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棚の花

それは七海、シューファとともに神代桜(じんだいざくら)のお花見する前々日の事だ。


「そっかぁ。3人であそこに行くのか。いいところだぞ。懐かしいなぁ」

「うん。私も凄く楽しみなんだ」


「 ....」

「どうしたの? お父さん? 」


「よしっ、お父さんが旅費とお小遣いをあげるから、みんなでおいしいものでも食べてきなさい。その代りにひとつ用事を頼みたいんだけどな」


****


そうして渡されたのがこの封筒だ。

届け先は....


「もっちん、その封筒の中身ってなんだろうね 」


「うん、なんか大きな冊子? みたいなのが入っているけど.. 郵送すればいいのに 」


私は正月にお母さんと打ち解けたものの、まだあの家には近寄りがたいものを感じて気が進まなかった。


「 ..でもいいじゃん。そのおかげでお小遣いもらえておいしいもの食べれてラッキーだったよ」

(デゥエ)(デゥエ)! 私、『ほうとう』初めて食べたよ。おいしかった! 」


私たちは高速を甲府昭和ICで降り、私の実家へ向かった。


・・・・・・

・・


「ここがもっちんの実家なんだ。初めてだよね 」

「私も初めて 」


「うん.. 」


玄関を開けると、気配を感じたのか、そこにはお母さんがいた。


「おかえり」

「ただいま、お母さん」


「あら、お友達ね?」


「はじめまして。新井七海です。桃さんにはいつもお世話になってます 」

「ツァイ シューファです 」


「こちらこそ、いつも娘がお世話になってます。さぁ、どうぞ、あがってください」


「ねぇ、お母さん! その前にさ、これ、お父さんに頼まれてきたんだけど.. 」

「うん。聞いてる」


「ねぇ、ねぇ、七海。お花、いっぱいだね」

「ほんとだね、綺麗だね」


シューファと七海の会話を聞いて庭に目をやった。


この前、来た時にも感じていたが、さらに庭は手入れが施されているのに気が付いた。

木々の枝はしっかりと剪定されていて、土にはいっぱいの花が敷き詰められるように植えられている。


「お庭.. 綺麗でしょ? 」

「うん」


「これね、大輝がやったのよ」


「え? お兄ちゃんが? 」


「そう。あの子は今、造園の仕事に就いたのよ。昨年の秋頃からね。『自分に合う仕事がみつかった』って。今日も親方さんの家の庭木を剪定しに行っているのよ」


「 ....」


「桃、こちらへいらっしゃい」

「この棚は..? 」


「この棚はあの子がつくったのよ。この前、あなたに話さなかったのは、あなたにこれを見せたかったから。これはあの子があなたに..って」


「あっ、もっちん、お兄さんが帰って.. 」


「桃、お帰り」

「お兄ちゃん..ただいま。 ..お兄ちゃん、お帰りなさい 」


「ああ、ただいま」

「大輝兄ちゃん! 」


私は兄のぬくもりを久しぶりに感じた。お兄ちゃんの服は汗臭かった。


「桃.. ごめんな。ほんとうに」

「ううん。私のほうこそごめんなさい」


その様子を見て泣き散らかす七海をシューファがあやしていた。


そして棚の上には.. 小さな鉢植えがひとつ。


そこには可愛い桃の花が咲いていた。


****


結局、お父さんが持たせた封筒の中身はただの車のパンフレットだった。

私にあの桃の花を見せたいがための『嘘』だったんだ。


「ってことはお父さんだけじゃなくてお母さんにも一杯食わされたって事? 」


「ははは。そうだね」

「そのおかげで信玄餅も食べれてよかったよ~」


「ふふ。シューちゃんは、そればっかりだ」


「えー、そんなことないよ。シューだって.... 」


笑いに包まれる車の窓から入る風は少し冷たく、そして桃色の香りがした。

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