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うちの皇太子は

 建国祭初日の夜、舞踏会は始まった。新たな爵位を得た貴族達。その他貴族達。

 立場が逆転した貴族の集まりは和やかな者とそうでない者で溢れていた。


 夜の装いルビーレッド色のドレスを着た皇后と婚約者はそれぞれ違う刺繍とレースを施し、皇后は華々しく、婚約者は華憐な印象で、同じ色とは思えない姿だった。また皇帝と皇太子も同様、ワインレッドの深みのある色を基調に白と黒の縁取りで違う柄を刺繍に、皇帝は銀色、皇太子は金色のサッシュをつけた。

 それだけでも皇族の仲の良さを印象付ける。そして、そのサッシュの色はそれぞれが愛する者の髪の色をしている。さりげない所まで2人の寵愛を表現した。


 控え目だったオーケストラの演奏が、盛大な音色に切り替わる頃、皇帝と皇后、皇太子と婚約者が大ホールの二階の扉から姿を現す。

「皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下、リリィベル様のご入場で御座います。」


 従者の声に貴族達が礼をする。二階から4人は皆を見下ろした。

「皆、面を上げよ。今日から3日間、10年に一度の建国祭である。皇太子がこの時の為に力を尽くしてくれた。存分に楽しんでくれ。」


 そう皇帝が告げると、4人にグラスが用意される。そして下にいる貴族達もグラスを手にとった。

 グラスを掲げ皇帝が乾杯を告げると皆がそれに応える。


 皇帝と皇后は、また2人で微笑みながらグラスを鳴らした。

 そして皇太子と婚約者も続き、2人でグラスを鳴らす。


 それぞれが一口、シャンパンを飲んだ。

その後、皇帝が皇后をエスコートし階段を降りてくる。



 建国祭は皇帝と皇后の日だ。ホールの一画にあるオーケストラが皇帝と皇后がホールの中央にやってきたのを見て2人が背筋を伸ばすとワルツを演奏し始めた。


 2人のダンスは、これまでの舞踏会でも何度か披露されたが、今夜はひと際輝いていた。

 皇后マーガレットの銀色の髪が靡き、笑みを溢し見つめ合う度に、皇帝オリヴァーが優しく目を細めて微笑む。2人の愛あるダンスは会場に居る皆を釘付けにした。


 それを二階から見下ろしている皇太子と婚約者もその姿を微笑み見つめている。

「両陛下とも楽しそうですね。」

 リリィベルがうっとりとそう呟いた。

「そうだな。いつ見ても・・・綺麗なダンスだ・・・。昔から・・・・。」


 まだ子供だった頃、舞踏会がある度にテオドールは両親のダンスを見てきた。

 2人はとても仲が良くて、愛に満ちていた。思い合う姿が形となって居るかのようだった。

 それをどんなに嬉しく思っていたことか、どんなに羨ましく思ったことか・・・・。


 大人に近づく度に、礼蘭の記憶を取り戻す度に・・・・。

 自分に似た顔のオリヴァーを見ては、苦い思いをした。


 自分もいつか、礼蘭の魂と出会えるだろうかと・・・。


 そして、あんな風に笑い合って踊れるだろうかと・・・・。



「・・・・・・。」

 テオドールは、隣にいるリリィベルの手を握った。

「・・・?どうされました・・・?」

 不思議そうに見上げたリリィベルを愛しそうに見つめてテオドールは瞳を揺らした。


「出会ってくれて・・・ありがとう。リリィ・・・愛してるよ。」


「ふふっ・・・・私も愛しています。テオ・・・・。」


 テオドールは、リリィベルの手の甲に口付けしてニコッと笑った。

「次は俺達だ。陛下達に負けないくらい・・・。見せつけてやるぞ?」

「うふっ・・・はい。殿下。」


 テオドールに美しい笑顔を返した。


 皇帝と皇后のダンスが終わり、オーケストラの音楽が止まる。

 その瞬間に、皇帝と皇后は2階にいる皇太子と婚約者に視線を投げた。


 目が合ったテオドールはニヤっと笑って、急にリリィベルを抱き上げた。

「わぁっ」

 リリィベルの慌てた声を上げた。身体が宙に浮き、咄嗟にテオドールの首に手を回す。

 テオドールはリリィベルを横に抱えて、手入れされた滑りの良い階段の手すりに腰掛けた。


 そのテオドールに目を丸くしたオリヴァーだったが、マーガレットは嬉しそうに笑っている。



 その場にいる者達が、笑顔のテオドールとリリィベルが階段の手すりで滑り降りてくる姿に笑みを浮かべわぁっと声を上げた。



 風に靡いて2人の髪が揺れ、スタンっとテオドールの足がついた。


「素敵なダンスでした。陛下。」

 リリィベルを抱えたテオドールがそう言った。

「ふふっ、次はあなた達の番よ?」

「えぇ。若者は若者らしく踊りますよ。」

「階段を滑るなとあれだけ言ったのに何をしてるんだお前は!」

「あははっ。今更ですよ。父上!」


 リリィベルを抱えたまま、テオドールはご機嫌にホールの中央へ足を進めた。


 その後ろ姿をオリヴァーは呆れた笑みを浮かべた見ていたのであった。



 格式ある場でわざとテオドールは突拍子のない行動をする。

 この世のどこに、舞踏会中に階段の手すりから滑り降りてくる皇太子がいるだろうか。

 本当なら叱ってやりたい所だ。けれどそれが出来ないのはその行動がテオドールには似合っているからだった。その風変りな行動が、我が息子であった。


 コツンっとリリィベルのヒールが床についた。

「もぉっ・・・一言おっしゃってください・・・。」

 頬を染めてリリィベルはテオドールを見上げて文句を言った。


「へへっ・・それじゃあ面白くないだろ?」

 悪戯に笑うテオドールにリリィベルも笑ってしまうしかない。


 そして会場に居る皆がそれを微笑ましく見ていたのも事実だった。



 我が帝国の皇太子は変わり者だ。


 7歳で城に上がり、8歳の誕生祭から毎年舞踏会の度、誰とも踊らない皇子。

 家族である皇族に対する笑顔は子供の笑顔だったが、挨拶を交わした者は分かる。

 子供ながらに大人びた雰囲気を崩さず、凛としてた。その顔は冷やな印象もある。


 特に同じ年ごろの女に目を向ける事も全くなかった。

 どれほどの子供を持つ貴族達が、虎視眈々と皇子を狙っていた事か。

 けれど、皇子はまったく応じなかった。シャレじゃない。


 それが、今や婚約者を見つけた彼は、誰にも見せた事がない顔で愛しげに彼女だけを見つめ、

 彼女だけを愛し、身を寄せ合って踊っている。


 後ろから抱き上げて彼女を華麗に回し踊る。その指先すら愛を感じる。

 婚約パーティーで見せた時と同様、彼の寵愛は目に見えて明らかだった。


 向き合えば醸し出す色気が止まらないその愛を音楽と身体で、まるで愛を伝えているようだった。



 先程の様なマナーも何もあったもんじゃないくらいな行動も、

 誰もがそれを受け入れられる変わり者の皇太子だった。


 予想出来ないその行動に、人々は好奇心を駆られ、堂々たる表情に有無を言わさぬ威厳を感じ、

 オリヴァーとは全く違う形で魅せられる。


 そして、ただひたすらに愛を醸し出す彼に、人々は次代の勢いを感じていた。


 一心に愛を注がれる婚約者、リリィベルもまた不思議な存在だった。


 たった一夜現れて皇太子の心を掴んだ女性。美貌は言うまでもないが、

 石の様に動かなかった皇太子の心と身体を動かしたのはなぜだったのか。

 それは誰にも分からない事だった。だから余計に反発と興味が注がれた。


 そして近しい事件として数多の暗殺者が送られる程の女性。それは妬みと欲望の事件だった。


 帝国予算2年分の高額の女性、女神が嫉妬する程の女神。などと影では呼ばれた。


 そんな皇太子と婚約者は、よほど似合いの男女だった。


 2人が踊る姿は星が瞬くようにキラキラと輝く。

 目を奪われて仕方ない存在だった。



 音楽が終わり、礼をする。そして、再び身を寄せて皇帝と皇后の前に歩んで行った。


「素敵なダンスだったわ。テオ、リリィ」

「ありがとうございます。皇后陛下。」

「お前の階段の件がなければもっと素直に喜べたんだが。」

「沸いてたでしょ?皆が。いいんですあれくらい。結婚式では2人で宙を舞いましょうか?」

「なんだと?!」

「あはっ、一生に一度の結婚式ですから。忘れられない式にしたいですから。」

「はぁ・・・お前のその発想はどこから来るんだ?」

「さぁ、異次元からですかねー・・・。」


 他の者にしたら、テオドールの前世の記憶は風変りなものとして映るだろう。

 イシニスでの防衛もそうだった。この世界で治療院を作りたいと思ったのもそうだ。

 都合のいい神がかった治癒魔法はない。魔術は対価が必要だ。


 日本での結婚式ではゴンドラで降りてくる結婚式だってある。決して大袈裟ではない。

 コンサートでアイドルが宙を舞う事も珍しくない。それを結婚式でやるのはさすがにやりすぎか?

 なんでもいい。リリィベルと結婚出来るなら、2人だけでも構わない。


「・・・俺は、結婚出来れば・・・それでいいですよ・・・・。」


 テオドールのその呟きにオリヴァーはポカンとした。


 その呟く表情が苦しげに見えたからだった。

 紆余曲折あったが、2人の結婚はもう秒読み同然だ。

 建国祭が終われば、2人の結婚式が次の行事となる。


 何をそんなに不安そうにしているのか・・・。

 また新たに、何かが起こるか不安に思っているのか?


「・・・お前が・・・納得できるなら。私はどんな結婚式でも構わないぞ?


 お前が突拍子もない事をするのは・・・、ふっ・・今に始まった事じゃないしな。」


 テオドールの頭をポン・・・と撫でた。


「ははっ・・・それくらい・・・心待ちにしているんです・・・・。」

「だが、今は建国祭に集中してくれ。」

「もちろんです。」


 皇族席についたオリヴァーが舞踏会の様子を見た。



「・・・・明日は、同盟国と・・・・・・。」




 それは、1か月間前の事だった。

 執務中に舞い込んだ手紙。その手紙を見た瞬間に得体のしれない思いに駆られた。


「・・・ポリセイオ王国・・・?」


 皇帝の元に届いたのは、ポリセイオ王国からだった。ポリセイオ王国の国王から、帝国の建国を祝福するため、建国祭に参加したいという申し出だった。


 招待状を送った訳でもない。同盟国が建国祭に来るならまだしも、テオドールが仕切る建国祭に縁のないポリセイオ王国が祝いにくるだなんて・・・。


「・・・何を考えてる・・・?」



 ポリセイオ王国とは二国以上離れた国だ。距離もある。先代皇帝の時代でも縁がなかったはずだった。



 祝いに来るなんて、それも突然の事。前回の建国祭でもポリセイオ王国が来た記録はないはずだ。


 手紙には、皇族の親戚である公爵が来るとの事だった。その者はモンターリュという。



「・・・何もなければいいのだが・・・。」



 オリヴァーはその手紙の端をくしゃっと強く握った。


 テオドールが計画した初めての建国祭。無事に終わらせたい気持ちしかない。



 だが、用心した方がよさそうだ。



 指輪を3回叩いた。



「お呼びですか?」


 瞬時に現れるロスウェル・イーブス。

「ロスウェル、建国祭でポリセイオ王国の使者が来ることになる。」

「ポリセイオ王国ですか?あの・・・水の都と呼ばれる・・・。」

「あぁ、我が国とは縁のない国だが・・・祝いに来てくれるそうだぞ。」


「それはまた・・・怪しげな・・・。」

「ああ・・・だから・・・テオと相談して用心する必要がある。来るのは二日目の本番だ。」

「また大事な日にやってくるんですね。」

「同盟国の使者たちも来る。各国の王太子、王女・・・地位のある者ばかりだ。

 その日は、お前達に頼る事となりそうだ。肝に銘じておけ。」



 ロスウェルは、いつもの様にニコリと笑った。

「もろちろんです。オリヴァー様。我々はどんな時もあなた方を守る者です。」

 いつもは胡散臭いと思う笑顔だが、どんなに信頼できる事か、オリヴァーは微笑んだ。

「あぁ・・・信じている。ロスウェル。」


「はい。命に賭けて・・・テオドール殿下の初めての建国祭を邪魔させる訳にいきませんから。」


「あぁ・・・テオドールにも伝えてこよう。」

「はい・・・。きっと、殿下なら大丈夫でしょう。」



「そうだな・・・・。結婚式を控えた大事な時だ。」


 そう言って、オリヴァーは机の上に飾っていた絵姿の小さな額を手に取った。

 それは、幼い頃この城に上がったばかりのテオドールとマーガレット、自分の3人を描いてもらった物だ。



「・・・きっと、大丈夫だろう・・・。」

 そう呟いて、絵姿のテオドールを撫でた。


読んで下さりありがとう御座いました!

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