EPISODE 01
オムライス・クレイジー EPISODE 01
やってしまった,かもしれない。「洋食屋」で出されるカレーは好きだけど,辛すぎるエスニック・カレーは苦手だから,他の答えを探したんだった。でも,やっぱり「カレー」って言えばよかった。好きな食べ物を訊かれて,「オムライス」と答えるなんて,不覚にもほどがあった。
しばらくして気づいた。僕は,「アキバ系」だと思われたかもしれない。
数年ぶりに好きな子ができた。三十歳を過ぎて,急に増えた見合い話を断り続けてきた。今さら同年代とつきあう気なんてない。男なら,若い子にモテてなんぼだろう。
彼女とは,野外ロック・フェスの会場で知り合った。今年の夏,毎年一緒に行っている友達の都合が悪くなった。一人で行くのもさみしいから,オフィシャル・サイトで「仲間募集」してる人にメールを送った。
彼女も,その人にメールを送っていて,現地で出会ったわけだ。
一回り以上歳の差があるけど,不思議とすぐうち解け,秋以降一緒にライブに行ったりするようになった。僕の勤める会社と彼女の大学が近いということもよかったみたいだ。
若いし,かわいい子だから,「ダメもと」で誘ったんだけど,ほんとによかった。こうなったら,なんとかつきあいたい。もしかしたら,意外といけるかも。そんなふうに考えてたら,彼女があんな質問をしてきた。好きな食べ物を訊くってことは,手料理を作りに部屋に来てくれるつもりかもしれない。
そうだ。これはチャンスだ。オムライスを好きになったエピソードを何か考えればいい。いやなことがあったとき,よく母親が作ってくれたとか。ダメだ。それじゃ,マザコンじゃないか。だったら,亡くなったばあちゃんが…。家族から離れよう。他に何かないか?ここをうまく切り抜ければ,彼女の手料理だ。しかも,その後は,僕の部屋で…。え?へ,部屋って…。ああ。最悪だ。今頃,「部屋に行ったりしたら,そのまま監禁されるかもしれない。」って,おびえてるに決まってる。
世間の人たちは,今オムライスのことをどう思っているんだろう。僕は,パソコンを起動して,「Yahoo!」で検索してみる。約460万件ヒット。何ページか見てみたが,ほっとした。メイド喫茶に関わるものは,見あたらない。そうだ。考えすぎだったんだ。
気が楽になった僕は,何気なく「ウィキペディア」を開く。「日本独自のコメ料理」。「和製語である」。「『オムライス発祥の店』を自称する店はいくつかある…」。なるほど,なんてうなずきながら,画面をスクロールさせた僕は,息をのんだ。「昨今では多くのメイド喫茶の定番メニュー」。やはり,ダメだ。アキバ系決定だ。僕は,サイトを閉じ,頭を抱えた。
もう自分ではどうにもならない。誰かに相談するしかない。僕の頭に,よく秋葉原に行くと言っていた大学の同期生の顔が浮かぶ。無責任なヤツだけど,今は頼るしかない。久しぶりに電話してみるか。
「あ,久しぶり。突然でわるいんだけど,訊きたいことがあってな。世間一般の人って,オムライスと聞いてどのくらいメイド・カフェを想像するもんかな?秋葉原を連想させる食べ物かどうかって…。」
「は?なんだよ,それ。ほんと突然だな。んー。考えたこともないけど,まあ,おでんといい勝負ってとこだろ。『うまい棒』よりは上なんじゃねえの。」
つかえねえヤツ。さっさと電話を切って,作戦の練り直しだ。
「あっ。悪い。ちょっと,用事思い出した。それじゃ,また…。」
「おう。よくわかんねえけど,そのうち案内してやるよ。いい店連れてってやるからな。」
ええっ!?ちょ,ちょっと待ってくれ。こんなはずじゃ…。
「いや。そういうんじゃなくて…。興味あるとかじゃなくて,その…。」
「わかってるって。俺に電話してきたヤツは,みんなそう言うんだ。じゃ,またな。」
電話なんかするんじゃなかった…。近日中に僕は,名実ともに「アキバ系」になってしまう。
「あっ。ここ。学食に飽きちゃった時,来ることにしてるんだよ。」
彼女からランチに誘われた僕は,会社近くのレストランに来ている。窓際のテーブルについた時,OLらしき女性グループの視線を感じた。無理もない。初めからつり合わない二人だったのかもな。サラリーマンの僕と,パンク系ファッションの彼女。きっと,援助交際だと思われてるんだろう。いや。今は,人目を気にしてる場合じゃない。フォローする最後のチャンスかもしれない。よし。口を開こうとした瞬間,ウェイトレスが注文をとりに来た。
「あ。カレーライスください。」
「わたし,オムライス。」
え?僕を試してるのか?そうだ。彼女は,メニューにオムライスのある店に僕を連れてきて,反応を見ようとしてるんだ。とりあえずオムライスから話題をそらそう。
「この店には,いつ頃から…。」
「なんだ。てっきりオムライスにすると思ってたのに。」
彼女はテーブルにほおづえをついて,僕の顔をのぞき込む。その瞳は,見方によっては探るように輝いている。さすが,パンク少女。無邪気に見えて,意外としたたかかもしれない。ドクロのチェーンは,ダテじゃないってことか。ダメだ。彼女のペースに飲まれてはいけない。とにかくオムライスから離れるんだ。
「オムライスは,よく食べるから,今日は別のものがいいなって…。」
えええっ!?やっちまったぁぁっ!!メイド・カフェの常連であることをカミングアウトしたも同然じゃないか。なんて愚かなんだ。
僕の頭で,小学生の頃の嫌な記憶が再生される。あの頃のアダ名は,「三振男」だった。クラス対抗ソフトボール大会,最終回ツーアウト満塁の場面で,力みすぎて三振してしまった。それからは,瀬戸際の弱さに定評のある人生を送ってきた。第1志望の会社の面接でも,気合いを入れすぎて,部屋のドアノブを壊し,動揺してシドロモドロになったんだった。あ,その前に大学入試の時に…ん?
ふと我に返ると,彼女が怪訝そうに僕を見ている。そうだ。まだ終わってない。でも,かけひきで勝ち目はなさそうだ。こうなったら,なんのひねりもなく否定するんだ。もうそれしかない。『僕はアキバ系じゃないよ。』それだけ言えばいい。よし。覚悟はできた。僕は,拳に力を込める。
「あ,あの,オムライスっていうと,やっぱり秋葉原が…。」
「あーっ!やっぱりぃっ!」
彼女は目を見開いて僕を見ている。…終わった,完全に。
はじめから無理だったんだ。高望みしすぎだ。「三振男」のくせに,こんなかわいい子と…。でも,とりあえず,何か言わないと…。
「あの…その…。」
「デミグラスソースのかかってるオムライスって,つまんないよね。」
えっ?今,なんて言った?
戸惑う僕の前で,彼女の顔いっぱいに笑みが広がっていく。
3日後。僕は,買い物に来ている。もう2時間も歩き回っているが,何を買ったらいいのかわからない。僕は,あの同期生に電話する。
「あ。うん。いや,ちょっと急用なんだ。なあ,そのうちなんて言わず,今すぐ来て,チェックのシャツとリュックを選んでくれよ。彼女に『ニセアキバ系だとバレたら,お前のせいだからな。」
~オムライス・クレイジー EPISODE 01 『悩む男』~