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7th lap レースエントリー

「OK、アルマ、そのまま速度を維持して上昇!」

「ぎゃう!」

「そう、いいぞ! 俺が重心をずらしたら、そちらにコーナリングだ!」

「ぐぁう!」

「旋回の時の癖は俺がカバーするから、まずは自由に、自分の飛翔はしりをすることを考えて!」


 一週間経つ頃には、アルマの飛び方も十分板についてきた。

 基礎スペックは相変わらず低いままだが、フォーム自体は綺麗なものになってきたし、それに応じて必要なスキルも次々に取得できてきている。


 クルスは次の段階として、竜の姿をしたアルマを連れて街に出た。彼女にぴったりのサイズの鞍をオーダーメイドしてもらう為だ。

 そこからはクルスを乗せての飛行訓練にシフトする。

 思っていたよりも、ずっと癖のない飛び方で、乗り心地はかなり良い。スピードを出しすぎるとそれも荒くなるが、人を乗せ慣れていない竜にはよくあることだ。クルスも敵の矢弾が飛び交う戦場を、レジエッタの<曲芸飛行>で潜り抜けてきた身である。多少荒い程度の飛行ではびくともしない。


「よーしよしよし、良い子だ。そのまま着り……うぉおっと!」


 アルマが着陸態勢に入ったとき、空中でバランスを崩し、地面に落下する。クルスは鞍から手を放し、茂みの上に素早く飛び降りると、そのままアルマに駆け寄った。


「大丈夫か?」

「あ、ぐ……ぁ、はい! すいません! クルスさんは!?」


 人間の姿に変わり、がばっと身を起こすアルマ。


「俺は平気。墜落はそれなりに経験してっからね。アルマも、俺を庇って変な落ち方しないように。それで翼を傷めるほうがよっぽど問題だ」

「あぅ、はい……。次はもっとうまく降ります」

「まぁ、着陸なんて怪我さえしなきゃ後回しで良いよ。戦場だと命取りだけど、今回はサーキットレースだ。一度飛んだらゴールまで降りなくて良い」


 全長24000メートルのサーキットコースを1周。それが今回のレギュレーションだという。


 もう少し長く走るレースなら、途中、コンソールで竜のスキル調整などを行うピット作業がある。ピットインするときは竜を降りて作業しなければならないが、今回はその必要もない。


「大事なのは速く飛ぶことと……まぁ、楽しんで飛ぶことかな。なんか精神論みたいだけど」

「た、楽しんで、ですか……! がんばります!」

「がんばるようなもんでもないんだけど、頼もしい返事をありがとう」


 実はクルスの見る限り、アルマは飛ぶことに対するモチベーションが高い。最初はさほど高いわけではなかったが、上達に比例してぐんぐん伸びているように見える。

 ただ、本人にその自覚はないようだ。


「このオーダーメイドの鞍もかっこよくてテンションあがりますね!」


 人間に戻った拍子に外れた鞍を、茂みの中から引きずりあげ、嬉しそうに言うアルマ。

 鞍は竜を着飾らせるドレスのようなものだ。個人的には、気合を入れたものを用意してやりたかった。懐に忍ばせていた500年前の金貨がすごい高値で売れたので、アルマの鞍はそのあぶく銭で作っている。


 ただし、


「人間に化けるたびに外れて付け直しになるのが……ちょっと大変だな」

「それは……あっ、すみません」


 アルマは少しだけ恥ずかしそうに、鞍で身体を隠した。

 竜の姿をしているときは照れないくせに、人間態での裸を見られることを恥ずかしがる。やはりアルマのメンタリティは、竜よりも人間に近いものを感じる。


 本人が竜と自称しており、コンソールで問題なく情報を読み取れている以上、アルマが竜種であること自体は間違いないはずなのだが。

 やはり付き合いが長くなるほど、ただの竜ではないと感じる。


「(まぁ、いま、深く考えても仕方ない、か)」


 今考えるべきはレースのことだ。

 そして、その点において、特訓に臨むアルマは真剣そのものである。ならば何も問題はない。


「よし、アルマ、休憩したら街に行くぞ。竜の姿に戻っておくんだぞ」

「はいっ。い、いよいよですね……!」

「ああ」


 クルスは、片手に握ったコンソールを振って、頷いた。


「パブリックレースのエントリー開始日だ」





「では次の方、どうぞー」

「はーい」


 その日、リュートシティサーキットのレースエントリーには、長蛇の列ができていた。


 月一で開催される、この“リュートシティパブリックレース”。そのエントリーの受付日では、さして珍しくもない光景らしい。


 必要な書類に記入し、参加料を支払い、コンソールの情報を登録するだけで誰でも参加できるレース。

 そうした事情だから、お気に入りの愛竜と共に記念参加をするアマチュアレーサーが大半を占める。参加者の多さから、レース自体は何回かに区切られて行われ、最終的には1周のラップタイムを競って大会全体の優勝者を決める。

 そして優勝者には、以降プロレースへの挑戦資格が与えられる。


 レースであると同時に、トライアルでもあるこのパブリックレース。これがプロレーサーへの、文字通り登竜門ということだ。


「ぎゃ、ぎゃうう……」

「ほら、緊張してんのか。行くぞ」


 アルマの首ひもを引っ張って、受付の前へと進んでいく。


 彼女は完全に怯えた様子で、周囲をきょろきょろと見回していた。リュートシティは何度も来ているはずだし、竜の姿で訪れたことも初めてではないというのに、これではおのぼりワイバーンだ。


「書類とコンソールを確認させていただきますね」

「はい、どうぞ」


 クルスは受付に座るお姉さんに、書類とコンソールを渡した。

 その間、他の検査員がアルマの体長や翼開長などを測定している。アルマが怯えた目でクルスを見てきたので、クルスは口パクで『がんばれ』と言っておいた。


「あら、ずいぶんクラシックなコンソール……。気合が入ってますね。今どきこういうの高いでしょう?」

「いやあ、ははは。まあそれなりに」


 受付のお姉さんからきわどい質問をされるので、適当に流す。


 なにせ500年前のコンソールだ。原理は現在使われているものと同じなので、理論上登録は可能なはずである。中のデータを仔細に調べられるとちょっと困るが、登録されるのはコンソールのID情報だけで、クルス本人のことも、アルマのスキルのことも、運営側に見られるわけではない。


 受付のお姉さんは、コンソールを卓上の機械に通し、なんらかの操作をしている。

 ここ数日はアルマの特訓に付きっ切りで、あまり意識をしていなかったが、500年後の世界には未知の技術や機械がそこら中に転がっているのだ。この辺は、一度レースが終わったらじっくり見て回りたいが。


「クルス・ファブロスさんと、飛竜アルマファブロス……はい、登録完了です! レースがんばってくださいね!」

「はい、がんばります」


 当たり障りのない会話をして、列を外れる。エントリーナンバーの書かれたゼッケンを受け取ったところで、クルスはようやく、胸をなでおろした。

 なお、クルスは当然偽名を使った。本名を使っても冗談としか受け取られないのはわかりきっているからだ。


「いやあ、さすがにビクビクしたけどなんてことはなかったな。これであとはレースだけだ! なぁアルマ」

「が、がぅ……」

「なんだ。やけにおとなしいな。緊張すんなって。レースはまだなんだからさ」

「がう、が……がうう……」


 クルスがアルマの首筋あたりを軽く叩く。

 そうしてアルマを落ち着けて、いったん家に戻ろうか、と考えていたときである。


 エントリー会場の出入り口あたりに、人だかりができていた。


「お?」


 人だかりの中央には、ひとりの青年。彼を取り囲む人々は一様に黄色い歓声をあげている。

 長めの前髪で片目を隠しており、レザージャケットとマント、そしてハットという装いが特徴的な男だ。さらに「1」と書かれたゼッケンを着ており、燃えるような赤色の走竜ラプトルを連れている。


「なんだ、あいつ……?」

「ぎゃうお?」


 首を傾げる二人。どうやら出場選手のようだが、すごい人気だ。


「あれはジョニー・ザ・デッドヒートと、ファイヤーボールゴッドスピード」


 クルス達が困惑していると、その背後で、親切な人が丁寧に解説をしてくれた。


「今回のパブリックレースの、優勝候補筆頭さ」

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