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23rd lap カナード王子をびっくりさせる会

 カナード王子がリュートシティにやってきた。

 相変わらず豪華な一室で、退屈しのぎのボードゲームに興じていたクルス達は、突然の来訪者でそれを知った。


 物々しい雰囲気の装いをした騎士たち。それを引き連れて立っているのは、レストランでも見かけたカナード王子の侍従だ。王子はコンスタンツェと呼んでいたか。背は高く、黒髪で、目はいつも閉じているように見える。

 ただ、これだけがっちりした装備の騎士たちの中にあって、それを『引き連れている』ように見える程度の存在感が、彼女にはあった。


「カナード王子殿下より、お二人をお連れするようにという命をお預かりしております」


 侍従は静かに頭を下げる。


「えぇと、それは助かるけども。後ろの方々は?」

「グリスバーグ辺境伯の私設騎士です。私と共に、クルス様をお送りします」


 それから、侍従はきょろきょろと室内を見回す。


「……アルマファブロス様は、どちらでしょう?」

「えーっと、ちょっと待っててくれ。すぐに来るから」

「ぎゃう! ぎゃうごう!」


 お待たせ、と言わんばかりに、奥の部屋をこじ開けて、アルマがばたばたと駆けずってきた。角のあたりに、破けたドレスの切れ端が引っかかっている。こいつ、服も脱がずに慌てて竜に戻ったな。


「カナード王子は、どちらに?」

「辺境伯のお屋敷にいらっしゃいます」

「なるほどね」


 そこまで案内してくれる、というわけだ。


 グリスバーグ辺境伯。この周辺一帯を治める領主と聞いていた。辺境伯というからには、このあたりは、レイセオン王国でも端っこの方なのだろう。王子に負けず劣らずレース好きで、リュートシティサーキットは辺境伯の肝煎り、月一のパブリックレースも、運営資金の大半をポケットマネーで賄っていると聞いた。


 クルスとアルマは出発の準備を整えると、侍従と騎士たちに向けて、丁寧に頭をさげた。


「それじゃあ、案内、よろしくお願いします」

「ぎゃうあ!」





 グリスバーグ辺境伯の屋敷は、リュートシティからはさほど離れていない場所にある。


 領内ではリュートシティが最大の街であり、基本的にはこの街が辺境伯のひざ元という扱いになっているらしい。街道を竜車で少し進むと、屋敷に到着する。この間、アルマは大型の荷車の上でずいぶんと居心地が悪そうにしていた。

 ドラグナーレースが好きというだけあり、屋敷の敷地内にも、竜の同席を想定した応接用の小屋が存在した。クルスとアルマが案内されるのは、そこだ。


「クルス殿、足を運ばせてすまないな!」


 相も変わらず声の大きいカナード王子は、応接室で待っていた。


「コンスタンツェも案内ご苦労!」

「勿体ないお言葉です、殿下」


 侍従は、カナードに頭を下げると、いつもの定位置、すなわち王子の席の後に立った。


「王子、なんか時間を取らせてすみません」

「なに、気にするな。オレも好きでやっている……おお、こちらがアルマファブロスか!」


 クルスの後ろから顔を覗かせるアルマを見て、目を輝かせるカナード。まるで少年のようだ。


「うぅむ、白い陶磁器のような甲殻が美しい……。やはり間近で見ると違うな。クルス殿、さ、触っても……?」


 すぐに返事をせず、クルスはアルマを見る。アルマは少しだけ迷いを見せてから、


「ぐ、ぎゃう……」


 と答えた。


「少しだけなら。首の後ろ側あたりが良いかと。一番竜を刺激せず、安心感を覚えさせる場所です」

「おお、そういえば本でそのように読んだことがあるな……。失礼する」


 カナードは震える手でアルマの首に手を伸ばし、その後ろ側を軽く撫でる。アルマはちょっとだけ居心地が悪そうに視線をさ迷わせていた。


「以前、サーキットで竜から降りてくるのを見ましたが、王子はご自身の竜を持ってないんですね」

「ん? ああ、あれは騎士団長の竜だ。聞き分けが良く、乗り方も満足に知らぬオレに気を遣って飛べる、よくできた竜だよ」


 それから、カナード王子は少しだけ羨ましそうな目を、アルマに向けた。


「国は姉上のどちらかが継ぐだろうが、オレも王室の人間だ。万一があると大きな問題になる。オレが墜落死でもしてみろ。責任の所在を問われるのはレースの主催者か、サーキットの管理者か。竜自身に問題はなかったのかという話にもなるだろう。だからオレは、安全に飛行ができ、かつ責任を取らされることを理解して飛ぶ竜の背にしか乗れぬ」


 騎士団長の竜も、そうした竜のうちの一体、ということなのだろう。


「なるほど。ところで王子、そのあたりで」

「む、これは大変な失礼をした」


 慌てて手を引っ込めるカナード王子。


「アルマファブロス、素晴らしい竜だ。やはり、彼女とあなたがプロデビューをするところが見たい。その為なら労は惜しまんぞ、オレは」

「……その言葉、本当ですか?」

「いまさら何を尋ねる。だからこそ、こうして時間を割いておるのだ」


 ソファに腰を下ろすカナードだが、クルスはここでさらにずずいと踏み込む。


「王子、本当に俺とアルマがプロデビューするために手を尽くしでくださるんですね」

「だからそうと……待て待て、アルマというのはどっちだ? 妹君か? アルマファブロスのことか?」

「もちろんこいつのことですが!」

「ふむ……」


 ソファに背中を預け、腕を組む王子。クルスの言葉に含みがあることには、すでに気づいている。


「どうやら、一筋縄ではいかぬ事情があると見た。良いだろう、話せ。これでもレイセオン王家の人間にして、バンディーナの血を継ぐ者。いかなることがあろうと動揺などはせぬ」


 クルスは、アルマを見た。アルマが小屋の中に入り、侍従のコンスタンツェがその入り口を閉める。

 防音もしっかりしていそうな壁だ。この部屋の中には、クルスとアルマ、カナードとコンスタンツェしかいない。


 アルマが首を縦に振り、頷く。


「王子、俺たちは王子を信頼して話します。聞いたら後戻りはできませんよ。良いですか?」

「くどい。それ以上の確認は、このオレに対する侮辱と心得よ」


 カナード王子は、鋭い目つきになってクルスを睨んだ。


 この人の意思は固い。責任感もある。そして、基本的には善意の人間だ。

 クルスは、ゆっくりと深呼吸し、それから口を開いた。


「実は――、」





「――と、いうわけなんですが、それで」

「――待て、待て、待て、待て」


 カナード・バンディーナ・レイセオンが動揺していた。目元を手で押さえ、顔を背け、空いた手をぶんぶんと振っている。


「言いたいこと、言わねばならぬことがたくさんある。たくさんあるが、まずは一番はだな――服を、着ろ!!」


 クルスの真横には、ちょこんとアルマが座っていた。もちろん人間態だ。さすがに素っ裸のまま王子の前に放り出すのは気が引けたので、とりあえずクルスが持ってきた大きめのマントを巻いてある。


 アルマは、クルスを見上げて言った。


「ほらね、これが普通の反応ですよ。わたしの裸は鼻毛じゃないんです」

「悪かった。それは悪かったって」

「ええい、何を呑気に話をしている! ――コンスタンツェ!」

「はい、こちらにご用意がございます」


 カナード王子の侍従は、いつの間にかその手に白いドレスを持っている。


「ではアルマ様、いちどこちらへ」

「あ、はい。失礼します」


 そのまま、侍従はアルマの手を引き、彼女をついたての向こう側へと連れていった。そのあと、カナード王子はようやく正面、すなわちクルスのほうを向き、息を整える。クルスは、カナードの呼吸が元通りになるのを見守ってから、おずおずと尋ねた。


「驚いたでしょう」

「驚かぬ方がどうかしている!」


 ばん、とテーブルを叩くカナード王子。


 王子に話したのは、アルマの出生の秘密と、そこに絡んでいるであろう白竜財団、そして彼女が人間に化ける能力を持っていること、だけだ。

 たぶんカナード王子に対して一番の爆弾であろうクルスの正体に関しては、まだ明かしていない。


「すみません、最初に全部説明するとびっくりするだろうし、順番に言っていこうとは思ったんですが」


 いつぞやアルマに聞かされた言葉を、そのままカナードにぶつける。


「せめてもっと段階を踏め! オレとあなたは、まだ会って2回目だ!」


 そこでカナード王子は大きくため息をつき、自身の目頭を揉む。


「……いや、良い。あなた達がオレを頼る理由も、そのために全てを明かそうとしたのもわかる。オレへの信頼あってのことだ。そこは素直に嬉しいぞ」

「まだ明かしてないこともあるんですが」

「まだあるのか!?」

「段階を踏もうと……」

「そうか。それは別の機会に聞く!」

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