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代えがたきもの

—5月9日 午後5時13分


カッカッカ...ホォオー...オー..ウォン! ウォン!


下で太郎丸が落ち着かない。

めずらしく散歩の催促をしているのだ。


(ちょっと待って..太郎丸)


私はドアの近くでソワソワしている。

まるで太郎丸と同じだ。


[カチャ]っとドアの開く音が聞こえた。

それに合わせて私もドアの外へ飛び出した!


「ああっ、これは、哲夫さん。今から帰るんですか? 」

「はい」


「今日は暑かったですよね。哲夫さん、部屋のエアコンは大丈夫? 壊れてない?」

「はい。大丈夫ですよ.. 快適に過ごしてます。じゃ、帰りますね」


「あ、あの、これから太郎丸の散歩に行くんですが、哲夫さんも一緒にいきませんか? あ、でも、忙しかったらいいんです。もうすぐ試験ですもんね。 そうですよね。すいません」

「いえ、ご一緒していいですか? 僕も部屋に籠りっきりなのでリフレッシュしたかったんです」


・・・・・・

・・


「もうすっかり桜の葉が青くなりましたね」

「そうですね.... 太郎丸の散歩はいつもこの緑道を散歩しているんですか?」


「はい。あっちいったり、こっちいったり、気分次第のところもありますけど」

「ははは。そうなんですね」


「あれ? こんな所に沖縄の飲み屋さんがあるんですね。知りませんでした」

「ほんとだ」


大きなシーサーが飾ってある居酒屋だった。


「沖縄の海はきっと綺麗なんでしょうね」

「はい。きっとそうでしょうね。実は、私もいつか潜りたいって思ってるんですよ」


「それは楽しみですね。潜った時は海の様子聞かせてくださいね」

「はい。楽しみにしていてください」





「 ....」

「.... 」



「太郎ま―」「あの!」


「あ、すいません。哲夫さんからどうぞ」

「あの.. 試験頑張ります。ってだけです。桃さん、どうぞ」


「太郎丸はだいぶ大きくなりましたって、それだけです」


「はははは」「フフッ」


・・

・・・・・・


「少し、涼しくなってきましたね。寒くはないですか? 」

「そうですね。あっ、あっ、私は大丈夫です」


哲夫さんは優しく微笑んだ。


「 ..あのっ! ....これなんですけど! 」


「はい?」

「あ、あの、私が作ったものなんですが、これ、あの..お守りです」


「僕にですか!?」

「でも、もう持ってますよね。お守りなんて」


(そうだ。受験間近なんだし.. お守りなんて、とっくに持ってるよね。それに、今更、神頼みなんて..)


「いえ! いただきます! これは、僕には何にも代えがたいものです」

「よかった!」


「よしっ! 絶対がんばるぞ。 がんばります! 」

「フフフッ」


哲夫さんは軽く拳を握りしめて気合いを入れていた。



グゥ... グゥ... カフッカフッ


「哲夫さん、太郎丸が帰ろうって言ってます」


「そうですか。なら、帰りましょう」


うす暗くなった玉川上水旧水路緑地道の時計に明かりが灯った。




「哲夫さん、そこのファミマにちょっと寄ってもいいですか」

「じゃ、僕、太郎丸と外で待ってますね」


なんか、今日はひと際、こんな普通の日常がうれしく感じた。

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