幻の花の帰還
今回からは3000字程です、あと一章です。
頻度下がると思います。
宴夢は、その時暇を持て余していた。仕事を現に押し付けたのが主な理由だが、そもそも実験体を引っ張ってくるのは宴夢と現が交代で担当すると決まっていた仕事なので、押し付けたというよりもきっちりやらせたと言った方がいいだろう。参考までにいっておくが、現は直近20回程は宴夢にさりげなく押し付けていた。
「と、いうワケで、亜未チャン〜現ねぇハ?」
「今は私の案内通りに進んでますよ。って、宴夢姉様!?なんで来たんですか!?」
「暇だったからネ。」
「……あ、そういえば、確かに……。あ、現姐様、次は右ですよ。」
仕事に戻った亜未を見遣りながら、勝手にベットに転がる。身体年齢は6歳なのだと思わされる行動に、亜未は慣れているのだろうか、咎めることもしない。むしろ微笑ましそうに眺めたりしていた。
唐突に、電話のベルがやかましく鳴る。目覚まし時計のベルの様な音に、宴夢が電話に近ずいた。迷いなく受話器をとる。この電話は建物内専用なので、間違い電話など有り得ないのだ。受話器を耳にあてる宴夢。と、すぐに受話器から漏れ出す程の大声を出す電話相手。
「宴夢さア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ん!!!」
「五月蝿いヨ!!」
どうしたの?と訊ねる宴夢に、電話相手のイゲルが泣きそうな声で言った。
「あの悪魔、帰ってきたんですよぉ……。」
「え、すぐ行くネ!!」
ガチャン。
通話を終え、ニッコリと珍しく年応相の可愛らしい笑みを浮かべる彼女。青髪の少女に、背後から声をかける。
「少し、イゲルのとこ行ってくるネ♪」
「え……ああ、分かりました。」
何故だか残念そうな表情の少女。彼女を余所に、宴夢は部屋を出た。
ポケットから無線機を取り出し、イゲルにかける。
「宴夢さん、早く来てぇ……。」
「行くけど、何処?」
無線の向こうで、少年がため息をついた。やはり、ここの住民は皆宴夢で苦労しているようだ。「玄関前だよ、ボスとリゲルもいる。」
「分かったヨ。」
応えると、宴夢は無線をきった。階段の方へ走り出す。タッタッタッと子気味良い音をたてて走っていく彼女は、部屋を出た時の笑みを保っていた。
「ここです、宴夢さん。」
「騒がしいネ〜〜。」
「呑気に言ってる場合じゃないですよ……。」
玄関ホール一歩手間の扉に手をかけ、イゲルが言う。口調は出来るだけ普段通りにしようと心がけたようだが、震えが隠せていなかった。扉を隔てた向こう側から聞こえてくる怒鳴り声、叫び声を思えば、当然だろうが。
しかも、怒鳴っているのは彼の上司。叫んでいるのは彼にとっての悪魔。冷静でいられる人は、きっと恐怖心を知らないに違いない。
「……あのぉ…………。」
「ナニ?」
おずおずと訊いてくるイゲルに宴夢が応える。と、イゲルが「どっちが開けます?」と言った。
「僕は嫌ですよ絶対!リゲルを身代わりにして、ギリギリのところで逃げて来たんですから!」
「え、リゲル、嫌がらなかったの?」
「あいつ、じゃんけんで負けたので。勝った方が宴夢さんに助けを求めることで一致したんですよね。」
「なるほどネ。」
「で、宴夢さん、頼んでいいですか?」
かなり必死そうな表情で訊くイゲル。何を彼にそこまでさせるのだろうか。それを知っている宴夢は、ニヤニヤとした笑顔を深め、秒で切り捨てる。
「ダメ。」
「お願いしますよぉ……。」
「ヤダ、面倒。」
「そこをなんとか……」
「出来ないヨ。」
「鬼ごっこ、付き合いますから……」
「イゲルが開けた方が、鬼ごっこより面白そうじゃン?」
「勘弁してください……。」
「あのメイドにちゅーされて来なヨ(笑)」
「笑わないでください!!」
「あのメイドにされるのは、嫌な気しないでショ?」
「初めての強引に奪われたんですよ!嫌です!」
「えー、メイドちゃんかわいーじゃナイ。」
「宴夢、そこまでにして。」
不毛な言い争いをしていた二人に、幼女の声が降ってきた。黒髪に白い髪飾り。幻の花と呼ばれる幼女だった。
黒髪の幼女が、宴夢の方に歩み寄る。と、宴夢の方が駆けていき抱き着いた。続けて、お互いを確かめ合うように抱擁を交わし続ける。
「幻花、元気だっタ?」
幻花、と呼ばれた彼女はコクコクと頷く。そのまま宴夢の胸のあたりに顔を埋め、言った。
「……変わってないね、宴夢。」
安心したかのような声音で言う幻花に、白髪の少女は「もう……」と珍しく慈しむように呟く。
「僕様ちゃんが変われないの、幻花だって知ってるでショ?」
「……そう、だったね。」
「心配、してくれたんダ?」
「いつも、離していたら何処かに行っちゃいそうだから……。」
「それより、ボスとメイドチャンハ?」
言われて、ハッとしたかのように離れる幻花。置いてけぼりになっていたイゲルといつものニヤニヤ笑いへと戻った宴夢に向き直り、覚悟を決めたかのように言った。
「……私が連れて帰った男の子のことで、揉めてるの。」
「「はあああああああああああああああああああっつ?!」」
いつも通りの大声で叫ぶイゲルと、珍しく叫ぶ宴夢。
「イゲル、知ってたノ?」
「すぐに逃げたから知らないってぇ!」
叫び声に気づいたのか、玄関ホールにいた人物がそろってこちらを向く。言い争っていたボスと呼ばれる青年とメイドチャンと呼ばれていた女性、彼女に撫で回されていたリゲル、そして…………。
…………宴夢の知らない、軽薄そうな男性が。
「……幻花、あいつのことなノ?」
「うん。」
「彼奴って酷い……って、あれ?幻花、俺の事説明してないカンジ?」
「そうだけど……」
「浮橋蓮馬。」
幻花がそう言うと、蓮馬と呼ばれた青年は微笑んだ。これからの騒動の主役となる、毒使いだった。
「……明の宮学園での、同級生なノ?」
一通り聞いた後で、宴夢が発した第一声。この場にいる全員の心の内を、疑問を、的確に突いていた。
「そうだけど?」
「幻花は、飛び級したんでしたっけ。」
肯定した幻花に、宴夢に呼ばれて来た亜未が確認するように問う。一つ頷き、続ける幼女。
「蓮馬は、優秀な毒遣いなの。でも……。」
「不真面目なせいで、不覚にも留年しちゃって〜〜。」
後を継ぐように言った青年に、視線が集中する。皆分かっているのだ。幾ら優秀でも、たとえメンバーに気に入られたとしても、このような形でここに来ることは不可能だ。メイドのように、使用人の類いとして雇われようとする者は有り得るが。この青年の場合は、雇われようとしている訳では無い。こんな人間、どこかが狂ってでもいないと居る筈がないのだ。場の注目が、幻花へと向かう。その目線の意味は分かっているようで、メンバーの意図に沿う回答をする彼女。
「彼は、毒の類いであれば殆どのものを作れるの。」
「人にちょこちょこ盛ってんだよね〜。」
相も変わらずの調子で物騒なことを言う蓮馬。それでさ、と続ける。
「学園では、何人か殺しかけたよね〜。」
「少しは悪びれなよ、蓮馬。」
「それだけなノ?」
「ん〜、それだけじゃ理由としては弱い?」
「私も出来ますから。」
一番の知識人である亜未の言に、頷く宴夢ら。もちろん、幻花とて考えは理解出来ているし、宴夢らとて、これだけではないことは理解出来ている。蓮馬が続ける。
「盛られた奴は、全員狂って日常生活を送れなくなったんだよね〜。」
「へ〜え、それでなんだネ。」
「「ぇぇえええ!!!」」
「最狂種の製造は、目的達成の為に必要ですからね。」
一応納得した彼女等。おかしな奴が増えることに危機感を抱く双子を他所に、ボスと呼ばれる青年が、戯けた様に言う。
「エロメイドの性奴隷かと思って焦ったじゃないか……。」
「酷い言い様ですね、や、と、い、ぬ、し、サ、マぁ?」
「「僕らへの態度があるから、ねぇ?」」
エロメイドの被害者の声が重なる。それに宴夢は頷き、亜未は呆れたようにメイドを見た。
「扱い酷くないですかぁー!!!」
叫び声が、玄関ホールにこだました。