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5th lap 約束

「あ、あの、じゃあ、ちゃんと見ていてくださいね」


 日が暮れる前に、クルスたちは、アルマの家へと帰っていた。


 サーキットコースで見たレジエッタに、後ろ髪を引かれる思いがあったのは間違いない。


 それでも、あのままリュートシティで一晩を明かすわけにもいかなかったし、アルマにはしっかり確認しておきたいこともあった。

 そのうちのひとつが、これだ。


 アルマは、居間でクルスと二人きりになると、おもむろに服を脱ぎだした。

 陶磁のように白い素肌が、窓から差し込む夕陽を反射する。クルスは、ベッドに腰かけたままそれをじっと眺めているわけで、なんだか妙な気分にはなってくる。


「あ、あんまりじろじろ見ないでください……」

「いや、アルマが見ろって言ったんじゃん……」

「そ、それはそうですけど……!」


 ついに一糸まとわぬ姿となったアルマは、背中をこちらに向けている。

 ずっと気になっていた尻尾の付け根は、案の定、人間でいえば尾てい骨がある部分の先から生えていた。


「じゃ、じゃあ、行きます……!」


 そう言うと、アルマは小さく息を吐き、その両手をそっと床につけた。


「あ、う……ぐうううぅぅぅぅぅぅっ……!!」


 アルマのあげる唸り声は、少しずつ、人間のそれからかけ離れていく。

 透き通るような肌には、ゆっくりと鱗と甲殻が浮かび上がり、少女の体躯は鋭さを帯びて肥大化する。尻尾が何度も床を叩き、両腕からは骨格が分化し、巨大な翼膜を形成していった。


 振り向きざま、アルマの金色の瞳は、その瞳孔の形状を明確に変化させる。


 竜眼、と呼ばれる特徴的な瞳だ。


「うおお……」


 クルスが小さな感嘆を漏らす頃には、アルマの姿は体高2メートル、尾先までを含めた全長が6メートルほどの、中型飛竜ワイバーンの姿へと完全に変貌を遂げていた。


 さすがのクルスも、人間が竜に変化するのを見るのは初めてだ。彼女の言を信じるならば、竜が人間に化けていた、とするのが、正しいところだが。


「アルマって、その状態でも喋れるのか?」

「がうう……」


 クルスの問いに、飛竜は悲しそうにかぶりを振った。


「そりゃそうか。発声器官がないもんな」


 クルスは、アルマに近寄り、その白い甲殻をそっと撫でる。肩のあたりから、首筋、顎先に至るまで。

 まだ若く華奢な個体だが、健康体だ。甲殻自体も健全に成長しているように見える。体長の半分近く、3メートルにも達する長細い尾を持つため、その背は人間を乗せるサイズとしては最小クラスだが、それも大した問題ではない。


 この分なら、騎竜として運用するには全然問題ないだろう。


「うん、いけそうだ」

「ぐぉう!」


 クルスがそう言うと、アルマは嬉しそうに笑った。





 リュートシティで、アルマはクルスに自分が竜種であると告白した。

 人間としての姿は仮初にすぎない。本来の姿は、飛竜ワイバーンタイプの竜種であると。


 突拍子もない告白ではあった。アルマも、もっと機を見て話すつもりであったと言う。

 だが、クルスはさほど驚きはしなかった。むしろ、合点がいった。


 アルマが人目につかないところでひっそりと暮らしている理由も。

 森の中で倒れていたクルスを、家のベッドまで労せず運べた理由も。

 そして、家の扉が人間が使うにしてはやけに大きな理由も。


 もちろん、人間の姿をした竜の話など聞いたことがない。まだ疑問点はたくさんある。それでもクルスは、自分でも意外なほどあっさり、その言葉を受け入れられた。


『アルマを使え、ってのは……』


 なんにせよ、サーキットの観覧席で話すようなことではない。

 リュートシティからの帰り道、クルスはようやく、その話題に触れた。


『はい、わたし、クルスさんの騎竜に立候補したいんです』


 アルマは、クルスの前の回り込み、正面から顔を見つめてくる。


『……俺でいいのか?』


 クルスが念を押すように尋ねたのは、竜種の背中が決して安いものではないと知っているからだ。


 竜は誇り高い生き物だ。その背を預けるに足る信頼を積み重ねなければ、乗ることは許されない。昨日出会って、今朝言葉を交わしたばかりのクルスは、それだけの信頼を積み重ねているとは、到底言えないだろう。


『クルスさん、言ってましたよね。弱い竜なんかいない。……何でもやり方次第だって』

『……うん。ああ、言った』


 リュートシティで子供たちに向けた言葉だ。アルマは、その言葉の後、静かに続けた。


『わたし、捨てられたんです。子供の頃に。弱い竜は必要ないのだと、そう言われました』


 ぽつり、ぽつりと、アルマは言葉を繋げていく。


『捨てられ、野生で暮らしてわかりました。竜として生存するために必要な、あらゆるものがわたしに欠けていたんです』


 そこで言葉を区切り、アルマは自分の両手を見た。


『ご覧の通り、わたしは、人間に擬態するのはとてもうまかったですから。人間としてひっそり暮らす方が向いていました。すると自分が人間なのか、竜なのか、それとも別の何かなのか。だんだんわからなくなってきます』


 顔を上げ、クルスを見て、不安そうな顔を作るアルマ。


『あの丘の上の小屋からは、リュートシティのサーキットで飛ぶ竜の姿が見えました。翼を広げて大空を飛ぶのは、とても気持ちがよさそうで。でも……それは、わたしが憧れて、良いものなのかな、って……』

『アルマ……』

『でも、クルスさんの言う通り、どんな竜でもやり方次第で輝けるんだったら……! わたしが、翼に憧れを託しても許されるんだったら……! わたしは……!』


 懸命に言葉を紡ぐアルマの横顔を、平原に沈む夕陽が煌々と照らし出す。


『……本当は、クルスさんはわたしなんかより、もっとレース向きの竜を探してパートナーにした方がレジエッタさんに近づけると思うんです。だから、これはわたしからのお願いなんです』


 アルマが、その告白通り『弱い竜はいらない』という理由で捨てられたのなら、確かに全体的なスペックに難があるのだろう。その身体能力は、おそらくレースにも直接影響する。

 適した竜を探そうと思えばいくらでもいる。その通りかもしれない。


 増して、話を聞く限りはアルマが人間に擬態して過ごしていた時間は、竜種として過ごしていた時間よりも、長い可能性すらある。そもそも、人間に擬態できる竜種というのが、クルスの経験上初めて見る存在だ。何かの特殊なスキルの効果か、それとも、精霊による“祝福”の影響なのか。


 クルスは大きく息を吐くと、アルマの頭に、そっと手をやった。


『そうだな、やるか』

『えっ……、あ、えっ!? い、いいんですか!?』


 クルスの返答があまりにも予想外だったのか、アルマは驚いたように目を見開く。


『ああ。500年前のロートルがどこまでやれるか、わからないが』


 竜騎士は、決して竜の頼みは断らない。


『あの、そもそも、わたしが竜種だって話だって突拍子もないし。あっさり信じてくれたことも……その、びっくり、っていうか……』

『アルマは俺のことを信じてくれただろ。信じるよ』


 それにそもそも、自分を助けてくれた彼女の頼みを無碍にして会いに行ったとあっては、それこそレジエッタには愛想をつかされるだろう。アルマの望みに背を向けるような自分ではありたくない。


 弱い竜なんていない。アルマは決して、弱くなんかない。


 あの時、子供たちに向けた言葉が、彼女にもなけなしの勇気を与えていたのなら、その勇気に報いずして何が伝説の竜騎士か。


『アルマ。もう一度、おまえの望みを俺に聞かせてくれ』


 クルスが正面から尋ねると、アルマはわずかな逡巡を見せ、それから意を決したようにうなずく。


『……わたし、竜としての自分に、ずっと自信を持てずに、生きてきたんです』

『ああ』

『それでもわたし、レースに出たいんです。わたしを、勝たせてくれませんか?』

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