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13th lap ようこそ表彰台

 ゴールラインを突っ切った直後、クルスはアルマの背から飛び降りた。彼女は着陸が下手だ。

 勢いに任せて地面をごろごろと転がり、立ち上がって身体についた砂埃を落とす。アルマは加速の勢いを殺しきれず、そのまま上空へと舞い上がっていた。宙をくるくると縦に回ることでなんとか減速し、ゆっくりと地上に降下してくる。


 飛竜ワイバーンタイプはゴール後、空中での減速を行うためにこのような変わった飛び方をする者が多く、優勝した飛竜が行う減速飛行のことを、『ウイニング・ハイ』と呼ぶらしい。


『後続のレーサーたちも、続々とゴールイン! 惜しくもトップになれなかった彼らにも、惜しみない賞賛を送ろう! 最高のレースを、ありがとうっ!』


 ウォーカーの実況を聞きながら、着陸するアルマに駆け寄るクルス。


「アルマ!」

「ぎゃう!」

「勝ったぞ!」

「ぎゃ……ぎゃう!?」

「勝ったんだよ! このっ!」


 正面から、首筋に飛びつく。白磁色のすべすべした甲殻を叩き、クルスは相棒を褒め称えた。


「よくやったぞ、大金星だ! 全部おまえが頑張ったからだ! おまえは弱くない。弱い竜なんかいない。そうだろ?」

「ぐぎゃうっ!」


 アルマは金色の瞳を細め、嬉しそうに吼えた。そのまま、クルスの胸元にぐいぐいと頭をこすりつけてくる。


「ぎゃう、ぎゃうおっ!」

「おいおい」


 彼女の言葉に、クルスは苦笑いを浮かべながら頭を撫でてやる。


「おめでとうって言ってくれるのは嬉しいけどさ、まずは自分だろアルマ。俺も勝ったが、おまえも勝ったんだよ。なんかないのか?」

「ぎゅあ?」

「とぼけたやつだなぁ! まったく!」


 クルスはアルマの首を抱え込むようにして、頭を軽く叩いた。アルマは引き続きクルスにじゃれついている。


 最初から、負けるつもりでは挑まない。ジョニー達にだって勝つつもりでいた。


 それでも、ギリギリの勝負ではあった。不利だとすら言えた。それでも勝てた。

 ジョニーの敗因は最後の急加速だ。あそこには焦りが垣間見えた気がする。

 アルマの懸命な飛翔が、それを引き出した。クルスはこれを、偶然の勝利だとは思わない。アルマは何度繰り返したとしても、あの状況であの飛び方をしただろう。ならば、勝つべくして得た勝利だ。


 ファイヤーボールゴッドスピードは、コース外でクラッシュした。安否は不明だが、無事を祈るしかないだろう。


『ようし、これから全レース、全選手の完走タイムを集計するぞ! とはいえ、みんなはもうぶっちぎりのトップが誰かはわかっているはずだ! 手元の資料でも、二位以下を引き離しての勝利!』


 ウォーカーが実況アナウンスを続けている。クルスは顔をあげて、観客席のほうを見た。


『“白い超新星”! “ぶっちぎり女王クイーン”! いや、ここは“神速を越えたもの”と呼ばせてもらおうッ!』

「ぐ、ぎゅあ?」


 そこで、アルマは驚いたように顔をあげる。クルスは苦笑いしてその首筋を叩いた。


『おめでとう、アルマファブロス! おめでとう、クルス・ファブロス! 今日のパブリックレース、優勝は君たちだッ! あの伝説の竜騎士と同じ名前を持つ男が、最弱の飛竜ワイバーンを駆り、サーキットの頂点に君臨したぁぁぁっ!!』


 サーキット全体を包み込む大歓声。そのすべてが、いまこの瞬間、クルスとアルマに向けられている。


「いよっしゃああああああああッ!!」


 クルスは拳を握り、リュートシティサーキットの蒼穹に向けて快哉を叫ぶ。

 勝利は気持ちが良いとは知っていた。だが、死線を潜り抜けた安堵よりも、達成感と高揚感の大きい勝利というものを、クルスは初めて味わう。だから、腹の底から叫んだ。


 相変わらずきょとんとしているアルマを見て、クルスはその首を叩く。


「おいアルマ、おまえも応えろよ。今はみんな、おまえのファンだ」

「ぎゃ、ぎゃう?」


 クルスの言葉に、周囲の竜騎手たちもうなずいている。アルマは少し戸惑いを見せたが、クルスの横に立ち、彼の真似をするように咆哮をあげた。


「ぐぎゃあああおおおおおおおおおうっ!」


 歓声がひときわ大きくなる。その中で、勝利を手にした竜騎士と竜が、飽きもせずに吼え続けていた。


『本日のレースはここまでだっ! 正式な集計が終了し次第、表彰式にうつるぞ! みんな最後までよろしくぅ! Check it out!』





「ははははははは! すごいぞ、見たか辺境伯! あの胆力、あの判断力、素晴らしいレーサーが現れたな!」


 リュートシティサーキット備え付けのVIPルーム。

 カナード王子がソファの上に立ち、タオルを振り回しながら叫んでいる。表情は心底愉快そうで、興奮冷めやらぬといった面持ちだ。辺境伯はソファに座り、汗を拭きながら何度もうなずいている。


「ええ、ええ! いや、パブリックレースでここまでレベルの高いレースを見たのは久しぶりですな……!」

「レジエッタが贔屓にするだけのことはある! なぁ、レジエッタ!」


 そう言って、背後を振り返るカナード。飛竜用の専用席に座り込んだ銀翼竜のレジエッタは、一言も発さず、ただただ極光映晶オーロラヴィジョンに映るクルス・ファブロスのことを見つめていた。クルス選手は、相棒であるアルマファブロスと共にその喜びを分かち合っている。


 騎手のレベルはおそらくプロと比肩して遜色ないレベルだが、その力量に応えるあの竜も大したものだ。

 これは楽しみなルーキーが現れたと、カナードは思う。


「気になるなら、直接会ってみるのはどうだ?」

「Gr……?」


 レジエッタがあまりにも真剣に映像を見つめているものだから、カナードはそのような提案をする。


「向こうも喜ぶだろう。伝説の竜が会いたいというのなら無碍にはしないはずだ。オレや辺境伯ならすぐに渡りをつけられるぞ?」

「Grrr……Gruaou」


 静かに、首を横に振るレジエッタ。


 カナードは彼女の言葉のすべてがわかるわけではないが、これが否定の意思を示すものであることはすぐに理解できた。だが、その理由や、背後にある感情までは読み取れない。


「では、殿下、私は表彰式がありますので……」

「そうか、うむ。優勝者にはよろしく伝えておいてくれ」


 小さく会釈をし、席を立つ辺境伯。

 この辺一帯は辺境伯の領内であり、このパブリックレースの主催者も辺境伯だ。表彰式における褒章の授与や締めくくりの挨拶をするのは、彼の役目である。領主としてはさほど有能でない男だが、レース好きには愛されているらしい。


「しかし今日は良いレースが見れた。彼らがプロレースに出てくるのが楽しみだな」


 カナードはようやく落ち着いて、椅子に腰かける。横に控えていた侍従が彼の手からタオルを受け取り、代わりにワイングラスを手渡した。


 再度、カナードはレジエッタを見る。極光映晶の映像が他に切り替わると、彼女は興味を失ったように視線をうつし、専用席に寝そべる。カナードは少し迷ったのち、ためらいがちに、彼女に尋ねた。


「レジエッタ、あのレースは……見ていて楽しかったか?」


 ぴくり、とレジエッタの身体が動く。


「あの選手が勝って、嬉しかったか?」

「Grrr……」


 寝そべったまま、わずかに首を縦に動かすレジエッタ。その反応に、カナードは安堵のため息をつく。


「そうか……。ならば、良い。あなたを連れてきて良かったというものだ」


 眼下では、表彰式が始まる。

 あの肥えた辺境伯が、妙に格好の付けた言い回しで勝者の栄光を讃える儀式。それを経て、この熱い一日はようやく終わりを迎えるのだ。

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