4th lap 思いがけぬ再会
ドラグナーレース。
白竜大戦終結の後、この世界に大きな争いはなくなった。竜騎士たちは、竜を傷つける戦に身を投じる必要はなくなり、代わりにその純粋な速さを競わせる戦いが、人々の関心を呼んだ。
それが竜騎士競争だ。
このリュートシティは、ドラグナーレース発祥の地でもあるらしい。
「なるほどなぁ……」
レースは竜種を限定せず行われる。すべての竜種が公平に競えるようルールが整備され、飛竜も牙竜も走竜も蛇竜も、騎手と共に同じサーキットを駆け抜ける。
建物自体は、円形闘技場を半分に割ったような形をしていた。サーキットコースはとても長く、エッサントゥマ平原の外へと続いている。アルマの話では、1周24000メートルあるそうだ。今はレースが行われていないが、観光客はそれなりにいる。
「レース、楽しそうだな」
クルスがぽつりとそうつぶやくと、アルマは横ではっとを顔をあげる。
「クルスさん、やってみたいと思います?」
「まぁ、そうだな……」
クルスは少し考え込む。
「さっきの、アルマの提案もあるしなぁ……」
それに、どのみちこの時代でも食い扶持は稼がねばなるまい。
素性不明の人間である自分が、騎士団に入るのも難しいだろうし。
おそらく竜騎手もそれなりの賞金を得られる職業だろうから、この時代での職探しとして悪くはないかもしれない。
「それで、レースに出たいっていうのは……」
会場の外で聞いた言葉を、クルスは蒸し返す。
「アルマにも、相棒の竜がいるのか? どんな奴だ? 飛竜? 牙竜? 足の速さでいくと走竜ってこともあるか?」
「え、あの。実はそのことなんですけど……」
アルマは少し口ごもる。言葉の続きを辛抱強く待とうとしたクルスだったが、すぐに意識は、背後へと持っていかれた。
「――なぁ、あれ、レジエッタじゃね?」
一瞬、聞き間違いかと思った。クルスがはっと振り向き、声にした方を向く。
「本当だ。カナード王子とレジエッタだよ」
遥か広がる平原の上空。遠方よりゆっくりと飛来してくる飛竜の編隊があった。サーキットの客席に立つ何人かは、遠眼鏡を手にその姿を認めているようだった。
クルスは焦りと共に目を凝らす。そんなはずはない。だがいや、まさか。
徐々に大きくなってくる飛竜の編隊。その先頭を飛ぶ竜に、クルスは見覚えがあった。
「レジエッタ……」
銀色の甲殻は、陽光を反射して煌びやかに輝く。見間違えようはずもない。500年の歳月が流れようが、彼にとってはほんの一日前に別れたばかりの相棒なのだ。あの時は傷だらけだった身体は、重みと鋭さを幾らか増しているように見えた。
「まさか、本当にレジエッタなのか……!?」
銀翼竜のレジエッタ。
500年前に共に戦った、クルスの愛竜だ。火の精霊の加護を受け、帝国との戦いでは多くの邪悪を退けた。クルスの名前が伝説として伝わっているのであれば、彼女もまた、そう伝わっておかしくないだろう。相棒と死に別れた悲劇の竜として。
だが、
飛竜の寿命は、個体差こそあれど長くても200歳。
500年以上前の個体が現在も生き延びているとは考えづらい。
だからこそ、クルスは再会はないものと思い込んでいたのだが。
「見ろよ、銀翼竜のレジエッタだ!」
「すげぇ、本物か!?」
「王立公園の渓谷から出てこないんじゃなかったのか?」
周りの人間たちは、口々のレジエッタの名を口にする。
エッサントゥマ平原に突き出したリュートシティサーキットの観客席。人々はみな、歓声と感嘆をもって、“彼女”の降臨を見守っている。
大きな翼を緩やかに振り、大型の猛禽を思わせる仕草で、その竜は厳かに着陸した。
「レジエッタ……!」
あの時傷だらけだった甲殻は、白銀の光沢を取り戻し、聖竜王国でもっとも美しいと言われたその威容を取り戻している。生きた彼女を目の当たりにしただけで、クルスの手は震えが止まらなくなる。
「どういうことだ……。なんでレジエッタが生きている……?」
「あ、あのう……クルスさん」
後ろから呼ばれて、クルスははっとする。振り返ると、そこにはフードをまぶかに被った少女、アルマの姿がある。
「あ、わ、悪いアルマ。それで、レースに出たいって話……」
「いえ、良いんです。あの、すいません。最初に全部言うとびっくりするから、ちょっとずつ説明しようと、思ってたんですけど……」
アルマは、クルスの真横に並び、ガラスの向こうを見る。
レジエッタと並び、他に何体かの飛竜が、サーキットに着陸している。そのうち、一番大柄で煌びやかな鎧をつけた竜には、やはり煌びやかな装いをした若い男が乗っていた。
周囲の客たちが『カナード王子だ』とつぶやくのが聞こえた。
「説明、って、レジエッタのことか?」
「はい」
「じゃあ、知っていたのか? レジエッタが生きているって」
批難を言葉に込めたつもりはないが、自然と早口になっていた。
アルマは、クルスを見て、頷く。
「彼女だけじゃありません。鉄凱竜のギグルガン、風翠竜のサヤバシリ、天紅竜のジオラス……白竜大戦で活躍した竜たちは、その功績を精霊王たちに讃えられ、悠久の命を授かったと聞いています」
「やっぱり、本物なのか……」
「だと思います。もちろん、証明する手段なんてないんですけど、でも、クルスさんが本物だと思ったのなら……」
「そうか……」
会いに行きたい。今すぐに。
クルスはその思いを飲み込んだ。現実的じゃない。
レジエッタは見る限り、この国の王族からかなり丁重な扱いを受けている。生ける伝説と言って差し支えない存在なのだ。当然だろう。
伝説の竜騎士として、この時代に名が知れ渡っているクルスだが、実情は素性不明の風来坊のようなものだ。いきなりレジエッタに会わせろと言っても聞いてはもらえまい。
「あのう、クルスさん」
アルマが、ためらいがちに言った。
「うん?」
「あの、実は王立公園の管理をしているカナード王子って、レースがすごい好きなんです。優秀なレーサーをパーティーに招待するくらい」
「レースで良い成績を出せば、王子には会えるかも、か……」
いま、レジエッタの隣にいるのがそのカナード王子らしい。
レジエッタが、今は王立公園というところで暮らしているのは、周りの会話からなんとなく理解できている。カナード王子に話を通すことができれば、レジエッタに会うことはできる、かもしれない。
問題は、カナード王子に話を通したところで、レジエッタが会ってくれるかどうかだな。
なにしろ500年もほったらかしにしていたのだ。あんな酷い別れ方をしておいて。
会いたい、というのは、虫が良すぎる話かもしれないが。
それでも、会いたいという気持ちに偽りはない。
クルスは、通路の奥の方まで下がった。口元に手をやり考え込む。
「じゃあ、俺がアルマのコーチをして、それでアルマが勝てば、俺もカナード王子に会って話ができるかもしれないとか、そういう話か?」
「あ、ああ、あの! 実は、そのことで……!」
「うわっ、びっくりした」
クルスの呟きにかぶせるようにして、アルマがいきなり、大きな声をあげた。
「どうした、アルマ」
「あのっ! あの、よ、よかったら、わたしを、使ってくれませんかっ!」
「はい?」
アルマは、自らのフードをばっと外す。通路に立つ人々は、みな、レジエッタとカナード王子へと注目しており、こちらを気に掛けるものなど一人もいなかった。
外れたフードから、癖のある銀髪が大きくこぼれる。二本一対の角が伸び、天に向かって主張していた。
「落ち着けアルマ。使ってって言い方はさすがにどうかと思うぞ。この場合はあくまで協力関係っていうか……」
「あ、あのっ! 最初に全部言うとびっくりするから、ちょっとずつ説明しようと思ってたんですけどっ!」
その言葉は、これからする告白が、いずれは告げられるものであったことを意味する。先ほど言いかけた話と関係があることも。
そして、その次に彼女の口から飛び出したのは、クルスも予想だにしない言葉だった。
「わたしも竜種なんです!」




