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GW④雲見に拾う願い

私は「合格祈願」のお守りをこともあろうか落としてしまった。


「そもそもこんなことある? 」と思えば思うほど縁起が良くない。


もう1度買いに行こうかと思ったが2度買いに行くというのも縁起が良くないようにも思えてきた。

そもそも『縁起』なんてそんなに信じてはいなかったのに..


ネットのワード検索で『お守り落とす』を入力しても、そんなの何の意味のないことはわかっていた。

しかし、その検索結果に『手作りお守り』というものがあった..


手作りかぁ.. 優佳ちゃんの貝殻で作ったペンダントを思い出した。


それだっ!!


****


「おはようございます、桃さん。ていうかまだ夜ですね、これ」


私が車に乗り込むと運転手の峰岸さん、萌恵ちゃん、そして..


「はじめまして、星宮(ほしみや)明里(あかり)です。今日はよろしくお願いします」


これは、萌恵ちゃんの心配も無理がない。


芸能人やモデルでよく言われていることだが、とにかく顔が小さい!

そして背が高く妖艶な美人という言葉がぴったりの女性。

年齢は26歳くらいかな?

峰岸さんが鼻の下伸ばさないことを願うばかりだ。


「柿沢さんは2人に『桃ちゃん』とか『桃さん』て呼ばれているのね。私はあまり名前で呼ばれたことないの。いつも『星宮さん』って感じ」

「あはは。なんか似たような事、昔いわれたような.. ね、萌恵ちゃん」

「そうでしたっけ? 」


「私は結構下の名前で呼ばれることが多くて、親しい友達には『もっちん』って呼ばれることもあるんですよ」


「『もっちん』って楽しそうな名前ね。あ、ごめんなさい」


「いいんですよ。実際楽しい名前なんですから」


星宮さんはどうやら明け透けな性格のようだ。


「萌恵ちゃん、そういえばチームの名前はもう決まったの? 」

「峰岸さんは私の好きな名前にしていいっていうんだけど、何かないですかね」


「萌恵ちゃんはどういう感じがいいのかしら? 例えば『カリーノ』はイタリア語だったりするでしょ? そういう感じにするとか? 」


「あれイタリア語なんですか? コーヒーか何かの種類かと思ってました」

「萌恵ちゃん、それカプチーノに引っ張られてない? でもカプチーノもイタリアかな? 」


しかし、美人になるとイタリア語までわかるのかしら..とアホなことを考えてしまった。


「じゃ、帰りまでに良い考えが浮かんだら提案ってことでどうかしら? 」


・・・・・・

・・


「ほらほら、あそこだよ! 雑誌でよく見る岩、あれが牛着岩(うしつくいわ)ってやつじゃない? 」

「うん。見たことある」


GW、当然のように渋滞に巻き込まれ約5時間の道のりだった。


「ダイビングサービス浜丸」の受付スタッフから施設の説明を聞いている時だった。


どこからか聞いた事ある声が耳に入った。


「ププ.. そんなこと言ったらかわいそうだって、相変わらずドライね、氷雨ちゃんは.. 」

「ところで・・さん、今来たゲストを見てもらえますか? 」


「OK牧場、なんつって.. 」


この聞き覚えのある昭和っぽいギャグにこの変なノリ。

振り向くとそこにいたのは..「あっ! 平子さん! 」


・・・・・・

・・


「いや~、びっくりしたっけ。偶然だね。この前の3人と新しい人だね」

「星宮明里といいます。よろしくお願いします」


「え~と、3人は桃ちゃん、萌恵ちゃんと.. 勅使河原三郎太君だっけ? 」


「誰ですかっ!(# ゜Д゜)」

「いや、ナイス突っ込み。やるね!萌恵ちゃん!」


たぶん萌恵ちゃんは本気の突っ込みだろう。


「でも本当にごめん、名前忘れちゃった」

「峰岸です」


「ああ、『峰岸徹』ね」


「だから、誰ですかっ!」

そんな突っ込みをしている萌恵ちゃんを見つめる星宮さんの表情に少しだけ違和感を感じた。


・・

・・・・・・


私たちは平子さんガイドで雲見の海に潜った。


潜降ロープにつかまりながら水底に着くと、わずかに流れているようだ。

異常なしのOKサインを確認すると平子さんが案内を開始した。

少し早めの後姿を見失わないようにフィンをキックする。


陸上に頭を出す牛着岩は、水中では水路となっている。

その水路を進んでいくと、ガバッと口を開けた岩の裂け目が現れた。

薄暗く上からでは深さがわからない。

ライトを照射しゆっくりと水底に降りていく。

7,8mくらい潜降したであろうか?


着底し顔を上げると、そこには大きな洞窟が口を開いていた。

岩の下にこんな洞窟ができているなんて、その壮大さに驚きだ。


暗がりにライトをあてると小魚がすごい密度で球状になっている。

ダイバーが通ると、その球はばらけて、そしてまた固まる。


洞窟を進むと身をかがめるほど低くなり完全な闇に包まれた。

その闇にライトを照らすと、光る眼に巨大な唇が見えた。


人間くらいの大きさの巨大魚が横切ったのだ!

私はびっくりして大きくのけぞってしまった。


その魚が作るわずかな水流を感じるくらい静かな暗闇、そして今、神々しい蒼い閃光がその闇に差し込む。

それは癒しの蒼い光。

しばらくその癒しに身をゆだねる。


そして、その先に大きく開く出口に向かってフィンを揺らした。


岩を超え、穴をくぐり、蒼さは色を濃くしていく。

大きな岩に作られた抜け穴をくぐると中庭のような空間が広がっていた。

そこから見る雲見の海は、どこを向いても大きな岩だらけの地形だ。


やがて、平子さんの姿がまた岩の中に吸い込まれていく。

それはまるで暖炉の煙突のような穴だ。

その筒状の穴をBCDの空気を抜きながら天の光に向かっていく。

下から吹き上がる空気の玉が頬をかすめる。


煙突から出ると、激しい流れが待っていた。

キンギョハナダイの大きな群れが野に咲く花のように咲き乱れている。

オレンジの花をかき分けながら、私たちは再び巨大な岩の暗闇に吸い込まれていった。


これが雲見。

岩と闇と蒼い光。


そのダイビングは私に鮮烈な記憶となって残るものとなった。


・・・・・・

・・


「平子さん、穴の中にシーラカンスがいましたよ!!」

「ププ.. はっはっは。あれはクエだよ。シーラカンス!いいねぇ」


「桃さん、クエは高級魚だよ。おいしいよ」


私たちは船の上でも興奮が冷めやむことがなかった。



今回、私が密かに探し求めていたもの。

それもちゃんと見つけることができた。


それは牛着岩の水路の出入り口付近の事だった。

私が貝殻を集めているのを見た平子さんが、もっとたくさんの貝殻がある場所まで連れて行ってくれた。


「平子さん、この貝、ありがとうございました」


「桃ちゃん、何か無くしたのかと思ったよ。ところで、それは記念か何かなの?」


「とっても大切なものに使うんです」


「へ~。でもよかったね。綺麗な貝があって。また遊びに来てね。でも、違う場所で会ったりしてね」


「違う場所で?」


「前にも言ったでしょ。私は西伊豆のお助けインストラクターなのだ。そこで助けが必要ならそこに現れるのさ!」


・・

・・・・・・


私たちはコンビニでスーパー眠眠打破を3本買いこみ、峰岸さんの運転席に置いた。

そして東京へ帰った。

GWの混みようは、凄まじく、なんと8時間もかかった。



****


「出来上がった。まっ、こんなもんでしょ....」


青い青海波(せいがいは)の小さなお守り。

中には文字の書かれた貝が入れられた。

貝に記される文字とは..『あなたを信じています』


そして...


このお守りは(つい)がある。

誰にも言っていない、私だけの秘密のお守り。

貝には『無事なあなたを待っています』と書かれている。

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