16th lap アルマファブロスの謎
竜は本来、生まれながらにして精霊の加護と祝福を授かる。
例えば、レジエッタは火の精霊に、ファイヤーボールゴッドスピードは、おそらく名前に反して風の精霊にだ。精霊の加護は竜の属性を決定し、その魔力に色を与える。
そして、精霊の祝福は、精霊が竜ごとに与えられた特殊な力だ。個体ごとに異なり、本来、すべての竜がこれを有している。竜騎士の間では、これを「6つ目のスキル」と解釈する向きもあった。
「あなた達が競ったファイヤーボールゴッドスピード、あれが授かっているのは《加速(地上)》の祝福だ。走り続ける限り、スピードを上げ続けることができる」
カナード王子が語る。
「銀翼竜のレジエッタが有しているのは《魔力反応炉》。<魔力噴射>の再充填が短縮され、出力も向上するというものだ」
「存じ上げています」
「そういう祝福も、アルマファブロスは有していない、と。そういうことか」
クルスは頷いた。
ステータスコンソールで確認できたアルマの異常性。
ひとつは、異様に低い基礎スペック。これは個体差があるため、さほど気にはかけなかった。
ひとつは、<完全擬態:人間>のスキル。確認できる限り、これを有している竜は他に存在しない。
ひとつは、<????>のスキル。アルマが秘匿しているか、気づいていないため、クルスには内容が開示されていない。
そしてもうひとつは、属性と祝福が存在しないこと。
これだけの異常性を有しているのが、アルマファブロスという竜なのだ。これに関して、他の誰かに話すことには躊躇いがあった。しかし、このカナード王子は人柄的にも信用のおけそうな人物だ。断片的になら、話しても良いと、クルスはそう判断した。
どのみち、ひとりで考えるにも限界はあったのだ。
「確かに妙だ。そして、その原因を追究しなければならないと、クルス殿はそう思っているわけだな?」
「はい。解決しなければと思っているわけではありません。それがあいつの個性ならそれで良い。ただ、俺はあいつのことを知らなきゃならない」
クルスは真剣な顔で、両手を組む。
「いずれは直接、アルマファブロスに問いただすべきなのでしょうが」
「なるほどな、事情は汲めた。オレから調べられることがあれば調べておこう」
「あ、はい。ありがとうございます」
そこまで期待していたわけではなかったのだが、あまりにもあっさり、気持ちよくカナードが言うものだから、クルスは頷いてしまう。カナードは穏やかな笑みを浮かべて、クルスに言った。
「妹想いだな、クルス殿。自分と同じ名前の竜に、異常性があると知ればアルマ殿が傷つく……。そう考えて、席を外させたのだな」
「えーっと、そんなところです」
肝心なところでとぼけた兄ちゃんだな、と思う。
カナード王子を騙しているのは、ちょっと心が痛むけど。アルマが人間に擬態している竜であることは、彼女が意を決してクルスに打ち明けたことだ。アルマがクルスに対して何かしら秘密を抱えているとしても、ここを勝手に他人に開示することは、クルスにはできない。
ちょうどそのあたりで、アルマが戻ってくる。
「大変ですお兄ちゃん! コートにお財布入ってなかったです!」
「ああ、ごめん、財布持ってたわ」
「ええ!? じゃあ、わたし無駄足ですか!?」
「悪い悪い、ほら、俺のデザート食べていいから」
ずずい、とカップケーキをアルマの前に差し出す。
「そんなので買収されるような安いやつだと思ってるんです? でも、クルスさんがわたしにくれたものなので美味しくいただきます」
ぷりぷりしていたアルマだが、カップケーキを口に運んですぐ、機嫌を直していた。
その後、カナード王子との晩餐はつつがなく進んだ。
レースのことや最近の出来事などを雑談程度に話し合う。カナード王子は単なるレース好きではなく、竜の生態などについても、かなりの知識を有していた。彼の管轄である王立自然公園ではたくさんの竜が暮らしているという。
「カナード王子は、どうしてそんなに竜が好きなんです?」
「ふむ?」
カナードは、唐突な質問に驚くでもない。ワイングラスをテーブルに置くと、腕を組んで天井を見上げる。
「子供の頃、母上に読んでもらったクルス・バンディーナ・ロッソの伝説が忘れられんのだ」
「お、おう……」
聞かなければ良かった、とクルスは思った。リアクションに困る返答だ。
酒もだいぶ入ったためか、うっとりとした目でカナードは語る。
「オレにも、あの血が流れていると思うと、な。いつか、かの伝説の竜騎士のように、己の相棒と共に空を飛びたいと思っている」
たぶん、あなたには流れていないんですが。俺の血。
クルスはいたたまれない気持ちになりつつ、その言葉を飲み込んだ。
「レース好きもそれが高じてだな。まったく、あなた方が羨ましい。オレもサーキットを飛びたいものだ」
「殿下」
「……わかっている、コンスタンツェ」
侍従の言葉に、カナードは窘められたと感じたのだろう。憮然と返事をする。
一瞬で酔いが醒めたような顔になるカナードだが、すぐに表情を人懐っこい笑みに戻し、身を乗り出してこう続けてきた。
「そういえば、レジエッタがあなた達のレースを見ていたぞ」
席を立とうとして、ぴくり、と動きを止めるクルス。
やはり、あのサーキットから飛び立った竜は、レジエッタだった。
「レジエッタ……。銀翼竜のレジエッタ、ですか」
「うむ。オレは彼女の言葉を完全には理解できんがな。あなた達の勝利を祝福しているようではあった」
「レジエッタの言葉をそこまで理解できるなら大したものですよ」
クルスは本心からそう告げた。
「レジエッタは、あまり人に心を開かない竜だったと聞いています」
「そうだな。おそらく、500年前の別れが、より彼女を頑なにしたのだろうと思う」
「うぐっ!!」
沈痛な面持ちで語るカナードの言葉が、クルスにクリティカルヒットする。アルマが心配そうな顔をしながら、クルスの背中をさすってきた。クルスはなんとか体勢を立て直し、カナードを見る。
「か、彼女は今、王立自然公園に……いるんですよね?」
「そうだ。オレからすれば、伝説の竜騎士と並び憧れの存在だ。おとぎ話の中でしか会えない存在だったからな。最近になってようやく浮つかずに話ができるようになったくらいだ」
クルスからしてみれば、あまり実感のわかない話ではある。
だが、レジエッタが生きた伝説であり、おそらく王族ですらも敬意を示す対象足り得るのだということは、カナードの言葉からぼんやりと推測できていた。
「滅多なことで外に興味を示さない彼女が、珍しく反応を見せたのが、あなた達だった」
「そう、ですか……」
クルス達の勝利を祝福している、というカナードの言葉は、クルスにとっては救いである。
少なくとも完全に嫌われたわけでは、ないらしい。
「オレとしては、レジエッタにはいつかあなた達に会ってほしいのだが……」
「そうですか。俺も会いたいですね」
「ならば、その言葉は伝えておこう。なに、オレ自身も、またあなた達に会いたいしな」
カナード王子はそう言って、また人懐っこく笑った。




