6th lap アルマ、特訓する
「さて……」
クルスにはアルマの竜騎手として、レースに出るという目標ができた。
クルスとしても、アルマに何とか恩返しをしたかったところだ。それが自分の目標と繋がるなら、歓迎すべき話である。
ただ、このままクルスはアルマの家に居候させてもらう形にはなる。行く宛てのない身としてはとても助かるのだが、アルマは自身の正体を隠して生活しているため、クルスは一人暮らしする年若い少女の家に転がり込んだ素性不明の男ということになる。世間体はたいそうよろしくない。
「あまり彼女に迷惑がかからないようにしよう……」
部屋の数も余裕があるわけではないので、寝室はひとつだ。
クルスはベッドに腰かけ、リュートシティで買った幾らかの書籍に目を通した。
ドラグナーレースに関する本だ。竜の育て方の基本は500年前と変わっていない。知識の更新は必要だが、当時のノウハウはそのまま生かせそうだ。
「とはいえ……」
クルスは、起動したステータスコンソールの画面を睨む。
ステータスコンソールは、竜騎士が竜の育成やコンディションチェックに用いる小型の魔導端末だ。
現在は、一般にも簡略化されたものが普及しているらしい。長方形の薄い石板のようなもので、水晶ガラスの画面には登録された竜種のスペックが投影される。アルマの情報は登録済みだ。
スペックは数値化されており、また、竜種が個体ごとに習得する“スキル”も、ここに表示される。
“スキル”は、竜種の経歴や技能を具体化・体系化したものだ。
これを可視化し、手を加える技術が、500年前の時点ではすでに存在していた。
多くの経験を経て、竜種はスキルを習得する。だが、同時に効果を発揮するスキルは5つまで。この5つを、竜騎士たちは“スキルスロット”と呼んでおり、その呼び方は現在もなお受け継がれている。
スロットにセットされるスキルは、複雑な条件によって変動する。これを調整するための装置が、ステータスコンソールである。
コンソールを使えば、登録した竜のスキルをセットし、ロックをかけることができる。
この五つのスキルスロットの使い道が、竜騎士の腕の見せどころというわけだ。雷雨の中を飛ぶのであれば<雷避け>のスキルが欲しいし、夜間飛行には<暗視>が欲しい。レースであってもそれは同じだ。直線に強い相手と競るなら、<高速飛行><魔力噴射>は欠かせないだろう。
だが、
「確かに、変わった竜だ」
クルスは呟いた。
本人が弱い、と言っていた通り、基礎数値はぱっとしない。
だがそれ以上に気になるのは、5つのスキルスロットのうち、2つが固定スキルにより埋められていることだ。
固定スキルは、その竜固有のアイデンティティ足り得るスキルで、所有している方が珍しい。いわばずっとロックがかけられている状態で、外すことができない。例えば、レジエッタであれば<古代竜の直系>という固定スキルを有している。
こうした竜は、他の竜よりも少ないスロットでスキルをやりくりをしなければならない。
その固定スキルの内容も問題だ。レースに役に立つものであれば良かったが、そうではない。
固定スキルのうち、ひとつは<完全擬態:人間>。
これは納得ができる。というかまぁ、人間に化けているのは、何かしらのスキルか祝福の効果だろうと思っていた。
そしてもうひとつ。<????>と表記されたスキル。
これが謎だ。スキル名が表示されない理由は主に二つ。竜自身がそのスキルの開示を拒んでいるか、あるいは知らないか。
アルマの妙なところは、低いスペックや固定スキルにとどまらない。本来ならば竜種が有しているはずのもの――一般的に“祝福”と呼ばれる精霊の加護が、彼女にはなかったりする。
どうやらアルマファブロスには、まだ込み入った事情がありそうだった。
翌日、ついにレースに向けたアルマの特訓が始まる。
まずは空に慣れるところから初めてもらわないといけない。森の中には少し開けた場所がある。アルマはそこから離陸し、空を飛ぶ練習をはじめた。並行して、<高速飛行>のスキル習得を目指す。
クルスは椅子とテーブルを引っ張り出し、そこに日傘を差して、購入した書籍に目を通していた。
とにかくドラグナーレースへの出場は初めてだ。ルールに関しては熟読しておかないといけない。
クルスがこれまで駆け抜けてきた戦場は、目的さえ達成すれば過程は問わないものがほとんどだった。ゴールや中継地が設定されていることはあれど、どういった飛び方をし、どこを飛べば良いかは自由。
だが、クルス達が参加するのは、リュートシティサーキットで開かれるサーキットレースである。厳密にコースが定められているものだ。
ドラグナーレースのサーキットは、地上のコースを中心にチューブ状に展開される。チューブは光学魔法によって表示され、騎竜の体長の5割以上が外に出ればコースアウト。3度コースアウトが確認された時点で失格となる。
サーキットチューブの中でさえあれば、空を飛ぼうが地中を進もうが自由なのがドラグナーレース、ということらしい。
「チューブの直径は40メートル……。なるほど」
直系40メートルということは、飛行可能な最大高度は20メートル、地中潜航の場合も地下20メートルまでは潜れるということだ。しかし地表から離れるほど、コースの横幅は狭くなる。
「それでもアルマの翼開長は8メートル程度。割と高度ギリギリを飛んでも大丈夫そうだな」
チューブの広さ次第では、<低空飛行>スキルも必須だったところだが、その心配はなさそうだ。
「アルマ、調子はどうだ!」
「ぐぉうっ!!」
空を見上げて尋ねると、アルマが元気よく吠え、空からゆっくりと降下してくる。
かなりの期間を人間として過ごしていたアルマは、竜としての飛行経験がほとんどない。飛び方はあまり上手とは言えないものの、空を飛ぶこと自体はずいぶん気持ちよさそうだった。
クルスにとっての懸念は、アルマの竜種としての自信のなさだった。
自信のなさは飛び方にも表れる。だが、少なくとも現状において、それは杞憂のようだった。
「なかなかサマになってるじゃないか。良いぞ」
「がうがうっ」
クルスは竜を褒めて伸ばすタイプだ。
というか、クルスの竜騎士仲間はだいたいそうだったが。
首筋から顎のあたりにかけての甲殻を撫で、アルマの上達を褒める。アルマに人間の姿があることを考えると、なかなかきわどいボディタッチだが、彼女はまるで大型犬のように心地よさそうにし、長い尻尾をだらんと地面につけている。
「飛び方でわからないこととかはあるか?」
「がぅぅぅ……う?」
「あー……」
クルスは苦笑いを浮かべた。
アルマは竜の姿を取っている状態では、声帯が人間と異なる。人間の言葉をしゃべることはできない。
言葉が通じないことを申し訳なさそうにするアルマに対し、クルスは人差し指を立ててこう言った。
「それは羽ばたきに余計な力が入ってるんだと思うな。羽ばたきは、身体を上に押し上げたり、滞空したりするための動作で、飛行の基本は滑空だというのを意識しよう。アルマは飛竜としては小型寄りの中型だから、風を掴むのはそんなに難しくないと……」
「よくわかりますね!?」
一瞬で人間に戻ってからのアルマのツッコミは、めちゃくちゃ早かった。