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EPISODE 02


「おい!何すんだよ?」

「はあ?何これ?」

俺が読んでいた雑誌を取り上げた美佐は,皮肉な笑みを作って言った。

「あんたオタクだったんだ。メイド喫茶って…。」

別に俺はオタクじゃないし,そういった店に行ったこともなかった。たまたま雑誌に採りあげられていた店の記事を読んでいただけだ。

「何読もうと俺の勝手だろ。」

俺は,乱暴に雑誌を奪い返した。これが,もともと機嫌の悪かった美佐の怒りに火をつけた。

「そんなに『ご主人さま』とか言われたいんだ?今からでも行けば?」

「ああ,そうするよ。少なくとも,こんなガサツで性格の悪い女と一緒にいるよりは,ずっとマシだからな。男なら誰だって,かわいくて素直な子が好きなんだよ。」

俺も,少しいらついていた。

美佐とつきあい始めてから一年が過ぎていた。大学で同じ少人数制の講義をとっていたので,自然と話すようになった。それから,音楽や映画の趣味が一緒だったりして,気づいたらつきあってたというパターンだ。お互いに気を遣わなくていい感じで,わりとうまくいっていた。俺が元カノの相談にのっていたことを美佐が知るまでは。別にヨリを戻そうとか考えてたわけじゃない。精神的に弱いところがあって,あまり友達のいない子だったんで,心配だっただけだ。たぶん,その元カノの服の好みと雑誌のメイド服が,美佐のなかで重なったんだろう。

美佐は,雑誌の写真を眺めていたが,意地悪く笑って言った。

「かわいい?プロのカメラマンなら,誰だってかわいく撮れるんじゃないの?」

「負け惜しみ言うなよ。少なくとも,お前よりはかわいいに決まってるから。」

俺も引けなくなっていた。すると,美佐は,鏡でメイクをチェックして,部屋の鍵を手に取った。俺は,わけがわからず訊いた。

「どこ行くんだよ?」

「その店に決まってるでしょ。あんたも行くの。かわいいメイドさんが,どれほどのものかこの目で見てやるから。」


「何よ,これ?こんなにオタクが多いなんて,この国はどうなってんの?」

「バカ。でかい声出すなよ。」

それから,1時間後。俺たちは,『カスタムめいどcafe』の店先に並んでいた。天気が悪かったにもかかわらず,行列ができていて,俺たちはずいぶん待たなければならなかった。それで,美佐の機嫌はさらに悪くなっていた。

「お帰りなさいませ。ご主人さま。お嬢さま。」

笑顔で迎えてくれたメイドさんを,美佐は敵意のこもった目でにらんだ。俺は,二人分の笑顔で彼女たちに応えて,ピンクと白でまとめられた店内に入った。

席に案内されると,美佐は乱暴に身体を椅子に投げ出した。そして,混み合った店内を動き回るメイドさんを値踏みするように眺め始めた。俺は,気まずさに耐えながら,『こんなかたちじゃなかったら,楽しく過ごせたのにな。』と思っていた。メイドさんたちは,うわさ通りかわいかった。意外と女性客が多く,店内は微笑みにあふれ,「良識的な大人」が言うような不健全な場所とはほど遠かった。

「ふん。まあまあ,ってとこね。でも,言われてるほどじゃないけど。」

「もういいだろ?メイドさんと張りあうなんてバカなこと考えるなよ。」

俺は,美佐の毒舌をやめさせたかった。店内の和やかな雰囲気を壊したくなくて,そう言っただけだ。それが,後になって悔やまれる展開を呼び込んだ。美佐の表情が,またけわしくなった。

「バカなこと?わたしがここで働いてても,全然違和感ないと思うけどね。」

「やめろって。ここは,『メイド界の早慶』みたいなもんだよ。」

「ふーん。早慶の偏差値って,そんなに低かったっけ?意外と簡単に受かりそうじゃない?面接受けてみようかな。」

「やめとけって。恥かくだけ…。」

「お話中に申し訳ありません。ご注文よろしいでしょうか?」

気づくと,雑誌で見たことのあるメイドさんが立っていた。少し気まずそうに微笑む姿がかわいらしくて,こういう時『萌えー』って言うんだろうか,なんて思ってしまった。でも,美佐の次の言葉で,現実に引き戻された。

「ここ,今,採用の面接やってますか?」

俺は,あきれて,まじまじと美佐を見た。美佐は,不自然なすまし顔で相手の出方をうかがっていた。

「はい。詳しくはホームページを見ていただければ,と思います。」

メイドさんは,戸惑いながらも,穏やかな口調で対応してくれた。だが…。余裕を見せつけられた。そう感じた美佐は,挑戦的な目つきになって訊いた。

「わたし,受かりますか?」

もう耐えられなかった。美佐を強引に店の外に連れ出そう。そう思った時だ。俺の目の前に,すべてを包み込むような笑顔があった。

「はい。お嬢さまなら,きっと。一緒に働けるといいですね。」


「どんなもんじゃい!って,こういう時言うんだよね。」

美佐は,勝ち誇るように胸を張っていた。

面接で合格?俺は,冗談だと思った。なにしろ,あの店のことは,少し前まで雑誌の中の出来事だった。メイドさんたちを見たときも,『あっ!本物!』と言いそうになったくらいだ。

なんか口惜しかったから,俺は冷静を装って言った。

「まあ,『記念受験』でまぐれ合格ってこともあるさ。もう気が済んだろ?」

「気が済む,って…。」

美佐は,少し言いにくそうにして,続けた。

「とりあえず,やってみるよ。ちょうど今のバイトやめようと思ってたとこだし。」

美佐が『カスタムめいど』?まったく実感がわかなかった。ありえないと思った。ガサツで,気の利かない美佐と,あのメイドさんたちの笑顔が,俺にはどうしても結びつかなかった。

『すぐにやめるだろ。無理がありすぎるから。』

 俺は,そう思うことにした。しかし,店のサイトで,新人メイドとして写真付きで紹介された時だ。メイド服に身を包んで笑顔を見せる美佐を見て,意外にハマっていると思ってしまった。それが,なぜか無性に腹立たしかった。

それから,美佐は,会うたびに店でのことを楽しそうに話した。先輩のメイドさんたちと食事に行ったこと。常連客が名前を覚えてくれたこと。近いうちに雑誌の取材が来ること…。


めまぐるしく変わる美佐の生活に戸惑っているうちに,1か月過ぎていた。その日,俺は,美佐とよく待ち合わせに使っていた池袋のカフェにいた。なんの変哲もない,ごく普通の喫茶店。いつも通りの店内の様子に,なぜか安心感を覚えていた。

週末に会うのは,久しぶりだった。彼女の部屋に行くことも少なくなり,大学の学食で昼食を食べる時も,どことなくぎこちなさが感じられた。

『ここなら自然に話せるかもしれない。』

そんなふうに思っていると,約束の時間に少し遅れて美佐が入ってきた。美佐は,店内を見回しながら,のんきな様子で言った。

「こういう喫茶店久しぶりだから,なんか新鮮だね。」

いつもの美佐だった。俺は,時間が戻ったような気がしていた。すべて夢だったんじゃないか,とさえ思った。でも…。

「あっ。すいません。すぐ出るんで。ごめんなさい。」

ウエイトレスが注文をとりに来た時,美佐はそう言った。俺は,あわてて訊いた。

「え?だって…今日は,バイト入ってないんだろ?」

「うん。でも,先輩のメイドさんの誕生日会だから,みんなでお祝いしないと。イベントの時ってシフトに入ってない子も,お客さんとして行くこと多いみたいなんだ。ごめん。また,今度うめあわせするから。」

「だからって…。」

俺は,何も言えなかった。すると,美佐は定期入れを取り出しながら言った。

「こっちから呼び出しておいて,ごめんね。今日は,渡したいものがあったから。ほら,これ。」


日が傾き始めた頃,俺は秋葉原駅に降り立った。そして,あの日雑誌を手に美佐と歩いた道をたどった。曖昧な記憶に振り回されながら,店にたどり着いてみると,列は予想以上の長さだった。

並んでいる間,前後にいたグループの話が耳に入ってきた。『ららちゃんが…。』店での彼女の名前が会話に出るたび,俺はドキッとさせられた。特に悪口などはなかったが,心臓に悪かった。だから,店内に案内された時には,心底ほっとした。

『誕生会』は,店の一角をステージに見立てて行われていた。席についたとき,見たことのないメイドさんが,誕生日を迎えた感想と『ご主人さま』たちへの感謝を述べているところだった。見回すと,美佐は,『ステージ』近くに座り,笑顔で同僚を祝福していた。

しばらくして,メイドさんが拍手に送られて店の奥に消えると,身体の向きを変えた美佐と目が合った。美佐は,驚いた顔をしてすぐ目をそらした。それから,お互いを気にして,盗み見するような気まずい時間が流れた。注文をとりに来たメイドさんの話にも,テキトウに相づちを打った俺は,運ばれてきたアイスコーヒーを一気に喉に流し込んだ。

グラスから視線を移すと,常連らしき男たちが,美佐に話しかけていた。『ららちゃん。今度またオムライスに絵を描いてよ。』そんな声が聞こえてきた。すると,美佐は,うれしそうにうなずいた。あのホームページに載っていた写真の笑顔だった。

初めて部屋に行った時,美佐は,かなり無理して豪華な食事を作ってくれた。でも,その少し後,急に会いたくなって部屋に行った時,『こんなものしかできないけど…。』と言って作ってくれたオムライス。なぜかそのほうがうれしかったのを思い出した。

「そんなんじゃない。」

そうつぶやいた俺は,手荷物をつかみ,入り口に向かって歩き始めた。


しばらく歩き回った俺は,公園のベンチに座り込んだ。すでに辺りは,薄暗くなっていた。メールを打とうと思ったけど,何も思い浮かばず,携帯を置いた。そして,しばらく駅に出入りする人たちをぼんやりと眺めていた。

「携帯,落ちてるよ。」

顔を上げると,見覚えのない中年の男が,俺の前に立っていた。

「あっ…。どうも。」

俺は,足下にあった携帯を拾い上げて,軽く頭を下げた。すると,男は,俺の顔をのぞき込んで言った。

「違ってたら,ごめん。君,ららちゃんの彼氏?」

俺は,驚いて男を見つめ返した。やはり,記憶になかった。

「さっき,『カスタムめいど』にいただろ?」

「は,はい…。」

客だったようだ。俺は,美佐のことが気になって,他の客なんて,まるで気にしてなかった。それにしても,なぜ俺たちのことを?考えをめぐらしていると,男が先回りした。

「なぜわかったか,って?」

「…ええ。」

男は,俺のとなりに腰を下ろして言った。

「はじめはストーカーかと思ったよ。誕生日のメイドさんなんか眼中にない,って感じで,すごい目つきで彼女だけを見てたからね。でも,彼女の態度を見てて,わかった。あれは,イヤな客を見る目じゃなかったから。」

俺は,自分の愚かさに自己嫌悪に陥った。空気の読めない,場違いな客だったことにまるで気づいてなかったわけだ。

「すいません。俺…。」

「あれ?ダテに歳くってないとかって思った?ま,あの店で,あんなに辛そうな顔した『ご主人さま』も,そうはいないからさ。」

男は,悪戯な笑みを浮かべていた。俺は,改めて男を観察してみた。いわゆるオタクという感じではないし,遊び人といった様子でもなかった。かといって,体育会系でもなく…。すると,男は,また俺の考えていることを察したようだった。

「ああ。俺?怪しい者じゃない,って言ったら,余計怪しいけど,別にただの客だよ。まあ,そこそこ常連の。」

「他のメイド喫茶にも…よく行くんですか?」

俺は,どう反応したらいいのかわからず,どうでもいいことを訊いた。男は,タバコに火をつけて,大きく煙を吐き出してから答えた。

「うん。ま,それなりにね。」

「そうですか。あの,楽しいんですか,やっぱり?」

そう言ってから,俺は,『しまった!』と思った。男は,まっすぐに俺を見て,口を開いた。

「君から見たら,メイド・カフェに入り浸る男は奇妙に見える?」

そういうつもりじゃなかった。会話が途切れると気まずくなりそうで,

とりあえず訊いただけだ。俺自身,美佐のことを別にすれば,あの店を好きになれそうだと思った。だから,他の店も同じような雰囲気なのか

少し知りたかった。怒らせるつもりなんて…。

「そうだろうな。」

意外なことに男は笑っていた。俺は,とにかくフォローしようとして言った。

「俺,ああいう店ほとんど行ったことなくて,だから,その…純粋に訊いてみたかったというか…。」

「いや。気にしなくていいよ。会社の同僚からも言われるからね。『俺なら,キャバクラ行く。』とか。」

よくわからない展開になった。そう思いながら,俺は,この男に興味を持ち始めていた。

「行ったことないからわからないんですが,キャバクラより楽しいんですか?」

「うん。確かに,キャバクラなら多少のおさわりもあるし,女の子を口説くのも問題ないよ。でも,女の子の多くは,好きでやってないってことがわかるんだ。給料が高いから働いてるんだよね。その点,君も聞いてるかもしれないけど,メイドの時給って,意外と低いんだよ。」

「ああ。確かに…。」

美佐の経済観念は変わってなかった。コンビニで菓子ひとつ買うのに相変わらず迷っていたのを思い出した。

「メイドは,好きじゃなきゃできないよ。店にいるとさ,それが伝わる瞬間があって,それがいいんだよ。」

わかるような気がした。店に行く途中,駅の周辺でチラシを配っているメイドさんを何人も見かけた。明らかに好奇心だけで近づいてくる人たちに囲まれている子もいた。確かに,メイド服が好きでなければ,辛い仕事だろう。

「ところで,君は大学生?」

男は,タバコを地面でもみ消しながら訊いた。俺がうなずくと,彼は,意外なことを口にした。

「大学の学園祭は楽しい?」

「学祭ですか?どうかな。微妙…ですかね。」

俺は曖昧に答えた。男は,予想していた,といった様子でうなずいた。

「そうだろうな。今は,楽しいこといっぱいありそうだからね。でも,俺たちが,学生の頃なんて,そんなに娯楽がなかったから,学生生活で学園祭だけが楽しみみたいな感じだったよ。」

男の若い頃を想像してみた。年齢からすると,「バブル」の頃だと思った。

「ディスコ…とか行かなかったんですか?」

「ああ。周りのヤツらは,行ってたよ。俺は,ちょっと遠慮したかったね。黒服の連中に偉そうに『服装チェック』されるのとか考えるとね。」

服のセンスが悪いと店に入れない。80年代の知識が乏しい俺でも聞いたことがあったけど,ちょっと理解できないシステムだ。

「その点,この街は敷居が低いからさ。ダサい服着てたって,コスプレしてたって,問題なしだろ。」

「ええ。」

「なんだか,ここに来ると懐かしい感じがしてさ。何しろ,『一年じゅう学園祭』みたいな街だからね。」

男は,どこか遠いところを見て,微笑んでいた。その横顔を見つめている俺の耳に大きな音が飛び込んできた。気づくと,公園にコスプレをした集団が集まっていて,アニメソングらしき曲に合わせて踊り始めた。

「いい歳して,学園祭について語るダメ人間なんて,キモイよな。」

俺に向き直った男がつぶやいた。俺は,あわてて首を横に振った。

「いえ,そんな…。」

「いいんだ。君くらいの歳だとわからなくて当然だよ。それに…。」

男は,ちょっと上目遣いになって,また悪戯っぽく笑った。

「あんなかわいい彼女がいたらね。」

「かわいいなんて…。ほんとは,あんなんじゃないんです。」

どうしてか俺の口から,言葉が滑り出していた。

「ガサツで,生意気で,気まぐれで。ほんと,あの店でメイドをする資格なんてないんです。ガラにもないっていうか。みんなだまされてますよ。今日だって…。」

言いかけて,俺は我に返った。男は,続けるように促した。

「大丈夫。2ちゃんねるに書き込んだりしないから。」

「そんなこと思ってないですけど…。」

美佐がメイドをしていることは,友達にも言ってなかった。それが,

なぜ見ず知らずの男に…?でも,なぜか聞いてほしい気がしていた。あの店の常連なら,何かいい情報をくれるかもしれない。俺は,そう思うことにした。

「今日の昼,大学以外の場所で会ったんです。久しぶりだったから,いろいろ話したいことがあったんだけど…。」

「うん。」

「でも,それが…。」

俺は,カバンの中をさぐり,手に取ったものを男に差し出した。

「こんなもの一枚渡しただけで,すぐに店に戻るって…。」

「ラミカだね。」

確か,美佐もそう言っていた。『ラミネート・カード』の略らしい。男は,受け取って,それを街灯の明かりに当てた。

「いいね。かわいく撮れてる。」

写真の美佐は,店で客に見せていたのとは,ちょっと違う,照れたような笑顔でポーズをとっていた。

「そういう問題じゃないですよ。」

「なんだよ。結局,おのろけだ。」

男は,俺にカードを返して,ベンチから立ち上がった。

「え?なんで…。」

俺は,わけがわからず訊いた。男は,わざとがっかりしたような声を作って,言った。

「それ,発売前のやつだよ。彼女の初ラミカなんだ。君に真っ先に見せたかったんだろうな。」

「俺に…?」

初めてのラミカ。美佐は,そんなことは言わなかった。押しつけるように俺に手渡すと,バタバタと出て行った。

「このあいだ店に行った時,俺が注文したものを,ららちゃんが運んで来てくれたんだ。で,追加で注文したものも彼女が運んでくれたんだけど。その時,彼女言ったんだ。『来るのが私ばっかりで,ごめんなさい。』って。すまなそうにね。他にも,かわいい子はいるけど,なかなかこんな子はいない,って思ったよ。それで…。」

反応に困っている俺の肩に,男が右手をのせた。

「君にお願いがあるんだ。」

俺は,一瞬身体を硬くして身構えた。でも,男の寂しげな表情に自然と力が抜けていった。

「お願いって?」

「ららちゃんに…『ありがとう。』って…伝えてほしいんだ。」

さらにわからない展開になった。けど,それが言いたくて俺に声をかけた,ということはわかった。俺から手を離すと,男は,照れくさそうにして続けた。

「実は,前に別の店に…その,なんていうか…好意を持ってたメイドがいたんだが,その店がなくなって…。『さよなら』も言えなかった。それが辛くてね…しばらくメイド・カフェには行ってなかったんだ…でも,友達に連れられて,久しぶりにあの店に行ったら,彼女がいて…。で,その時,ああ言われて…なんか,その…『やっぱり,こういう店,嫌いになれない。』って,わかったんだ。だから…。ああ!何言ってんだ,いい年して。情けねえ…。」

顔を隠すようにして,男は頭をかきむしった。ずっと俺に見せようとしてた『大人の余裕』が完全に崩壊したみたいだった。

男は,背を向けて,2,3歩踏み出した。かすかにため息混じりの声が聞こえてきた。

「ごめん。変なこと頼んだりして。」

心なしか,男の肩が下がっているように見えた。俺は,なんだかもどかしくなって言った。

「自分で言えばいいじゃないですか,そんなこと。」

「うん。でも,なかなか言い出せなくてね。ほんとダメだよね。実は,地方に転勤が決まってて,しばらく,来れそうにないんだ。」

男は,また数歩俺から遠ざかった。

「だったら,店に戻れば,今ならまだ…。」

なぜそんなに熱くなったのかわからない。俺の声は大きくなっていた。

「やめとくよ。」

男が,振り返った。そして,また悪戯っぽい笑みを見せた。

「彼女は,今日は『お嬢さま』として店に来てる。そこでそんなこと言い出すほど,KY?じゃないよ。だから,もういいんだ。」

男は,手を振って歩き始めた。公園の入口で,街灯が,ちょっと立ち止まった彼の表情を映しだした。踊っている若者を見ている視線は,すごく優しかった。

「学園祭か…。ヘンなオッサン。」

そう言った俺は,なぜか悪い気分じゃなかった。


〜 オムライス・クレイジー EPISODE 02 『学園祭の街』 〜





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