第15話 悪役令嬢と晩餐会②
「お嬢様……その恰好は……?」
「なんてお可愛らしい……」
「お嬢様は何をお召しになってもお似合いですね」
「最近はお人柄も優しくなられて……」
「お持ち帰りしたいくらいお可愛らしいですね」
「お世辞は別にいいわよ」
今夜はいよいよ貴族たちの集う晩餐会の日である。私はそこで出される料理長の本気料理をつまみ食いするためにサラ特製の小さなメイド服を来てスタンバイしていた。
サラ以外の周りにいるメイドたちは私にチヤホヤしてくるが、別に私は私が可愛いなんて思っていない。私は悪役令嬢なんだからきっと彼女たちの言葉はただのお世辞か何かだろうと思う。
「お嬢様、わざわざ会場まで行かなくても持っていく前にここでつまみ食いをしてしまえばいいのではないですか?」
サラがそんなことを言ってくる。確かに出される前に食べてしまうことはできる。できるのだけれど……。
「お客様に虫食いの食べ物出すわけにはいかないでしょ。だから出されてからつまみ食いするのよ」
「その違いが全く分からなきのですが……」
「というわけで行ってくるわね!」
サラの言葉を無視して私は料理を入れたワゴンを持つと会場へと進む。うーん……私の背が小さいせいで前が良く見えない。
そんな私をなぜか生暖かい目で見るメイドたち。解せぬ。
それでも何とか会場に到着した私は料理をテーブルへと丁寧に並べていく。配膳であるサーブも料理人の仕事の一部だから手は抜けない。料理は見た目と言うけれど、お皿の上の素材の並び、お皿の位置、カトラリーの場所、それらすべてが調和された見た目で味も変わって感じるものだからね。
既に晩餐会は開催されており、私が持ってきたのは追加の料理たちだった。
私がメアリだと気づかれた様子はない。そもそもここで私の顔と名前が一致するのはお父様とお母様くらいだし、今まで社交界に出たことすらない私を知っている貴族はいないだろう。
会場を素早く見渡すと私はトレイを戻すふりをしつつ素早くテーブルクロスの下へと体を潜り込ませた。
よしよし、誰も気づいていないわね。人の気配が無くなるのを待ちましょうか。私がテーブルの下で気配を消してタイミングを待っていると聞きなれた声が聞こえてきた。お父様とお母様の声だ。
「公爵閣下、し……失礼ながらその髪は……。とても若々しくなられたように見えるのですが……?」
「ははははは、引っ張ってみるかい?カツラじゃあないよ?実はうちの娘が治癒魔法を使えるようになってね。私の薄かった髪も今じゃこのとおりさ」
「ま、まさかそのようなことのできる治癒魔法が存在するのですか……」
テーブルクロスの隙間からちらりと覗いてみるとお父様の周りの薄毛の男性たちが集まっている。
「シンシア様もそのつやつやのお肌はどうされたのですか?お化粧品をお変えになったのかしら?」
「いえ、これもうちの娘の治癒魔法ですのよ。気になっていたお肌の荒れもなくなって若返った気分ですわ」
「まぁ!羨ましいですわ。もしよろしければ私もお願いできないでしょうか」
「娘は治療所を開いておりますのでお金さえ払えば治癒するでしょうけど……お高いですわよ。何でも治療1回に財産の1割を代金にしているとか」
「……」
私の治療所の宣伝をしているみたいだけど、相手は絶句しているわね。貴族が来ても割引するつもりは一切ないのだけど来るかしら。貴族ってことは領地経営とかしちゃって領民から税金をがっぽりと搾り取ってるって話なのよね。もし本当に来たら大儲けだけれど。
「閣下、お嬢様のメアリ様は今6歳でしたな。うちの息子は同じくらいの年頃なのですが、一度お会いさせていただくのはいかがでしょうか」
それってもしかして婚約させるために会いたいってこと?そんなことはお断りね。なんで私が貴族なんかと結婚しないといけないのよ!
そもそも政略結婚って何よ。お互いに好き同士でもないのに結婚して子供を作ってこんな頭お花畑の世界で生きていくなんて冗談じゃない。
断って!お父様断って!
まぁ私は悪役令嬢な見た目と性格だから好き同士になる相手もできるわけもないので雲の向こうの話だけれどね。
「閣下とシンシア様のお子でしたらさぞかし美しいお嬢様なのでしょうな。一度お目にかかりたいものです。今日は参加されていないようですが……」
参加しているわよ、メイドとしてテーブルの下にね。あと、お父様とお母様が美形なのは認めるけど私は悪役顔なのよね、残念でした、美しいお嬢様じゃなくて。
「うちの娘はまだこのような場は慣れていないようでな。誘ったのだが断られてしまったのだ。機会があれば紹介するが……。婚約者にと言う意味であれば……我が家と戦争するつもりで奪いにくることだな!」
お父様が息子を紹介したいと言った貴族を睨みつけている。いいぞ、お父様。もっと言ってやって。言ってやって。私は結婚なんてするつもりないから。
「当然私も立ちはだかりますので、娘を嫁に欲しいというのであれば私たち夫婦を倒して見せることですわね……おほほ。その上で私の娘を打ち倒すことが出来たら考えてみますわ。あなたの家にそれが可能かしら?」
にこやかに笑っているお母様であるが、目がまったく笑っていない。さすがは毎日魔獣を狩りまくってるだけある。綺麗な顔をしてすごい迫力だ。そして最後に私を倒さないといけないというのが我が家らしいいわね。
「うちの娘は可愛くて賢くて優秀ですからな。そんじょそこらの家にはやれませんな。それこそ王家から次期王妃になどと言ってこられれば考えないこともないですがな。あっはっは」
お父様、その王家とやらは私の中で結婚したくない家ナンバー1なのでやめてください。火炙りにされてしまいます。
そんな感じで貴族同士の会話を聞いている間に私のテーブルの周りが空いてきた。チャンスね!
このテーブルには事前に目をつけておいた煮込み料理が置いてあるのだ。私はワゴンから空の皿とお玉を取り出すと、テーブルクロスから腕を出してさっとテーブル上の煮込み料理をかっさらった。
「ほぅ……これが料理長の特別な一皿……」
見た目は牛肉のワイン煮込みのように見えるそこから漂う香りが食欲をそそる。見た目も申し分ない。見ただけで美味しそうなそのお味はいかに……。パクリ。
「もぐもぐ……こ、これは!?」
口に入れた瞬間からそのスープから突き抜けるようなかぐわしい香りが鼻に突き抜けた。さらに牛肉を噛んだ瞬間、肉がほろほろと崩れ中からあふれる肉汁と旨味が口いっぱいに広がっていき……。
「う……うーーーまーーーいーーーぞーーーー!」
いや、今叫んだのは私じゃないよ!?っていうか誰よ、大声だしたのは?私は再びこそっとテーブルクロスをめくって周りを見渡す。
「これほどうまい料理は王城での宮廷料理以来だ。ぜひ料理長にあいさつさせてくれたまえ」
「あの……申し訳ございませんが料理長はそのような申し出はお断りさせていただいておりまして……」
「何を言う。このデュバリー伯爵家の当主が直々に言葉をかけてやろうというのだ。何を断る必要がある」
伯爵家の貴族が騒いで給仕を困らせていた。こんなことをお父様やお母様が放っておくはずないと思うのだけど……。
「うちの娘は街でも大人気でな……」
遠くで娘の自慢話で盛り上がっている両親が見えた。こちらの話は聞こえていないみたい。これはダメかもしれない。
「良いから紹介したまえ。忙しいならこちらから出向こうではないか。調理場はこちらの方向でいいのかな?」
デュバリー氏は給仕が止めるのも気にせず部屋から出るとズンズンと調理が運ばれてくる方向へと進んでいく。確かに料理が運ばれて来るのは厨房からだからね。間違ってはいないけれど、このおっさん大丈夫かしら?少し心配になったのでこっそりついていくことにする。
「ここが厨房か?料理長!料理長はいるか!」
「なんだ!?この忙しいのに!誰だ!」
「おお、この煮込み料理を作った料理人は君かね?」
「あ?だったらなんだ?」
不機嫌そうに答える料理長。うわぁすでに額に青筋立てて怒ってるよ。そりゃそうだ。作ってるのはコース料理なんだからメインデイッシュの後も料理は続く。タイムスケジュールを乱されるとすべての料理に影響が出るはずだ。
「この美食家であるデュバリーを唸らせるとは大したものだ。特にこの煮込み料理は気に入った。私はこれでも王宮の宮廷料理も食べたことがあるのだ。まぁ、宮廷料理には及ばないもののそれでもこの料理は素晴らしい」
「なん……だと……」
宮廷料理ってこれより美味しいの?知らなかった。料理長の料理のレベルが高すぎて私の目標になっていたのだけれど、これより上があるとか。どれだけこの国の料理のレベルは高いのかしら。是非食してみたい。
「まぁ王宮で食べた牛の煮込み料理はもっと歯ごたえがあったし、このニンジンのような余計な付け合わせもなかったが……それでもそれに匹敵する料理だ。この私が認めてやろう。どうだ?私が王家に紹介してやろうか?私は宮廷料理人の料理長とも仲が良くてな、レシピも教えてもらっているのだ。どれ、私が厨房で君に指導してやろうじゃないか」
「……」
「どうした?早く厨房へ案内したまえ。この中なのだろう?」
デュバリー伯爵があの厨房へと入ろうとするが……。
「ぶざけんじゃないわよ!!」
私は物陰から駆け出すとデュバリーの後頭部へドロップキックを食らわせた。
「ぐべっ」
これはデュバリーの声。
「ぐべっ」
これは勢い余って床に叩きつけられた私の声。でも私は倒れることには慣れているのですぐに起き上がる。
「この私でさえ入れてもらえない厨房にこの料理の良さも分からないやつが入ろうとするんじゃなわよ!歯ごたえ!?付け合わせがいらない!?何を言っているの!そもそもこの肉はすじ肉なのよ!」
そう、信じられないことに料理長は貴族の晩餐会への料理にすじ肉を使っていた。それもそれがスジ肉とは分からないほどの柔らかさで。
「これはたぶん硬いすじ肉に隠し包丁をいくつも入れて、はちみつの酵素で柔らかくじっくりじっくりに何時間も慎重に煮込んだものなのよ!肉の臭みを香草で飛ばしてマイルドで香り高くしている。ここまで旨味を引き出すには鍋からひと時も離れずに集中していたに違いないわ!それに付け合わせのニンジンのグラッセがいらないですって!このニンジンの甘みを極限まで引き出したグラッセがあるから肉だけでしつこくなった口の中をさわやかにしてくれるんじゃない!料理長がどれだけ研鑽をつんでこれを作ったか!あなた分かっているの!?」
「お嬢……もういい……」
顔を真っ赤にして怒っている私の腕を同じく顔を真っ赤にした料理長が引っ張った。料理長も私と同じくよほど怒っているんだろう。そう私は怒っている。
「良くないわよ!これだけの料理を作った苦労を……」
「分かったお嬢。もういい……もういいからやめてくれ」
「お嬢様。それ以上料理長のライフポイントを削るのはよしたほうが良いかと。控えめに言って料理長は今夜眠れなくなるかと思います」
サラまでそんなことを言って止めてきた。まだまだ料理について話したいがこのくらいにしておくべきなのかな。
一方、私に蹴られたおっさんはというと……。
「いつつ……メイド風情が何をする!この私がデュバリー伯爵と知ってのことか!?」
貴族のおっさんが私の胸倉を掴んできた。しまった、今は武器を持ってきていない。ポケットに石ころでも入れておけばよかった。普通のおっさんレベルなら身体強化すれば勝てると思うけど、もしこのおっさんが傭兵団にいる大人レベルだとちょっと分が悪い。それでも相手がやる気なら是非もないのだけれどね。
「……デュバリー伯爵?うちの娘に何をしているのかね?」
私が身体強化をした右の拳を振り上げたところ、背後からお父様の声が聞こえた。振り向くと憤怒のオーラをまとった両親がそろっていた。顔だけ笑顔というのが余計に怖い。
「こ、これは公爵閣下!娘……とはどういうことでしょう?ここには私に無礼を働いたメイドしかおりませんが……」
「マリー、大丈夫だったかい?そのちっちゃなメイド服もとてもかわいいね」
お父様は伯爵から奪い取った私を愛称で呼ぶと抱き上げてと私にイケメン顔をこすりつける。うーん……イケメン顔が眩しいので人前ではやめてほしい。照れる。
「私の可愛いマリー。こんな可愛らしい格好を見せてくれるなんて。サプライズを用意してたのね」
お母様まで私に抱き着いて頬ずりをしてきた。うーん……お母様もちょっとスキンシップ過剰である。
「それでデュバリー伯爵?うちの娘の胸倉を掴んでいたのはどうしてかね?」
睨め付けられたデュバリー伯爵はさすがに私が本当にデスモンド侯爵家の令嬢だと気が付いたらしい。すでに涙目をしている。
「そ、それは突然後ろから蹴り飛ばされたからでして……」
「あなたが無理やり厨房に入ろうとするからでしょう!私でさえ入ったことないのに!」
「お嬢様。私が説明させていただきます」
それからサラがここで起こったことを説明した。私が料理長の特別な一皿を盗み食いしようとメイドの格好でテーブルの下に隠れていたこと。デュバリー伯爵が料理長の料理を褒めるものの王城の料理には及ばないといったこと。料理長を引き抜こうとしたこと。そしてそれを私が後ろから蹴り飛ばしたこと。
「なるほどな。我が家の料理人を王家に引き抜こうとはよほど度胸があると見える。デュバリー伯爵、我々は向こうで話をしようか」
「ちょ、ちょっと待ってくだされ。私は……あああああああ」
伯爵はお父様に引きずられて行ってしまった。さて、私は目的は達成したしどうしようかな。お腹もいっぱいになったので少し眠い。
「私はもう部屋に戻るわ。じゃあね」
「ちょっと待て!お嬢!」
悪役令嬢は料理長に回り込まれてしまった。
隠れて料理をつまみ食いしたことに怒っているのかしら?でも残念ね!私は絶対に誰かに頭を下げたりしないわ!唯我独尊な悪役令嬢な私は誰かに感謝することはあっても謝罪することなんてありえないのだから。
「あー……お嬢……そのー……なんだ……えー……あー……いてぇ!」
「さっさと言えよ、料理長」
「そうっすよ。料理長が言わないなら俺が言うっすよ」
料理長の後頭部をはたいたのは副料理長のホーストと見習いのジェイミーだ。強面の料理長相手に手を出すとかこの二人もたいがいよね。
「あー、分かったよ!お嬢……。調理場……入っていいぞ」
「……は?でも前はダメって言ったわよね……」
「俺が良いっていってるんだからいいんだよ!だが危ない真似だけはすんなよ!料理中にドロップキックをするのとかは禁止だからな!」
「そんな非常識な人がいるはずないでしょう」
「はぁ!?鏡見て言えや!」
「なんですって!」
こうして私は屋敷の調理場へ入る権利をなぜかもらえることになったのだった。
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