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月の記憶 〜崩れ落ちる幸せ〜

 

 嘘だと、誰か言ってくれないか‥‥。



 この目の前の光景が‥‥




 横たわった礼蘭に、大量の血が流れていく‥‥



 ああやめてくれ‥‥礼蘭の血が‥‥




 大きな水溜まりになっていく‥‥


「れい‥‥‥礼蘭!!!」



 女の子を隣に座らせて駆け付けた。

 暁のスニーカーがじわじわと真っ赤に染まっていた。


 暁は、礼蘭の手首を手に取った。


「救急車!!!‥‥っ‥‥きゅ‥‥‥きゅう‥‥‥。」


 暁の顔は青ざめた。

 礼蘭の手首から脈を感じなかった。


 きっと気が動転してるんだ‥‥。そう思って、首筋の頸動脈にも手を当てた。


 だが、青白く、べっとりと血がついた礼蘭の茶色味がかった髪が両手について、暁の呼吸はついに激しくなった。


「あぁっ‥‥‥待って待って待って‥‥っ‥‥礼蘭!!


 礼蘭!!!!礼蘭!!!礼蘭!!!!おい!!!!!




 ダメだ!!!起きろ!!!!!!礼蘭!!!!!」



 頭から大量に血を流した礼蘭を動かす事ができない。


 必死で呼んだ。涙が混じった‥‥‥


 今なら‥‥喉から血を吹き出してもいいから、


 名前を呼べば‥‥‥‥。




「返事しろぉぉぉ!!!!れいらぁぁぁ!!!!!」


 ぞろぞろと増えた野次馬と、偶然医療従事者の人が暁と礼蘭に近付いた。


 だが、数人集まった彼等は、礼蘭の状態にすぐに気付いた。





 すでに、出血多量で‥‥礼蘭の命は、尽きたのだと‥‥‥。





 暁は、ついに呼吸が追い付かず、涙を流し続け、血溜まりの礼蘭の顔に近付いた。縋るような思いだった。


「れい‥っ‥‥‥ダメだっ‥‥‥れい‥‥っっう‥‥行くなっ‥‥‥明日はっ‥‥っはぁっ‥‥‥お前がっ‥‥



 世界で1番‥っ‥げほっ‥‥‥‥っ世界でっ‥‥いちばっ‥‥ん‥‥‥。」



 暁の涙声が‥‥弱々しい声が‥‥礼蘭の心に届くように‥‥



「しあわせなっ‥‥おれのっ‥‥お嫁さんにぃ‥‥‥っ‥‥


 なるんだぞ‥‥っ‥‥‥‥たのむよっ‥‥‥おきてって‥‥‥‥




 やだよ礼蘭っ‥‥‥礼蘭ぁっ‥‥‥俺を‥‥俺を置いていくなっ‥‥‥。」




 外の騒がしさにレストランから出てきた楓が、大きな悲鳴をあげ、遠くから救急車とパトカーのサイレンの音がした。







 その後のことは‥‥‥よく覚えていない‥‥‥。



 俺は現実に耐え切れず‥‥‥最後までフラフラとしながら‥‥‥知らない人に支えられて、礼蘭と楓と一緒に救急車へ乗ったそうだ‥‥‥。



 病院での死亡確認は‥‥礼司と真鈴が到着してからだった。



 病院の椅子で、呆然と、瞳の光を失いただ涙を流す真っ赤な服の俺を見て、母が抱きしめてくれた。




 その時感じた温かさは、一瞬で‥‥‥俺の涙は止まらなかった。





 当時の状況は、テレビのニュースで流れたそうだ。

 わずか数秒で流れた礼蘭の死。



 状況を見ていた人々が口にした話は、俺をさらに追い込んだ。


 確かに青信号だった横断歩道。だが、そこに大型トラックが俺と小学生の2人に突っ込んできていたらしい。女の子を連れて横断歩道を渡ろうとした俺を、トラックに気付いた礼蘭が走り寄り、男の子を引き上げ、俺の体を・・・。あの小さな体で突き飛ばした。


 そして、自分は、トラックにぶつかり頭部外傷から即死だった・・・・。



 トラックの運転手は、心臓発作で意識を失いそのまま猛スピードで突っ込み電柱にぶつかった。

 そしてまた、その運転手も命をそのまま落とした・・・・。




 俺があの時、女の子と横断歩道を渡り、礼蘭のところへ行く事に気をとられていたせいで、

 俺は何も周りが見えていなかった・・・。

 青信号だから‥‥って、



 あんなに・・・・必死だった礼蘭の顔・・・・・。



 その前にあの眩しい笑顔に見惚れていた俺は・・・・・・。



 永遠にその笑顔を失った・・・・。





 誰も、俺を責めてくれなかった・・・・。礼蘭の前で泣き崩れるおじさんと、おばさん、真鈴・・・。

 俺の側で・・・放心した俺の側を離れなかった両親。




 俺はあの時の礼蘭の顔がしきりに浮かんだ。




 どうして俺を助けた・・・・・。ぶつかったのが俺だったなら・・・・・



 礼蘭じゃなかったら・・・・・。




 あの女の子が転ばなかったら・・・?




 俺が・・・・・





 俺が・・・・・





 俺が、礼蘭の代わりに・・・・死んであげたのに・・・・・・・。



 いや・・・俺はきっと・・・死ななかったかもしれない・・・・。




 礼蘭を一人にしたくないから・・・・。




 きっと、手足が千切れて・・・格好悪い花婿になってでも、明日の結婚式を・・・・・。




 ああ・・・そうだ・・・・結婚式だ・・・・・・。




 俺の大事な・・・・花嫁は・・・・・





 此処にいるのに・・・・・。




 俺に向かって笑ってはくれない・・・・。俺を・・・・抱きしめてくれない・・・・・。







「・・・・・暁・・・・少し何か食べろ・・・。」


 俺はその日を迎えていた。



 結婚式の12月3日は・・・・あっという間に過ぎていた・・・・。


 検死を拒否した礼蘭の家族は、礼蘭を、実家へと連れ帰り仮通夜となってしまった・・・・。



「・・・・いらね・・・・。」


 行き慣れた礼蘭の自宅。片づけた広い一室で、礼蘭はただ白い布団に横たわっていた。


 俺はただ、礼蘭がいるその部屋の壁に背を預けてただ、礼蘭を見ていた。





 食事を拒否して、ずるずると体を引き摺り・・・ポスン・・・っと礼蘭の側に頭を落とした。

「おい暁っ・・・・・っ・・・頼むからっ・・・何か食べろっ・・・・。


 お前が喪主にならないといけないんだぞっ・・・・。」


 忠にそう言われながらも、何だか、何を言われてるかわからないんだ。喪主?‥‥俺は礼蘭の夫だよ‥‥。


 布をとり、綺麗な横顔を見つめながら・・・・どんどんと瞳には何度も涙があふれてくる。



 この冷たい空気・・・


 どうして・・・こんなにも変わってしまうの・・・・?




 バカみたいな問いを自分の中で繰り返した。



 礼蘭の髪は、まるでお人形の髪になったみたいだった。血の巡らない頬は作り物みたいだった。




 どうして・・・・・。



 どうして・・・・・。




「・・・・・ふっ・・・ぅ・・・・・・。」


 礼蘭のそのいつもと違う長い髪を掬い、握りしめた。




 俺の体温を、礼蘭に分けてあげられたら・・・礼蘭は・・・また笑ってくれないかな・・・?



 この冷たくなった体を・・・俺が温めて眠ったら・・・・。



 明日はおはようと言ってくれないかな・・・・。




 あの眩しい笑顔を・・・・また、向けてくれないかな・・・・・・。




 両親たちは暁の様子が見ていられなくなり・・・目を背けて泣いた。礼司は泣き続ける真鈴を抱きしめて泣いていた。

 悠は楓を支え一緒に涙を流す。楓が言うのだ‥‥

 あのレストランで3人でご飯食べようだなんて言ったから‥

 私が悪かったと‥。



 違うよ‥‥‥悪いのは俺だ‥‥‥‥


 礼蘭を守ってやる事ができず‥‥俺が守られてしまったんだから‥‥‥



「・・・・・・枕・・・間違えてる・・・・。」


 俺は礼蘭の耳元にそう囁いて、固くなった首元に腕を滑り込ませた。



 こうして、いつも俺の腕枕で眠ってたのに・・・・・。



 ダメだって・・・・。





「だめだって・・・・っ・・・・・れい・・っ・・・・・。こんなのだめだ‥‥‥。なんか言ってくれっ‥‥っ‥‥‥」


 涙って・・・枯れないの・・・・?



 ねぇなんで・・・何も言ってくれないの・・・・。



 俺たちは、ずっと一緒だったのに・・・・。




 どうして・・・・俺を置いていくの・・・・?




「っ・・・つめてぇな・・・っ・・・ずっとあっためてやるから・・・っっ・・・」


 礼蘭を抱き寄せて、礼蘭の前髪を濡らした。



 声が聴きたい・・・・。静かな寝息でも聞こえたら・・・。


 俺は・・・・もうこれ以上の事は何もいらない・・・・。。



 生きていてくれたなら‥‥‥



 わずかでも、意識を保っていてくれたなら‥‥‥。


 例え、後遺症が残ったとしても・・・俺は喜んでお前の看護をした・・・・。


 お前が俺の事をわからなくなっても・・・それでも構わないのに・・・・・。






 どうして行っちゃうの・・・・。





 俺を置いて・・・・どこに行こうとしているの・・・・。





 お前が居てくれるそれだけで・・・俺は幸せなのに・・・・・。


 俺がお前を世界で一番・・・幸せにしてあげられたのに・・・・・。






 それから何時間も、礼蘭を抱きしめ続けた。


 葬儀屋と、お坊さんがやってきて引き離された。涙を零しながら、俺の体を引っ張った母の手が初めて憎かった。

 いい大人がしっかりしろと言われたけれど、どうにも出来なかった。だって‥‥‥




 こんなお経なんか・・・礼蘭は聞きたくないよ・・・・。



 礼蘭は・・・俺の声を聴きながら・・・眠るのが好きなんだから・・・・。





 ねぇなんで・・・・・・。






 なんでそんな事するの・・・・・?







 礼蘭が・・・・本当に・・・・・居なくなっちゃうみたいに・・・・・・。






 壁にもたれ掛かり、ぎゅっと両手で顔を覆った。


 こんなリアルは見たくない・・・・。



 ただ礼蘭が眠っているとだけ思えたら、まだこの心は・・・・。




 やめて・・・・・。




 やめて・・・・・。





 やめて・・・・。礼蘭が死んじゃったみたいに・・・・。








 俺はまだ・・・・信じられない・・・・。俺の届く場所に、礼蘭がいるのに・・・・。







 御通夜で、俺は夫のくせに立てなかった。あんなに疑問だった涙はついに干からびた。


 同じ学校だった友達がたくさん来たけど、誰が何を言って、誰が来てくれたのか分からなかった。

 結婚式の招待状を送った友達が、みんな泣いていたけれど、何を言っていただろう‥‥。




 俺は、あんな棺に入れられた礼蘭が心配で・・・・心配で・・・・・。



 礼蘭は花が似合うけど・・・礼蘭の好きな花は違う・・・。




 礼蘭は白無垢は似合うけど・・・死装束は・・・似合わないよ・・・・。





 礼蘭は・・・俺の隣で眠るのが好きなんだ・・・・。



 俺が隣に居なかったら・・・・不安になっちゃうかもしれないだろ・・・・。





「礼蘭‥‥。いつまで寝るんだ?」



 ああ‥‥こんな事になるなら、もっと抱き締めておけば良かった‥‥‥。こんなところにいれられちゃったら‥‥‥。


 抱き締められない‥‥‥。



 一晩中線香の匂いが途切れない‥‥。


 みんなが寝静まった深夜。





 暁は、礼蘭にキスしようと顔を近づけた‥‥‥。



「れい‥‥っ‥‥‥れいっ‥‥‥‥‥っぁはぁっぁぁぁ‥っ」

 礼蘭の顔に、涙の雨が降る。





 冷たくて‥‥‥悲しかった‥‥‥



 こんなに‥‥‥悲しいキスが‥‥‥



 この世に存在するんだって‥‥‥



 俺達には‥‥‥関係ない事だと思っていた‥‥‥。









「はなせぇぇぇ!!!!!!!やめろよ!!!!!!!!!!!!!!」


 眠れていなかった暁の全力の声が出たのは、事故の時以来だった。

 迎えた告別式、向かった火葬場。


 父親たちが、暁の体を押さえつけていた。


 血走った目を大きく開いて叫ぶ。涙は・・・まだ枯れていなかった。


「どこに入れんだよ!!!!やめろぉぉ!!!!!!!!」

「暁っっ・・・・暁っ・・・・礼蘭は死んだんだっっ・・・・・。うっ・・・頼むからっ・・・。」


 忠の涙声と腕の力が全力で暁の体を抑える。添えるような弱弱しい手で礼司が暁に寄りかかっていた。


「あきらっ・・・れいらぁぁ・・・・れいらはっ・・・・もうお別れしなくちゃいけないんだ・・・

 っ・・・お前がそんなだったらっ・・・れいらっ・・は・・・安心してっ・・・天国に行けないっ・・・・。」


 みんながボロボロと泣き続ける。礼司が弱弱しく口を開いた。



「・・・・あきら・・・・っっ・・・ちゃんと・・・見送ってやるんだ・・・・・



 あきら・・・っっ・・・頼むからっ・・・しっかりしてくれっ・・・・


 お前がそんなだったらっ・・・・礼蘭が心配してねむれないだろぉっ・・・・


 れいらがぁっ・・うううっ・・・ぁぁぁっ・・天国にっ・・・いけないっ・・・・。」



「天国なんて行くなっ!!!俺がいないところになんて行かせるなぁぁ!!!!!!


 あぁっ‥‥やめてってぇ‥‥‥っうぅ‥‥やめぇ‥‥‥って、ねぇ!!!‥‥れいら連れてかないでっ‥‥‥


 おれもっ・・・おれもいっしょにっ・・・うぅぅぅっぅうあああああああああああ!!!!!!!



 やめろぉぉっっ・・・あぁぁぁぁぁっ・・・・・・・れいらぁぁぁ!!!!!」




 どんなに願っても・・・どんなに手を伸ばしても・・・・。

 礼蘭の棺は、俺の手の届かない空間へ連れていかれた。



「あぁぁっ‥‥‥やだぁぁぁっ‥‥‥れいらぁぁっっ‥‥‥」



 閉じたその重い扉に・・・・暁は膝から崩れ落ち床に額をこすり付けた。

 ボタボタと涙で床を濡らし、暁の悲しい泣き声は礼蘭が変わり果てた姿で出てくるまで響いていた。



「ぁぁぁぁっ‥‥‥なんでぇぇ‥‥‥うぅぅ〜っ‥‥‥れいっ‥‥‥っ‥‥」




 もう‥‥‥触れられない‥‥‥




 俺達の幸せな時間は‥‥‥戻ってこない‥‥‥。





「・・・・・・・・・・・・・。」


 骨になった礼蘭を、暁は目と頬を真っ赤にして出迎えた。

 若く健康だったら礼蘭の骨、その小ささに暁はため息のような泣き声をあげた。


「はぁ~・・ぁ・・・ぁぁああ・・・っっ・・・ちいせぇ・・・っ・・・・。」



 袖で目を覆った。現実から逃げ出したかった・・・。



 初めて・・・礼蘭がもう・・・存在しないのだと・・・諦めに似た感情が生まれた。



 骨じゃ・・・抱きしめてあげられない・・・・。


 手の中で握ってあげられる事しかできない・・・・・・。




 もう・・・・礼蘭は・・・・俺を抱きしめてはくれない・・・・・・。




 同じ時を・・・過ごしていくことはできない・・・・・。





 小さな子供のように泣いて・・・人が呆れるほど・・・引くほど泣いて・・・。

 引き摺られて・・・礼蘭から引き離されて・・・・。



 こんな俺を・・・礼蘭は嫌いになってしまうかな・・・・・。






 みんなの言う天国って・・・・・礼蘭の居る天国って・・・・・。



 どうやったら・・・・行けるの・・・・・・・・?




 なぁ・・・礼蘭は・・・・・俺がいないところで・・・・




 今・・・・どうしてるの・・・・・?





 天国ってところに・・・いけるの・・・・・?


 そこは・・俺といるより・・幸せで居られるの・・・・・?




 だったら・・・・俺も・・・・そっちに行きたい・・・・・。




 礼蘭がいないなんて・・・・俺は・・・耐えきれそうにないよ・・・・・・。




 会いたいよ・・・・・・。




 なぁ礼蘭・・・・・。俺の愛してるは・・・・・あんな電話越しでよかったの・・・・?






 愛してる・・・・。




 愛してるよ・・・・・・。







 俺の愛してるは・・・・・・今も・・・・ちゃんと届くの・・・・・・?



 

読んでくださり、ありがとうございました。

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