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第10話 悪役令嬢と黄昏の旅団

「あら、サラおはよう」

「おはようございます、お嬢様……お嬢様!?」


 サラが自室にいた私を見て駆けだしてきた。

 そのままの勢いで私の手を握ったり、服をめくったりしてくる。まぁ、理由は想像が付く。

 今着ている服はこの間手に入れた銀貨で大量購入した布の服。まさに何の変哲もない布の服。

 前世のやっていたTVゲームで言うところの初期の装備の布の服。だから汚れたり破れたりしても損害は少ないのだけど……さっそく損害が出ているのが今なのよね。


「なんですか?その血は!?服が血だらけではごさいませんか!?それに服の右肩から先の部分はどこにいったのですか!」

「ふふふっ、よく聞いてくれたわね!私はまた新しい魔法を開発したのよ!」

「それと今の状況がどう関係するのですか?……怪我をしているわけではないのですね?」

「怪我なんてしてないわ。それより聞いて」


 そう、私は新しい魔法を完成させたのだ。それは料理人なら誰でも夢見る魔法。食材の鮮度を永遠に保ち、旬の時期を永遠とする夢の魔法。


「私は保存魔法を完成させたのよ!」

「……保存魔法でございますか?」

「いいから見ててね」


 いつもの冷静な状態に戻ったサラに私は魔法を発動させて見せる。

 最初は冷蔵庫をイメージしていたのだけれど冷蔵庫でも食材は痛む。むしろ冷蔵庫に入れないほうが良い食材もある。

 そこで考え直した私は鮮度を保つにはどうすればいいかを考えた。冷凍とかではなく、時間そのものを止めれば良いのではないかと。時間の止まった空間と言えば次元の裂け目。


 そんな感じで次元の裂け目をイメージしたのだ。時の止まった次元の狭間に食材を保管しておけば永遠に腐らないのじゃないかと思ってね。


「!?」


 魔法を発動した私の目の前の空間にまるで牙のようなギザギザの割れ目が出現する。それを私は両手で引っ張って広げた。


「なんですかこれは?」

「次元の裂け目よ」


 私はよいしょよいしょとその裂け目を手で広げてサラに見せてあげる。中は何もない空間になっていてそこに色々としまっておけるのだ。


「どうして自分の手で開けてるのですか」

「裂け目は作れたんだけどね……自動では開かないからよ。むしろ閉まろうとするわ」

「まさか……その裂け目の中に見えるのは……」


 何もないと言ったがそれは最初開いた時のことで、一度使い終わった今は中にあるものが置かれている。


「私の腕ね。試しに中に枕を入れようとしたらパックリいかれちゃったのよ。腕は治癒魔法で直したからいいのだけれど……。それでサラ、私が押さえておくから中の枕取ってくれる?一人じゃ取り出せないのよね、これ」

「お嬢様、私の腕まで持っていかれそうで怖いのですが……」

「私が押さえているから大丈夫よ」

「余計に心配なのですが……絶対に、絶対に手を離さないでくださいね!」

「フリにしか聞こえないけれど分かったわ」


 さらに念を押して手を離さないように注意してくるサラが目にもとまらぬ早業で中から枕を引っ張り出す。さすがはサラ。私を一切信用していない。


「ついでに何か要らないものを入れておいてどうなるか実験したいんだけど、何か要らないものがあったら中に放り込んでみて」

「では……もはや二度と会うことが叶わない父からもらったこの万年筆を入れておきましょう」

「それって形見じゃ……あっ」


 サラはあっという間に空間に投げ込んでしまった。まぁサラが良いと言うならいいか、別に。


「それでなぜこのような魔法を作られたのですか?」

「だから保存のためよ。ここに食べ物を保管しておけば時間が経過しないの。いつでも新鮮な状態で取り出して料理が出来るのよ!これってすごいと思わない!?」

「開けることは出来ても一人で入れることも出すことも出来ないのにどうやって保存するのですか?」

「……」


 なるほど!確かに!これを一人で運用していくのは無理ね。誰かに頼まないと……。そして私が頼める誰かといえば目の前にいる……。


「……サラ!頼んだわよ!」

「私が協力するのですか?……仕方がございません。これからは私がその大口(ビッグマウス)を押さえる役をやりますので、お嬢様が中に物を入れてください」

大口(ビッグマウス)?」

「その魔法の名前でございます。いつも大口を叩いておられるお嬢様にちなんで名づけさせていただきました」


 まだ名付けてなかったのに勝手に魔法の名前を決められてしまった……でも……。


「大口……ふーん……大口ね……なかなかいいわね!そういうの嫌いじゃないわ!」


 私的にはサラのその中二病的なネーミングはむしろ大好物だ。中二病だ思春期だと揶揄されてもやっぱりファンタジーネーミングいいよね!サラはわかっているわ!

 よし、これからこの魔法は大口(ビッグマウス)と呼ぶことにしよう。


「ところでお嬢様、そろそろ街に行く時間ではございませんか?」

「そうだった!」


 魔法に夢中で時間を忘れていた。

 最近は街に行ってフレンの家の部屋にみっちりと揚げパンを詰め込んでくるのが日課になっている。

 これで飢えて死ぬ子供が少なくなれば革命軍の戦力の増強もはかれることだろうとの考えだ。ふふふっ、いつかその戦力がこの王国を滅ぼすことだろう。

 そんなことを話しながらフレンの家まで来たところ……。


「お嬢!ちょうどよかった!話が……」

「ちょっとどいてね」


(癒しを!)


 フレンが何かを言ってくるがまずは日課だ。部屋一つにみっちり揚げパンを詰め込んで……これでよしっと。やっぱり一仕事終えるとスッキリするわね。


「で、なんだっけ?」

「俺の部屋がまた油まみれに……いや、そうじゃねえ。お嬢の探してる相手の一人が分かったぞ」

「本当!?」


 さすがいずれ革命軍の総司令官になる男、仕事が早い。出来る男は違うわね。前世のゲームでも全体的にステータス高かったのよね、この人。武力が83もあったし。


「見つけたのはハウエル・オースティスって男で『黄昏の旅団』の団長をやっている」

「黄昏の旅団?」


 ハウエル・オースティスはプリレボの中ではフレン率いる革命軍『暁の翼』の団長だった男だ。司令官のフレンが作戦担当だったのに対してハウエルは戦闘担当。ちなみにゲームでのステータスはこんな感じ。


名前:ハウエル・オースティス

武力:89

魔力:60

俊敏:75

魅力:74


 フレンの武力83もかなり高いがハウエルは90近くまであり最強格の一人だ。能力補正されまくった攻略対象者たちにもひけを取っていない。大いにあの頭お花畑のやつらをぶちのめしてくれることだろう。


 でも一つ疑問がひっかかる。今フレンは『黄昏の旅団』と言った。

 『暁の翼』じゃないの?どう言うこと?『暁』と『黄昏』じゃ真逆だし、これから沈んでいく太陽である黄昏って名称として不吉じゃないの?それに旅団?


「それって国に反旗を翻す革命組織だったりする?」

「ちげーよ!この辺りに拠点を持ってる傭兵団の名前だ」

「……傭兵団?」

「で、お嬢はこの間死にかけのやつがいたら教えろって言ってただろ?奴らの何人かが死にそうって話なんだが……」

「行くわ!今すぐ!」

「お、おう!」

「早く!早くどこにいるのか教えなさい!」

 

 重要人物が死んでしまうかもしれない。私一人でも王国とは戦うつもりだけど、志を同じくするかもしれない相手だし、私の部下になるかもしれない相手だ。

 それが革命も待たずに死んでしまわれるのは避けたい。


「急いで!いくわよ!」


 フレンに急いで案内させることにする。場所はスラム街からかなり遠いらしく、むしろ私の家からの方が近い場所のようだ。

 私たちが来た道を戻るように走ること1時間……。


「ぜぃ……ぜぃ……なんで走っていくんだよ」

「はぁ……はぁ……馬車を探すよりは早いでしょ」

「お嬢様、せめて自分で全部走ってから大口を叩いてください」


 私は半分の距離までは走っていたのだけれど途中からサラに抱えられてきた。魔力を温存したせいでさすがに体力が持たなかったのと私の足が遅かったので。


 到着したのは広々とした草原に大きな小屋がいくつも建っている場所だった。ところどころに柵があるところを見ると農場か牧場のように見えるが、何も植わってはいないし、家畜もいない。


 その草原の向こうに見えるのは黒々とした森……あれって『マナブレアの森』よね。

 入ったが最後誰一人帰って来た者がいないという森だ。そんな危険な森の近くに住んでいるのはうちの家族くらいかと思っていた。


「ハウエル・オースティス!ハウエル・オースティス出て来なさい」


 私はフレンの家に押し入った以上の勢いでドンドンと家屋の扉を叩いた。革命勢力の人命がかかっているのかも知れないのだから急がないといけない。


「ちょ、お嬢!?」


 フレンが止めようとしたがそれに私が返事をする前に扉が開いた。

 中から巨漢がぬっと出てきた。でっかい……。まぁ6歳の私からするとみんな巨漢なんだけれどね。

 ツルツルに反り上げられた頭をしていて顔には目から頬にかけて深い切り傷の跡がある。さらに体中に生傷から古傷まで目につくところが傷だらけだった。


「どうも、ごきげんよう。私はメアリ・アン・デズモンドよ」

「お、おう?ごきげんよう?」


 巨漢は私の貴族の礼に戸惑っているようだけれど、ごきげんようと返事を返してくれた。もしかして貴族と話したことがあるのかもしれない。


「お嬢、いきなりすぎるぞ。悪い、事前に連絡があったと思うが俺がフレンだ」

「あんたがスラム街のボスか……。俺はハウエル・オースティス。治癒の力を持ったやつを紹介してくれるって話だったと思うが……これか?」


 巨漢が私を垂直に指差す。私を指してコレとは失礼きわまりないわね。私にもっと背丈があればそのツルツルの頭を見下ろしてやるものを。


「これってもしかして私のこと?まぁいいわ。そんなことはいいから死にかけを早く診せなさいよ」

「すげー口が悪いんだが本当にこれに治癒魔法とか使えるのか?」

「気持ちは分かる……」


 なんだか二人が分かりあっているようだけど早くしないと!そんな私の気持ちが通じたのかそのあとはすんなりと部屋の中へと通された。


「こいつらなんだが……」


 そこにいたのは10人ほどの男たち。ベッドも足りないのか半分は床の上の毛布に寝かせられている。


「特にこの二人が重傷だ。森から出てきた魔物に不覚を取っちまってな……頼めるか?」


 そのうちの一人は手が一本失われていてその先に血に滲んだ包帯がまかれている。もう一人は腹部から血がにじみ出して包帯を真っ赤に染めていた。

 確かにこれは重傷だ。そのまま放置したら死んでしまうかもしれない。よく見ると他にも命に別状はなさそうだが深い傷を負った怪我人たちが横になっている。


「治療費の話はしてあるのよね?」

「ああ、財産の1割だろ。死んでもこいつらに払わせるから治せるなら頼む……助けてくれ……」

「死んじゃったったら困るっていっているでしょう。払えるまで待つわよ。利息付きでね。さあ、いくわよ」


(癒しを!)


 私は急ぎ治癒の魔法を発動させた。体からAP(揚げパンポイント)がどんどん失われていくのが分かる。やっぱり欠損とか重傷はAPの消費が大きいわね。ごっそりとAP持っていかれた。最近は毎日APを使い切ることで最大容量が増えてきたが、この人数の重傷者を相手だとなかなかきついかもしれない。


「お、おい!?腕が生えた!?腹の血も止まったぞ!?」

「マジかよ。き、奇跡だ!」

「聖女……様?」


 周りの傭兵たちが騒ぎだしているけど……聖女はやめろ……あ、駄目だ、めまいがしてきた。


 バターン!


 私はいつものようにその場で顔から地面へと倒れると意識を失うのだった。




♦️




 結局、私が全員を治癒するのに3日を要した。

 あの二人以外は致命傷と言えるような傷ではなかったので、APが回復してから順番に治させてもらったところ死者を出すことなく治癒を終わらせることができた。


「な、治った!いつも俺の痛んでた古傷まで治ってやがる……」

「顔の火傷の痕がなくなったぞ!痛くねぇ!」

「髪がまたフサフサに……!」


 ……などと生傷以外にもいろいろ治ってしまったけれど、お代は各自からきっちり所持金の1割を取り立てた。

 傭兵だけあって結構お金を持っている人もいたけど、宵越しの銭は持たない主義らしくの人もいた。ただみんな快く支払いに応じてくれたと思う。まぁそれほど儲からなかったけれど。


「姫様、街までパンを運んできたよ」

「姫様!」

「姫様今日もきれー」


 傭兵団の建物まで来たのは街で出会って私が頭をかち割ったトーマス、妹のリリスとアイシャの孤児3人組だ。

 私はこの3日は傭兵団の拠点にばかり来てたので街にパンを運ぶのはトーマスたちに任せていたのだ。もちろん仕事として任せたので報酬に揚げパンを払っている。

 

 直接フレンの家に揚げパンを届けられなくなってしまったのだけれど……なぜか『やっと俺の部屋が油から解放される』とフレンが泣いて喜んでいた。


「揚げパン召喚!ほら、あなたたちの分よ。持っていきなさい」

「ありがとう!姫様。この後俺たちは何かすることあるか?」


 どうやらもっと仕事と報酬が欲しいらしい。労働意欲が高くて何よりである。


「すること?あるわよ。ハウエル団長はいるかしら?」

「おう、俺はここだ」


 奥の部屋からハウエルがぬっと出てきた。相変わらずでかい。一気に部屋が狭く感じられる。


「おお!怪我人が全員治ったのか……お嬢!あんたにはいくら感謝してもしきれねえ!なんでも言ってくれ!」


 私の体を持ち上げて顔を近づけて礼を言ってくる。近い!それにすごく暑苦しい!


「対価をもらっているのだから感謝なんていらないわよ。それよりこれを受け取りなさい」


 私はハウエルに向けて革袋を差し出す。中には銀貨や銅貨がぎっしり詰まっている。私の現金としての資産のほぼすべてである。


「おっと……ん?これは俺らがお嬢に払った治療代じゃねえのか?」

「怪我人がいなくなったならあのベッドのあった小屋が空くでしょう。あそこを貸してちょうだい」


 ハウエルから聞いた話によるとこの場所はもともと牧場だったらしい。しかし危険な森が近いことで野生動物や魔獣からの被害が多く、廃棄されてしまった。

 その牧場と建物の土地の維持管理を魔獣を倒した場合は報奨金も出るということで『黄昏の旅団』がホームとして購入したそうだ。

 

 ここは私の家からも近くて土地も広く、戦闘技術を持った集団もいる。私のこれからやることにとても都合がいい土地なのだ。

 ちなみになぜ『黄昏』の旅団という名前なのか彼らに聞いたところ引退間際のベテランが多いかららしい。『暁の翼』にはいつからなるのだろう。これから新人をリクルートして改名するのかしら。謎が深まってしまった。


「お嬢が使いたいならただでもいいが……」

「いいわけないでしょ。部屋を借りるんだからお金はそこから持っていきなさい」


 悪役令嬢たる私は利害で人を動かすしかないのだからお金を払わないなんてあり得ない。こっちも無料で治療したわけではないしね。どちらも納得の取引であった方がお互い安心できるというものだ。


「分かった、じゃあ相場分だけもらっておくぞ。それで、ここで何をするつもりなんだ?言っちゃなんだが町からも離れてるし、俺らみたいな荒くれもいるし、女子供が近寄るような場所じゃねえぞ」

「ここで治療所でも開こうと思ってるのよ」

「……は?治療所?それは救護院みたいなもんか?」


 『救護院』とはお金のない者も分け隔てなく救い上げるためにスフィア教の教会が主導で運営している施設のことだ。

 弱者の救済を掲げて寄付により運営しているという胡散臭い話を聞いたことがある。本当に人々の善意の寄付で運営ができるなど悪役令嬢的にはありえないと思っている。

 もちろん私の治療所は善意で運営するような甘いものにするつもりはない。


「あなた馬鹿なの?この悪役令嬢たる私が誰かを無償で救ったりするわけないじゃない!」

「悪役……令嬢?」

「団長様……。お嬢様は控えめに言って阿呆なのです。時々よくわからないことを言ったり叫んだりするのです……お察しください」

「ああ……」


 サラの言葉にハウエルが遠い目をして私を見つめてくる。解せぬ……。サラの毒舌は今日も容赦がなくて素敵だけれど賢い私を阿呆呼ばわりとは賢さへの嫉妬かしら。


「そういうわけで今日からここで有料の治療所を始めます!そうだ!トーマス、給金は出すからあんたたちも手伝いなさい!」


 今まではスラムのボスであるフレンのところで死にそうな病人とか怪我人とか治してたけれど、人が多くなって来て手狭で困っていたのよね。

 大したお金にはなっていないけど革命の火を灯すにはもっともっと生きてもらわなくっちゃ。トーマスたちも仕事を欲しがっていたからちょうどいいでしょ。


「お嬢様。何を考えているのか分かりませんが、お嬢様の考えていることと現実が逆になっている気がいたします」


 サラがまた私の英知に嫉妬して可笑しなことを言っているけど、こうして革命勢力を増やすため私の治癒所は開設したのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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