一分一秒を争う戦い
夜更けに、ブラックウォール家にある人物が訪れた。
それは、姿を変えたロスウェルだった。
「こんな時間に申し訳御座いません。急ぎの件で参りました。
玄関先、失礼してもよろしいですか?」
そう言って口髭を生やした中年男性は、ダニエルの前に立った。
「こ…これは…」
ダニエルは驚愕していた。リリィベルへの求婚状。
「あははぁっ…本当にせっかちですよねぇ?こんな夜にねっ?
皇族はせっかちなんですよぉ。困ったもんですよねぇっ。」
本音を晒しながら笑うロスウェルだった。
「・・・・殿下は、こんな急だとは・・・・建国祭での話では?」
「申し訳ありませんが、こちらの都合で御座います。返事はお待ちしますので。」
「・・・・・」
つまり、今返信しろと・・・?
ダニエルの頬を汗が流れた。
「すいませんねぇ。あぁ、ご心配なく、お嬢様と伯爵は、皇室でその身をお守りします。」
「まさか…」
「あぁ…まぁ…。この件につきましては、陛下からこちらも手紙もありますので、
ご覧ください。返事を頂けましたら、私は失礼します。」
ダニエルは、皇帝からの直筆の手紙を読んだ。
少し黙り…険しい顔をした。
「…承知しました。」
真剣な顔で、ダニエルは状況を把握し、求婚状に返答を書いた。
返信を受け取ったロスウェルは、ニコリと笑顔を浮かべた。
「ダニエル・ブラックウォール伯爵、またご連絡いたします。その高き黒い壁を崩さぬよう
宜しくお願いいたします。お嬢様の為にも…。」
「もちろんだ。皇帝陛下と皇太子殿下を信じております。そうお伝えください。
どんな時でも、場所でも、私は黒き壁であります。」
「では・・・・・」
そう言って、ロスウェルは、ブラックウォール家を出て、人知れず指を鳴らした。
「…無事に届けたか?」
オリヴァーが、暗い自室の窓辺に立っていた。
「うぉっ…明かりくらい付けといてくださいよっ!」
「用心しているのだ。どうやら…皇太后陛下の使いが、皇太子を監視している事が分かった。
ハリーは優秀だな。ハリーが気づいてくれた。おかげで、向こうには何をしているかは気づかれまい。」
「あははっ…ハリーの心眼はそのうち私を超えますよ。」
そう言って、返信オリヴァーに渡した。
「皇帝陛下と皇太子殿下を信じております。との事です。
どんな時でも、場所でも自分は黒き壁であると。」
「そうか…。陛下の使いがどんな動きを見せるかわからん。ロスウェル。」
「言われた通り、ブラックウォール家のタウンハウスに結界を張っておきました。
訪れた者は、きっと、別の所へ飛んで行ってしまう事でしょう。」
「ご苦労だった。」
「皇太子殿下の為です。そして、その血を注がれる陛下の為にも。」
「あぁ…。テオドールはやっと、愛する者を見つけた。親として出来る事はしてやりたい。
ましてや、あのような妨害などに邪魔されたくない。
とりあえず、今は、ブラックウォール家が安全であればよい。明日の正午、婚約を発表する。」
「はぁい。帝国中の令嬢がしばらく泣いて過ごす事でしょう。」
その言葉に、オリヴァーはニヤリと笑った。
「我が息子は、この国一番のいい男になってしまったからな。」
「うまくいくといいですね。」
「うまくいかせるんだ。ふざけた執念になど、邪魔はさせん。」
「久しぶりに‥血が沸きますねぇ」
フフっと笑ったロスウェルだった。
翌日の朝、自室に居たテオドールのブレスレットが光った。
2回指で叩き返す。
「おはようございます。殿下っ」
朝からロスウェルのお出ましだ。そしていつも癖をする。
「こんな早くからどうした?」
「眠れました?」
「‥陛下が動いてくれてるんだ。安心して眠ったさ‥
睡眠だけはしっかり取るようにしてる‥」
そう言ったテオドールの目はまだ、怒りの色を隠せていなかった。
皇太后の使いが、自分の動向を探っているとハリーに言われて、また更に腹が立った。
求婚状の事は、皇帝オリヴァーの自室で遮断と防音を施していたから、恐らく漏れる事はないだろう。
「そういえばロスウェル‥」
「あっはい」
「お前はいつから筆頭魔術師なんだ?」
「気になっちゃいますぅ?皇帝陛下が、14歳の時からです。」
「‥‥‥そんなに前なのか?お前、いくつだ?」
皇太子は目を見開いた。
ロスウェルは、見かけによらず優秀過ぎた。
「陛下よりは、年上ですよ?」
「‥魔術師は若見えなのか?」
「ロスウェルうれしー♡」
「‥‥前の筆頭魔術師は?」
「あぁ、お年寄りだったので、私が死ぬ前に引き継ぎました。皆、魔塔の奥深く、歴代の魔術師は眠っていますよ。」
「そうか、死ぬまでそこから出られないってのは‥本当なんだな。」
「まぁ私は出てますけどね!」
「みんな自由に歩けるといいのにな。」
「私たちが素顔のまま普通の人のように歩ける治世は、殿下に託しますよ。」
「こないだハリーも出ていたな。」
「まぁあれくらいなら出てないも同然でしょう。」
「緩いな。」
「そのおかげでこうして居られるんですよ?殿下?」
「あぁ…感謝している。そして、皇太子になって良かったと思ってるさ…。
魔術師様様だ。」
「あははっ」
そんな時。扉を叩く音がした。
「ロスウェル」
「あぁ大丈夫です。皇后陛下なので。」
笑ってロスウェルは答えた。
「お通ししろ。」
そう言うと扉はパァンと開かれた。
「私のテオ!!」
ロスウェルは指を鳴らした。
扉はすぐに閉められた。
やってきたマーガレットの顔はそれはそれは満面の笑みだった。
「テオ、陛下から聞いたわ!ついにあなたにも婚約者が!母はとても嬉しい!」
そう言っててテオドールに抱き着いた。
その母を笑顔で受け止める。
「皇后陛下…いや、母上、どうかリリィベルを可愛がってくださいね。」
「もちろんよ!私も一目であの子が気に入ってたのよ!あなたにとても相応しいと…」
「えぇ、私にはリリィベルが必要です。」
マーガレットはテオドールの両手を握りしめた。
「愛する人がいるってだけで、人は強くなれるのよ。どんな困難が待ち受けようと…
愛する者を思うだけで、幸せでいられるわ?」
「はい…。母上の口癖でした。離れている間も、父上をいつも思っていらっしゃった。」
「そうよ。それだけでも、私は幸せだった…けれど、やっぱり側にいる事がどれだけ幸せか…」
「私は母上を見て育ったのです。どんなに母上が父上を愛し、父上も私たちを愛してくださっているか
よくわかっています。私も父上のように、全力でリリィベルを守ります。」
「今日の婚約発表、きっと上手くいくわ…。陛下とあなたを信じています。」
「はい、皇后陛下…どうか、私の近くで、見守っていて下さい。」
正午前、テオドールは正装し、緊張した胸を抑えていた。
「テオ様…」
くるりと振り返ると、そこにリリィベルが居た。
「リリィ…とても、綺麗だ。」
昨夜皇帝からダニエルに渡された手紙には、こう記されていた。
〝皇太子から話を聞いた。いらぬ混乱を防ぐため、帝国民に2人の婚約を発表する。
皇太后陛下が、ヘイドン侯爵令嬢を皇太子の妃にと企てている。公にそなたとリリィベル嬢を守るため、
明日婚約発表することにした。理解してくれ。迎えの者と一緒に城の隠し通路を通って、明朝登城せよ。
すべての害は私達で取り除く。あとの事は、婚約発表後に話そう。この手紙は燃やしておくように〟
こうして隠し通路からリリィベルは変装したロスウェルに守られダニエルと共に登城した。
皇太子の衣装ルームでリリィベルは秘密裏にマーガレットの信頼するメイド達によって着飾られた。
2人は同じ赤い生地に、金の刺繍がされた衣装だった。リリィベルはチューブトップのドレスで裾は花の様に広がる。歩く度にスカートがふわりと揺れると金色の刺繍が星の様に陽に反射し煌めく。
2人とも白いシルクに銀と絡めあう金の刺繍が施された煌びやかなサッシュを肩から着用した。
「リリィ、・・・・昨日の今日で驚いただろ・・・・」
テオドールは少しその眉を下げた。
けれどそんなテオドールにリリィベルは穏やかな笑みを浮かべた。
「テオ様…今日、私は帝国で一番幸せな女となるのですよ?とても嬉しく思っています。」
「リリィ…事情が分かっていながら…不安はないか?」
「えぇ…分かっております。皇太后様にきっと私は歓迎されないでしょう。
すべての人達に受け入れられる者など、この世にはおりません。
皇太子殿下との婚約ですもの…この世の女たちにきっと嫌われてしまうのでしょうね?
でも平気です…。私は欲深い女です…。殿下を独り占めする事を喜んでいるのですから…。
けれど、私はテオ様のお側を離れません…。決して…。」
強い瞳で、リリィベルはそう言った。
その言葉にテオドールは幸せそうに笑みを浮かべた。
「私の婚約者は本当に頼もしいな…。どうか私の側で笑っていてくれ…。
そなたを全力で守り抜く…。私を信じてくれ…。」
「はい…テオ様…。」
2人は幸せに寄り添った。
「な…なんだと!?あの女が城に!?」
皇太后は持っていた紅茶を床へ叩きつけた。怒りに震え唇を噛んでいる…。
皇太后の影の使いは、正午間近にその事実を仕入れ皇太后の元へやってきたのだった。
〝・・・・魔術師たちね・・・・?あの女をここへ連れてきたのは・・・・・〟
魔術師たちは皇帝と皇太子のみ属する者。
隠してやってきた。昨日の今日で…。
昨日ライリー嬢を皇太子に会わせた事で、皇太子の行動に火をつけてしまった…。
昔からよく頭の回る子だった。城に上がった頃から…。
小さな時は可愛らしく思っていた。
けれど、息子とマーガレットを見るたびに、その存在は少しずつ形を変えていた…。
愛し合うオリヴァーとマーガレットを見ていると…。
自分がどれほど…惨めに思ったことか…。
愛した男に受け入れられず…。地位を得ても埋まらない。それは愛という目に見えないものだった。
アドルフも…皇帝陛下も…最後まで私を愛してはくださらなかった。
アドルフは恋人を愛し、権力でも屈する事はなかった。
皇帝陛下もオリヴァーを身籠ってすぐに、側室を迎えた…。
私が何をしたと言うのか…ただ人を好きになっただけなのに…。
ライリーを見ていると、アドルフを見つめる私によく似ていると思った。
こちらを見ない悔しさと…それでも切望してしまう愛する心…。
自分ではどうにもならない。そのもどかしさ…。
公爵という家に産まれながら、なんとか取り付けた縁談だったのに、
アドルフは、一度もこちらを見てはくれなかった。
いつも…彼の隣にはグレースが居た・・・・。
憎らしい。何もせず愛されるあの女が・・・・。
あの金髪のあの女が…。
「・・・・・・・・」
皇太后は、割れたカップを片付けているメイドを見下ろした。
「きゃぁっっっ熱い!!!!!!」
メイドが悲鳴を上げる。
皇太后はティーポットの紅茶をメイドに注いだ。
「……ふふっ……婚約発表が何だというのだ……消してしまえばよい……。
婚約したければすればいい。最後に生きている者だけが…あの子の隣に立つのだから‥‥」
読んで下さり有難う御座いました!




