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プロローグ 銀の翼に別れを告げて

「くそ、あの連中、無茶苦茶なものを置いていきやがって!」


 クルスの背後で、戦友の忌々しげな叫び声が響く。


 その間に、なおも白い渦は激しさを増し、すべてを飲み込んで肥大化していく。

 完全兵器ペルフェクティオの暴走。のちに白竜大戦と呼ばれる戦争の最終局面で訪れたのは、大陸の全てを消滅させかねない危機であった。


 ともに轡と鎧を並べた竜騎士たちが、めくりあげられる大地を、なすすべもなく見守っている。


 これまでの戦いで、仲間は既に満身創痍だ。無論、クルスだって変わりはしない。


 クルスは、これまで自分を乗せて戦い続けてきた飛竜ワイバーン――”銀翼竜のレジエッタ”の背を、そっと撫でた。

 誰よりも気高く、美しかった白銀色の甲殻は、今やひどく傷ついている。

 勇敢に戦い続けた彼女の消耗こそが、今一番激しいのだ。ステータスコンソールをチェックせずとも、それはわかる。


「レジエッタ、まだ飛べるか?」

「……!!」


 クルスの声に、レジエッタは首をあげた。低いうなり声と共に、彼女は返事をする。それが肯定であると、クルスには理解できた。


「いい子だ。貧乏くじを引かせることになるな」

「お、おい……! 何をする気だ、クルス!?」


 戦友の動揺が、背中越しに伝わり、クルスは思わず苦笑した。

 何をする気、ときたもんだ。いまさら、それがわからない仲でもないだろうに。


 だが、そう聞かれたら律儀に答えるのがクルス・バンディーナ・ロッソだ。


「俺がペルフェクティオを止める」

「無茶だろ!?」

「百も承知だ。けどまぁ、ペルフェクティオの解除キーは、ここにしかないしさ」


 クルスは、自分の袖をまくり上げる。戦友が息をのみ、他の竜騎士たちも顔をしかめるのがわかった。


 手首のあたりから、二の腕まで伸びる、赤く禍々しい魔術刻印。これは、クルスが万一に備えて自らに転写させた、ペルフェクティオの起動と解除を行うための回路だ。

 まさか、こんな捨て身の使い方をする羽目になるとまでは思わなかったが。しかし備えはしておくものだ。


「ペルフェクティオの自動迎撃機構は健在のはずだ。援護はよろしく頼む、アルミリア」

「クソ……! また嫌な役目を押し付けやがって……!」


 女らしい名前とは裏腹に、むくつけき大男であるその戦友は、苦い顔をして頷いた。


「わかってるよクルス。絶対に成功させろよ。この俺様に、戦友を死地に送れと言うんだからな。失敗は許さねぇぞ」

「もちろんだ。……行くぞ、レジエッタ!!」


 手綱を強く引き、クルスが叫ぶ。瞬間、レジエッタの身体は深く沈み、それから力強く翼で空を叩く。銀色の巨体が宙へと浮かび上がり、みるみるうちに加速していった。


「――――――――――――――!!」


 白い渦の中枢が、甲高い悲鳴をあげる。それと同時に、渦の周囲では土くれが集まり、巨大な飛竜の姿を形成していくのが見えた。


「レジエッタ!!」

「Grrrrrrrrrrraaaaooooou!!」


 その形成が完成するより早く、レジエッタの口腔からは火球が放たれる。火球は土くれの竜を砕き、銀の翼はその破片を避けながら、華麗に宙を舞う。<高速飛行>スキルと<曲芸飛行>スキルの見せ所だ。


「各竜、ブレス斉射! あのバケモノどもを、クルスとレジエッタに近づかせるな!!」


 地上ではアルミリアがあらん限りの大声をあげている。

 その号令に従い、竜騎士と竜たちは、そのあぎとから放たれる精霊の力を一斉に発射した。


 火が、水が、風が、地が、光が、闇が、クルスとレジエッタの行く手を阻むすべてを打ち砕いていく。


「いけええええええええ、クルゥゥゥゥゥゥゥス!!」


 レジエッタの身体が、渦の中枢へと近づく。愛竜の身体が恐怖と緊張でこわばるのを、クルスは感じ取る。


 彼女は本当に良い子だ。こんな捨て身の命令すら文句ひとつ言わずに従ってくれる。


 だが、だからこそ、クルスは、これから彼女を裏切ることが辛かった。


「ごめんな、レジエッタ」


 クルスは小さくつぶやく。


「おまえは一生、俺を恨むだろうけれど」

「Grrrrr……!?」


 レジエッタに動揺が走る。クルスは手綱を手放し、鞍の上に立ち、その背から、首筋、額、鼻先へと駆けていく。


 クルスは言った。『俺がペルフェクティオを止める』と。


 『俺たちが』とは、決して言わなかった。


「アルミリア、もうひとつ、すごく嫌な役目を押し付けるけど」


 聞こえていないと知りつつ、クルスは呟く。愛竜の鼻先を蹴り、渦の中に身を投じながら。


「レジエッタのことをよろしく!!」


 右腕の刻印に、魔力を集中させる。全身が焼けるように熱くなり、クルスの全身を白い渦が飲み込んでいく。激痛に蝕まれてなお、クルスは魔力の流れを止めはしない。解除キーの発動と共に、彼の視界が真っ白に塗り替わる。


 その直前、クルスが見たのは、哀しげに啼く愛竜の姿。


――ああ、まったく


 クルスは思った。


「本当にひどい竜騎士だ」


 渦は閉じ、クルスの意識は完全に闇に消えていった。











 向かうならば地獄だろうと思っていた。

 竜を泣かせた奴が地獄に堕ちるのは、竜騎士の間では常識だからだ。


 だが、意識を取り戻したクルスは、自分がずいぶんと柔らかい草の茂みに転がされていることに気づく。


「う……ん……?」


 風により、さわさわと木の葉の揺れる音が、優しく鼓膜を撫でていく。

 鼻孔に届くのは、土くれと草の匂い。戦いに明け暮れ、久しく嗅ぐことがなかった、平和の匂いだ。


 ここはどこだ。少なくとも、地獄ではない気がする。


 まして天国でもないだろう。だとすると、だ。


「……生きてる、のか……?」


 身体を動かそうとすると、激痛が走る。それでもクルスは身をよじり、自らの袖をまくり上げた。


 ペルフェクティオの解除キーであった刻印はそこにはない。つまり、役目を終えて消滅したことを意味する。完全兵器の暴走阻止には成功したのだ。


「(なら、まずは良いか……)」


 腕を投げ出し、クルスはため息をつく。再びクルスは目を閉じた。


 戦いは終わった。平和が訪れた。ならばもうしばらく、休ませてほしい。体力が回復したら、レジエッタを探しに行こう。あいつは怒るかもしれないが、それでも良い。ただ、早く会いたい。


「えっ、あっ……そ、そこに誰か倒れてます!? 大丈夫ですか!?」


 少女らしい声が、やけに遠く聞こえた気がした。

 多分自分のことだろう。驚かせて申し訳ないが、今は指一本動かせない。


 もう少ししたら起きるから、それまでは。クルスはそう考えて、再び、意識を手放した。


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