2nd lap リュートシティ
どうやら、500年の時間を飛び越えてしまったらしい。
クルスがペルフェクティオの渦に消えたのが神竜歴1121年、いまが1619年というから、実際には498年だ。
クルスは自分が思っていたよりも、落ち着いていた。
死ぬ覚悟を決めていたから、というのはあるかもしれない。
レジエッタやアルミリアには、もう会えないだろうという諦観は、最初からあった。
ただ、その諦観を抱えたままこの先も生きるのは、少し辛いか。
「おっまたせしましたー! 準備完了です!」
ベッドに腰かけ、窓の外を眺めていると、元気のよいアルマの声が聞こえてきた。
大きな扉をバンと開いて飛び込んできたアルマは、白いワンピースの上から厚手のローブのようなものを羽織り、背中には大きな荷物袋を背負っている。
「なんか悪いね。あの街を案内してくれなんて言っちゃって」
「いえいえそんな! 伝説の竜騎士を案内できるなんて光栄です!」
そう言って、アルマはローブのフードで頭を覆う。側頭部から生えた角が、すっぽりと隠された。
「自分で言うのもなんだけど、よく信じるね。俺、結構頭のおかしいこと言ったよ?」
「でも、さっきのクルスさんすごく寂しそうでしたし。嘘ついてるようには見えないし。わたし、なんとなくわかるんです。その人間が良い人かどうか」
「そ、そう……?」
アルマファブロスは、500年前から来たというクルスの言葉を信じてくれた。
状況が状況だ。こうして、信じてくれる相手が一人でもいるというのは心強い。
死地に赴くに躊躇はしないが、拾った命を投げ捨てないのが竜騎士だ。右も左もわからぬ未来の世界だが、生きろというのが天命なら、この時代で生きるべきだろう。愛竜を泣かせたその罪もひっくるめて。
だから、エッサントゥマ平原に見えたあの城塞都市を案内してほしいと、アルマに頼んだのだ。
「じゃあ行きましょう! リュートシティに!」
「ああ。案内、よろしく頼むよ」
考えてみれば、アルマは不思議な少女だ。
近くにあれだけ大きな都市があるのに、森の中の掘っ立て小屋でひとり暮らし。
装備を身につけた大の大人ひとりを運べるだけの力。
そして何より、側頭部から生えた角と、臀部から生えた尻尾。
おそらく、フード付きのローブは、その角と尻尾を隠すためのものだろう。クルスを助けたときは、慌てて忘れていたようだが、人前に出るときに着るのだとすると、極力人には見られたくないのだと思われる。
まるで竜種を思わせるような角や尻尾だ。それを持った人間の存在など、クルスは知らない。
この500年で、一般的な存在になったというわけでもないらしい。
「(ま、あまり突っ込んで聞くのも野暮か……)」
クルスは後頭部に手をやり、空を見上げる。
「クルスさん、到着しました! リュートシティです!」
「お」
実際に歩くとそれなりに距離はあったが、件の城塞都市には早々に到着した。
「改めて大きい街だなぁ」
「はい、このあたりでは一番大きな街です」
通行料の支払いと、簡単な手続きを済ませ、城壁の向こうへと入る。
幅十数メートルほどはあろうかという、だだっ広い大通りがまっすぐに伸びており、クルスはまずそれに圧倒された。道を行きかう人々はみな豊かな身なりをしており、これだけの活気ある街は、500年前には見られなかった。
街並み自体は落ち着きのある色彩だが、それでも煌びやかで、洗練された印象を受ける。等間隔に並ぶ街燈や、人が近づくだけで自動で開く扉など、魔導技術を応用した自動化設備が、何より目を引いた。
「おお、竜車が走ってる」
次に目についたのは、竜種が牽引する荷車や客車だ。
牙竜や走竜の中でも、中型クラスの個体が、人や荷物を載せた車を引いて往来している。
「珍しいですか?」
「こういう平和な街で走ってるのを見るのは、珍しいかな。アルマ、あれは?」
物珍しさもあって、クルスはアルマに次々と質問をしてしまう。
身なりの良い老婦人が、小型の蛇竜を首に巻き、リードをつけた牙竜を連れて歩いているのだ。
「あれは多分……あのご婦人と一緒に暮らしている竜種ですね」
「暮らしてる?」
「竜種をパートナーにして暮らす人は多いんですよ。身辺の世話をしてくれたり、してあげたり。高齢の方だと、いざという時に病院へ運んだりしてくれますし」
「なるほど……」
クルスは、自らの顎に手を当てて、その老婦人を見送る。
途中、父親と歩いていたらしい小さな女の子が、老婦人の牙竜に駆け寄り、その頭を撫でていた。老婦人と父親が談笑し、牙竜は女の子に撫でられて心地よさそうだ。
「なるほどね」
クルスは、自然と自分の口元が緩むのを感じていた。
「クルスさん?」
「いや……。良い時代だな、と思ってさ」
500年前、クルスの生きていたころ、竜種は戦争の道具だった。
竜騎士だけが心を通わせることのできる怪物。人々の竜種に対する認識はそうだったのだ。
だがクルスたちは知っていた。竜種は賢く、優しく、そして気高い。人々と支え合うことができる生き物なのだと。
戦争が終わり、平和が訪れれば、そうなってほしいと望んでいた世界。
それが今、目の前にあるような気がした。
このリュートシティは、白竜大戦終結の地として知られているようだ。
クルス決死の突撃は、少なくとも大局的には無駄でなかったことになる。それは少し、ほっとした。
街の中には記念公園があり、石碑と銅像が建てられている。
背が高くやたらとハンサムな竜騎士が、剣を天に掲げて空を仰いでいる像だ。観光客らしき人影が、その像を感慨深げに眺めたり、何やら話し合ったりしていた。
「有名な像なのかな」
そう思って、クルスが像の足元を眺めると、こう書かれていた。
――伝説の竜騎士クルス・バンディーナ・ロッソ
「俺じゃん……」
全然似てないんだが。
「だ、大丈夫! わたしは本物のほうがハンサムだと思いますっ!」
「いや、いいよ。そういうわけのわからないフォロー入れなくても……」
ただ、老若男女が本物のクルス・バンディーナ・ロッソに背を向け、銅像のクルスを持て囃しきゃいきゃい言っているのを見ると、ちょっぴり複雑な気持ちになるだけだ。これもレジエッタを泣かせた罰か……。
どうやらクルスは、白竜大戦を終わらせた英雄として伝えられているらしい。それはそれで事実だが、愛竜を置き去りにして時間を飛び越えてしまった、とんだおまぬけ野郎でもある。こそばゆい。
「……少し、座っていきます?」
クルスの複雑そうな表情を見たアルマが、そう尋ねてきた。
「……そうだな。少し休むか」
「わかりました。飲み物買ってきますね」
公園のベンチに腰を下ろすと、アルマがそう言って駆け出して行った。
「気を遣わせてるなぁ……」
見る限り、アルマは一回り近く年下の少女だ。今後、行くアテがないクルスとしては、彼女しか頼れない状況が少し後ろめたい。せめて何かしら、彼女の役に立てることがあればいいのだが。
クルスがそんなことを考えているときだ。
「パピーは弱くないもん!」
「……お?」
幼い竜を連れた子供たちが、公園の隅で、何やら言い争いをしているのが見えた。
続きはまた1時間後に