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26th lap 西へ向かって飛べ!

蛇竜サーペント!?」


 クルスは、突如、屋敷の天井をぶち破って姿を見せたその竜を見て、叫んだ。


 全長30メートルはあろうかという大型の蛇竜。手足の存在が確認できない、いわゆる完全ワーム型と呼ばれるタイプの個体だ。

 屋敷の庭で、他の私設騎士と打ち合いの練習をしていたさなかの出来事である。アルマの悲鳴らしきものが聞こえた気がし、クルスは打ち合いを止めた。蛇竜の出現は、その直後だ。


「ティターニアです!」


 騎士のひとりが叫ぶ。


「ティターニア!?」

「その、私設騎士の創設に伴って、商会から送られてきた蛇竜でして……」


 それがなんだって、屋敷を突き破って姿を現す?

 そう考えて目を凝らしたクルスの目に映るのは、蛇竜ティターニアがくわえている何かだ。その大きな顎に挟まれて、ぐったりと気を失っている少女の姿は見覚えがある、という言葉で済まされるものではなかった。


「アルマ……!?」

「なんですって……!」


 騎士たちも驚いた声をあげる。だが、それを待たずして、すでにクルスは走り出していた。


 ティターニアめがけて、剣を手に走っていく。かの蛇竜は、すでに潜航体勢に入っていた。あの蛇竜が地の精霊から加護を受けたものであれば、地中潜航後の追跡は困難だ。掘ったあとの地面はすぐに元通りになってしまう。


 何がどうなっているのかさっぱりわからない。だが、裏をかかれたのでは、という感覚があった。


 クルスがティターニアに追いすがる途中、彼の行く手を阻む影がある。

 それは、屋敷の中で見かけた私設騎士のうちの何人かだった。彼らは血に濡れた剣を手に、クルスの前へと立ちはだかる。先頭に立つ男は頬に返り血を浴び、そして、もう片方の手には辺境伯がつけていたものと同じペンダントを握っていた。


 クルスはそこで、全てを察する。


「どけぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 剣を振りかぶり、打ち込む。先頭の男は血に濡れた剣でそれを受け止めた。だがクルスは地面を蹴り、身体を浮かせると、その男の喉笛めがけて、正確な飛び蹴りを見舞う。


「がっ……!」


 倒れる男。クルスは着地の勢いで、二人目の相手に斬りかかっていく。


「クルス殿、これは……!」


 後ろから追いすがってきた騎士たちは、同僚と客人が剣を交えている事態に困惑していた。


「白竜財団だ!」


 つばぜり合いを制し、クルスは叫ぶ。


「ひとりは辺境伯のところへ行け! あの人も襲われた!」

「それは……」

「急げぇっ!」


 騎士たちは顔を見合わせたが、そのうちの一人が駆け出し、崩れた屋敷の一角へと向かった。他の騎士たちは、困惑しながらもクルスへと加勢する。血に濡れた剣と、辺境伯のペンダント。そしてクルスの行く手を阻んでいる現状。状況を判断するには十分すぎるものがそろっている。


 その商会とやらが、白竜財団と関係があるのだとすれば、あの蛇竜も私設騎士の一部も、敵の息がかかっていたことになる。


 油断をしていたつもりはない。だが、やられた。


 クルス達は、行く手を阻む財団の騎士たちを、すべて叩き伏せる。だが、その時点で、すでにティターニアの逃走を許していた。地中に潜航した蛇竜は完全に行方を眩ませ、それがくわえていたアルマもまた同様だ。


「……くそ!」


 クルスの苦々しい呟きが、寒空へと消えていった。





 王都より遠く離れた王立自然公園。その中央部に位置する大渓谷は、銀翼竜レジエッタの棲家として知られる。


 500年前、相棒を失ったレジエッタは故郷であるこの地に舞い戻り、以来、大渓谷の主として君臨し続けていた。巣に近づくのも生易しいことではない。谷間を吹き荒れる強風に身をさらさねばならず、その風に足を取られれば命はないからだ。飛竜に乗ったとしても、相当な技量を持つ竜でなければ、ここを通ることは難しいとされている。


「こうしてここに足を運ぶのも何度目だろうな」


 全長14メートルにも及ぶレジエッタの巨躯を前に、カナードは言った。


「昔に比べれば、あなたもずいぶんオレの言葉に耳を傾けるようになったものだが。一緒にレースも見てくれたしな」


 カナードが初めてここを訪れたのは9歳の時だ。銀翼竜のレジエッタ。クルス・バンディーナ・ロッソの竜騎士譚に憧れる身としては、まさに生きた伝説というわけである。当時はかなり緊張した。今も緊張はするが、それでも昔に比べればいくらかマシだ。

 レジエッタは、カナードのほうを振り向きはしないが、それでも彼の言葉をちゃんと聞いている。それくらいのことも、ようやく最近わかってきた。


「で、だ。あなたのお気に入りであるクルス殿にまた会ってきたぞ」


 ぴくり、とレジエッタが反応するのがわかる。


「今日は預かりものもある。あなたに渡してくれと言われた。銀色の美しい剣だ。材質は……金属ではなさそうだな」


 カナードは、汚したり傷がついたりしないよう、丁寧に布でくるんだ剣を、そこで取り出す。レジエッタは鎌首をもたげて振り返った。その赤い瞳は、カナードの持つ剣に向けられている。カナードは気を良くして、さらに喋る。


「この剣が何かと尋ねたらな、あなたに直接聞けと言われた。あなたは何かわかるか? レジエッタ」

「Grrrr......」


 低いうなり声をあげるレジエッタ。かろうじて、それが肯定を意味するものだとわかる。

 カナードは、大きな岩を台座に見立て、そこに剣を置いた。置いた剣とレジエッタを、交互に見比べる。


「しかし、こうして見ると、剣の光沢、色合い、質感、いずれもあなたを思わせるなレジエッタ。まるで、あなたの甲殻から……削りだした……よう、な……」


 能天気に口にした自らの言葉に、カナードは身動きを止めた。

 その言葉の意味するものが、カナードの脳裏によぎる。


「――待て」


 銀翼剣レジエッタ。500年も昔、クルス・バンディーナ・ロッソの戦死と共に失われた、唯一無二の剣。


「待て待て待て待て待て待て」


 クルス・ファブロスに感じていた小さな違和感。ひとつひとつは気にならない些細なほころびを、その瞬間、この剣が繋いで一枚の大きな絵図を描く。カナードは自らの手が震えだすのを感じていた。


 その間も、レジエッタはじっと剣を見つめていた。


 その目に映る感情を、完全に読み取ることは、カナードにはできない。だがそれは、間違いなく懐古に類するものであり、そして抱いていた疑問に対して得た確信でもあるように思えた。レジエッタは、自身の甲殻と同じ色の剣を通し、その向こう側に、ひとりの男を想っている。


「ど、どういうこと……は……え……?」


 カナードを襲った衝撃は、<人造竜種>や<完全擬態:人間>の比ではない。

 彼は掠れた声でつぶやくことしかできなかった。


「せめてもっと……段階を、踏め……」


 夢にいざなわれたような感覚のカナードを現実に揺り戻したのは、後ろに控える侍従の声だった。


「――殿下、お電話です」

「後にしてくれ、コンスタンツェ……とは、まあ、言えんな」


 本当にあとにできるような内容なら、コンスタンツェは取り次がない。彼女の手にしている通信晶石テレパを受け取り、カナードはそれを耳にあてた。


「オレだ。いったい何が……なに?」


 立て続けにカナードを襲う衝撃。表情を引き締め、尋ね返す。


「辺境伯がだと? 確かなのか!? それで、クルス殿は!」


 背後で、レジエッタの視線がこちらを向くのがわかった。


「――アルマ殿が攫われた!?」

「……!!」


 レジエッタの気配が、その瞬間何倍にも膨れ上がる。胆力には自信のあったカナードも、その瞬間、全身が総毛立つのを止められない。

 カナードは思わず振り返る。レジエッタは、岩の上に置かれた一本の剣をくわえ込み、その翼を大きく広げていた。


「殿下!」


 コンスタンツェが叫び、カナードを岩陰へと押し倒す。直後、レジエッタの翼は空を叩き、暴力的なまでの風圧が、彼女の巨体を宙へと押し上げた。コンスタンツェの反応があとわずかにでも遅ければ、カナードの身体は風圧にあおられ、渓谷の底へ落下していたかもわからない。


「殿下、ご無事ですか」

「うむ、無事だ」


 コンスタンツェに支えられ、カナードは立ち上がる。レジエッタは翼を広げ、西の方角を目指してまっすぐに飛び始めていた。


「正直、言いたいこと、言わねばならんことはたくさんある。あるが……」


 それを見送りながら、カナードは腕を組み、目を閉じる。そしてすぐにその目を見開き、彼は侍従へと振り返った。


「王都へ行く! クルス殿が何かしでかす前に、令状を取らねば厄介だぞ!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは良い身バレ展開
[良い点] なるほどここでレジエッタか出てくるわけですか 熱いですね
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