私の過去
今回は、主人公の過去の話になり、一人語りが多くなっています。
辛い話になるかもしれません。
しかしながら、読んでいただけると、幸いです。
ひたすらに、折れ曲がる一本道を、進む。
「なーんだ、地図が無くったって、迷うことないじゃない!」
と、自分を鼓舞する。
夢の回廊は、雲の中を進むような、もやもやとした霧が立ち込めていて、周りの景色がよく分からない。そもそも、本当に一本道なのかもよく分からない。
それに、時計が無いから、時間の感覚が分からない。
回廊の天井に灯された、わずかな灯りをたよりに進んでいく。
「ここで本当に合ってるのかな…」
冷や汗が出てくる。
しばらく進むと、少し開けた場所に出た。
流石に、歩きなれて無いから、疲れたなあ。
「……喉、乾いた」
ああ、こうなるって知ってたら、もう少し水とか飲んできたのに……。
下を向いてため息をつく。
そこに、しゃがれた声が聞こえた。
「お嬢さん、水が欲しいかい?」
私は、バッと顔を上げた。
そこには、優しげな顔をしたおばあさんが立っていた。
さっきまで、誰もいなかったのに。
それに、この顔、どこかで見たことある。そんな気がした。
突然現れたおばあさんは、続けて言った。
「お嬢さん、水が欲しいかい?喉が乾いているんだろう?」
「は、はい……」
私は、恐る恐る頷いた。
すると、おばあさんは、どこからともなく、水筒を取り出した。
「ほれ、水だよ」
……なんだかそれは、私が以前使っていた水筒に似ていた。
私が躊躇っていると、おばあさんは、
「飲まないのかい?」
と、聞いてくる。
こんな急に現れた人に、水を貰っていいものか、それに、自分の持ち物によく似た水筒を持っていることも気にかかる。
だが、本当に喉が乾いていた。
「……すみません、頂いても…いいですか?」
「もちろんさ。これはお前さんのものだからね」
おばあさんは、意味深な言葉を放ちながら、またまた、どこからともなく現れた椅子に腰掛けて言った。
「お前さん、ここは、居心地がいいだろう?」
「……え?」
ドキリ、と心臓がはねる。
「ここには、お前を必要とする人が居る。やらなければいけないことが、ある。お前さんを必要としている。お前さんを拒まない。そして、あの頃のお前さんを知るものは、"ここには"、居ない。…お前さんには、とても良い環境だろう?」
「………」
「お前さんが変わりたい機会には、絶好のチャンスさ。このチャンス、逃すんじゃないよ」
パチン、とおばあさんはウインクをして、フッとおばあさんは消えた。
……そこで、唐突に思い出す。
「なんで、ばあばがここに…?」
そう、あのおばあさんは、私のおばあちゃんによく似ていた。でも、口調や雰囲気はかなり違っていたが。
そして、手にしていた水筒はいつの間にか消えていた。
急に、小さい頃の記憶が蘇る。
【綾乃のモノローグ】
私は、小さい頃は、よく出来た"良い子"だった。
小学校2年生の時、"友だち"の子と、雨上がりに鉄棒をしに行った。
雨に濡れた鉄棒を見て、その子はこう言った。
『綾乃ちゃん、ハンカチ貸して』
『…?うん』
私は、よく分からないまま、ハンカチを差し出した。
ママが買ってくれた、お気に入りのハンカチを。
………え?
私は、目を疑った。
その子は、その私のハンカチで、錆びている濡れた鉄棒を拭いていた。
『はい』
返されたハンカチは、錆だらけで汚れていた。
すぐさま私は、ハンカチを洗いに行った。
………"汚れ"は、落ちなかった。
その"友だち"とは、もうそれっきり連絡は取っていないし、顔もハッキリとは思い出せない。
いや、思い出したくない。
「……なんだってこんなこと、今更思い出すんだろ」
ばあばによく似たおばあさんは消えちゃうし、水筒も無くなっちゃうし。実はまだ飲んでなかったのに。
「……あぁっ、もうっ!」
私は勢い良く立ち上がる。
ダメだ。ここにこうして座っていると、嫌な事ばかり思い出す。
さっさと進んで、『たまごの花』をGETして、帰ろう。
一歩、また一歩と、歩き始める。
嫌な記憶を掘り起こしてしまったせいか、本当に嫌なことばかり思い出す。
足取りも重くなる。
……思い出してみれば、あの時の『汚れ』が発端だと思う。
小学校中学年の時は、男子とよく口論になっていた。
小学校高学年の時は、今思うと一番、普通だったんじゃないか。
だけど、高学年の時から、
なんだか急に、自分が『汚い』と思うようになった。
『見えない菌』がいる気がして。
原因は、よく分からなかった。
でも、今なら、思う。
あの時の『汚れ』から、全てが狂ったんだ。
そんなことは、言い訳かもしれないけど。
悶々としながら、道を進んで行く。
「……あ」
ここで、雅の言っていたことを思い出す。
『夢の回廊は、雲の中を進む、夢の回廊です。夢をみる感覚…と言われています』
じゃあ、もしかして、これは私の夢なのかな…。
私の後悔や罪悪感から来ている、夢、なのかな…?
自分を持っていれば大丈夫って言ってたけれど、そんなものは、私には無い。
そう、思った瞬間、歩いていた道が急に無くなった。
「え?!落とし穴?!」
「えーーー!!!」
そう叫んで、私は、下に、下に落ちていった。
次に目が覚めたのは、真っ暗な場所だった。
風がビュービューと鳴っている。
「もしかして、ここが、風の渦の扉…?」
辺りを見回すが、扉らしきものは見当たらない。深い闇が、私を取り巻くだけ。
雅の言ったことを、また思い出す。
『風の渦の扉は、たまごの花を採取することにその人物が値するか、という扉です』
恐い。唐突にそう思った。
「だ、誰か…居ないの……?」
すると、どこからともなく声が聞こえてきた。
───綾乃。これから、どうするの?
ママの声がした。
「え…」
───あなたが大学に行かないから、みんな困っているのよ─
───いつもいつも周りを振り回して─
───あなたが居なければ─
────あなたが居なければ─
─────あなたが居なければ─
──────楽だったのに────
声にならない叫びが、心の中で響く。
わかってる!わかってる!わかってるよ!
大学で大事なテストがあるのは、単位がかかってるから。
大学が始まってから、2ヶ月もしない内に根を上げて、不登校になってしまったから。
……だから、この大学のテストは、大事だったんだ。
【綾乃のモノローグ】
中学生の頃だった。
クラスでは、カーストランクが決まっていて、私は三軍だ。
三軍は、一軍、二軍よりも、もちろん立場が低い。
それでも、平和に、やってきたんだ。
それが、表面上だということは、後になってわかった。
当時の"友だち"は、悪口を沢山言う子達だった。私は、三軍より下には落ちたくなかった。だから、合わせてしまっていた。
そんな中、修学旅行で、大きな部屋に、8人で布団を敷くことになった。
皆は、空いたスペースを作って、布団は端に置こう。
そう話していた。
私は、その布団の位置が、どうしても端っこが良くて、ゴネていた。
前日の夜に、他の子の声がうるさくて、よく眠れなかったから。
静かな端っこがよかった。今日くらいはよく寝たかったのだ。
だけど、なかなか意見も通らなく、意見がすれ違っていく。
"友だち"が言った。
『綾乃ちゃんってさあ、いっつもそんなだよね、そんなんだから、
嫌われるんだよ。
もっと皆に合わせなよ。だいたい、いっつも思ってたんだけどさ……。今、皆で夜遊ぶ為に、布団は端にまとめて引こうって話してるじゃん。なんで皆の意見曲げてそんなこと言うの?なんなの?』
多分こんな内容のことを早口にまくし立てられた、気がする。
部屋は、とっても広かったのに……!
そう言い返す気力もなかった。
思い出したくない。だから、忘れていた。忘れていたかったのだ。
友だちだと、思っていた。上手くやっていたつもりだった。
なんでそこまで言われるのか、分からなかった。
私は、気が遠くなった。
どうしようも無い気持ちが込み上げて、
布団が閉まってあった押し入れに、【ろうじょう】した。
押し入れの中で、大泣きした。
なんで、布団のことでワガママを言ったことで、こんな風に言われなければいけないんだろう。
あの言葉は、今までの関係を無くすようなものだった。
皆は、『私は悪くない』
『事実を言っただけじゃん』
と、話しているのが、押し入れの中から、嫌でも聞こえた。
途中、『この子、こんな風に泣いてるよー!』
と、押し入れも開けられた。
その後、別の"友だち"が、慰めに来てくれて、
私も少し元気になって……
こんな風に過ごしてちゃ、せっかくの修学旅行も損だ。そう思った。
なんとなーく、まあるく収まったように思えた。
酷いことを言った"友だち"とも、
『さっきはごめんねー』
と、お互いに話をして。
夜にはカードゲームをしたりして。
異変に気が付いたのは、修学旅行から戻ってきた帰り道のことだ。
……慰めに来てくれた"友だち"の様子がなんだかおかしい。
なんだか、話しかけても、よそよそしいのだ。
私が鈍感だった、ということが、その時改めて感じた。
その次の日から、私は、酷いことを言った"友だち"達や、慰めに来てくれた"友だち"から、無視をされ始めた。
なんで?なんで?あの時、ごめんねって、言ったじゃない。許してくれたんじゃ、無かったの……?
私だって、謝ったじゃないか……。
私、そんなに悪いことを、したの?
私は、保健室の先生に、相談した。
先生は、先生も同席で"友だち"と話し合いをしよう、と言ってくれた。
これで、元通りの関係に戻れる。
そう、思った。
話し合いの席で、
その"友だち"は自分が慰めにいって"あげた"のに、私が、お礼を言わなかったから不機嫌なのだ。そう言った。
もう一人の、私に沢山の酷い言葉を浴びせた"友だち"も、謝ってくれた。
『明日から、またよろしくね』
次の日だった。
学校に行くと、やっぱり"友だち"達がよそよそしい。
そればかりか、もっともっと、無視をされるようになった。
どうして、こんな目にあわなくちゃいけないんだろう。
嫌がらせも、始まった。
挨拶をしても、返事がない。
私が話をしていた子たちの間に割って話をしてくる。
もちろん私は無視。
私が、教室のドアを通る。あからさまに、まるで汚いものを見たかのように、距離を置かれる。
そういう"友だち"の空気を感じ取ったのか、クラスの他の女子たちも、だんだんと私から距離を置いていった。
私は、ひとりぼっちになってしまった。
そんな状況に耐えきれなくなって、
『不登校』になった。
私は、悪くない。
そう、思いたかった。
私は、今すぐ叫び出したくなった。
視界が霞む。
私はあの時、そんなにワガママを言ったのだろうか。そんなに責められるようなことをしたのだろうか。
……いや、きっと元からあの子たちは私の事が気に食わなかったんだろう。
これが、私の一番嫌な記憶だ。
そして、
大学入学当初。
とてもエンジョイしていたと、自分でも思う。
でも、無理をしすぎたのか、ある日の朝、授業がある時に、起きることが出来なかった。
その後も、眠い、眠いと授業を引き伸ばし、気付くと、あんなに楽しかったはずの大学にも、行けなくなっていた。
行けない間は、ひたすらチャットができるオンラインゲームに走った。この世界だったら、この文字だけの世界なら、私は"本当の"私になれた気がした。
だけど、日が経つにつれて、思った。
友だちからどう見られているんだろう。
皆はあんなに頑張っているのに、私はこんなに怠けていて。
今更行ったって、どうせ単位は取れるわけが無い。
先生方にも迷惑をかけている。
……このままでも、いいんじゃないか?
色々な思いが交差する。
でも、心配してくれた先生と話して、頑張って、登校してみようって、思ったんだ。
だけど、大学に行くことは異世界に来たことによって”出来なかった”。
それでも、私は、その事に、どこかホッとしていた。
高校でも、人間関係で上手く立ち回りできなかった。
それで高校を転校して、その先でやっと入れた大学。
そうして、苦労したのに。それなのに、私は、”行かなくていい"事に内心ホッとしていたのだ。
ビュービュー
ゴーゴー
ビュービュー
ゴーゴー
風の勢いと、音が次第に増していく。
───どうして行かないの─なんであなたっていつもそうなの─そんなんだから、嫌われるんだ─
「やめて…やめて…!お願い、もう、やめて……」
その時だった。
おでこがパッと熱くなり、辺りが明るくなった。
『………さん、……………のさん…あ…のさん、綾乃さん!』
「っ、!雅…」
雅の声がした。
辺りが銀色に煌めき出す。
そして、私を取り巻くように、光が降った。
銀色の光に包まれながら、私は聴いた。
…あの、悲しい歌を。
いや、違う。これは、悲しい歌なんかじゃない。
───♪
これは、保育園の卒園式の時に、皆の親御さんや私の両親も歌っていた曲。
卒園を祝して、歌っていた曲。
どうして、悲しい歌と思っていたのだろう。
──どうして、こんなに切なくなるんだろう。
雅や、キナコの声がする。
「今すぐじゃなくても、いいんです。ゆっくりゆっくり、綾乃さんのペースで向き合っていけばいいんですよ。綾乃さんはよく頑張りました」
「そうだにゃあ。綾乃は、もっと図太く生きるべきにゃあ」
「さあ、戻りましょう」
辺りが二人の声と、銀色の光で満たされて、私は目を閉じる。
そうだ…。私は
ずっと"誰か"に認めて、そんな風に言って欲しかったんだ……。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
次回から、また新しい展開を、と思っています。
よろしくお願いします。