生涯の恋 5
沈む夕陽に、ただ1人。
実家近くのよく遊んだ公園のブランコに座った。
いい歳した男が1人ブランコに揺れ俯いた。
側から見たらきっとちょっと怪しくて、不気味な事だろう。
この公園で小さな頃からよく遊んでた。
写真に残る。砂場に泥んこの2人。
礼蘭とはよく色んな想像をして話してた。
いつか、この場所で2人の子供を連れて遊びに来よう。
月日が経って、昔より頑丈でカラフルな遊具で。
ここで、2人が育ったように‥‥
この公園で、3人で遊ぼうと。
礼蘭のお腹にそんな夢が宿っていたのに、
すべてが、叶わない。
礼蘭はどんな母になっただろう‥‥
俺の可愛い礼蘭は、どんな‥‥
俺はどんな父になれただろう‥‥
きっと甘やかすぎて、礼蘭から怒られて、
怒った礼蘭にキスをして、ごめんと謝っていただろう。
そしたら少し頬を膨らませた礼蘭が、次の瞬間には笑って許してくれたかな‥‥‥。
暁の様子を、ずっとみている。
微笑んで‥‥‥。
夕陽に照らされた暁を‥‥‥
「‥‥‥はぁ‥‥‥‥」
ブランコのロープを掴んで額を当てた。
グッと瞳を閉じて、涙を堪える。
どこも、たくさんの思い出が‥‥‥
生きている限り続いてく。
1人で帰る家は、本当に嫌で‥‥だけど、あの家を離れられなくて。
両親が交代で泊まりに来る。
拒否しても、どつかれるのが関の山で、
両親は、暁を信用してなかった。
礼蘭を失ってから、人が変わった様な暁を。
いっそ、何もかも変わることが出来たなら、
だけど、礼蘭と育ったこれまでを否定したくない。
幸せだった。礼蘭と出会えた事、愛し合った事。
だから、こんなにつらくて‥立ち直る気すら起きない。
礼蘭が居ないなら生きていたくない‥‥‥。
しっかりしろ、とか‥‥‥
情けないだとか、
礼蘭の分まで生きろだとか‥‥‥。
それなら、俺は‥‥俺の命をあげるから礼蘭に戻ってきてほしい‥‥。
無理なんだろ‥?
それはできないだろ‥?
前を向いて生きる?
どうやって?
前はどこ?
俺の人生の中心だった礼蘭が居ないのに、
礼蘭なしで俺の前なんてどこにあるの?
返して‥‥‥
礼蘭を返して‥‥‥
お願いだ‥‥
でも叶えちゃくれないんだろ?
だって、身体は残ってないし‥‥‥
勝手に礼蘭を連れて行ったんだろ‥‥‥。
返せよ‥‥‥ひでぇな‥‥‥
俺の、宝2つ‥‥‥
返せよ‥‥‥。
夜になると、その夜は満月で、星がとても綺麗な夜だった。
ベランダから眺めた満月。
星が、やけに綺麗すぎて、月が少し黒ずんで見えた。
「‥‥‥‥‥」
泊まりに来た悠が眠った頃。
暁はベランダに立った。
コンクリートに裸足で、ひんやりとした。
「結婚記念日‥‥‥終わっちゃうな‥‥‥」
ぽつりと呟いた。
付き合った記念日、入籍した結婚記念日。
子供の出産予定日。
大切だった今日が、終わっていく‥‥‥‥。
「死んだら星になるって‥‥ほんと‥‥‥?」
《‥‥星にはならないよ‥‥‥?》
「礼蘭‥‥‥今日も‥‥愛してるよ‥‥‥」
《‥‥‥わたしも、愛してるよ‥‥‥》
「会いたいな‥‥‥夢‥‥‥出てきてくれる‥‥?」
会えるよ‥‥‥‥‥。
俯き、ベランダの外から窓を開けた。
「‥‥‥‥」
部屋の中が、なんだか見覚えのある雰囲気だった。
いつも温かかった、2人の愛が溢れた部屋だ。
礼蘭の香りをふんわりと感じた。
線香の匂いじゃない。
「‥‥‥‥‥なんか‥‥‥すげ‥‥‥っ‥‥懐か・・・しっ‥‥」
幻かもしれない、けれど微かにこの雰囲気は幸せだった頃の部屋に感じた。
また泣きそうになって、鼻を啜った。
暁‥‥‥‥
そばに行きたかった‥‥‥‥
ずっとずっと‥‥‥
愛してるって‥‥‥
私の想いは永遠だよって‥‥‥‥
暁をずっと‥‥愛し続けるよって‥‥‥
伝えにきたよ‥‥‥‥?
あの、礼蘭の骨箱と遺影のあった場所がやけにキラキラして目が眩んだ。見るたびに愛しくて切ないあの場所は、綺麗に無くなって、暁は戸惑った。
「っ‥‥‥はっ‥‥‥‥なんでっ‥‥‥」
俺は夢を見てるのか?礼蘭の骨箱も、遺影も、花も何もない。
ただそこだけキラキラしていて‥‥‥
そこだけ雰囲気がまた違って、足が動かない。
「‥‥‥れっ‥‥‥‥」
咄嗟に名を呼ぼうとした。
けれど、目を見開いた暁の背が温かかった。
「‥‥‥‥っ‥‥‥れ‥‥‥い‥‥‥‥?」
いつも感じた。小さな礼蘭が背に抱きつくと当たる場所。
腰に回ったこの感触は‥‥‥。
心が震えた。瞳に涙が溜まった。
とうとう俺は本当に狂ったのか‥‥‥。
こんな‥‥感覚を‥‥‥。
《暁の背中は‥‥‥大きいね‥‥‥いつもと一緒だ‥‥‥。》
「‥‥っ‥‥‥れい‥‥っ‥‥ひっっっぅ‥‥れい‥‥?」
狂っててもいい
このままいたい‥‥‥
声がする‥‥‥
一文一句覚えたDVDの中の礼蘭の声じゃなく‥‥
新しい‥‥声と言葉‥‥‥
「‥‥‥っ‥‥‥」
夢かもしれない‥‥だけど、
振り向かずには居られない‥‥‥。
身体を少し捻り後ろを見る。
少し腕を上げて腕の下から礼蘭を背に回った礼蘭を見る仕草。
あの眩しい‥‥大好きだった顔、瞳も全部‥‥‥。
《‥‥‥あきっ‥‥‥》
涙を弾かせて、ニコッと笑った、眩しい笑顔。
「れいっ‥‥‥‥っ‥‥」
ギュッと・・・形あるその身体を抱きしめた。
「礼蘭!!!!っ‥‥‥っ‥‥‥どこっ‥‥行ってたんだっ‥‥‥っっうぅっ‥‥俺はっ‥ずっとっ‥‥‥お前をっ‥‥‥
探してたんだぞっ‥っ‥‥‥」
《あき‥‥‥ごめんね‥‥‥寂しかったよね?》
膝から崩れ落ちて、礼蘭の腹にしがみついた。
ここにも大切な愛する人がいる‥‥
何度も顔を擦り付けて、その身体を抱きしめた。
俺はずっと‥‥長くて怖い夢を見ていたんだ‥‥
礼蘭は、俺の目の前にいる‥‥
抱きしめるこの手が、それを感じさせる。
温もりはない‥‥でも、確かに礼蘭がここにいる。
《‥‥‥あき‥‥‥いっぱい、私を‥探してくれてたんだね‥》
「あっ‥‥当たり前だろっ‥‥‥礼蘭っ‥‥‥礼蘭っ!!
離れるなんてっ‥‥‥あんまりだろっ‥‥‥
俺はっ‥‥‥お前が居ないとっ‥‥生きてっ‥‥いけなぃっ‥‥」
声を上げて、たくさん泣いた。
礼蘭は微笑んでいた。
暁の頭を抱き締めて、その思いを受け止める。
《あきに愛されて‥‥私‥‥世界で一番、幸せだよ‥‥
ほんとに幸せ‥‥‥暁は‥‥私の‥‥‥》
輝く礼蘭は、暁の頬に手を当てて、額をくっつけた。
《私の‥‥生涯‥そのもの‥‥全部暁のものだよ‥?
私の全部‥‥暁のもの‥‥‥
ねぇ‥‥あきら‥‥‥
ずっとずっと‥‥愛してるからね‥‥‥》
その笑顔が、その言葉が、少し怖くなって暁は瞳を震わせた。
頬をつたう涙が、止まらない。
「礼蘭‥‥‥っ‥‥」
《あき‥‥あいしてる‥‥》
礼蘭が一言〝あいしてる〟と呟いた。
礼蘭の使っていたエプロンが消えた。
《あいしてる‥‥‥》
その身体を抱きしめる。力強く‥‥思いを込めて‥‥。
礼蘭のメイク道具が消えた。
《あき‥‥永遠に‥‥あいしてるよ‥》
続く礼蘭の言葉で、礼蘭と、暁の思い出の品物は姿を消していく‥‥‥
「っれい‥‥‥?」
暁は、その異変に気付き、礼蘭をギュと抱きしめた。
不安と恐怖が押し寄せた。
とうとう、その部屋の2人の写真が消えていた。
「っれい‥‥‥ぉいっ‥‥礼蘭っ‥‥‥なんで消えっ‥‥消えてくのっ‥‥なぁっ!!」
暁の頬を伝う涙。礼蘭は涙を流しながら微笑んだ。
さよならは、言いたくない‥‥‥。
愛してるとだけ、伝えていたい。
思い出の数だけ、暁がこれまで伝えてくれた分だけ、いや、それ以上の愛してるを‥‥。
「やめっ‥‥‥やめろって‥‥‥消すなっ‥‥‥いやだっ‥‥‥なぁ!!!!礼蘭ぁ!!!!」
暁は、立ち上がり礼蘭を抱きしめた。
この腕にすっぽりと収まる礼蘭。
この感覚が、いつも大好きで愛しかった。
それなのに、今‥‥
今までで1番‥‥‥悲しい‥‥‥‥
礼蘭が、暁を見上げてとびきりの笑顔と愛をこぼす。
《愛してるよ‥‥‥暁‥‥‥》
真っ直ぐ見つめられて、けれどその究極の重く深い愛の言葉に、暁は顔を涙で歪ませた。
言いたいのに‥‥‥
怖くて言えない‥‥‥
「っわかっ‥‥‥分かってるっ‥‥‥なぁぁっ‥‥‥やめてって‥‥消えないでっ‥俺も一緒にっ‥‥‥
なぁぁ礼蘭ぁ‥‥っ‥‥‥
消えないでっっ‥‥‥‥‥っお前を‥忘れたくないっ!!」
《‥‥‥‥愛してる‥‥‥‥私の大切な‥‥暁‥‥‥‥》
礼蘭の唇が、暁の唇に重なった。魔法にかかったようだった。
星のように淡い光を放つ礼蘭とのキス・・・・。
ただその震えた睫毛を、涙を流して見ているしか出来なかった。
なあ、礼蘭‥‥‥‥
お前の‥‥愛してると言う言葉が‥‥‥
こんなに、悲しいと‥‥
思った事は‥‥一度もなかった‥‥‥‥
今、とても‥‥‥
とても‥‥‥悲しい‥‥‥‥
お前を失った事、お前を愛し、焦がれ‥‥泣いた日々を‥‥
もっと俺が強く生きられたなら‥‥‥
お前が、こんな風に‥‥俺に
さよならの代わりに、愛してると伝える事はなかっただろう‥‥‥
なあ、礼蘭‥‥‥‥
俺は‥‥‥永遠に‥‥‥‥
お前を‥‥‥
あいしてる‥‥‥‥。
生涯、ずっと‥‥‥お前を‥‥‥
あいし‥‥‥‥て‥‥‥る‥‥‥‥‥。
日付が変わる瞬間、暁は涙をこぼして眠りに落ちた。
この世から、星河 礼蘭、如月 礼蘭と言う人間の存在が消えた。
彼女が、星河夫婦の長女として産まれた事実はなく、戸籍もない。
如月 暁と言う人間の幼馴染として生きて居た人間は存在ない。
あの日の事故も、単独事故で運転手は死に、助かったあの女の子は変わらず生きてゆく‥‥。
礼蘭は、この世に存在しない者となった。
すべてが消え去り、それを不思議に思う人は誰1人居ない。
誰も、礼蘭を知らない世界と変わったのだった。
たった1人、愛する運命の番のために‥‥
願ったのは、自分の存在がこの世から消えること‥‥‥。
読んでくださりありがとうございました。




