閑話 スラム住民たちの独白②
俺がここのスラムを取り仕切るようになって何年がたったことだろう。
俺はデズモンド領のスラム出身者ではない。ここから離れた別の貴族が支配する土地の出身だ。確か伯爵かなんかの領地だったと思うが俺らみたいな底辺の人間は貴族の名前や爵位なんか覚えちゃいない。
それよりも毎日を生き抜くことが大変だからな。
俺は自分が根っからの悪人だと自分でも思っている。子供のころからガラの悪いやつらと付き合って暴力や盗みなんて日常茶飯事だった。
だが、そんな俺らの中にもルールはあった。仲間を裏切らないこと。貧乏人からは奪わない事。それだけが俺たちのルールだった。
そんな悪さばかりしてた俺らだがそのうち用心棒的なことも頼まれるようになり、仲間も増えた。狭いが仲間同士で金を出して家を借り、雇われた店にちょっかい出してくるやつらはボコボコにして身ぐるみをはいで追い返し、店主からは感謝され、街ではちょっとした顔になっていた。
そんなある日。
「兄貴、なんかヤバそうな客が来てるんすけど……」
家でたむろしていた俺は弟分の言葉に玄関へと顔を出すと、見たこともねえくらい上等な服を着た男が立っていた。
貴族やその召使いが来ていそうな服だ。こんなやつが俺らに何の用なんかあるのか。
「お前がフレンか?」
「あ?そうだがあんたは?」
男は挨拶もせず、名乗りもせずにいきなり俺の話し掛けてくる。町のチンピラ相手ならこの場で前歯の2,3本折ってやるところだが、身なりを見るに手を出すとやばい連中の予感がする。
「ここに何でも屋がいると聞いてな。ここに金貨が10枚ある。これをやるからここらの若い女を10人ほど集めておけ」
「女を?」
確かに俺たちは食うに困った女たちに仕事を回したりもしている。女郎屋もどきみたいなものだ。この男も女が抱きたいのだろう。そう思ったのだが……。
「ああ、そうそう。あそこの花屋の娘もその中に含めておけ。オーナーの依頼だ。その娘はもうここには戻ってこないだろうから分かれは済ませておけよ」
「……は?」
花屋の娘は貧しいが別に金で体を売るような娼婦じゃねえ。堅気だ。貧しいながらも両親と支えあいながら暮らしてる。それに……。
「おい、もう戻ってこれないってどういうことだ?女が抱きたいんじゃねえのか?」
「女は高貴な方々のために連れていかれるんだ。女も喜ぶだろう。こんなところで暮らしているよりいい目にあえるかもしれんぞ」
高貴な方々……貴族か!こいつらやっぱり貴族の使いっ走りか!?糞が!俺が何も知らないとでも思っているのか。
貴族が絡んだ人身売買の組織があることなど俺でも知っている。だが、その末路は悲惨の一言だ。
貴族にボロボロになるまで弄ばれてスラムに廃人同然で流れてくる連中を何人も見ているからだ。
それを知る俺からの返答は決まっていた。
「断る……」
「ん?なんだと?お前は何でも屋なんだろう?」
「断ると言ったんだ!ああ、確かに俺は何でも屋だ!悪どいことだってやってのける!だがな!俺は悪党だが貧しいやつからは絶対に奪わねえんだよ!糞貴族にそう伝えておけ!」
俺の言葉に貴族の使いは口をパクパクさせた後、後ろから出てきた子分どもと俺の形相に恐れをなして帰っていった。
その間抜けぶりに仲間たちと気分よく騒いで寝ていると……。
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「ぎゃああああ!」
夜中、部下の叫び声に目を覚ました。今の身を切るような絶叫はただ事ではない。
急ぎ下の階まで降りると……。
そこは血の海になっていた。仲間たちは一人残らず地面に倒れ、誰一人として動いている者はいなかった。その前には血に濡れた剣を構える騎士がいた。
「人身売買及び殺人の罪により貴様らはここで討ち取る!」
「は!?人身売買!?なんのことだ!!」
思わず叫ぶも、目の前の鎧を着こんだ騎士の後ろには昨日の男がいる。
そして理解した。
人身売買?殺人?罪人はお前らだろうが!ふざけやがって!依頼を断られた腹いせに過去の罪まで俺らのせいにするっていうのだろう。
そして俺たちは騎士に通報され、捏造された罪で処刑されるのだろう。よくある手口だ。だが、この地の法律はそんなやつらの味方だ。俺が何を言ったって悪者にされるに決まっている。
「ふざけんじゃねえ!」
俺は剣を持った騎士に詰め寄ると騎士が剣を振りかぶった。馬鹿が!こんな狭い家の中で素手より素早く動けるものかよ。
「なっ……」
案の定、慌てて振り上げた剣が天井に引っかかり俺のタックルで騎士が吹き飛ぶ。俺にタックル加えてお前の来ている重い鎧の衝撃はさぞ中身に効くだろうよ。
兜を掴んで引き抜くとそれを鈍器代わりにそいつの頭に振り下ろす。1回、2回、3回。何度も鈍器でどつくと騎士は気を失ったようだ。
そして俺は素早く奪った兜を頭にかぶり、剣も奪った。
見ると俺たちを売った男が小便を漏らして床に座り込んでいたのでそいつの股間に蹴りをお見舞いしつつ、窓から外へと躍り出る。玄関はどうせ見張りが固めていることだろう。この状況で正面から出るほど俺は馬鹿じゃない。
後ろから怒鳴り声が聞こえてくる。どこかへ早く逃げなければいけない。だがどこへ?追われる悪党が逃げる先なんて決まっている。
遥か西の先、どんな悪党だろうと指名手配犯だろうと他領へ引き渡すことはない。悪党たちの楽園、魔境デズモンド領へ。
♦
デズモンド領に逃げ切った俺はそこで足場を固めることになった。調子に乗っているやつはぶちのめし、持ってないやつらには最低限を与えて味方にする。そんなやり方はこの土地に合っていたようでやがて俺は暗黒街のボスと呼ばれるようになっていた。
犯罪者たちの楽園と言うだけあって、ここでは領主が市井にまで出張ってこない。それぞれの街に代官が置かれ、さらにその地域で力のあるやつが支配下において好き勝手出来るという意味では確かに楽園なのかもしれない。
領主は狩猟狂いで毎日毎日魔獣を狩ってはその肉を住民に振舞っている。この辺りは恐ろしい魔獣が闊歩する大森林に囲まれているので領主の行動は概ね評価されている。肉をもらえることも大きいかもしれない。
きっと領主が魔獣狩りをやめれば領民が多くその餌食になることを誰もが理解しているのだろう。そんな魔獣が逆に餌食にされてしまっているのはまるで笑い話だ。
しかし、このデズモンド領にもルールはある。多少の詐欺や盗み、喧嘩や暴力なんかには領主はまったく口を出さない。だが絶対に許さない罪がある。
それは死者を出すこと。それも大量に死者が出たとなるとここの領主は容赦しない。騎士団が出動して罪を見逃したものを含めて関係者全員その場で処刑らしい。それは殺人や餓死による死者が発生した場合も含まれるので代官やまとめ役は命がけだ。
といっても多少の人数じゃ領主は動かないらしいがな。
そんなデズモンド領のルールだが、俺が決めていたルールに近いものだったので以外と俺としては馴染んでしまった。
死にそうなやつがいれば与え、儲けすぎている奴がいれば奪っていただけなのだが、それがここでは良かったらしい。
そんな俺にもやがて嫁ができ、娘が生まれた。娘……世界一可愛い妻との娘だ。絶対に幸せにして見せる……と思っていたのだが……。8歳になった娘、そしてその看病をしていた妻が病気になった。
医者に見せたがまったく良くはならない。こんなスラム街にある医者だ。料金は安いがろくな薬があるわけがない。医者が言うには魔法薬が必要な病気らしい。
仕方ないので表通りの医者に魔法薬のことを聞くと目の玉の飛び出るような値段を言いやがった。この俺に対してボッタくろうとするはふてえ野郎だ。そう思い、脅しつけてやったがどうやらそれが正規の値段らしい。
俺らが一生かけても手に入れられないような金額だぞ。誰がそんなものを買うんだよ。そう言ってやったところ貴族が買うと言う。
貴族!ここでも貴族!俺たちから税金を絞るとるだけ絞りとり、自分たちは贅沢三昧しているあの貴族どもが!
「ふざけんじゃねえ!」
さすがにそれだけの金額を用意できるわけもない。恐ろしい領主に逆らうわけにもいかない。医者を襲って浚ってくるわけにもいかず、せめて最後まで妻と娘と一緒にいようと家で看病をしていたその時……。
ドンドンドンドンドン!
玄関が恐ろしいリズムで叩かれた。誰だ。
「フレン・ブラックバーン出て来なさい!」
子供の甲高い声で呼ばれた。うるせえな。黙りやがれ。無視だ無視。
ドンドンドンドンドン!
ノックのリズムの速度が上がった。うるせえな……こっちはそれどころじゃないってのに……。
ドドドドドドドドドド!
リズムの速度が更に上がりやがった!ふざけてんのかこいつ!
「うるせええええ!」
それが俺とメアリ・アン・デズモンド……お嬢との出会いだった。
♦
領主の娘と聞いて最初はどんな甘ったれなお嬢様なのかと思った。こんなスラム街にドレス姿できやがっていたからだ。でもしばらく見つめた後考えを改める。
いや、『スラムの中でドレスを着て歩く』。それも作戦としてはありかもしれない。
ここの領主は狩猟狂いでルールを犯すものには容赦はしない。当然娘に何かをされたと分かれば命はないだろう。誰もが恐れている。
領主の気持ちは分かる。俺だってそうだ。自分の娘に危害を加える野郎には容赦する気は全くない。
そんないかにも『貴族です』という格好のお嬢様がスラムを歩いているのだ。手を出したらどうなる?誰だって分かる。きっとこの街のやつらは恐れて目を逸らしていたことだろう。それでも手を出すのはよっぽどの馬鹿か勇者くらいのものだ。
「……中で何かあるの?」
そんなお嬢様を追い返そうとしていたところ家の中を覗き込むようにそんなことを言いだした。こっちはそれどころじゃねえって言うのに!
さらにずかずかと家の中に入ってきて二人のベッドの前まで来やがった。
「ちょっと!本当に死にそうじゃない!何を勝手に死にそうになってるの!?死なれたら困るのよ!」
お嬢の手から光が迸った。魔法……魔法だと!?
は?しかももしかしてこれは治癒魔法か?神官に馬鹿高いお布施を渡すと怪我を治すための魔法を使ってくれると聞いたことはあるが、病気を治す魔法なんて聞いたことねえぞ。
しかも結果は歴然だった。
お嬢が手をかざしていた妻と娘の顔色が一気によくなる。嘘……だろ?病気を一瞬で治すとか子供の頃に聞いた伝説の聖女の御業とかじゃねえのか?こんな可愛らしいお嬢が使えるものなのか?
「気が付いたならパンを食べなさい」
そんなことを考えているとお嬢が手のひらからパンを出現させた。
ん?んん?今まで手に何も持っていなかったよな?奇術……なのか?そんなことを考えているうちにパンが増えた!?おいおいおい、そんな奇天烈なもん食っても大丈夫なのか。お、おい!妻と娘よ!貪り食ってるそれ大丈夫か!?
さらにその後なぜか部屋の中でジャンプするように言われ、路地裏の恐喝のように銀貨を1枚とられた。治療費として別に有り金全部渡しても良かったんだが……。
「それからフレン・ブラックバーンに私から依頼よ。死にそうな怪我や病気をしている人間がいたら私のところに連れて来なさい。財産の1割を対価に治してあげるから」
このスラムに財産を持っている奴なんてほとんどいない。それを伝えると0の1割は0だから無料で良いという。
そんなことをしてお嬢に何の得があるのか……というのは愚問だろう。こんなところにきて銀貨1枚で奇跡のような魔法を使うんだ。俺たちを死なせたくないというのならそれは俺たちを想ってのことにしか聞こえなかった。
もしかしてその傍若無人な振る舞いは照れ隠しか何かだろうか。
そして最後にお嬢は手のひらをかざして俺の部屋にミッチリと揚げパンを詰め込んでいった……。油と砂糖に塗れた高級なパンのように見えるが……。
「俺の部屋が油まみれに!?」
照れ隠しとかじゃなくやっぱり傍若無人なのかもしれない……あー……もう。……片づけたとしてもこんなべとべとのところで寝たくねえ……なんなんだこのお嬢は……。
バターン!
「!?」
はぁ!?今度はお嬢がぶっ倒れた。おい、顔から血が出てるぞ!?
「おい、大丈夫か!?」
「あ、ご心配なく。いつものことですので」
お嬢と一緒にいた無表情なメイドが慣れた様子で血を拭き、お嬢を抱えて帰っていった。いつものことなのか!?
今日はいろんなことがありすぎて頭がおかしくなりそうだ。
貴族ってのは金を巻き上げては、自分たちだけがいい暮らしをしてるやつらのことだと思っていたが……あれが?貴族?
突然人の家に押し入って、病人を治しては、微々たる金をゆすり、部屋いっぱいに揚げパンを詰め込んで油まみれにしていくあれが?
「は……ははははは……あーはっはっはっは」
あれが貴族だと!?あんなお人よしスラムにだっていやしねえよ!銀貨1枚でこんなスラム街の住民を治しに来る貴族がどこにいるんだよ。
貴族どもに感じていた恨みつらみなんてすっかり吹き飛んじまった。
「まったく……。ありがとう……本当にありがとうよ……。メアリのお嬢……よかった……よかったなぁ……」
両目から溢れるものを手のひらで隠しながら妻と娘と一緒に食べた揚げパンは極上の塩味がした。
お読みいただきありがとうございます。
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