第11話 悪役令嬢と治癒所開設
「死にそうな怪我じゃないなら一番後ろに並びなさい!!」
ドカン!
「あ、あなたー!!」
魔法で身体強化された私の拳が太ったおっさんの脂肪に突き刺さると扉の先まで吹っ飛んでいった。奥さんと思われる女がそれを追って駆けていく。
おっさんが無理やり治療待ちの列へ割り込もうとしたのでわたしが鉄拳を振るったのだ。
ふふん。どんなもの?
最近私は傭兵団の男たちに格闘術や剣術を教えてもらって鍛えている。
そのおかげで身体強化すればそれなりに力を出せるようになった。傭兵団の男達にはまだかなわないけれどね。それでも大人の男以上の力は一瞬ならなんとか出せるようにはなった。
「治療に来た相手を怪我させるとは……お嬢様の治療所は斬新ですね。控えめに言ってここは地獄でございますか?」
「はい、次の人―」
私とサラは傭兵団の拠点に構えた治療所で毎日仕事をしている。スラムのボスのフレンが噂を広めてくれたのか、毎日のようにたくさんの人間がここを訪れるようになったからだ。
当然優先するのは命の危険がある人間。私の革命勢力の増強のためには最優先に命を救う必要があるので当然の処置なのだけど、最近は死にそうな大けがや病気をしている人間が来ることも減っていた。
おそらくこれまでかなりの人数を治してきたので、財産の1割を払ってでも生きたいと思う人間がいなくなってきたということだろう。
まぁ、その程度のお金を払うことを惜しんで死んでしまうような人間は私の役に立つようなことはないだろう。APも有限だからね。
その代わり増えてきたのは貧しい人がちょっとした怪我を治したいという依頼。これは元々所持金や財産が少なく、その1割といっても支払い額が少ないので頼みたくなるのは分かる。しかし、予想外だったのは毛髪や美容のために来る人間が増えたことだ。
私の治癒魔法は食べ物や生物を最善の鮮度にするようなので、治癒を受けた人は怪我だけじゃなく、薄毛もフサフサになり、体に刻まれた小じわやニキビや魚の目などなど、体の悪いところを全部治してしまう。
そしてその副次的な効果でふさふさな髪になった元薄毛のフサたちはハゲたちにそれを自慢し、肌が綺麗になった女たちはそれを友人に自慢する。
先ほど私が殴ったハゲたおっさんとその奥さんも見た感じ怪我一つなかったからその類だと思う。
♦
「待たせたな。おっさん、もう入っていいぞ」
そんな感じで治癒を続けていると列の整理や案内に雇っているトーマスが傷だらけのおっさんを案内して連れてきた。
トーマスとリリスとアイシャは揚げパンだけで雇えるのでここに手伝いに来てくれて助かっている。そのうち支出以上のお金が入ったら給料で雇うことにするつもりけれどね。
「あらあら?あなた全身擦り傷で血だらけじゃない?どうしたの?」
「おまえに殴られたんだろ!!ふざけんな!!」
「あー……」
誰かと思ったらさっき割り込みしたおっさんだった。殴った相手のこといちいち覚えてないのよね。めんどうくさいから。
「ふざけてないわよ。私はちゃんと真面目に殴ったわ。ねぇ、サラ?」
「ええ、お嬢様はふざけて人を殴るような方ではございません。本気で殴っておりました」
「は……はぁ!?おまえらふざけ……てない……のか?くっ……あー!もういい!」
よく分からないけどおっさんは私とサラの説得に納得してくれたようだ。奥さんと思われる女の人と一緒にわたしの前の椅子に腰かけた。
「わしの髪を生やしてくれ。金貨1枚払ってやる」
「私の肌もつやつやにしてちょうだいね」
二人とも怪我を治してほしいわけではないみたいね。よく見るとおっさんは泥で汚れているが上質の服を着ている。さらに指のすべてにダイヤとかルビーとかの大きな宝石のついた指輪をつけているし、何よりブクブクと太っているのは飽食の証拠だと思う。
ということで出される結論は一つだ。
「そんなんじゃ治療費に足りないわね」
「なに!?さっきの患者は銅貨1枚で治しておっただろうが!こっちは金貨を払うと言っているんだ!おまえらのような貧乏人が半月は暮らせる金だぞ!」
「サラ、こいつ殴っていいかしら?」
「お嬢様、既にさっき殴ってしまっております」
そうだっけ?……そうだった。いちいち覚えてないのよね。めんどうくさいから。
「とにかく治療費は財産の1割をいただくと決まっているの。で、払うの?払わないの?」
「私を誰だと思っている!!マーロー商会の会長カルロ・マーローだぞ!財産の1割だとふざけたことを言うな!ほら、金貨10枚にしてやるからそれでいいだろう!」
「どうやら殴られたいようね?」
「ま、待て!20枚……いや、50枚払おう!」
「サラ、マーロー商会ってそんなに大きいの?」
「はい、悪どく儲けていると聞いたことがございますので財産は少なくとも金貨10000枚以上はくだらないかと」
悪役令嬢的には『悪どく』儲けているという部分には好感が持てるけど、金貨の10枚や20枚を惜しんでる小物っぷりでは評価はマイナスだ。
「じゃあ少なくとも金貨1000枚は払ってもらわないとね」
「き、金貨1000枚だと!?」
「嫌なら帰りなさいよ、ハゲ」
「お嬢様に殴られないうちに帰ったほうがよろしいですよ、ハゲ」
「お嬢、俺たちで追い出してやろうか?ハゲ」
サラやトーマス、傭兵団の団員たちがワクワクと息巻いている。元気いいわね、あなたたち。楽しそうでなによりだ。
一方ハゲは金額と薄毛治療の間で悩んでいるようだった。
「あ、当然あなたの奥さんの治療もしてほしいっていうなら2割になるわよ。金貨2000枚以上ね」
「ぐっ……。わ、分かった。残りはあとで払う」
よほど薄毛を治したかったのか、それとも奥さんが怖かったのか知らないけどどうやら支払うことにしたようだ。
私はとりあえず目の前の金貨を50枚手付けとして受け取ると、傭兵団の一人に10枚ほど渡してやる。
「これであなたを雇うわ。こいつらの財産のきっちり2割。取り立てて来なさい」
「お、おう!任せておけ!ひゃっほー!金貨ゲットだぜ!」
「ちょっと待て!俺のほうがその仕事に相応しい」
「あ?これは俺がお嬢から直々に依頼されたんだ。誰がお前なんぞに渡すか」
「なんだと!?」
金貨10枚は大金だからね。取り合いになるのは仕方ないかもしれない。
私が取り立てに行ってもいいけど最近は時間がないから仕事はどんどんアウトソーシングをしていく方針なのだ。時は金なりというけれど、お金で時間だって買えるのだから。傭兵団ならお金の取り立てくらいはきっちりしてくれるだろう。
「じゃあ治すわよ」
契約が成立した以上、私だってきちんと約束は守る。私は手の先に魔力を集中させて二人へと向けた。
(癒しを!)
私のAPによる光が二人を包み、ハゲは頭から髪がニョキニョキと生えてきてフサとなり、奥さんも髪がツヤツヤになるとともに肌のしわや染みがすべてなくなった。
「お、おお!わしの髪が……!」
「私の肌がつるつるに……!」
よし!綺麗に治ったようね。つるつるのおっさんはふさふさのおっさんになり、奥さんの肌が10歳は若返ったように見える。
「じゃあきっちり取り立てよろしくね」
「ま、待て!このわしにそんな違法な取り立てをしてただで済むと思っているのか!?私から強盗を働こうものなら憲兵が黙っていないぞ!私は町の代官にだって顔が利くのだぞ!」
おお!さすがは小悪党、最初から私を騙して治療させてからすっとぼけるつもりだったらしい。小悪党にしてはこの私に対していい度胸をしているので悪役令嬢的には好感度アップだけどお金のことで譲るつもりはまったくない。
「あらそう?だったら憲兵とは私が話をつけるわ」
「なに!?憲兵は領主の直属だぞ……そんなことがお前みたいなみすぼらしい恰好をした小娘に出来るとでも思っているのか!?」
「出来るわよ。挨拶がまだだったわね。ごきげんよう。私はメアリ・アン・デズモンド。この世界の頂点に君臨する者よ!」
「デ……デズモンド?デズモンドって……領主様の……娘……!?あの一人でスラムを血に染めあげたという!?」
「おい、お嬢を領主の娘とか呼ぶんじゃねえ。お嬢の親父が領主と言い直しやがれ!」
「そうだぞ、おっさん。お嬢を中心に世の中が回ってると思って話さないとおっさんも頭かち割られるぞ!」
団長やトーマスはなかなか話が分かってきたようだ。スラムをトーマスと私の血で染めたことは事実なのでぐうの音も出ないけれど。
「ま、待ってくれ。わしは領主様……いや、メアリ様に逆らうつもりなど……」
「さぁ、ちゃっちゃと金払いに行こうや」
「ちょ、ちょっとあなたー!」
団員の一人に掴まれるとハゲ改めフサのマーロー氏は無理やり引きずられながら連れていかれてしまった。その後を慌てて奥さんが追っていった。
「それにしてもそんなに薄毛とか小じわとか気になるものなのかしら?私にはそれに金貨何千枚も払うとか理解できないわ」
美貌のために財産の1割を払いたいとは私は思わないのでその気持ちが分からない。そもそも私は人に好かれるような顔も性格もしてないからね。外見はあまり気にしないのだ。
しかし、私の質問を聞いていた周りの年配連中は渋い顔をした。
「お嬢……大人にならねえと分からねえことがたくさんあるんですぜ」
「カツラ被ってる貴族連中なんかはいくら金を積んでも頼みに来るだろうな」
「髪が薄いと女からの扱いが全然違うからな……」
「へー、そうなの」
気持ちは理解できないけれどそれはいいことを聞いた。これからも薄毛治療でたくさん人が来れば大きな収入が期待できるかもしれない。もちろん優先するのは革命のための人命だけれど、お金があればできることも増える。
私は目の前に残った金貨を見つめた。
「じゃあやっとお給料払えるわね。はい、トーマス、リリス、アイシャ」
「「「え???」」」
私は3人の手に金貨を1枚ずつ握らせる。
「これからは月給とかボーナスとか休日とかも決めないといけないわね。詳しい人いないかしら」
「ちょっと待って!姫様!俺こんなにもらえねえよ!」
「今まではお金で払えなかったから揚げパンで払っていただけよ。あなたたちはちゃんと働いているんだから受け取っておきなさい」
「そ、そんな……俺……姫様に酷い事したからお詫びしなきゃって……」
どうやらトーマスは私から鞄を奪って逃げようとしたことを悔いているようだ。別に気にすることないのにね。
「そんなこと思ってたの?私だってあんたの頭かち割ったけど謝ってないじゃない。お互い様よ。それよりお金貰っていっぱい食べて大きくなりなさい。そのほうが私のためになるわ」
立派な革命戦士になることで私の役に立ってほしい。この子は度胸もやる気もあるからきっとビッグな男になるに違いない。まぁ私には敵わないだろうけれどね。
「姫様……俺……こんな人間扱いされて……お金が貰えるなんて思ってなくて……ありがと……」
「感謝なんていらないって言ってるでしょ。ギブアンドテイクよ、ギブアンドテイク。対価もなしに誰かに何か頼むわけないでしょう」
「初めて会った時も……ひでえ目にあったけどその時言ってもらった言葉がうれしかったんだ……。俺たちのこと『可哀そうなんかじゃない』って……人間扱いしてくれて……」
二人の妹からも泣きながらお礼を言われた。でも本当にそんなつもりはないのよね。だからお礼を言われるとかわけが分からないし、この子たちのために何かしたわけでもない。言いたいことを言っただけだし、感謝は見当違いだ。
「私は思ったことを言いたいときに言っているだけよ。気にしないで。そんなことよりもっと食べて大きくなりなさい」
そんなことを言う私を3人は涙にぬれた目で見つめていた。
♦
デズモンド領の主要都市セレノア。
比較的他の貧民への扱いが多少良いとは言え、この町にも貧富の差はある。特に商業地区は王国西部の一大産業を担っていることにより大いに潤っていた。
王国は大きく分けて西部と東部に分かれており、東部は王都エルダーローズを中心とした肥沃な土地を中心に商業が盛んであるが、西部は辺境で流通の面に難があるとはいえ、デズモンド領は港こそないものの、長い年月をかけ危険な森林地帯を切り開いた広大な領土には肥沃な農地、各種鉱石を採掘できる鉱山、溶岩地帯、山々から流れる豊富な水源等自然に恵まれており、西部経済の中心を担っている。
そのため主要都市であるセレノアと言えば王国屈指の大商会が店を連ねており、その中でも老舗といわれるマーロー商会。
その商会長のカルロ・マーローは鏡の前で髪を整えながらニヤついていた。
「ふーむ……良い……ふふふふふっ。こんな髪型にも出来るな……おお、これはなかなか良いな」
「素敵ですわあなた」
「お前も若返ったな。綺麗だぞ」
マーロー夫妻の肌はまるで20代に戻ったようにツヤツヤに張りがあり、特にカルロの髪は地肌が見えていた以前から比べると20歳は若返ったのではないかと思えるほどであった。
二人が戻ってきたときの従業員たちや商売敵たちから向けられる驚きと羨望と嫉妬による視線は非常に心地よく、二人の自己顕示欲を大いに満足させていた。
「まぁ……恥ずかしいですわ。でもよろしかったのですか?金貨を2000枚も払ってしまわれて……」
「ああ……あの忌々しい傭兵とデズモンドの令嬢か!顔の怪我も治ったから良いもののをいきなり殴り飛ばしおって……小娘が……だが領主様が絡んでいる以上下手な真似はできん」
「その……お金の方は大丈夫なのですか?せっかく綺麗になったんですもの。もっと若者向けのドレスなんかも着てみたかったけど……無理かしら」
チラチラ
心配そうにチラチラと見てくるのは出費によりこれから倹約していくなどしたくないという意味だろう。
妻のその視線を受けてマーローはにやりと笑う。
「今更贅沢のレベルを下げるなどできるものか。安心しろ。ワシに考えがある」
マーローの考えているのは従業員のリストラだ。お金を貯めたいのであれば支出を少なくすればいいのだ。実に単純明快である。
「まず従業員の給料を1割カットする。それでも辞めるものがいなければ2割をカットだ。仕事は残ったもので代わりにやらせれば人を新しく雇う必要もない。残ったやつらの仕事量の増えた分給料は上乗せしてやるが、それでもかなり支出が抑えられるだろう」
「さすがはあなただわ。でもそれだけで大丈夫なの?」
「なに、ワシにはさらに考えがある。この人事改革への影響を営業利益に表上は人件費を過大に載せる。つまり利益は過小に申告されるわけだ」
「どういうことなの?よくわからないわ」
「つまり利益が実際より少ないと申告した以上、収める税金も少なくなる。なに、今までも過少報告してきたんだ。それが多少変わったからと何も言っては来んよ」
事実、領地における税金は代官に任されており、これまでマーローはそれをとがめられたことはない。領主はいつも魔物狩りに勤しんでおり、領地経営は大幅な黒字で多少税金が減った増えたに頓着することはないのだ。
「これで今まで通りの生活は送れるし、また髪や肌に問題があればあのデズモンドの令嬢に治癒を頼めばいい。なに、その時のためにも財産は今回のようにとられないよう隠し財産としてどこかに隠しておくとしよう。そうすればあいつに払う治療費もさらに抑えられるというものだ。ははははは」
「おほほほほ。素晴らしいわ。じゃあさっそくこの若返った姿に合うドレスをさっそく新調しなくっちゃ」
「そうだな。私もこの髪をセットするための櫛を用意しなくてはな!」
大商会の執務室でマーロー夫妻は二人でお互いを讃えながら、来るべきバラ色の未来を夢見ながら哄笑をあげるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
もし興味がありましたらブックマークや↓の☆で評価いただけると励みになります。




