加えようとするやつ、俺を侮辱するやつ。みんな俺の拳の前に地面をなめさせていた。


「アレクシス!てめぇ!ここは調理場だぞ!手で汗拭ってんじゃねえ!」


 親父の鉄拳が顔面に突き刺さって俺は吹き飛ぶ。そんな時、俺が暴力を振るうのは親父の遺伝だと思った。

 王都の下町に構えられた親父の店は連日人だかりができるような人気店だ。だけどほんのちょっとの料理への悪評でそんな人気は無くなってしまう。それが親父には分かっているんだろう。調理場は清潔に。それが守れない奴はぶん殴る。そんなことを言う父親だった。


 確かに素手で汗を拭ったりしたらその手でそのまま食材や調理道具を触ることになる。調理でまず気を付けないといけないはバイキンだ。食事を出して相手を病気にさせるなんて絶対にあっちゃならねえ。親父に殴られるのは納得だ。


 もちろん納得いかなければ相手が親父でも俺は殴りかかっているが、そんな反抗的な俺でも親父は店に置いていてくれていた。そんな親父に見返してやるように俺は寝る間も料理を試作した。


 おかげで俺が成人を迎えるころには俺考案のレシピも店に並ぶようになっていた。それどころか俺はもう親父を超えたんじゃないかなんて思っていた。

 

 そんなある日……。


「これはなんと素晴らしい料理か。下町でこのような料理に出会えるとは……。これを作ったのは誰だね」


 こんな下町に来るのが不思議なくらい小奇麗な格好をした小太りの男が客席に座っていた。男の食べていた料理は俺がレシピを考案した煮込み料理だった。安いすじ肉を柔らかくなるまで煮込み、肉の旨味を最大に引き出すように日々精進してきた結果、店に並べることを許された自慢の料理だった。

 なので俺は思わず相好を崩していた。


「俺だ……です」


 敬語なんて使ったことが無いが嬉しさのあまり恰好を付けようとしてしまった。思えばそんな俺の馬鹿な気持ちがこの後の悲劇の原因になったのだと思う。つまり、俺は悪党である上に、大馬鹿だということだ。


「君の腕は実に素晴らしいね。君の作った他の料理も食べさせてくれないかね」

「お、おう……あ、はい」


 嬉しくなった俺は厨房に戻ると親父に許可をもらって次々と料理を作り始めた。もちろん全部俺の考案したレシピだ。

 出される料理を味わうと男はそのどの料理を食べた後もそれを褒めたたえて私の肩を叩いた。


「素晴らしい!君の名は?」

「アレクシスだ……って言う、言います」

「どうだ?君。王宮の厨房で仕事をしてみる気はないか?」


 下町の小汚い店に来たその男……なんと宮廷料理人、しかもその料理長だった。その誘いに俺は二つ返事で了承し、親父も店は一人で十分だと送り出してくれた。


 宮廷の厨房に入った俺はさっそく自前のレシピを披露した。この国の頂点である国王が俺の料理を食べることになるのだ。これほど自己顕示欲を満たすことはないのではないだろうか。

 有頂天になっていた俺は……その後すぐに現実を突きつけられる。


「この料理を……陛下に出す……んですか?」


 その料理は俺の作った料理ではなかった。俺のレシピを元に料理長が作った料理だった。いや、レシピ通りに作られた料理でさえなかった。


「待ってくれ!なんだこれは?なぜ肉がこんなに硬い!?香りも足りないし……何より煮込みが全く足りていない!」

「ああ、君のレシピだが私がより良くなるようにアレンジしておいたよ。煮込みが足りないって君ね。料理に何時間かける気なのかね。我々は君のような庶民と違って貴族としての身分もあって忙しいのだよ」

「だったら俺が作れば……」


 ソースはまだレシピ通りだから普通の料理に比べれば美味しいかもしれないし、肉が多少硬くても食べられはするだろう。だが時間がないからとわざわざ手を抜くなど許されることではない。


「国王陛下に平民などが作った料理をお出しできるわけがないだろう。しかもすじ肉?馬鹿を言うな。私の実家から取り寄せた最高級のヒレ肉を使わせてもらおう。安心したまえ。君の素晴らしい料理は私によってさらに高みへと到達したわけだからね」


 俺の料理がさらに高みに?この値段だけ高いだけで料理にまったく合っていない肉が?俺の料理より優れているだと!?俺の舌がおかしくなければこいつの舌がおかしいのだろう。いや、味覚は確かなのは分かっている。ならばその実家とやらへの便宜を図るために味を犠牲にしたのか!?頭の方がおかしいに違いない。


「ふざけてんじゃねえぞ!このくそ野郎!」


 その時俺の中の悪党がまた暴れ出してしまった。つまるところ暴力を振るったのだ。


「俺の!料理を!こんなに!しやがって!」


 俺の拳が血に染まっていく。


「最初から!俺に!料理を出させるつもりなんか!なかったんだろう!」


 拳を振るうたびに血が飛び、料理長の顔の形が変わっていく。そのとおりだ。分かっていたことじゃあないか。この国では平民と貴族では隔絶した身分の差がある。それが料理を褒められたからと対等だと思ってしまったのは馬鹿な俺だ。

 それでも俺の中の暴力()はそれを止めようとする他の料理人にまで及び、その後俺は厨房から飛び出した。


「くそっ!こんな話受けるんじゃなかった……」


 この後どうしようかと少し悩んだが、馬鹿な俺には結局実家に帰ることしか思いつかなかった。そして親父に事の次第を話したところぶん殴られた。


「荷物をまとめろ」


 親父にそう言われてはっとする。そうだ。貴族に手を出してただで済むわけがない。頭に血が上りすぎてそんなことも思いつかなかったのか俺は。


 案の定次の日には店は報復に放火でもされたのか火に包まれていたと後に人づてに聞いた。

 間一髪で逃げ出した俺たちが目指したのはデズモンド領だ。どんな犯罪者だろうとそこまで逃げ切ればたとえ王家でさえ手を出すことは叶わないと聞く。

 馬車で1~2か月もかかるという遥か彼方、魔境デズモンドを目指して俺は両親とともに旅に出るのだった。







 デズモンドへの旅路は順調だった。

 持ち前の体力で早くに逃げ出したため、俺たちの足取りを追うことは難しかったのか、道中で追手に迫られることはなかった。

 途中で調理場を使わない野外での料理法や野草料理などを親父に教えられつつ、2か月後、俺たちはデズモンド領へと到着した。


「……警備ザルすぎねえか?」


 デズモンド領に到着した俺の第一声である。身分の確認や荷物のチェック等はあったものの簡単にその領地へ入ることが出来た。本当にこれでいいのだろうか。

 

 その後、俺は街の顔役を通して領主へと紹介されることになる。親父は旅路の疲れが出たのかもともとそのつもりだったのか分からないが隠居することにしたらしい。


 そしてデズモンド家の料理人となった俺だが、このデズモンド家、はっきり言って異常だ。まず使用人どもがおかしい。

 俺の暴力をものともしないやつらばかりなのである。やがて料理長を任された俺には部下が二人ついたのだが、こいつらからして俺の暴力を完全にいなしてきやがる。


 そして領主夫妻。こいつらについては別次元の存在だ。『炎帝』と『灼花』という二つ名まである魔法使いで、剣の腕も夫婦そろって達人級らしい。多分俺程度の暴力なんぞ届く前に消し炭になっちまうだろう。

 しかも二人ともほとんど屋敷にいやしねえ!なんでも嬉々として魔獣を狩りまくっているらしい。貴族らしく屋敷で俺の料理を食えよと言いたい。


 やがてこの二人には一人の娘ができた。メアリ様と言う名前なのだがこれまたとんでもないクソガキだった。

 鬼子とでも言えばのだろうか。俺のガキの頃の方が行儀良かったんじゃないかと思えるほどの我儘で癇癪持ちの令嬢……いや、あれは令嬢とは言えないと思う。

 何かを満足するということを知らず、あれが欲しいこれが欲しいと言いまくり、俺の作る料理にももっと美味しいものを作れと言いやがって……。

 なんとこの俺が心血注いで作り上げたものを否定してくるのだ。何度かふざけんなと怒鳴ってみたが、それ以上の悪態が返って来て逆に俺が冷静になってしまうくらいだ。


 さすがに幼女に暴力振るうことはないが、誰かこいつを何とかしてくれないものかと思っていたところ、サラとか言う女が専属メイドになることになった。

 我儘で誰にも相手にされないお嬢を少し不憫に思っていたのは否定できないので専属がついて常識を教育されるのだろうと少し安堵していたのだが……。



 お嬢の悪態のレベルがアップした。

 何を言っているのか分からないかもしれないが俺も信じられなかった。だってお嬢はまだ5歳とか6歳なんだぞ?それがスラムの連中も真っ青なスラングを使って罵倒してきやがったのだ。


「おい、サラ。てめぇお嬢に何教えてやがる」


 さすがの俺もお嬢の言葉遣いがレベルアップした原因はこいつとしか思えなかったので文句を言ったのだが……。


「あらあら?お嬢様を未だに満足させられない料理長様ではございませんか。控えめに言ってお嬢様のあの時言った言葉は適切でございましたね」

「あぁ!?」


 とっさに俺の拳が出るがこいつはそれをスルリと躱しやがる。やっぱりこの家のやつらは異常だ。


 そんなある日……。お嬢が俺の作った揚げパンを小さな手に持って厨房へと現れた。さんざん食べたことのない美味しいものを出せと言いやがるから『庶民の味』を工夫に工夫を重ねて出してやった。

 その味はそんじょそこらの貴族が食べているスイーツなんぞ目じゃないほど自信があるし、それを庶民の食べるような下賤な料理に仕上げたという俺の皮肉付きだ。


「こんなおいしい揚げパンは初めて食べたわ!作ってくれてありがとうね!」


 満面の笑みでお嬢が俺たちにそう言った。しかも俺が揚げパンを作るための工夫を一つ一つ褒め讃えた味の感想を言ったのだ。6歳の子供がだ。

 今まではいつも不機嫌なムカつくガキくらいにしか思っていなかったが、笑うとやや目が吊り上がり気味ではあるものの子供らしく可愛らしいじゃねえか。


 一通り感想とお礼を言った後、お嬢は1枚の紙を差し出してきた。


「なんだこりゃ?」

「それはね、前世で私がどうしても欲しかったものよ」

「前世?」


 どうやらお嬢は前世の記憶を思い出したらしい。思春期にはやや早い年齢だが小さい頃って妄想がはかどるよな。右手に宿った暗黒竜だの異世界に行って無双するだの、俺も小さい頃には妄想していたものだ。


「★が1つで一流料理人の証、★2が2つで上級料理人の証、そして★3つは世界で最高の料理を作る料理人の証よ」

「……それを俺たちに?」


 どうやらその紙はお嬢の妄想世界で最高の料理人に渡す称号という設定らしい。俺が世界最高の料理人かぁ?ふふんっ、分かってんじゃねえか。


「あたりまえじゃない!でも覚悟しておきなさい!いつかその三ツ星は私がこれ以上の料理を作って取り返してあげるからね!あーほっ……けふんけふんっ」

「お嬢様、お水です」

「ありがとう、サラ」」


 お嬢が貴族らしい高笑いをしようとしてむせて水をクピクピと飲んでいる。なんだ……可愛いじゃねえか。誰だよお嬢をクソガキとか言ってたやつは。


「じゃあ次はお父様たちのところへ行くわよ!」


 そう言ってお嬢はサラに荷物のように持ち上げられて去っていった。まるで台風みたいな子供だなとつい笑みがこぼれてしまう。


「よっしゃあ!俺がお嬢に世界一って認められたっすよ!」

「は?」「あ?」


 紙を持った両手を天に突き出した見習いのジェイミーの言葉に俺と副料理長(スーシェフ)のホーストの目つきが鋭くなる。


「ふざけないでください。何を自分が作った気になっているんですか」


 ホーストの言うとおりだ。たまにはいいことを言う。


「あの揚げパンは素材の美味しさを引き出したものっすから材料を用意した俺がこの三つ星をもらうにふさわしいっすよ」

「何を言っているんですか。あのパンを作ったのは俺です。だから俺がお嬢様からこれをもらうにふさわしい」


 そう言って副料理長がジェイミーから紙を取り上げた。


「馬鹿言ってんじゃねえよ。あの揚げパンのレシピを考えたのは俺だ。そして俺が仕上げをした。だからお嬢の三ツ星は俺のものだ」


 俺がホーストから紙を取り上げようとしたが、それをジェイミーに邪魔された。


「俺のっすよ!」「私のです」「俺のだ!!」


 あんなに可愛らしく味の分かるお嬢からもらった初めての勲章だ。誰にも渡すものか。

 俺たち3人は全員が顔がパンパンになるまで殴り合った末、お嬢の三ツ星は俺の手に握られることになるのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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