3rd lap レースをしようよ
子供たちが興じているのは、竜種に速さを競わせるレースのようだった。
この公園には特設のトラックコースがあり、そこに自身が連れている竜を走らせる。そして、連敗の憂き目にあっているのが、少女と彼女の連れている牙竜だ。
子供たちはよってたかって、敗者である牙竜と、そのパートナーである少女をはやし立てている。
で、その結果、彼女の発した言葉が、
「パピーは弱くないもん! パピーをバカにしないで!」
と、いうわけだ。
「なに言ってんだよ。じっさい負けてばっかりじゃん」
「弱いじゃーん。強いってんならしょーこみせろよー」
「ううう……」
目に涙を溜める少女。
周りに保護者の姿はない。他の大人たちも声をかけに行く様子はない。
「ふむ……」
アルマは飲み物を買いに行ってまだ戻ってこない。
クルスはゆっくりと腰をあげた。
「こらこら、竜種を喧嘩のダシにするもんじゃない。あまり関心しないぞ」
「うわっ」
「な、なんだよおっさん! 大人には関係ないだろ!」
背後からかけられた声に、慌てふためく子供たち。クルスは、にこにこと笑いながら腰を落とし、少年たちと目の高さを合わせた。
正直、人間の子供をあやすのは死ぬほど苦手だ。竜の子供なら楽なのに。
「大人に見えるところでやっといて、『関係ないだろ』は無理筋ってもんだよ。あんまりその子たちをいじめないように」
「で、でもよ! そいつが負けを認めないんだよ!」
少年が声をあげ、批難がましく少女を指さす。クルスは、その指をそっと下ろさせてから、少女を見た。
「そいつの牙竜、遅いし弱っちいし、俺たちには全然勝てないんだよ。弱いやつを弱いって言って何が悪いんだよ!」
牙竜は、尻尾を丸め込み、顔を下げている。少女は今にもまた泣きだしそうだ。
クルスはため息をつき、おそらくリーダー格であろうその少年の目を正面から見据えた。
「弱い竜なんていない。あの子は弱くなんてない。撤回してあげて」
「な、なんだよ! じゃあそいつは俺たちに勝てるっていうのかよ!」
「勝てるよ」
「はぁ!?」
見ず知らずの大人があっさりとそう言ったので少年は面喰った表情をする。
それから、クルスは少女のほうに向きなおり、彼女が庇っている牙竜のパピーを見た。
「君のパートナーは、君が弱くないと主張している。パートナーを嘘つきにしたくはないよな?」
「ば、ばう!」
「良い子だ。俺の言うとおりに走ってみてくれ」
パピーにそっと耳打ちをするクルス。その間、少女は驚いた顔で、クルスを見ていた。
「そんな顔するもんじゃないよ。パピーが弱くないと言ったのは君なんだから」
「う、うん……」
リーダー格の少年は、自身の相棒である牙竜に声をかける。
「くそっ! 大人が勝手にしゃしゃり出やがって! 恥をかかせてやれ、ブロッケン!」
同じ牙竜同士のレース、竜齢もさして変わらない。竜種はそもそも個体ごとに別種と呼んでよいほど個体差が大きな生き物だが、それでも同じ土俵で戦えば、どの竜が勝てて、どの竜が勝てない、ということはない。
トラックと同じ位置に、二体の牙竜、パピーとブロッケンが並ぶ。他の子どもたちは見守っていた。
「よーい、スタート!」
クルスが声と共に手旗を振ると、二体はいっせいに走り出した。
まず直線を飛び出すのはブロッケンだ。すらりとした手足で、ぐんぐんと加速していく。
「速い!」
「さすがはタカシくんのブロッケンだぜ!」
周りに子どもたちが歓声をあげる。
パピーは、ブロッケンの背後にぴたりとくっついたまま離れない。それでも、少しずつ距離が離されていく。
「ははは! さっきより遅ぇじゃねーか! そのまま突っ走れ、ブロッケン!」
二体の竜は、コーナーへと差し掛かる。はらはらした様子で見守っていた少女はたまらずに大声をあげた。
「パピー!」
パピーは、目を見開き、そのまま少しずつ前に出る。
「なにっ!」
驚いた様子を見せるタカシ少年。楕円形のトラックコースを半周しようかというとき、パピーは完全にブロッケンを抜き去った。
「ど、どうしたブロッケン! もっと走れ!」
「グウゥゥゥ!」
ブロッケンは、その長い手足をさらに大きく振り回し、たたきつけるように走る。その直後だ、ブロッケンの長い脚がもつれ、コースの上に大きく転倒したのは。
「ぶ、ブロッケン!」
パピーはその隙に距離を引きはがし、ブロッケンが立ち上がるころには、もう追いつけないところを走っていた。
あっさりとゴールラインをまたぎ、パピーはそのまま少女のところに走っていく。
「パピー!」
「ばう!」
パピーの勝利。少年たちは口をあんぐりと開けていた。
「ほらね」
クルスは言う。それから、タカシ少年とブロッケンに近づき、彼らに目線を合わせた。
「な、なんで負けたんだよ……。スキル調整だってちゃんとしてたのに……」
「勝負を焦ったのが敗因かなぁ。ブロッケンに怪我はないかい」
「あ、ああ……。こいつ頑丈だから……。でもあとで一応、病院には連れて行くよ」
「そうか。君がその子を大事にしているようで何より」
子供たちは、状況がまだ飲み込めていない様子だ。だが、すぐに少女とパピーにわっと駆け寄り、賞賛の言葉を投げかけ始める。しばらくして、そこにタカシ少年も加わり、彼はパピーを侮っていたことを謝罪した。
これで何とか一安心か。クルスはほっと安堵のため息をつく。
「お疲れ様です、クルスさん!」
「うおっ」
すると真横から、アルマが飲み物の入ったコップを差し出してきた。
「さすが伝説の竜騎士です! 連敗続きの竜を勝たせるなんて!」
「いやまぁ、うん。ちょっと大人げなかったかもしれないけど……。どこから見てた?」
「『弱い竜なんていない』、ですかね!」
「じゃあけっこう待たせたね。ごめんね……」
アルマの手から、コップを受け取るクルス。だが、アルマはやけに上機嫌な様子で、首を横に振った。
「良い言葉だと思います。わたし、感激しました」
「そ、そう? なら良かったんだけど」
彼女は目を細めて、再びレースに興じるようになった子供たちのほうへと視線をやる。クルスにはそれが、どことなく、羨ましそうな目に見えた。
「どうしてあの子は勝てたんですか?」
「んー、まぁ要素はいろいろあるかな」
クルスの見立てでは、パピーは手足を小刻みに動かす<ピッチ走行>スキルを有している。コーナーワークに強い効果を発揮するスキルだ。一方、ブロッケンは直線に強い。コーナーを競わせればいい勝負になると思った。簡単に言えばこんなところだ。
竜が個別に取得する体系化された技能――スキルに関しては、説明が長くなる。なので、今は省いた。
「でも良いね、レースで勝負なんて。互いを傷つけあわない分健全で良い」
「この街はドラグナーレースが盛んですから」
聞きなれない言葉に、クルスは首を傾げる。
「ドラグナーレース?」
「はい。あそこに大きな建物がありますよね」
そう言って、アルマは記念公園のさらに奥を指さした。
彼女の言葉通り、そこには巨大な建造物が見える。闘技場によく似ていたが、それよりもさらに大きい。
「あれがリュートシティサーキット。竜騎手と竜たちが、速さを競う場所です」
そう語るアルマの目つきが、どこか遠くを見ているようなのが、クルスには少しだけ気になった。
アルマはそれから、クルスの方を向き直り、じっとこちらを見つめてくる。
「クルスさん、あの……さっきの言葉」
「ん?」
「弱い竜なんていないって……」
「ああ……」
クルスは頬を掻く。改めて掘り返されると少し照れ臭いが。
「竜種の個性なんて、人間以上に千差万別だからさ。なんだってやり方次第だよ」
「なら……お願いがあるんです」
彼女の声は、緊張で少しだけ震えていた。
「クルスさん、わたしと一緒に、レースに出ませんか?」
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