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破滅への道標  作者: ぴーよん
零章
1/6




 こんな話を知ってる?

 ……悪夢が正夢になって、実験体として連れていかれるの。



 

 夢を見た。ような気がする。

 いや、間違いなく見たのだろう。

 恐ろしい、おぞましい夢を。

 でも、しかし。

 内容は、判然としないのだ。

 曖昧模糊で、よく分からなくて。

 ただ漠然と、恐怖の雰囲気を記憶しているだけだ。

 まあ、悪夢の類だと思って差し支えないだろう。

 現在の時刻は午前四時前。

 いつも学校には遅刻寸前で駆け込んでいる私にしては随分と早い。

 まだ、多くの人は眠りの中だろう。(それが穏やかなものかはこの際考えない。)

 私もいつもなら爆睡中だ。

 でもまあ、せっかく早く起きたのだ、ゲームでもしよう。

 そう考えてスマートフォンを取り出し、リズムゲームを開いた。



 この判断が間違っていたことに、気付かず。



「あー、ミスった!!!あとちょっとだったのに…………。」

 言いながらも、続ける。賑やかなゲームの音声が、夜明け前の静けさに吸い込まれる。

 タン、タン、タン、タン、シャンシャン、タン、タン……………………………。

 目に悪そうな光が、眩しいくらいに並んでいる。

 タン、タン、タン、タンタンタン、シヤシヤシヤシヤシヤ、タン、タン……………………。

 終了すると、甘ったるい少女の声が

「惜しかったね、次は頑張ってね!」

と言った。

 画面では、ツインテールの少女が手を振っていた。

 譜面の選択画面に戻って、時計を確認。

 六時半頃、出るのに丁度いい時間だった。

 学校に行く準備を済ませ、靴を履く。

 体育がある日はスニーカーなのだが、今日は体育がない為、ローファーだ。よく手入れしているので、買って暫く経った今でも綺麗なものである。(ちなみに、色は茶色だ。いらない情報。)

 ドアを開け、ようとした。が、そこで唐突に夢の記憶を思い出して、(キチキチ…………?)私はその場に座り込んだ。



 私は、学校へと歩き始めた。それなりに交通量の多い道。だが、人影はなかった。もう七時ちかくになるが、一月半ばのこの時期だ、まだ暗い。というか、まだ寝ている人もいるだろう。いつもと余り変わらず、家々は静寂に包まれていた。イヤホンをつけていなければこの静寂が奇妙なものだと気付けたのだろう。だが、生憎、私はイヤホンで音楽を聴いていた。

 暫くして、異変が(キチキチ)起き始めた。

 時折、バッタの飛ぶ時のような、奇妙な音が聞こえだしたのだ。イヤホンをしているのだが…………不思議に思いつつも音楽の音量をあげる私。己を見つめている影に、気付かず。



「あ~、そこは気付くところデショ?なんでかナ……僕様ちゃんがこんなヒントをわざわざだしてあげたのに、サ。」

 口調は残念そうに、しかし愉しげな声色で、少女は呟いた。緋色の瞳が、退屈げに細められる。長い、白磁器のような指が、白い髪の毛先を弄ぶ。

「こんな阿呆は初めてだよ、ネ……。だからこそ、玩具にはいいんだけド。」

 自分の身長の半分はあるだろう大きさの、カッターナイフのような禍々しい獲物。その刀身に己の顔を映し乍ら少女は咲う。

「遊ぶのが今から楽しみだヨ、ほんとに、ネ。」

 哀れな子羊は、気付くことなく歩いている。

 それに狼は呟くようにして語り掛ける。

「阿呆でいいかラ、ネ?」


『楽しませなよ?コワレナイデネ、?』



 学校へと歩き続ける私。だが、徐々に違和感を感じ始めていた。(キチキチ……キチ……)

「あれ、ここさっきも通ったよ、ね……?」

 もう家を出て数十分。プレイリスト通りに流していた音楽はもう三周目だ。しかも、(キチキチ……)、相も変わらず薄暗い。

 流石におかしいと思い、イヤホンを外す。と、奇妙なまでの静寂に出迎えられる。いつもなら聞こえるだろうフクロウの声、車の走る音も聞こえない。

「え……こんなに静かだっけ?」

 自分の呟いた声が想像以上に大きく聞こえ、僅かに瞠目。しかし、こうなってしまった理由に、心当たりはない。不可解さに、不安を感じる。

「帰ろうかな……?」

 くるりと反転し、帰ろうとする。が、それは叶わずまた学校へと体が向き直り、歩を進められる。思わず叫ぼうとするも、何故か口を閉じられる。

「なんで…………?何が起きてる……?」

 途端に湧き上がってきた恐怖の感情。しかし、叫ぶことも許されなかった。その時不意に、(キチキチ)聞こえてくるバッタの飛ぶ音らしき音が気にかかった。

 暫らくすると、突然足が公園の方へと向かった。抵抗を試みるも、意味は成さず。今まで以上に高まってきた恐怖に吐き気すら覚えながら、公園の中へ。入った瞬間、体が自由になる。その場にへたり込む私。手足が震え、頭が混乱し、呻くように呟く。

「な、んなの…………?」

 と、その時、だった。うしろから、水音がきこえてきたのは。

「今度は、何……………………!」

 後ろを向く。そうしたら、そこには…………。

……緋色の、水たまりが。

「ヒッ…………ぅああ……。」

 理性は決壊寸前。発狂しても、おかしくはなかった。周囲はまだまだ薄暗く、虫の音すらないほどに静かで、ただ血の滴が落ち、溜まっていく音だけが(キチキチ……)響いていた。孤独に、一人で待つ。


 どれほど時間がたっただろうか?時間の感覚が曖昧になってきたごろに、”彼女”はやってきた。

「キャハハ、怯えてる、怯えてる。僕様ちゃんの獲物を出し入れする音をバッタの飛ぶ音だと勘違いしてた割に、状況の把握は出来たんだネー?エライ、エライ。ほめてあげるヨ。」

 小学校低学年ほどだろうか。低い背丈だ。真っ黒なワンピースを着ているので、夜中であれば顔だけが浮かんで見えるだろう。白く長い髪の毛はおろされており、所々血で緋色に染められている。これだけでも十分すぎるほどに異様なのだが、それ以上に。カッターナイフのような形状の禍々しい武器が異彩を放っていた。少女の身長の半分ほどの長さがあり、刃は丁寧によく手入れされている。

 無邪気な狂気をはらんだ紅い瞳が、こちらを見据えて嗤った。すうっと背筋が冷たくなる。

「キミはね、僕様ちゃんとボスの玩具として選ばれたんだヨー?歓びな、悦びな?死んでしまうその時まで、可愛がってあげるヨ!」

 キチキチと音を立てて、獲物の刃が出されていく。紅い瞳が、ひときわ強い狂気の光を帯びる。コツ、と音をたてて一歩此方へ。唇から覗いた舌が、一周し、そして…………。

「また、現実でネ。」

 …………そして、夢から覚めたのだった。




 夢の内容を思い出し、恐怖に震える。と、その時あることに思い至った。”彼女”は、確か、また現実でと……。

 震える足を無理やり立たせ、ドアのレンズから外を覗く。心臓が張り裂けそうなほどに鳴って、膝が笑い、顔は恐れで歪んでいた。

「なんだ、いないじゃん。あはは…………」

 彼女の姿はなかった。白髪の悪魔は、来ていなかったのだ。だが次の瞬間、哀れな道化師は絶望のどん底に突き落とされることになる。

「アハハハハ、アハハハハハハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、アハ!あーおかしイ!君って莫迦だね阿呆だね愚かだね!姿が見えなくて安心しタ?僕様ちゃんはドアに張り付いてたんだヨー?見えるわけないでショ?」

 幼く甘い、狂気に満ちた声。忘れようのない、少女の声だった。このままでは、まずい。チェーンをかけて、鍵もかけなければ……しなければならないことはわかりきっていた。だがしかし、だれがこんな状況で真面に動けるだろう?底なしの絶望と恐怖にからめとられた少女はただ、へたり込んでしまうしかなかった。糸の切れてしまった、操り人形のように。

「開けるヨー?」

 ドアが壊された。少女が姿を現す。桃色の唇が弧を描き、細い指が獲物の刃を押し出す。キチキチ、キチキチ。狂ったような微笑を浮かべる少女に、ただ、恐れをなす。

 キチ、キチキチ、キチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチ……。

「大人しく、捕まえられてネ?」

 悲鳴ひとつ。血しぶきの音。切られた手足。そして残された、血だまり。

「任務、完了!」

 白髪の少女はひとつ頷き、少女の呼吸を確認。生きていることを確かめ、静かになった少女を引きずってその場を後にした。



『…………次のニュースです。今朝未明ごろ、市内のマンションで玄関のドアが破壊される事件がありました。現場には血痕が残されており、警察は、事件との関連を調べています。また、その家に住む○○▽さん〔14〕が行方不明になっており、こちらとも関係があるとみて捜査を進めているということです。……』

 と、其処で切られるテレビ。暗転する画面。みていた白髪の少女が、不満げに唇を尖らせると言った。

「ボス、切らなくていいじゃんカ。あとから来たくせにネ?」

「少しはニュースになってしまった不手際を詫びろ。もみ消すのは俺だぞ?」

 ボス、と呼ばれた青年は面倒そうに応じた。中肉中背、整えられた黒髪、黒い着物、穏やかそうな目元。右手には扇子があった。獲物以外は比較的普通の服装である少女と比べてみても、そのいでたちは相当不審だ。青年は続ける。

「あの実験体はどうだ?ものにはなりそうか?」

「玩具のこと?あれは駄目だヨ、話にならないネ。弱すぎるヨ。多分、狂えないネ。」

 肩をすくめて首を振る少女。手慣れた報告だ。

「そろそろ実験体を玩具というのをやめろ。」

 あきれたように言う青年。

「あの程度じゃないでしョ、最狂種の強さハ。普通の人間はあの程度でも壊れるんだと何度言ったヵ……。」

 少女が不満げに声をあげ、続ける。

「ボスは、一番怖くしても壊れなかったケドー?」

「あれは楽しかったな。さすが、人類最狂といったところか。」

「そういうボスは、人類最悪でショ?」

 笑いあう悪魔が二匹。青年が言う。

「次はどいつにするか?」

「ダーツでいいでショ?…せいっ。」

 数字の書かれた文字盤にダーツは吸い込まれるように刺さり、次の子羊が決定した。狼が笑う。

「今週中でいいだろう。」

「壊れないとイイナ!」

 ……最悪は、まだ始まったばかり。

 世界はひたすら、狂って逝くのだから。





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