首里城の落陽
「『有給なんてものはうちにはない!! 』なんて今の時代はもう通じないだろうな。おまえも休まず良く働いている。金曜日か。わかった。ただ自分の仕事はしっかりやって他の人が困らないようにしておきなさい。あとお土産は忘れるなよ」
いざとなったら『おねだり作戦』を考えていたが意外とあっさりと休みを認めてくれた。
念願の沖縄ダイビングは峰岸さんの要望で慶良間諸島を潜ることになった。
1日目:那覇15:10着。首里城に観光。
2日目:8:00港~慶良間3本。
3日目:観光とお土産 13:30那覇発
本数は少ないが、私は沖縄を観光することがとても楽しみだった。
そしてこの3本は私の念願のダイビングだ。
太郎丸は七海が預かってくれた。
夜、抱いて寝るって言っていたけど、太郎丸も七海と一緒なら寂しくないだろう。
『もっちん、お土産期待してる! よろしくね』
それだけでお願いをきいてくれるかけがえのない親友だ。
荷物を片手に階段を下りる途中、哲夫さんが部屋から出てきた。
「桃さん、楽しんできて! 」
「はい! 行ってきます!! 」
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峰岸さん、萌恵ちゃん、明里さんと合流し飛行機に乗る。
離陸後、まもなく窓から富士山が見えると、飛行機は大きく旋回し、沖縄方面へと向かった。
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・・・・・・
那覇に降り立つと沖縄の気候を感じた。
空は曇っていたが、ひと足早い夏だ。
BGMに三線の音が聞こえてくると、より一層、沖縄に降り立った実感が湧いてくる。
空港の施設の中で早くも萌恵ちゃんがお土産売り場に食いついた。
「萌恵、お土産は帰りにもゆっくり見れるよ」
「え~、でもこれいいですよ。私用にひとつ買います。峰岸さんもどうですか? 」
「柿沢さん、沖縄は初めて?」
「 ..はい。はじめてです。 あ、明里さんは? 」
つい咄嗟に嘘をついてしまった。
「 ..私は2回目なんだ.. 」
「前回は、観光にいらしたんですか? 」
「うん。でも、もう何を観たかは忘れちゃった。ただ..海の青さを覚えてるだけ」
(なんか私の心みたいだ)
峰岸さんは相変わらず予習をしっかりしていてレンタカーを手際よく借りてくれた。
「じゃ、まずはここを出て首里城に行こうか? 」
「賛成! 」
首里城への道は、夕方のためだろうか意外と混雑していた。
萌恵ちゃんは沖縄色の強い店を見つけるたびにはしゃいでいた。
「私、沖縄初めてなんですよ。なんか家がみんな角ばってますよねえ。独特でおもしろ~い」
「萌恵ちゃん、沖縄は昔、アメリカドルを使っていたのって知ってる? 」
「またまた~..明里さん、私を担ごうとして.. 」
「本当よ。私の知り合いのお父様が、小さい頃にドルでお菓子を買っていたって聞いた事あるもの」
「そうなんですね。なんか歴史を感じちゃいますね。」
那覇空港から30分ほどで守礼門近くの共同駐車場に着いた。
もうかなり陽が落ちてきた。
おおきな石垣でかこまれた階段を登っていく。
ところどころ侵入者を防ぐような門がある。
赤い大きな門をくぐり抜けると、そこから見える景色は雄大で、那覇の街と遠く海までも一望することができた。
流石はお城だ。
さらに門を抜けると、紅白に彩られている庭の先に、どこかで見たことがある有名な正殿が立ち誇っていた。
そこには確かに琉球王国という国がここにあった、という歴史を感じずにはいられない。
そして、今は失われた城の栄華の寂しさが夕暮れに混じり合い、私の心まで落陽の色に染めていくようだった。
街にもどり、ホテルグレイスリーにチェックインすると国際通り沿いの沖縄料理店で夕食を食べた。
ラフテー、ミミガー、海ブドウにタコライスなど、今や東京の飲み屋でも食べられる品々だが、沖縄の地でオリオンビールとともに食するのは格別だった。
この前の雲見のダイビング、他の伊豆のダイビング、そして明日の慶良間ダイビングのことにあれこれと語り合い、ゆったりとした時間を過ごした。
峰岸さんは泡盛に手を付けようとしたが、萌恵ちゃんにしっかりと手綱を握られていた。
私も大好きな梅酒を程ほどにして、翌日のダイビングに備えた。
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ホテルの風呂を上がると、萌恵ちゃんは夜食を買いにコンビニへでかけた。
明里さんと2人、部屋の広縁で外をながめる。
「桃ちゃん、あなた前にも沖縄に来たことがあるんじゃないの? 」
「 ..いいえ、そんなことないですよ」
「そう.. ごめんなさいね。ただ遠く海を見るあなたの目が、そんな風に感じさせたの.... 明日、楽しみましょうね」
「はい。私、凄く楽しみなんですよ!! 」
明里さんの質問を打ち消すように歯切れの良い返事をしてみせた。




