27th lap 銀翼は再び
グリスバーグ辺境伯は即死ではなかったが、深い昏睡状態にあった。
応急手当を施された辺境伯は病院へと運ばれ、白竜財団の息がかかっていたと思われる一部の私設騎士は、屋敷の地下牢へと幽閉される。ティターニアによって半壊した屋敷の中に、クルスは険しい顔のまま、いた。
「クルスさん、連中は口を割りません」
私設騎士のひとりが、クルスにそう言ってくる。
「むしろ白竜財団の拠点については、何も聞かされていないように感じます」
「そうか……」
言葉に苛立ちがにじまないよう、極力注意を払ったが、それも難しい。
アルマが攫われてから、それなりの時間が経つ。白竜財団の仕業であることはほぼ疑いようがないとしても、連中がどこに姿を眩ませたかはわからないままだ。時間と共に進展はなく、代わりに焦燥だけが募っていく。
この国における王立騎士には警察組織としての側面がある。近くの駐屯地から、いずれは王立騎士が派遣され、私設騎士たちは彼らに引き取られることになるはずだ。そうすれば、捜査も始まり、白竜財団の拠点も突き止められる、かもしれない。
だが、それまで待てと言われて、待てるわけがない。
辺境伯に贈られたというペンダントはティターニアに命令を下すための装置であり、これにより命令を受けたティターニアが、地下に用意された専用の個室から、地上へと急襲をしかけた、というところであるらしい。
地下にあるティターニアの個室は豪華なものであり、そこを調べると、クルスは地の精霊による潜航の修復痕を発見できた。これと同じ修復痕をたどれば、おそらくティターニアの向かった先を特定できる。時間がかかることは間違いないだろうが。
今のところ、カナード王子からの連絡はない。
屋敷の使用人から、王子への連絡自体はいっているはずだ。何かしらのアクションを起こしていることを期待したいが。
ここで頼れるのが他人だけというのは、あまりにも情けない。
その情けなさが、クルスをことさらに苛立たせる。
「くそ……」
クルスは、ティターニアの攻撃によって全壊した、薬草の保管部屋に立っている。
床には古ぼけた、一冊の本が落ちていた。古ぼけた本だが、表紙には、鋭い爪の痕がついている。アルマのものだと、クルスにはすぐわかった。
彼女は一度、竜の姿に戻ろうとし、失敗した。その直前まで持っていた本がこれだ。
一瞬。ほんの一瞬で、アルマは攫われてしまった。
白竜財団がアルマを攫って何をする気なのか。考えてみれば、まだ何もわからない。ロクなことではない、と決めつけるのは早計だろうか?
「何を悠長な……」
まともな用件だというのなら、なぜこんな手に出る必要がある。
辺境伯を手にかけ、商会に累が及ぶ危険性。それを考慮したうえでなお、強硬手段に出る理由が、向こうにはあったということだ。
「クルスさま!」
使用人のひとりが、部屋の外からクルスを呼ぶ。
「カナード王子からの通信です!」
「わかった!」
クルスが声のほうへと向かうと、使用人はその手に通信晶石を持っていた。辺境伯の私物らしい。いまだに使い方のわからない道具だが、クルスはそれを受け取り、軽く操作をして耳にあてる。
「王子、俺です」
『言いたいことは山ほどあるが! さっさとテレパを買えッ!!』
苛立ちを押さえて通話に出たクルスに降りかかってきたのは、感情にまみれたカナード王子に叫びだった。
「今そんなこと言ってる場合ですか!?」
『やかましい! 白々しい敬語などを使いおって! オレが今どういう気持ちであなたに通話をしているのかわかるか!? 何が世間知らずだ! 500年前の人間なら、そりゃあテレパの使い方もわからんだろうよ!』
一方的にまくし立ててくるカナード王子。どうやら、すべてバレたらしい。聞いていた予定では、王立公園に行ったあたりだろうから、確かに頃合いではあるが。
『事情は聴いた! 言い訳はせん! オレと辺境伯の責任だ! だが、いま怪我人を責めるのはやめてやってくれ!』
きっぱりと言うカナード王子。
商会は少なくともあのタイミングまで尻尾を見せなかっただろうから、ここで彼らに責任を問うのは無茶な話だ。何より悪いのは実行した連中に決まっている。だが、カナードはそこに有無を言わせる気はないようだった。
『辺境伯の殺人未遂、これは重罪だ。先ほど法務卿に直接進言した。令状はすぐに出る!』
「え? 王子は今どちらに?」
『王城だ』
王立公園から王都までは、丸一日以上かかる距離ではなかったのか? クルスの疑問を、カナード王子は一蹴する。
『事前申告なしでレイラインポータルを使用した件で、オレはあとで国王から大目玉を食らうだろう。だがそれはそれだ。手続きが順調に進めば、あと30分で令状が発行される。オレはその後、騎士団を率いてポータルでそちらへ飛ぶ』
「それまで俺にここで待てと?」
『見くびるなよ。オレが騎士団を率いて向かうのは、あなたがこれから重ねるであろう罪を、法務卿の耳に入れぬためだ。白竜財団の拠点については、こちらから情報を送信しよう』
ぴろん、という軽快な音がしたので、クルスはテレパを耳から話す。水晶ガラス製の画面には、この周辺の地図と、白竜財団の拠点を指し示すと思われるマーカーが表示されている。遠い、というわけではないが、近いわけでもない。どこかしらで竜を探さない限り、移動には時間がかかるだろう。
下手をすれば、王子の騎士団に先を越される可能性すらある。
だが、テレパの向こうで、カナード王子はこう続けた。
『先へ行け、クルス・バンディーナ・ロッソ。彼女の翼であれば、もうじきそちらに到着する頃だろうよ』
「彼女……?」
そのとき、なんの前触れもなく日が陰った。陽光を遮るように、天翔ける巨影。悠然と翼を広げ、白銀色のそれが、風を叩く音を響かせる。
「あ、ああ……ああああ……!」
クルスの後ろにいた使用人が、腰を抜かして空を仰いでいた。クルスも茫然とそれを見上げ、思わず、テレパをとり落とす。
『なんだ、その様子だともう着いたか? オレの方からの用件は済んだ。通話は切っておくぞ』
着陸の寸前、翼をせわしなく動かし、姿勢を整える。危なげのない着地と共に、彼女はその銀翼を地につけ、燃えるような真紅の瞳をクルスへと向けていた。その口には、彼女の持つ甲殻と同じ色合いの儀礼剣がくわえられている。
「レジエッタ……」
かつて、伝説の竜騎士が相棒として駆り、空を自在に翔けた、もっとも美しく、もっとも強き飛竜。火の精霊に愛されし、銀翼竜のレジエッタ。その威容が、そこには降り立っていた。
「レジエッタ、おまえ……」
「Grrr......」
クルスの掠れた声に対し、彼女は口にくわえた剣を差し出してくる。
彼女に会えたらなんと言葉をかけようか。クルスはずっと考えていた。答えはまだ出ていない。
『すまなかった?』 違う。
『俺を許してくれるのか?』 違う。
『どうしてここに?』 違う。
今、レジエッタが望んでいるのはそんな言葉ではない。誇り高き竜であるレジエッタは、そんな、答えのわかり切った情けない問いかけなど求めてはいない。
彼女が欲しているのは、覚悟と決意と傲慢さだ。
目標を掲げ、それに邁進する意思を見せたものにこそ、レジエッタは背中を許す。
「アルマが攫われた。おまえも見たあの白い竜だ。助け出すには、おまえの力が要る」
真紅の瞳が、クルスを射抜く。クルスは、それをまっすぐに見据えながら言った。
「俺と一緒に飛んでくれ、レジエッタ」
口元を緩め、フッと笑うレジエッタ。その直後、彼女は翼を広げ、天に向けて咆哮をあげる。
500年を生きた飛竜の咆哮は、あらゆる命を委縮させる王の雄叫びだ。だがこの時、それは明確な歓喜を伴って、周辺一帯の森を揺るがしていた。




