異世界に来ちゃいました
目が覚めると、そこは一面の銀世界だった──。
周りに立つ木はまるで銀でできたような葉っぱで、木の幹は冷たく硬そうなこれまた銀色の幹。遠くにそびえる山々はうっすらと雪化粧をまとっていた。
「はっくしょん!!」
さ、寒い。
「ここ、どこ…?」
そういうと、聞こえは言いけど、そんな生ぬるいことじゃあなかったのだ。
漫画とかだったら、
『こんにちは!私、立花綾乃!18歳!なんか、異世界に飛ばされちゃった!どうしよう?!』
とかから、始まるのかなー…なんて、呑気なこと考えてる場合じゃない!!
ちょっと記憶を遡ろう。
昨日は私は自分の家の自分の部屋で寝た。そして、目覚まし時計がなって起きた。そしたら、こんな銀世界が広がっていた…。
「これはきっと、夢!そう!夢だ」
この手の夢は何度も見ている。
早く起きて支度をしなければ。
今日は大学で大事なテストがあるんだから。
そう思いながら頬を叩く。
「い、痛い……」
手も頬も痛いのと寒いのとでジンジンする。
この、シュールすぎる状況にツッコミを入れたい。
「第一に!なんで、こんな屋外に私のベッドだけがあるのーー!!!」
そう。銀世界の中に明らかにこの世界と全く異質な物。それは、私とこのベッドにほかならない。
「うぅ、寒い……」
それもそのはず。私は夏物のパジャマ姿でこんな銀世界に放り出されている。なんでかって?
もちろん、今が夏だからよ!!
寝起きと、このありえない世界に頭が痛くなってくるが…。考えろ、考えろ私。
昨日は、23時に寝た。もちろん自分の家で。そして、6時に目覚まし時計のアラームをセットし、寝た。
そして、目覚まし時計が鳴ったから、起きたら…。この一面に広がる銀世界!
私は自慢では無いが小説やマンガ、アニメなどで異世界物が好きだ。だからこそ分かる……。
「ここはどこーーー?!」
そう叫んだって答える人は居ない。
周りを見渡したって、誰もいないし……。
まず、分かっているのはここは私の元いた世界では無い、という事だ。
「ど、どうしよう…?」
と、足元の布団がモゾモゾと動いている。
恐る恐るめくると……。
「うわぁ?!」
そこには、私が以前飼っていた、猫の『にゃあ』がいた。以前飼っていていた、というのは私が目を一瞬離した隙に逃げてしまったから。その後、必死に捜索したけど、見つからなかった。
その、『にゃあ』がどうしてこんな所に?!
そんなことを考えていると……。
「にゃーあ」
にゃあが私に近付いて甘えてくるではないか。
あぁ、こんな非常事態だけど、久しぶりに会えて嬉しい……!
にゃあを抱きあげようとした、その時。にゃあは、スルりと私の手を離れ、銀世界の地面に降り立った。その途端、山の方角に走り出してしまった。
「なんで?!」
こんな感動の再会なのに?!そこは、こう、なんか助けてくれる感じじゃなくて!?こんな銀世界にひとりぼっちなんて…、そんなの異世界的に超有り得ない!!
「……」
この、ベッドを降りるのは…怖い。なんだか、降りたらこの世界を受け入れなければいけない気がする。しかし……。
「ひとりぼっちはもっと嫌だぁあ!」
そう、叫んで私はにゃあの後を追いかけた。
走る。走る。走る。
しかし、私は忘れていた。
「私、体育得意じゃ無かったぁあ!」
持久走なんて特に苦手。出席はしていたけれど、いつも最下位だった。
そんな私を見透かすように、にゃあは少し走っては止まる。そして、私が追いかけると走り出し、私が止まるとにゃあも止まる。まるで、私をどこかへ案内したいみたい。
どれだけ走っただろうか。いや、きっとそこまで長い距離は走っていないのだろう、が、ひらけた場所に出た。目の前には湖が広がっている。ふと、にゃあが止まった。そして、湖の側に立っている大きな一本の木の影に、トトっと隠れてしまった。
「ま、待って……」
どこからか、歌が聞こえてくる。どこか懐かしい、けれど、悲しい歌。
あれ…。木のふもとに人がいる……。にゃあもいる……。
私の意識は、フッと途切れた。
遠くで誰かが呼んでいる。
「ママ…?」
いや、違う。この声は……。
「……のさん、…あ…さん、…あやのさん!綾乃さん!!」
バッっと、身を起こす。ドンッと鈍い音。
「「痛い」」
え。なんか起きたらおでこ痛いんですけど。
しかも、目の前にいる、男性もおでこを痛そうにしている。
……ああ。この展開は、私を助けてくれたのか。
ん、待て待て。なんか私、名前呼ばれなかった?なんでこの人、私の名前知ってるの……?
「綾乃さん、よかった…!生きててよかった……!」
え、私そんなに重症だったのか。
男性は、何故か私に抱きつき、めそめそと泣いている。とりあえず背中をさすりながら、私は周りを見回す。
「うわぁ……!」
白い家。そう、初めに受けた印象はそんな感じ。でも、木の匂いがする。あぁ、ここの木は白いのかなぁ…。
私が寝ていたのは、ふかふかの白いベッドだった。なんか高級ホテルみたい……。
なーんて悠長なことを考えていると、なにやら頭が重い。助けてくれたらしい男性の背中をさするのを止めて、頭を触ってみる。
「にゃあ?!」
そう、それは、にゃあだった。この猫、というか、にゃあってこんなに大きかったっけ?重い……。
「重いとか言うにゃよ」
「?!」
ね、猫が、いや、にゃあが喋った?!
ってか、言ってない!
「そう、わっちは綾乃の心を読んだのだ」
と、にゃあは語り出す。
「あ、にゃあ。綾乃さんを連れてきてくれてありがとうっ…!」
そう言って顔をあげた彼は…。
超美形だった!
白い肌。サファイアとか、ラピスラズリを思わせる青い瞳。サラサラとなびく、銀色の髪……。
「……」
私は、イケメンが苦手だ。私は、自分の顔に自信が無い。そんな私が恋したのはいつもイケメンだった、が。意を決して告白しても、
『ごめん、俺……お前みたいなやつタイプじゃないし、付き合いたくないから』とか、言われてきた始末。トラウマである。
まあ私のアプローチも最悪だったんだけどね。
それに、イケメンって緊張しちゃうのって、皆も同じ経験ない?
「あのぉ……」
「!」
「あの、綾乃さん、なぜ突然この世界に戻られたのですか……?あの時も突然居なくなってしまわれましたが……」
ん?あの時?いや、この人とは私は初対面のはず。
「こいつ、雅のこと、忘れてるにゃよー」
「えぇ!!?そんな、そんな事って……!」
雅と呼ばれた男性は、その場に崩れ落ちた。
「しかも、雅のこと、嫌いだって言ってるにゃあ〜」
再び泣き出す雅という人。
「あーあー、泣かないでー。嫌いとかは言ってないよー」
苦手っちゃ苦手だけど。
なんか面倒くさいところに来てしまった…。いけない、いけない!流れに流されてる……!
「質問したいんだけど、いい?」
「あ!いいですよ!質問どしどし!OKです!」
落ち着け私。大丈夫大丈夫。深呼吸、深呼吸。
「ここは、どこ?」
「ここは、銀の国です!」
「え…と、つまり、異世界?」
「ええ。そうなりますね」
やっぱりか……。
「でも、綾乃さんは、この世界出身ですよ…?」
「…証拠は?」
「証拠は無いですが…。綾乃さん、小さい頃の記憶、無いでしょう?」
「……」
そう。私は小さい頃の記憶が無い。記憶があるのは、小学校高学年ぐらいからしかない。ただ、所々おぼろげにたまに何かを思い出したような気持ちになることもあった。
「この世界を出ると、記憶はほぼ失われてしまうと聞きました。伝承は本当だったのですね…」
唸っている雅さんを眺めつつ、私はこの後のことを考える。異世界ってことは、なにかしらやらなければいけないってこと?っていうか、ここ出身地って?疑問が沢山ありすぎて、なにから聞けばいいのかわからない。
「とりあえず、今はよく分からないから聞かない!だけど、これだけは聞きたいんだけど…」
「はい!なんなりと!」
雅さんが答える。なんか子犬みたいだな……。尻尾と耳が見える……。
「……私は、帰れるの?」
「……」
一同沈黙。
出たー!異世界お決まりの、帰る方法わかんないやつ?!
沈黙を破ったのは、にゃあだった。
「そんな簡単に帰れるはずにゃいよ。この世界に再び呼ばれちゃったもんは仕方ないにゃあ」
「…は?呼ばれたって……え」
もしや、と悪い予感。
こういうのって、あれでしょ?最初に出会ったのがキーパーソンみたいな。
もじもじと、顔をあからめている雅さんに尋ねる。
「…ねぇ、もしかしなくとも、呼び出したのってあなた…?」
意を決したように、雅さんがもじもじを止めた。 と、思ったら。
「……だって、願ったらこんな風に来てくれるなんて思ってなかったし……」
なんか、もにょもにょ呟いている…。
「でも!きっと私の願いだけでは無いはずです!きっと綾乃さんも何か願ったはず!」
うわぁ…。開き直ってるよ……。でも。少しだけ引っかかった。だって、最近慣れない大学生活に疲れていたから。
え、でも、それだけで?それだけで異世界、飛ばされるの?
「理由はともあれ、綾乃はこの世界に必要だったから呼ばれたのにゃあ〜」
と、にゃあ。
「必要だったからってどういうことよ?」
「そのうちわかるにゃあー」
ふいっと顔をそらすにゃあ。それと同時に雅さんも顔をそらす。なんて無責任な……。
しかし、うだうだしたって仕方ない。この世界に呼ばれたのならば、私のできることをしてさっさと帰ろう。
自身の順応力に内心驚きつつも、私は尋ねた。
「で?なにをすればいいのよ?」
待ってましたと言わんばかりに、雅さんの顔が輝く。
「その一言を待っていましたよ!」
「……は?」
雅さんは私の冷めた言葉には耳もかさず、ニコニコとノートとペンを出し、地図を描き始めた。
「この、中心海のの空の上にあるとされているのが伝説の国でして……」
え、ちょっと待って、いきなり地理の説明?
「ちょっと、私は地理を教えて欲しい訳じゃないの。帰る方法を知るために、なにをすればいいのかが知りたいの!」
雅さんはキョトンとした顔で私を見つめていたが……。
「そうでした!知っている前提でお話してましたね?!すみません!」
そう言って土下座をせんばかりの勢いで頭を下げるのを見て、私はため息をつく。
「…それで?」
「はい?」
「私は何をすればいいの?」
じっと私の顔を見つめる雅さん。
「…え、何?なんかついてるの?」
「いえ、あ、でも、ついてるっいうか…うーん刻まれてしまったというか…」
「は……?」
「と、とにかく鏡を見てもらえればっ……!」
そう言って、雅さんは鏡を出してくれた。その鏡で私は自分の顔を見た……すると……。
「え?!」
私のおでこの真ん中に、刻印のような──しずく型で銀色に輝いていた──それは、パッと虹色に光ったと思うと、途端に消えてしまった。
「なに今の??!」
自分の身になにが起こったのかわからないが、なんだか、おでこのあたりが少しズキズキする。
「……はじめは、なに色に見えましたか…?」
雅さんがおずおずと聞く。
「え…、銀色に光ったように見えたよ…あなたもそう、見たでしょ?」
私の言葉を聞いた途端、ボッと火がついたよう
に顔が赤くなった雅さん。
「え、どうしたの?!熱でもあるの?!私寝てたけど、あなたが寝るべきなんじゃ?!」
慌てる私を、にゃあが長いしっぽでなだめる。
「雅がこうなったのは、綾乃が未来の銀の国のお嫁さんに来るってことになったから、だにゃあ。そして、この世界に呼ばれた救世主だということを決定づけた証拠にゃあ」
「はい?」
なに寝ぼけたこと言っているのだ、この猫は。
「全部聞こえてるにゃよ」
ハッと口元をおさえるも時すでに遅し。
「えっと、……さっきの、お嫁さんってどういう意味かな?ついでに救世主って?」
精一杯話をそらす。私の考えはお見通しなのか、にゃあはため息をつき、
「だから、綾乃が近い将来、雅のところにお嫁に行くって暗示が、たった今出たってわけにゃあ。ついでに、この世界の救世主になったにゃあ」
「いやいや、ちょっと待ってどういうこと?」
「わっちもよく知らんけど、戻ってきた人間に刻印が出て、その色によってどこの国のお嫁に行くかが決まるんだにゃあ。まあ、救世主はオマケみたいなもんだにゃあ」
は?なにその占い的なやつ。しかも、救世主はオマケって……。
私の気も知れず、にゃあは続ける。
「にゃにを隠そう、この雅は、銀の国の第一王子にゃ!」
「……はい?」
雅さんの顔を見ると、更に顔を赤くしながらであったが、ぶんぶんと首を縦に降っていた。
「え、えぇえ?!」
そう、私の旅はこんなところで始まるのである──。