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14th lap すてきな晩餐

「クルスさん、すごいです! このお肉、口の中で溶けます!」

「静かにしろアルマ、貧乏がバレるだろ……うわ本当だ、何これうまっ!」


 その日、クルスとアルマは、優勝と互いの健闘を祝し、ちょっと豪華なディナーに出かけた。


 リュートシティは観光産業で成り立っている街だ。ブルジョワ層向けの宿泊施設がいくつか存在し、その上層階では、庶民にとって到底手を出せないような、豪華なレストランがあったりもする。クルス達が来ているのは、そうした中のひとつだ。


 パブリックレースでの優勝。副賞として賞金もたんまりもらえた。この程度の贅沢、一度するくらいではバチも当たらないだろう。


「500年の歳月ってすげーな。俺も、昔はそこそこ高給取りだったんだけど、こんな美味いの食ったことないよ……」

「聖竜王国はご飯が不味かったんですか?」

「いや、単に戦争に忙しくてその辺に注力する余裕がなかったんじゃないかなぁ……」


 平和って素晴らしい。ごはんも美味しくなるし。

 できることなら、この平和を勝ち取った仲間たちにも食わせてやりたかった……。クルスは肉の味を噛みしめながら、しみじみと感じていた。


「でも、良かったんですか? レジエッタさんに会わなくって」

「ん、そのことまだ気にしてるのか」


 アルマが言っているのは、表彰式の最中のことだ。サーキット会場に設えられているVIP席、その天井が開いたかと思うと、一頭の飛竜が銀色の翼を広げ、飛び立つのが見えたのである。あれは間違いなく、レジエッタだった。

 彼女もおそらく、このレースを見ていたのだ。


 正直、追いかけたい気持ちも、ないではなかったが。


「レジエッタには会いたいよ。あいつのことは大事だ。でも、それはアルマをないがしろにする理由にはならないよ」


 あの勝利は、アルマと共に勝ち取ったものだ。

 その表彰式を途中で抜け出して、レジエッタを追いかけるような不義理は果たせない。


「それに、あのレースを見て、すぐに会いに来なかったってことは……まぁ、うん……」

「ああっ、落ち込まないでください! あっ、デザートのプディングが来ましたよっ! おいしいですよっ! ねっ、ねっ!?」


 目の前にプディングをこれでもかと突きつけてくるアルマ。


 彼女は、いま、シンプルな白いドレスに身を包んでいる。頭部から生える角は、この際、ちょっと奇抜なアクセサリーという体で誤魔化すことにした。尻尾は極力バレないように気を遣わせている。

 表彰式のあと、しばらく放心状態だった彼女は、人間の姿に戻ったあとも、トロフィーを抱きしめてぼうっとしたり、たまに気持ち悪くにへにへと笑ったりを繰り返していた。ようやく落ち着いたころに声をかけ、こうして晩餐に連れ出した次第だ。


「でも、本当に勝てました! すごいですよクルスさん!」

「いやいや、勝てたのはアルマが頑張ったからだ。もちろん、騎手の腕が関係ないというわけじゃなくてさ」


 必要以上に謙遜をする必要はない。少なくとも、クルスはアルマを勝たせるための最善を尽くした。同じ最善を尽くせる騎手が、そう何人もいるとは思えない。竜騎士時代のノウハウは、きっちり彼女に還元できたという自負がある。

 そのうえで、騎手の最善に応えられる竜が得難いのも、また事実なのだ。


「どうだったアルマ、勝利の味は」

「よ、よくわかんないですけど、たぶん気持ちよかったです」

「そうかそうか」


 ここから先はプロレースだ。だが、プロレースとなると一筋縄ではいかない。

 レースが、という話ではない。その事前準備の話だ。申請に必要な項目も増えるし、審査も厳密になる。そうなってくると、これまであえて目に入れずにいた、アルマの謎についても、触れないわけにはいかなくなるが……。


 クルスがプディングを食べながら少し考え込んでいると、だ。


「ええい、分からず屋どもが! 出ていけ! 飯が不味くなるッ!」


 急に、レストランの奥、おそらく貸し切りになっているであろう個室の方から、叫び声が聞こえてきた。若い男の激昂した声だ。びっくりしてそちらを見ると、白いスーツを着た3人の男たちが、狼狽えつつも若い男に圧倒されているところだった。


「お、お待ちください、殿下! どうか、どうかお話を……!」

「これ以上何を話すと言うのだ! 貴様らの言葉はレイセオン王家を愚弄しているも同然だぞ!」

「で、殿下っ……!」


 アルマが、身をすくめるのがわかる。クルスは彼女を庇うように立ちながら、目の前の剣呑な空気を見守った。


 激昂している青年の方には見覚えがある。カナード王子だ。確か、王立自然公園の管理を任せれているという。大のレース好きで、このリュートシティには何度も立ち寄っているらしい。


 あの白服の連中は、よくわからない。

 王子が短気なのか、それとも、あの白服連中が常識知らずなのか。王族を怒らせるとはただ事ではないだろう。


 カナード王子の怒りは収まる様子もなく、結局、白服の連中はぺこぺこと頭を下げて出ていくしかない。レストランのオーナーと思しき男が、カナード王子におっかなびっくり近寄っているのが見えた。


「あ、あのう、殿下、何か、お気に障ることでも……」

「ん? ああ、いや、こちらの話だ。うるさくして申し訳なかったな」


 苦々しい顔をしつつも、王子は支配人に誠意のある言葉を向けている。

 どうやら、この様子だと非は白服連中の方にあったようだ。


「せっかく素晴らしい料理だというのに……。うぅむ、これでは余ってしまうな、用意させた分を破棄させるのも申し訳が立たん……」


 カナード王子は、そう言って周囲をきょろきょろと見回している。


 そして、


「ん?」

「あっ」


 その視線がこちらを向いた瞬間、クルスと目があった。


「んん……ん?」


 クルスのほうを見て、眉間にしわを寄せ、目を細めるカナード王子。だが、その表情はみるみるうちに緊張を失い、満面の笑みへと変わっていく。5秒とかからなかった。


「おお……おお……! あなたはクルス・ファブロスか!? こんなところで会えるとは!!」


 カナードは、ずかずかと大股でこちらへ歩いてくる。両手を大仰に広げ、全身で感動を表現していた。


「ファンなのだ! サインをくれ! 一緒に飯を食わないか!? ちょうど、コース料理の席が余ってしまったところでな、お連れの方も一緒で構わん!」

「えっ!? えっ、あ、いや、えっ!? 光栄です!?」

「ああすまん、自己紹介が遅れたな!」


 にこにこ笑いながら、カナード王子は咳ばらいをする。


「オレはカナード・バンディーナ・レイセオン! レイセオン王国第三王位継承権を持つ第一王子だ。王室では内務卿補佐の仕事をしている。ま、お飾りだがな」

「は、はぁ……存じ上げて……バンディーナ?」


 聞き覚えのある単語を耳にして、クルスは思わず聞き返してしまった。


「うむ、第二王妃であるオレの母は、なんとあのバンディーナ家の出身でな!」


 失礼かとも思ったが、これにカナードはますます機嫌を良くする。よくぞ聞いてくれたとばかりに頷き、最上の笑顔と共に答えた。


「つまりオレは、あの、クルス・バンディーナ・ロッソ直系の子孫なのだ!」


 クルスは思わず叫び返していた。


「身に覚えがないんですが!?」

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