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32nd lap けじめのつけ方

 しばらくして、カナード王子率いる騎士団が、この地下に乗り込んできた。あの老人を逮捕するためだろう。

 途中から静かになったあの老人がどうしたのかと思えば、どうやら最後の大騒ぎの最中、金属竜の破片が直撃して気を失っていたらしい。首謀者と思われる連中はおおよそ生きたまま逮捕ができており、これでクルスを庇いだてするのも楽だと、カナード王子は胸をなでおろしていた。


「クルス殿!」


 そんなカナード王子は騎士団が撤収したのち、クルスに向けて大股で近づいてきた。


「ファンだ! サインをくれ!」

「いきなりか!?」

「いきなりなものか! いきなりというのは、なんの前触れもなく人造竜種であると告白したり、オレに銀翼剣を手渡したりするようなことを言うのだ! 段階を踏め! バーカ!」


 どうやら、諸々の件は根に持たれているらしい。

 まぁ、いろいろごたごたしている最中にびっくりさせることが多すぎたかもしれない。特にカナード王子には。そこはまぁ、ちょっと申し訳ないと思わないことも、ないかな?


 だが、まず言いたい放題言って満足したのか、カナード王子はそのままレジエッタのほうを向いた。


「どうだ、レジエッタ。いまさら紹介するまでもなかろうが、クルス殿だ」

「Gyaoh」


 短く啼いて、レジエッタはクルスを見る。クルスの腕の中にはアルマがいて、そのアルマは、いましがたコンスタンツェが持ってきた布に身体をくるんでいる。

 レジエッタの表情は険しい。まぁ、そうだろうな、とクルスは思っていた。


 レジエッタは、クルスを恨んでいるわけでも、憎んでいるわけでもない。だがそれは、決して彼の罪が消えてなくなることを示すわけではない。愛竜を泣かせたことも、彼女を500年ものあいだ独りにしたことも。クルスには消しえない罪だ。


「な、なんか、すごい気まずい雰囲気ですけど……」


 アルマがか細い声で言う。


「どうするレジエッタ、けじめをつけるなら、おまえの望む方法にしよう」

「Gyau……」


 目をつむり、思案するレジエッタ。やがて彼女が口を開き、語るのを、クルスは聞いた。

 それをクルスが訳すところによれば、レジエッタの言葉はこうだ。


――そうね。


――あなたを見る影もなく無様に負かしたいわ。


――でも、今は戦争の時代ではないと言うから。




――レースで勝負をしましょう。




「えええええええええッ!!」


 真っ先に叫んだのは、アルマだった。


「レース!? ドラグナーレースということか!?」


 続いて、カナード王子も叫ぶ。


「なるほど、おまえらしいよ。レジエッタ」


 クルスは苦笑いを浮かべた。


「ちょ、え? あの、クルスさんとレジエッタさんが駆けっこするわけじゃないですよ、ね……?」


 アルマがおっかなびっくり尋ねると。レジエッタは口元を歪め、おそらくこの500年でもっとも意地の悪いであろう笑顔を見せる。それだけで、レジエッタの意図が、アルマに伝わるには十分すぎた。

 レジエッタが所望するのはドラグナーレースだ。すなわち、竜と竜が競うもの。必然、レジエッタとクルスが争う以上、そこにはクルスの駆る竜が必要になってくる。


 つまりアルマだ。


「わ、わたし、とばっちりじゃないですか!」

「はっきり言っとくが、別にとばっちりでもなんでもねぇぞ」

「うぐっ……」


 レジエッタは、たぶん同時にアルマにも喧嘩を売っている。

 そのきっかけは、アルマ自身にもあるだろう。思い当たる節があるのか、アルマも黙り込んでしまった。それからしばらくして、アルマはレジエッタを見上げる。


「わかりました。受けて立ちます! たかだか3歳の小娘ですが!」


 ばん、とレジエッタは容赦なく、その前脚部をアルマの目の前にたたきつけた。風圧で髪がふわりと揺れるが、アルマは動じない。レジエッタは、それでこそ、と言わんばかりに口元をゆがめた。


「ま、負けませんよ! わたし……!」

「Grrrr……」


 アルマも戦意十分なようで何よりだ。

 クルスは、レジエッタに向きなおって尋ねる。


「でもレジエッタ、わかってるのか。ドラグナーレースには騎手も必要だぞ」


 レジエッタは頷いた。そこも織り込み済みか。


「待て待てクルス殿」


 勝手に納得し、合意が進んでいくなか、ようやくカナードが割って入ってきた。


「レジエッタには誰が乗るというのだ? 彼女を一番速く乗りこなせる男が対戦相手であろう。レースのチャンピオンを呼んで頼み込むことはできるが、レジエッタはこの500年、誰ひとりとして背に乗せたことはないのだぞ」


 腕を組んで難しい顔をしているカナード。妙案閃かず、と言った様子のカナード王子だったが、しばらく考え込んでいてようやく、自分に向けられるふたつの視線に気づいた。


 すなわち、クルスと、レジエッタだ。


 この両者が黙って自分のほうを見ている事実に、カナード王子はしばらく硬直し、その意味を考えた。


「――待て」


 王子の口をついて出た次の言葉は、それだった。


「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て! 何を考えているふたりとも、正気か!? 言っておくが、自分の竜すら持っていない、ずぶの素人だぞ!?」

「王子、残念ながら俺は世界で一番強いレジエッタとは競えない。竜の性能を引き出すには、その竜への理解度が一番重要だからな」


 だが、世界で二番目に強いレジエッタと競う手段は、ある。


 おそらく、この王国で誰よりも、銀翼竜のレジエッタを理解しようとした男がいる。王立自然公園の渓谷に引きこもり、人も竜も寄せ付けぬ谷に足しげく通い、彼女と心を通わせようと努力をし続けた男がいる。


 その男がいなければ、クルスはレジエッタと出会えなかった。

 その男がいなければ、クルスはアルマを助けられなかった。


 その男がいなければ、クルスとレジエッタは、こうしてけじめをつける機会さえ与えられなかった。


 クルスにはわかる。500年の時間を飛び越え、誰一人として味方のいない世界で、アルマは彼にとって救いであった。あれだけの出来事の直後、前を向き続けられたのはアルマがいたからだ。

 レジエッタにとって、きっとその男は、似た役目を果たしただろう。


 でなければ、あのレジエッタが、ここまで信頼を寄せるものか。


「あんたがレジエッタに乗るんだ。カナード」

「だから待てと! 言っている!」


 カナード王子はクルスの言葉を大声で遮る。なかば癇癪を起しているに近い。

 そんな王子に、彼の侍従がそっと近寄り、静かに声をかけた。


「――殿下」

「わかっているコンスタンツェ! そうだ、オレはこの国の王子として、レースのような危ない真似はできんのだ。何かあればクルス殿やレジエッタの責任になるのだぞ。そのような――」


 いくらかいつもの調子を取り戻し、拳を振るって熱弁するカナード王子。

 だが、侍従コンスタンツェは、その王子の耳元に、続けてこう囁いた。


「そろそろ、やりたいことをやってみては、いかがですか?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 鰤/牙さんの書かれる振り回されポジの人大好きです つまりカナード王子最高ってこと
[良い点] 爽やかでとてもよい
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