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22nd lap 銀翼剣

 昼過ぎごろ、アルマはゆっくりと目を覚ました。


 キングサイズベッドの上。翼を折りたたみ、尾を丸め、はみ出さないように身体を小さくしながら。半開きになったカーテンから差し込む陽光は、かなり高く昇っていて、白磁の装甲を温めている。


 アルマの目の前では、クルスがまだ寝息を立てていた。


「ぐぅぅ……」


 喉から出るのは、唸るような鳴き声。


 今朝、アルマは自身の生まれをクルスに打ち明けた。クルスはすべてを受け止め、話が終わったあと、黙ってアルマを抱きしめてくれた。しばらくそうしているだけの時間があって、アルマは震える声でこう言ったのだ。


『わたしは人間じゃありません。でも、作られた存在であるわたしは竜でもないのかもしれない。なら、わたしは――』

『そんなのは、おまえが決めれば良い』


 クルスの声は優しかった。


『でも、おまえは自分が竜だと言っていたし、おまえが竜だと俺は嬉しいな。またレースに出られるから』


 泣いてしまった。と、思う。あんまり覚えてない。


 もう朝だったし、そのまま疲れて眠ってしまったのだ。おそらく、竜の姿に戻ってしまったのは、寝ている最中のことだろう。ベッドの上には、それを表す破れた布切れが大量に散らばっている。高そうなドレスだったのだが。


 寝ている間に竜に戻ってしまったのは久しぶりだ。そうとう気が緩んでいたのかもしれない。


 アルマは、多くの飛竜ワイバーンタイプがそうするように、翼の生えた前肢で這いずるようにベッドから降りた。長い尾を左右に振るのは機嫌が良い証だ。


 そのとき、部屋の扉をノックする音が聞こえた。ホテルの従業員だろうか。クルスはまだ寝ている。

 人間態になると服がない。竜の姿のまま応対すると、相手を驚かせそうだ。少し迷っていると、またノックの音。


 一度顔を出した方が良いかもしれない。


 床を這いながら、扉の方まで移動する。翼爪で器用にドアノブをひっかき、扉を開けようとする。


「待て、アルマ」


 背後から、寝起きとは思えないほど鋭い、クルスの声が聞こえた。


「ぎゃう?」

「俺が開ける」


 そう言うと、クルスはベッドから飛び降りる。アルマを下がらせ、机の上に置いた一振りの儀礼剣を手にして、扉へと向かった。

 首を傾げるアルマの前で、クルスは扉を開け、若いホテルマンと言葉を交わしている。それからしばらく会話があってから、扉を閉め、クルスはため息をついて戻ってくると、ベッドに大きく腰を下ろした。


「掃除だとさ。断っちゃったけど」


 クルスは苦笑いを浮かべる。


「連中じゃないかと思ったんだけど、さすがに警戒しすぎたみたいだ」

「ぎゅああ……」

「そんな顔すんなって。ま、明後日にはまたカナード王子がこっちに来る。それまでは気を張っといて悪いこともないさ」





 ホテルの人間には、こちらから呼ぶとき以外は部屋に来ないよう伝えておいた。専属のコンシェルジュは、部屋を出たすぐ先に控えているので、用はそちらに伝えれば済む。

 少なくとも王子が来るまでは、あまり部屋を出ない方が良いだろう。


 カナード王子に伝えたいことはたくさんある。アルマの秘密についてはもちろんのこと、その背景にある事情についてまで。


 アルマの話では、先日、ホテルのレストランで王子に怒鳴られていた連中の中に、見覚えのある顔があったらしい。アルマが怯えていたのは王子の剣幕に対してではなく、かつて自分を生み出した施設の人間に対してだったというわけだ。

 白竜財団とやらが、思った以上にきな臭い存在なのは間違いない。


 ただ、カナード王子に対しては連絡する手段がない。向こうからはできるのだが。


 王子が『通信晶石テレパストーンを買え』と言っていた意味が、痛いほどわかる。


「そういえばクルスさん、ずっと聞いてなかったんですけど、その剣ってなんなんですか?」

「ん?」


 クルスが椅子に腰かけ儀礼剣の手入れをしていると、アルマが振り返って尋ねてきた。


「最初から持ってたじゃないですか。いまも、竜騎手はいちおう、腰に剣のレプリカをつける決まりになってますけど、それは本物ですよね」

「まぁね。一応、本物は本物だ。武器として使える。けど、これも儀式的な意味合いが強いかな」


 竜の背に乗って戦うのに、この長さの剣は短すぎる。

 もちろん、それを補う技法もないわけではないが、竜騎士は本来、長槍スピア突撃槍ランス戦斧バトルアックス槍斧ハルバードなどの長物を用いるものだ。ただ、クルスのハルバードは、最後の戦いで折れてしまった。


「竜騎士は、相棒の甲殻を素材として鍛えた剣を持つ。これは、レジエッタが20歳の時に剥がれ落ちた殻で作ったものだ」

「へぇー……!」


 アルマは、目をきらきらさせて言った。


「まぁでも、戦争のある時代ならではって感じで、今はあんまりそういう文化ないみたいだね」

「でもかっこいいですよ、唯一無二の剣って感じですね! 名前はなんていうんですか!?」

「銘はあるにはあるけど、ややこしいんであんまり使わないよ。“銀翼剣レジエッタ”だ」


 こうした名前も、慣習にのっとってつけられる。とはいえ戦いに用いる機会も少なく、もっぱら『剣』と呼ぶことが圧倒的に多い。


「クルスさん、わたしも甲殻が剥がれたらそれで剣作ってください!」

「ええ……。若いうちから甲殻剥がれると成長に支障きたすからあんまり考えない方が良いよ。アルマいま幾つ?」

「3歳です」

「ぶふぉっ」


 思わず吹き出してしまった。


「えっ、は、えっ!? 3歳!?」

「生まれたときから、あのくらいのサイズだったんで、成長はしないと思うんですよね……。あ、人間に変身する能力はあとから付与されたものですけど、それも最初からこんな感じです」

「なるほど、人造竜種……」

「こんなわたしですけど、竜って名乗って良いんですよね。えへへ……」

「そこでその話つなげるの重すぎるよ。竜だよ竜。汝は竜。罪はないよ」


 だとすると、アルマは今後も成長はしない可能性が高い。翼開長8メートルは、中型飛竜の中では小型寄りだ。人間を乗せられる大きさとしてはギリギリと言える。

 レジエッタは大型飛竜であり、20歳の時点で、現在とほぼ同じ大きさに成長していた。翼開長はおよそ20メートルだ。


 たぶん、アルマの甲殻を加工して剣を作っても、刃渡りはせいぜい30センチが良いところ。バトルナイフ程度にしかならないだろう。


「(まぁ、アルマがやりたいって言うならいいんだけどさ)」


 この時代、竜の甲殻を剣に加工できる技術が、どれほど当時のまま伝わっているのかわからないが。アルマの甲殻が剥がれたりしたときは、望み通りにしてやってもいいだろう。


「でもそっか、クルスさん、戦うお仕事だったんですよね。剣もお上手なんですか?」

「まぁ、人並にはね」


 竜から降りればただの人、というわけにはいかない仕事だった。

 手練れというにはほど遠いが、不逞の輩からアルマを守って戦うくらいはやるつもりだ。もちろん、そうならないに越したことはない。


「アルマ、ひとつだけ確認なんだけどさ」

「あ、はい」

「この時代、相棒を守るためでも、戦って人を殺したりしちゃいけないんだよね?」


 クルスが大真面目な顔で尋ねると、一瞬呆気にとられたアルマは、大真面目な顔で頷いた。


「最悪死刑ですね」

「だよなー」

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