12th lap 24000mの覇者(後編)
『さぁ、依然、熾烈なトップ争いを繰り広げているのはこの二頭! “白い超新星”アルマファブロスと、“神速の火矢”ファイヤーボールゴッドスピード! まもなく最終コーナー手前の、直線1800メートルだ! 直線はファイヤーボールゴッドスピードの独壇場! アルマファブロス、逃げ切れるかーっ!?』
ウォーカーの実況と共に、レースはいよいよ最終局面に突入する。
ジョニーとの距離は、さほど大きくあけられているわけではない。逃げ切る為には、様々な工夫がいる。クルスはアルマに指示を出し、その高度を大きく下げさせた。アルマのスキル設定は、低空飛行に適した構築になっていない。高速での低空飛行は極めて危険だ。些細なミスが命取りになる。
だが、アルマはやると答えた。ここで勝負を投げたくはないと。
ならばクルスは、彼女のその思いに全力で応じる。
500年前に培った竜騎士としての技術、知識、ノウハウ、そのすべてを引きずり出して、勝利への糸口をつかみ取る。
「直線が見えた……! 行くぞアルマ、<魔力噴射>を!」
「ぎゅあお!」
リキャストの済んだ<魔力噴射>スキルを再び使用。アルマの身体が、無色の魔力に包まれて加速する。
地上、わずか3メートル50センチ。コースアウトギリギリの内側を攻める。アルマの翼開長は、およそ8メートル。旋回の為に身体を大きく傾けるとして、先端部が地面に接触しない、これもギリギリの高さ。
このスピードで飛行すれば、翼の先端が地面をかすっただけでもクラッシュを引き起こす。それでも、地上すれすれを飛ばなければ勝ち目はない。
『来たぁぁぁぁぁっ! ファイヤーボールゴッドスピード、怒涛の追い上げだぁっ! パブリックレース最速の男たちは、ここからが強ぉーいっ!』
ウォーカーの実況と共に、背後から猛追する気迫を感じ取る。
最初の直線よりも、こちらの高度が低い分、はっきりとそれを感じる。この高さでは、巻き上げる砂煙と、あのスピードから発生する気流の影響は免れない。
「駆け抜けろ、ファイヤーボールゴッドスピード! <魔力噴射>!!」
「くぇぁっ!!」
赤い走竜が、緑の魔力に包まれる。発達した後脚部が地面を蹴り抜き、大幅に加速した。
「来た……!」
クルスは直感する。
おそらくアルマの魔力数値は、どの竜と比べても最低クラス。持続時間が魔力に影響される<魔力噴射>の効果は、確実にあちらの方が長続きする。
『速い! 速いぞ、ファイヤーボールゴッドスピード! あれだけ開いていた距離が、ぐんぐんぐんぐん縮まっていくぅ!』
「アルマ、ここまで来たら、絶対にスピードを緩めるな! わかるな!」
「ぎゃう!」
『直線コースもいよいよ終盤だが!? アルマファブロス、減速しないぞ!? 大丈夫かぁーっ!?』
アルマの保有する<高速飛行>スキルが、<魔力噴射>との相乗効果で基礎スペック以上の最高速度をたたき出している。これまで飛んできた分の加速が、アルマの身体を後押ししている。それでもなお、ファイヤーボールゴッドスピードとの距離は縮まるばかりだ。
「焦るな……焦るなよ……!」
コーナーまでの距離は残り800メートル、700メートル、600メートル……!
「旋回を始めるぞ、アルマ! コーナーの外角を目指して対角線で移動!」
「ぎゅあ!」
「あいつら……!」
目の前を飛ぶ77番の飛翔を見て、ジョニー・ザ・デッドヒートにはいささかの焦燥があった。
まったく減速をしない飛行。飛竜のそれは、危険度において地上を走るあらゆる竜種よりも圧倒的に上だ。グリップの効かない空中飛行においては、急なブレーキも、直線加速からの細かいコーナリングも不可能である。だからこそ、飛竜の騎手には、スピードに緩急をつけた繊細なライディングが求められる。
逆に言えば、安全とコーナリングをかなぐり捨てた最高速飛行であれば、飛竜が速いのは当然なのだ。
このままではコースアウトは確実。77番の騎手は見たところ冷静な思考の持ち主だ。勝算があってのことなのは間違いない。
「ファイヤーボールゴッドスピードの速さなら、最終的には抜ける。抜けはするが……だが……ッ!」
ギリギリの勝負。ファイヤーボールゴッドスピードの速さを証明するのに、この1800メートルでは短すぎる!
「走れ、ファイヤーボールゴッドスピード! もっとだ、もっと速くッ……!」
「くぇぁっ……!」
走竜では、レースの花形にはなれないと言われた。
とにもかくにも直線番長。そのスピードを活かそうとすれば、コーナリングに致命的な隙が生まれる。悪路の走行、ヒルコースには危険が伴う。だがジョニーは相棒と共に一番になることを目指した。このリュートシティサーキットのパブリックレースで、最速と呼ばれるまでに上り詰めた。
ファイヤーボールゴッドスピードが、直線で負けるなんてことがあっちゃならねぇ!
「ここで抜かなきゃ意味がねぇっ! 抜け! ファイヤーボールゴッドスピードォォォォォッ!!」
相棒の足は、かつてないほどの回転を見せる。加速、さらに加速。風の精霊に愛された相棒はスピードでは決して負けない!
『抜いたぁぁぁぁぁぁっ! 怒涛の追い上げ、ファイヤーボールゴッドスピード、ここで抜いたぁぁっ! そのままチューブの壁をぶっちぎって、コースの外に踊りでるぅっ!』
抜き去る瞬間、ファイヤーボールゴッドスピードは、白い飛竜と並んだ。騎手同士でのわずかな視線の交錯。
あの男は、77番は、まだ諦めてはいない。
『続いてアルマファブロスもコースアウトだぁっ! 本日のラストレース、これはまさに場外乱闘の様相を呈してきたぞ!』
ファイヤーボールゴッドスピードも、白い飛竜アルマファブロスも、ここで大旋回に入る。爪でグリップを効かせ、スピードを殺さないようにしながらコースへの復帰を目指す。アルマファブロスの旋回は、案の定、こちらよりもロスが大きい。
これは勝った!
ジョニーは確信した。最後の加速、あの加速の差で、こちらの勝利だ!
だが、この瞬間、赤い走竜の速度は文字通り限界を超えていた。コーナーをぶっちぎり、旋回に入ろうとした瞬間、爪のグリップが身体の速度に追いつかない。結果、足が大きくもつれた。がくん、と身体が大きく揺れ、傾くのを、ジョニーは自覚する。
ジョニー・ザ・デッドヒートの脳裏には、先ほどの自分の言葉が蘇る。
――浪漫を実現するのは情熱じゃない。綿密な計算に裏打ちされた忍耐力だ。
ああ、くそ。
「熱くなりすぎちまったか……!」
熱くさせたのは、あいつらだ。あのスピードにのせられた時点で、こちらの負けは決まっていたのかもしれない。
ファイヤーボールゴッドスピードの体勢が崩れ、ふわりと宙に浮いたジョニーの身体が、そのまま地面へと投げ出される。すべてがスローモーションに流れていく視界の中、それでいてなお速く駆け抜けていく白い飛竜。
彼らが目の前を横切った時、その騎手の視線は、すでにこちらを向いていなかった。
「ああ……、すまねぇな、ファイヤーボールゴッドスピード」
77番のゼッケンをつけたあの男が見ている先、それは――、
『ゴォォォォ―――――――――ルッ! 本日のラストレース、何よりも過酷な24000mを制したのは、“白い超新星”アルマファブロスだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』




