28th lap 最高のコンビネーション
「首尾はどうだ、プロフェッサー」
「完璧ですよ。見てください、アルマファブロスの取得スキル一覧を。研究所にいたころでは考えられない。なぜここまで覚醒が進んだのか……。鍵が近くにあったとしか……」
「そうでなくては困る。こちらもリスクを冒した。王立騎士団に嗅ぎ付けられれば……」
「そうなる前にこちらの勝利です。完成さえすれば、王立騎士団など畏るるに足らない。我らは伝説の力を手にするのですから」
男たちの声が聞こえる。
意味するところはまったくわからないが、良くないことなのだろうというのはわかった。
アルマファブロスは、自分の身体を包み込む、冷たい水の存在に気づいていた。これは生まれた時と同じ、ガラス管の中。いっぱいにため込まれた液体の中に、自分が浮いている。
――ここは、どこ
――わたしは、
ゆっくりと目を見開く、アルマファブロス。ごぼ、と口の中から気泡が漏れた。
「おお……目を覚ましたか、アルマファブロス!」
白衣の男が、歓喜に打ち震えた声をあげる。その後ろには片眼鏡の男。
どちらも見覚えがある。“わたし”を暗く冷たい金属の床で育てた、怖い人たち。この人たちは、ときおりこうして“わたし”を冷たい水の中に押し込め、わけのわからない情報を流し込んだ。
そして最後には、森の中へと捨てた。
――かえして
アルマファブロスがつぶやく。言葉は気泡となって消えていく。
――わたしを、あの人のところにかえして
帰りたい。戻りたい。自分を必要としてくれたあの人のところに。
「何を言っている、アルマファブロス。おまえに帰るところなどない」
白衣の男は、機械をいじくりまわしながら、嘲るように言う。
「くだらんレースなどに出てどうするつもりだ。おまえには世界を変える力がある。良いかアルマファブロス、おまえは人間ではない。そして、我々に作られた存在であるおまえは竜ですらない。おまえは――」
――違う!
アルマファブロスは叫んだ。
――わたしは竜だ! あの人がそう認めてくれた! わたしを竜だと! 最高の竜だと!
「ただの竜騎手の妄言に付き合う必要はない。アルマファブロス、おまえは人間でも竜でもない。もっと素晴らしいものだ! おまえは――」
その瞬間、大きな衝撃が、空間全体を襲う。震動に耐え切れず、白衣の男と片眼鏡の男が、大きくよろけた。
「なにごとだ!」
片眼鏡の男が苛立ち紛れに叫ぶ。後ろの扉が開き、白スーツの男が慌てた様子で飛び込んできた。
「て、敵襲です! 空から!」
「王立騎士団か!?」
「い、いえ、それが……」
「なんでもいい、迎撃しろ! プロフェッサーがアルマファブロスを起動させるまでな!」
「は、はっ!」
少し遅れて、室内の大型ディスプレイに光が灯る。外の映像が映し出された。
白衣の男と片眼鏡の男が、そちらへと視線を移した。
「騎士団だとすれば思っていたより動きが早いな。だが、アルマファブロスさえ起動すればこちらの……」
片眼鏡の男が呟きかけ、そして言葉を止める。画面を銀色の巨影が横切るのが見えた。
巨影は大きく旋回し、やがて竜としての全貌を晒す。その段になって、片眼鏡の男も、白衣の男も、そしてアルマファブロスでさえも、言葉を失った。二人の男の視線は竜に、しかし、アルマファブロスの視線はその背に乗る男へと向けられている。
――ああ、よかった
アルマファブロスは、自然と口元に笑みを浮かべていた。
――あの人は会えたんだ。ずっと会いたかった竜に
それが彼の望みだったから。その望みの為に、アルマファブロスは彼に手を貸した。
だが、ひとつだけわからないことがある。
あの人は会えた。だったら、どうして、
――どうして、ここに来たんだろう
「Gyshaaaaaaaaaaaaoooooooooooooooooohhhhhhhhhhhhhh!!」
銀の翼を持つ竜が吼える。その直後、咆哮に耐え切れないかのように、ディスプレイを構成する水晶ガラスが粉々に砕け散った。
鞍もつけない野生乗り。だが一切の支障なし。
クルスを背に乗せたレジエッタは、辺境伯の屋敷を発ってものの数分で、目的地へと到着した。500年のブランクを全く感じさせない、軽快な<曲芸飛行>。山中に見えた施設の周りをおちょくるように飛び回り、レジエッタは得意の火球をお見舞いした。
「しかし、おまえにとっちゃ500年ぶりなのに、またこうして戦いとはな」
「Grrr……?」
「ようやく、戦いとは関係なく竜に乗れる時代が来たって思ったのにさ……!」
クルスが吐き捨てるように言うと、レジエッタは自嘲気味に口元をゆがめる。そこに込められた意図を感じ取ったクルスは、火球により損壊した施設の壁を睨みながら、答える。
「そんなことはないさ。おまえだって、飛ぶのは気持ちが良いだろ、レジエッタ!」
「Gaoh!」
見れば、壁の側面が開き、金属製の筒のようなものがこちらを向いた。あれが何かはわからないが、兵器の類であることは明白だ。対空機能を備えた、遠距離用の攻撃装置。それが、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。
「一気に潰すぞ、レジエッタ!」
クルスは腰から銀色の剣を抜き放ち、レジエッタの背に立った。
レジエッタは翼を広げ、筒に向けて一気に突っ込んでいく。空気をぶち破るようなやかましい音がして、筒からは金属の塊が連続して吐き出された。レジエッタはその塊にかすることなく飛び回り、そのうちのひとつを後脚で鷲掴み、握りつぶす。
クルスはレジエッタの首の上を走り、そのまま鼻先から宙へと飛んだ。
窓を開き、小型の筒をレジエッタに向けていた男に向けて、クルスがとびかかる。
慌てて閉められた扉を蹴り破り、放られた筒を奪い取って叩き折る。そのまま壁を蹴って宙に舞うと、ちょうどよく目の前に戻ってきたレジエッタの背に着地した。
その間、レジエッタは既に、迎撃装置をもうひとつ破壊している。
残るひとつめがけて、レジエッタが飛ぶ。クルスは、レジエッタの額の上に立ち、抜いた剣を彼女の鼻先に向けた。
舐めるような炎の吐息が、剣身を熱していく。白銀の刃は、まるで太陽のごとく赤熱し、クルスはその瞬間、レジエッタの鼻先を蹴って迎撃装置に踊りかかった。
「おおりゃあああっ!」
筒はレジエッタに気を取られ、クルスの迎撃が間に合わない。金属の塊を全て吐き出したところで、赤熱した銀翼剣が、迎撃装置をいともたやすく引き裂いた。残る最後のひとつを、振り回された尾が叩き潰すのは、ほぼ同時だ。
レジエッタは、そのまま屋根の上に着陸すると、綺麗に生えそろった牙をその屋根に突き立て、強靭な咬合力をもってかみ砕く。クルスは、目の前にたらされた7メートルばかりの彼女の尻尾をよじ登って、屋根の上へと向かった。
「さてと、広そうな施設だが……」
クルスがそうつぶやいた時だ。大地を突き崩すような震動があり、長大な影が地面から飛び出してくる。
全長30メートル。レジエッタの全長14メートルの倍以上。翼開長20メートルよりもさらに長い。
蛇竜ティターニア。見たところ、竜齢は100を超えている。
「レジエッタ、あいつは……」
「Grr……」
何か言いかけたクルスを、レジエッタが制す。そのまま自慢の顎でこじ開けた屋根の穴を鼻づらで差し、首をくいと動かした。
「……わかった。任せたぞ」
ここで『すまない』だの『ありがとう』だの言えば、火球で焼き殺されそうだ。
クルスの言葉を聞いて嬉しそうに吠えると、レジエッタは後脚の爪で屋根をひっかきながら、尻尾を何度も打ち付ける仕草をした。威嚇だ。視線は、とぐろを巻きながら舌を出し、こちらを睨むティターニアへと向けられている。
彼女の意思を翻訳するならばこんなところだ。
『かかってこい小娘。いまのわたしは無敵だが?』




