閑話 スラム住民たちの独白①
俺は自分が悪党だと思う。
『ぐー』。腹の音が今日もなる。これは誰の腹の音だろう。
「腹減ったなぁ」
俺の腹の音だった。
この俺、トーマスは街のスラムの一角でぼそりとつぶやく。
『ぐー』『ぐー』
妹二人、アイシャとリリスの腹もなっている。
俺たちは親を亡くした孤児と言うやつだ。妹と呼んでいるが血がつながっているかどうかも分からない。でも支えあって生きているんだから二人は俺の妹に間違いはない。
一人では生きていけない孤児にとってこの街はまだ恵まれていると聞く。
このスラムのボスが仕事を手配したり、死なない程度の食料を融通したりしてくれる。
俺の手元にもパンがひとかけらある。ボスの部下たちから分けてもらったパンのかけらだ。生きることは出来るが腹を満たすには到底足りない量のそれを俺は二つに分けて二つとも妹たちに渡した。
だけどそれはこのデズモンド領だからこそだという。
領の外の世界はさらに酷いらしいのだ。孤児など見向きもされないほど貧富の差が激しく、生き抜くなんて到底不可能。数日後には屍を晒しているような場所と聞くとこんなパンのひとかけらでももらえるここは恵まれているのだろう。
聞いた話によるとここの領主は魔物狩りばかりをしているらしく、領地の経営は代官や各町のスラムの住民の代表に任されているという。
よく分からないがこの地の領主は狩猟狂いで獲った魔獣の肉なんかを俺たちに分けてくれたりする奴って話だ。めったに俺の口に入ることはないけどな。
そんな感じで死にはしないがお腹は鳴るということで、普段はボスに決められた場所で物乞いなんてやっているんだけど、それでもやっぱり腹はすく。
「お兄ちゃんやめておきなよ」
「そうだよ」
妹たちはそんなことを言うが、彼女たちはやせぽっちで元気がない。このまま病気にでもなれば薬が買えないし、もうどうしようもなくなる。
金が欲しい。このスラムは金のない俺みたいなのにも温かいが、それでも弱肉強食の世界だ。だから俺は悪党になる。
なぜならこのスラムには『貧しいものから奪ってはならない、ただし金持ちからは奪ってもいい』なんて暗黙の了解があるからだ。
妹には反対されたが俺もスラムの住人だ。強いやつから奪えるようにならなきゃいつまでも奪われたままだ。『今日こそは』と思いつつ、それでも屈強な男を狙うのはリスクが高くて尻込みしていた。
だが俺も10歳だ。やるときはやる悪党にならなきゃならない。そうと思っている獲物を見定めているとメイド服を着た女を連れた小さな女の子が現れた。
あれってもしかしてドレスとかいうやつか?すげー綺麗な服を着た赤い髪と赤い目をした女の子だ。
少し釣り目気味だが、可愛らしい顔だちをしている。俺の妹より年下か?だがあれだけ綺麗な格好をしているなら金なんていくらでも持ってそうだな。
きっといいところのお嬢様でメイドや召使たちを侍らせて毎日良いものを食って豪華な暮らしをしているんだろう。俺や妹たちがこんなところでお腹をきゅうきゅうう鳴らしているのに、あいつは毎日たらふくご飯を食べているんだ。俺が少しくらい金を取ったって文句はないだろう。
「……?」
俺は慎重に周りを見渡す。
なぜか周りの大人たちはあんなカモがスラム入って来たというのに目を逸らして向って行かない。よし、だったら俺がいってやろう。
俺は助走を付けて駆けだすと女の子のバッグを手に駆ける。重いっ!これは相当金がたくさん入っていそうだ。見たことがないけど金貨とかがどっさり入っているんじゃないか。金貨って一番高い金なんだからすごく重いのかもしれない。
やったぜ。これで飯を腹いっぱい食べられる。
───そう思った瞬間。目の前に火花が散った。
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焼けるような痛みの後、ぽかぽかとした何だか心地よい感触が身を包む。なんだこれ……あったかい。昔母さんに抱かれていた時のような感触が……。
「はっ!ここは!?」
目が覚めた。
俺は……何していたんだ?そうだ!盗んだバッグ……がない!見ると俺は地面に倒れて服が血だらけになっている。そして目の前で女の子は血だらけでバッグを持っている。
これってどういう状況だ?
「あなたよくも私の鞄を盗ってくれたわね!」
「ひぃ!」
どうやら俺は返り討ちに会ったらしい。それも石で頭をかち割られて。
もしかしてスラムの連中はこいつのこと分かってたのか?危険と分かってた?周りを見つめると一斉に目を逸らされた。きっとそうだ。こいつはきっと手を出しちゃダメな奴だったんだ。
女の子の名前はメアリと言うらしい。そして何と領主の娘だという。
マジか!?石で頭かち割るような奴が領主の娘……!?いや、領主は魔獣狩りの化け物だったよな。納得した。
さらに驚いたことに領主の娘はバッグの中身をくれると言う。
「え?マジで!?」
やったぜ!金だ!金が手に入れば腹いっぱいになる!妹たちも元気になる。路上で生活しなくてもよくなるかもしれない。
そんな期待とともに鞄を開けてみると……。
「石ころじゃねーか!」
おもわず俺は文句を言う。期待していた分だけ怒りがわいた。ふざけやがって!貴族はこうやって俺たちみたいな平民を馬鹿にして喜んでいるのか!?
そんなことを思っていると……。
「石ころよ。だって私自分のお金とか武器とか何も持っていないもの。でも石ころはいいわよ!投げてよし、持って殴りつけてよし、何よりどこでも調達できて使い捨てに出来ることが素晴らしいと思わない?」
どうやらこれはこの女の子の武器らしい。さらにそれを武器に強盗を勧めてきた。
石で相手をぶん殴れってか。その発想はなかった。そんなことをしたら相手が死んじまうじゃねえか。こいつ容赦とか常識とかねえのかよ。
驚愕とともに傍に立っている割とまともそうなメイドに問いかけると……。
「トーマスさん。よく聞いてください。お嬢様はですね……ちょっとどころでなく……頭がおかしいのです」
ああ……。なるほど。納得した。うん、可哀そうに……。これは生まれつきなんだな。たぶん修羅の神か何かに憑かれているんだろう。
見た目は可愛いし、領主の娘だというのになんて残念な女の子なんだ。
そんなことを思っている俺を他所になにを思ったのか、そいつは鞄を盗もうとした俺を褒め、物乞いをしている妹たちを侮辱しやがった。
悪党な俺は何を言われてもいいが、妹たちには何も罪はないだろう。こいつには人の心はないのか。妹たちを可哀そうだろうと思わないのかと言ってやると……。
「これっぽっちも思わないわね!お腹がすいたから口を開けてそこにご飯が入ってくるのをただ待っているの?生きたいんでしょ?生きたいのなら何でもやって生きようとしなさいよ!自分の人生を他人に任せている人間を私は可哀そうなんてまったく思わないわ。だから人のものを奪ってでも生きようとしただけあなたは立派だと思ったのよ」
そんなことを言われるとは思わなかった……。可哀そうじゃない……?俺たちは可哀そうじゃない……。
そうだよ!俺たちは可哀そうなんかじゃねえよ!自分の力だけじゃねえけど毎日一生懸命生きてんだ。悪い事だってやるかもしれないけど可哀そうなんて言われたくない。
いつもいつも「可哀そうに」と言って物を恵んでくれるやつもいるが、その度に俺たちは惨めな思いをしていた。だから俺は物乞いなんかより悪党になろうと思ったんだ。
その後、何を勘違いしたのか女の子……メアリ曰く、俺が妹たちと共謀して強盗をやったことになっていた。いやいや、妹は関係ないから!
でも妹たちは泣いていた。きっと『可哀そうじゃない』と言われたのがうれしかったのだと思う。
それからメアリはパンをくれた。
うん、飯をくれるならメアリ様とでも姫様とでも呼んでやろう。
今まで食べたこともないほど旨いパンだった。これはこの姫様でさえ最近初めて食べたほどの旨いパンらしい。しかもそれを魔法でポンと出しやがった!なんだんだこいつはマジで。わけがわかんねえ。
そんなことを思いながらパンを食べていると妹がいっぺんに食べようとしてむせていた。それはそうだろう。俺もあまりの旨さにいっぺんに口に入れようとして胸につかえかけたからな。
すると姫様はパンを妹から取り上げ、少しずつ分け与えていた。そういえば小さいころ俺も母さんにああやってちょっとずつ食べさせてもらったことあったけな。
アイシャもきっとそんなことを思いだしたのだろう。お姫様に抱き着いて泣いていた。母さんの言葉を思い出してぬくもりを感じたのだろう。
言うこともやることもとんでもなくおかしな姫様だし、悪い奴かもしれないけど、俺みたいな悪党にとっては良いやつのような、そうでもないような不思議な奴だ。
その後、俺たちは姫様に人探しを頼まれた。しかも報酬としてパンを更にくれるという。なんでもギブアインドテイクというらしい。仕事をしたら報酬をもらえる。それが当たり前だという。
姫様は当たり前だというそれはここでも……きっと他の場所でもきっと当たり前じゃないと思うんだけど、おかしな姫様らしいといえば姫様らしい。
それから姫様の探している男が普段世話になっていたボスの名前と分かり、姫様に知らせた。見つかってよかったと本当に思った。
ボスは俺らが死なない程度の飯を恵んでくれる連中の頭だ。生まれて初めて感謝したのはボスかもしれないが、腹をいっぱいにしてくれた姫様にはもっと感謝している。
姫様がボスの家に押し入った後の話も聞いた。
ボスの奥さんと娘さんが姫様に救われたらしい。そして次にボスとあったとき、俺もボスからお礼を言われた。姫様と引き合わせてくれた礼らしい。
その後ボスが俺らに町の清掃の仕事をくれるようになった。姫様がたまにダッシュで町まで来てボスの家で何かしているらしい。
ボスは「部屋が油まみれだ……」とかブツブツ言いながら清掃の駄賃にパンをくれる。
そんなある日、たまたま姫様に会った俺は思わずお礼を言っていた。
「姫様!俺たちを救ってくれてありがとうな!」
姫様が救ってくれたのはきっと俺たちの胃袋だけじゃない。姫様を見ているとなんだか胸がポカポカするんだ。俺みたいな悪党にだって居場所はあるんだって……そんな風に心も救われたんだ。それが今はわかる。
姫様がいなかったら俺はいつまでも貴族や裕福なやつらを恨んで生きていただろうし、そのまま何もできずに死んでいたかもしれない。
でも姫様は貴族だろうが誰だろうがそんなやつらばかりじゃないって教えてくれた。悪党でも生きててもいいって教えてくれた。
仕事をくれて飯も食えている。そんな俺は姫様のために力を使いたいとおもう。そう思った瞬間……。
俺の中に何かとても言いようのない何か宿ったような気がした。
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