今度会う時は
「ほぉぉ〜ん‥‥あいつ、言ったんだー‥‥」
リリィベルとグレンの時間は終わり、イーノクが報告にきた。執務室の机を挟み、テオドールとイーノクが向き合っている。椅子に腰掛けたままのテオドールと、目の前に立つイーノクは瞳を合わせた。イーノクから見たテオドールは頬杖をつき、ジトっとした目でイーノクを見ていた。
「俺のお姫様は泣いていたと?」
「ハーニッシュ卿にとって、リリィベル様とブラックウォール辺境伯は大切な存在だと申しておりました。彼には家族がおりませんので。」
「まーーーー‥‥そうだなー‥‥‥」
椅子にもたれて、テオドールは天井を見上げた。
眉間に皺を寄せているが、こればかりは口を出せない。
グレンはリリィベルの幸せを望み、その身を引いた。
そして、忠誠を誓った。
彼は後に男爵位を与える男だ。
ここで私情を挟めば、テオドールの正義が歪む。
そんな真似はしたくないし、身を引いた彼だ。
文句のつけようがない。テオドールを信じ、リリィベルの幸せを確信して、告げたのだから。
それでもどうにもならない様な、気怠い気持ちが渦巻いた。
納得した様な、けれどモヤモヤしている。
人の気持ちは思い通りにはならない。
人ならば誰しもある感情だ。
だが‥‥‥
「‥‥‥リリィは‥‥俺を選んだだろう?」
「一時の迷いもなく。」
「あぁ、だろうな‥‥‥‥。」
テオドールは執務室の窓から空を見上げた。
星の様に輝き、太陽のように眩しい彼女は‥
いつも、俺を選んでくれる‥‥。
「というわけで、殿下、あとはリリィベル様にお聞きください。ハーニッシュ卿の気持ちも汲んで。」
「俺が分からず屋みたいに言うなし。」
テオドールが輩のようにイーノクを睨んだ。
「ははっ、私はハーニッシュ卿を気に入っているんです。」
「なんだ、浮気か?アレックスに言ってやる。」
「アレックスは相棒です。ハーニッシュ卿は、弟子ですね。」
「ふっ、お前随分アイツを気に入ったんだな。
ま、気持ちは分かる。
アイツはきっと、のし上ってるだろう。」
そう言ったテオドールの瞳は澄んでいた。
「はい殿下。失恋の痛手が糧となって、いずれ皇室騎士団にくる事でしょう。」
「ははっ、お前が気に入ったんだ。いうと思った。」
「私が目を付けたんです。いずれ殿下をお守りする剣となりましょう。」
「恋敵に向けるのは忠誠の剣じゃないんじゃないか?」
そう言ったテオドールは少し楽しそうだった。
「そう言っても、好きじゃないですか。殿下は。
強い者と戦うのが。」
「ふんっ、味方となりゃ練習相手にしかならねーよ。
俺を焦らせるくらいの相手に出会いたいもんだ。」
「殿下らしいお言葉ですね。」
「ご苦労だった。下がっていいぞ。リリィを頼むぞ。」
「はい。殿下。」
そう言ってイーノクは執務室を後にした。
テオドールは笑みを浮かべたままだった。
グレンに対する感情は既に形を変えていた。
信頼する部下が、あそこまで言うならば、
言うまでもなく見込みは確かで、こんな風に出会わなければもっとすんなり受け入れられた事だろう。
幼馴染の立場だった男。リリィベルを好きだった男。
これから、這い上がってくるであろう。
強き者。
「男爵では‥収まらんだろうな‥きっと。」
そう言って、途中だった執務を再開した。
その夜、初日の様に皇帝夫婦と皇太子と婚約者、グレンが夕食の席に着いた。食事に招いたのはテオドールだった。
「グレン、今夜で帝都はしばらく来れないだろうからたくさん食べて。
聞いたところによると、第二騎士団の訓練に参加してるそうじゃないか?」
「はい皇帝陛下。」
「そうか、どうだ?皇室騎士団の訓練は。」
「そうですね。今まで北部で行われていた訓練とは、違ったやり方ですし、あと一つ一つの時間が‥‥‥とても、長いです。」
「はっ、だそうだぞ?テオ。」
話を振られたテオドールはニヤッと笑った。
「私にはあれが普通です。」
「ふっ憎らしいやつだ。」
「ははっ、父上もどうですか?」
「バカか、あれについていくなんて正気じゃない。」
「第一騎士団でもどうです?」
「私には私の訓練方法がある。心配しなくとも、第二には負けをとらん。」
「へぇー‥‥手合わせさせてみたいなぁ。」
「バカを言うな。どちらもヘロヘロなってる間に奇襲があったらどうするんだ。」
「冗談ですよじょーだん。バカな父様。」
「今親に向かってバカと言ったか?」
「言ってませんよバカですね。」
オリヴァーの言葉に、テオドールは笑って返す。
ムスッとしたオリヴァーがグレンを見た。
「アイツ今言ったよな?」
ビクンッとグレンは固まって苦笑いした。
皇帝と皇太子がそんな事でムキになっている様子が不思議でならなかった。
子は父を尊敬し、決してバカだなんて口にする事はあり得ない。まして皇族。余計に未知の世界だった。
「もぉーオリヴァー様もテオもおやめ下さい。恥ずかしい!ごめんなさいね?グレン?2人は似た者親子で困っちゃうわー?」
「あいつ最近ロスウェルに似てきてないか?」
「何をおっしゃるのオリヴァー様。どこからどう見てもオリヴァー様です。」
そう言う皇后マーガレットもこの調子だ。
ただそれを笑って見ているリリィベルだった。
笑っているリリィベルに、グレンはホッとした。
あの設けられた時間。自分は1人で居るだろうと思っていた。想いを打ち明け、泣かせてしまった。
自分自身、それでいいと。
けれど、それは叶わず皇太子直々に夕食の席に呼ばれたのだ。
これは嫌味かなにかと思った。
だが、皇太子から冷たい視線を貰うこともなく、他愛ない話の中にグレンは身を置いた。
リリィベルも、目が合っても笑って返してくれる。
モヤモヤしたものが、晴れていく気分だった。
まだ胸は痛むけれど。晴れ晴れしている。それは何故か。
「ハーニッシュ卿。」
「っは‥はい、殿下。」
不意に皇太子に呼ばれ、晴れた気分からグレンは汗をかいた。
「イーノクが褒めていたぞ。見込みがあるとな。
お前、逃げられるといいな?」
「そ‥それはどういう意味ですか?」
「ふっ‥いずれ分かる。ほら次いでやる。」
そう言ってテオドールはシャンパンの瓶を自ら持ちグレンに向けた。
「えっはっ‥‥あっ‥‥‥ありがとう‥ございます‥‥。」
グレンは混乱していた。何故急にこんな待遇を受けているのか検討もつかない。昼間にリリィベルと話をさせてもらった挙句、泣かせてしまった。皇太子の婚約者に対して罰に値するこの感情を打ち明けたのだ。グラスに注がれたシャンパンを見た。
ユラユラと揺れるシャンパン、同じく映った自分まで揺れる。
「そーれ、一気!一気!一気!」
「えっ?へっ?」
一気コールにグレンは更に混乱した。一気に飲み干せと言うのは理解したが、テオドールが手をパンパン叩きながら笑って一気コールを止めない。
「っ‥‥」
グイッとグレンはシャンパンを飲み出した。
騎士団ではよくある事だ。まさかここでそんなノリを出されるとは思わなかった。
「ふぅっ‥‥‥‥っ」
グィッと口許を拭って、グレンはテオドールを見た。
「やるねぇ。じゃあ、俺にも次げ。」
テオドールはニヤリと笑って自分の空のガラスをグレンに向けた。
グレンは、そのテオドールの顔に安堵の笑みを浮かべて、
トクトクとシャンパンを注いだ。
注がれたシャンパンをテオドールがグィッと飲み干す。
「はー‥‥ご馳走さん」
親指で唇を拭って、テオドールはグレンにそう言った。
「光栄です。殿下。」
「また飲もう。」
「はい。光栄で御座います。」
グレンはスッと頭を下げた。
その光景を皆が微笑んで見ていた。
初日とは大違いの光景だ。リリィベルもホッとしていた。
2人の笑った顔が見れた。
テオドールは特別だ。けれど、グレンだって、時を同じくして過ごしてきた幼馴染。
今日の時間が大切な時間となったのは、間違いなかった。
翌朝、グレンはテオドールとリリィベルと向き合っていた。
「陛下達が宜しく言っていた。見送れなくてすまないと。
そして、手紙を頼むとな。」
「はい、皇太子殿下。」
ニコッと笑ったグレン。2人が突き合わす顔は随分と変わった。そして、それはリリィベルもだ。
「お嬢様、どうかお身体にお気を付けて。雪が降る前にまたお目に掛かります。」
「グレン。気を付けてね。お父様に宜しく伝えて。」
「はい。お嬢様。」
テオドールはスッと前に出た。グレンはテオドールの顔を見た。テオドールの顔は笑みを浮かべていて穏やかだった。
「ハーニッシュ卿、いや、グレン?」
「はい‥‥‥」
名で呼ばれ、グレンはポカンとした。
テオドールの爽やかな笑顔がグレンに向けられた。
「次に来る時を待っている。」
「はい‥‥‥。殿下。」
グレンも、少し照れながら笑った。
テオドールの笑顔が眩しかった。
グレンは認められたのだ。騎士としても、男としても。
だから余計に、照れ臭く笑ったのだった。
馬に跨り手綱を握ったグレンは、2人に笑顔を向けた。
「それでは、皆様もお健やかに‥‥。」
「グレンも!元気でね!!また逢えるのを待ってるね!」
最愛のリリィベルが、眩しい笑顔でそう言った。
隣でテオドールも微笑んでいる。
眩しい2人だった。似合いの2人だった。
まるで‥‥
「お二人も!!お元気で!!」
グレンは馬を駆けた。笑顔のままで‥‥。
だって、まるで‥‥‥
寄り添う綺麗な白い鳥の番いの様だったから‥‥‥。
読んで下さりありがとうございました。




